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前編

お久しぶりです。


「それでですねぇ、私修学旅行海外じゃなかったのに夢の中でなぜかアメリカに行ってて、おのぼりさんの気分でいたら悲鳴が聞こえるんです。ゾンビですよ、ゾンビ。

ゾンビが発生して、もうパニック。人に押し流されて他の同級生ともはぐれて、私はなぜかシェルターみたいなところにいる。英語なんて字幕がなければわからないのに、その時は映画の中にいるみたいに銃を持った男の人が『ここにいれば安全だぜ!』って叫ぶのが分かるんです。

まぁね、完全にフラグですよね。銃を持った人の後ろに知性を持ったゾンビが忍び寄って、生存者の振りしてたわけです。そんでガブーって、そこからはまぁ銃乱射で私は命からがらコンテナみたいなのに隠れる。あたりが静かになったと思って、悟るんです。

あ、生存者私だけだって。手元に武器になりそうなのはなぜかあるカッターだけ。

これ、この後どうやって生き延びたらいいと思います?」

「えー…カッターで戦う一択では? もしくは…なんかこう、イケメンの軍人とかに助けられるとか…」

「夢の中の私、自決するしかないって覚悟したんですよね…」

ですよねー。オレは心の中で同意した。


 陰鬱で乾いた笑みを浮かべる彼女は、かつてアニメ化もされた作品を生み出したラノベ作家であった。当時十五歳、新進気鋭のJK作家と銘打って売り出した彼女ももう三十を超えている。彼女の描くキャラクターは活き活きしていて、特に男女コンビの掛け合いがよかった。

似た者同士で意地の張り合いをしながらも、最終的に丸く収めていく。粗削りながらもストーリーをちゃんとまとめていた。しかしティーンの看板が取れてしまえば、若いのに文章がうまいはもう通じなくなる。表現の稚拙さをあげつらわれたり、人気作の入れ替わりも激しいのでオワコン扱いされてしまう。

そうして彼女は作品を一つ終わらせた後、長いスランプに突入した。

自分が彼女の担当編集になると知った時、あっあのアニメ見てました!と喜んだものだ。

自分と同世代の学生が書いた作品とのことで、原作を読んでいる若者が多かったのだ。キャラデザを担当したイラストレーターも今や人気の作家で、現在も活躍中だ。


 そろそろ新作をって声が出始めてさ。一発屋とはいえその一発のあたりがでかかったからねぇ、なんとかしてよ。


 前任からそんなふうに丸投げされてしまった。


 新しい担当になりました、直接ご挨拶を。


 アポイントを取って足を運んだのは都市部から離れた山沿いの町。そこの古民家は彼女の祖父母の持ち物であり、祖父母が立て続けに亡くなったのでその家をもらい受けたのだとか。

若くして一軒家住まいとはいいご身分だと思ったが、都会から離れた町はコンビニも遠くなじめそうにない。こんなことならスカイプにしときゃよかったと後悔したが、せっかく買った菓子折りもある。残暑厳しい田舎は、タクシーが人手不足らしく駅前に停まっていなかった。歩くには微妙に遠いが行けないこともないという距離。諦めてスマホ片手に歩いていった。


 築五十年のその家に、彼女は一人…そして猫を一匹飼っていた。

いきなり押しかけてきた若い男に気後れした風で、はぁ…どうも…と目を合わせてくれない。玄関先で追い返そうという気配を感じ、ここにまた来るのかとうんざりして何とか上げてもらおうと菓子折りを差し出した。

「とっかかりでいいんで、アイディア出しを!!」

押しに弱いタイプのようで、彼女は客間に上がらせてくれた。麦茶とコップののった盆を手に戻ってきた彼女は、かつての売れっ子作家の雰囲気はない。いや、そもそもJKということを売りにはしていたが、顔出しはしておらず美少女のイラストが出回っていた気がする。

道理でイメージと合致しないはずだ。

やや痩せぎすの、ひょろりとした女性。黒縁のメガネをかけており、肩口まで伸ばした髪をくくっている。

「作業って、どこでされてるんです…?」

「PCがあるのは寝室なんです。自室なんで、見せられません。

私もなんとか次回作につなげたくて、色々調べたりしてますけど…うまく作品につなげられないっていうか。あの作品は、キャラが先だったんです。このコンビがこういう世界で活躍したら萌える!って、それがたまたま人の目に留まった感じで。

私、子供の頃から空想好きで。っていうのも、父親が厳しくてテレビはオレが買ったものだってアニメもゲームも禁止されてたんです。だから初めてアニメも漫画も友達の家で見ました。

ほんとは続きが見たいのに、父親が野球とか政治番組見てるから、私はずっと我慢してて。

それで無意識に、おえかき帳に物語を書いてました。最初の頃は漫画もどきだったんです。

でも絵は思うように描けなくて、いろんな作品を読んで言葉を学んで、そして生まれたのがあの作品。

夢の中で私はヒロインだったんです。私はこの通り陰キャなんですけど、夢の中では相棒の青年と憎まれ口をたたきながら敵を倒していました。

その高揚感を持ったまま目が覚めて、またあのストーリーが見たいって。

私は読者になりたかった。終わらせたくなかったです…」

そこまで言うと、落ち着いたようで肩を下げる。

どうしよう、短編でいいんで一本書きません?なんて気軽に言える雰囲気じゃない。

「夢…そうだ夢!

最近見た夢は何です?

そこから広げられるかもしれないじゃないですか!!」

そう言ってしまったがために、冒頭のゾンビドラマにつながるわけである。

正直言ってホラー系は人を選ぶ。グロ要素も然り。彼女の作風はダークファンタジーだったので、あっさりめであったがグロはあった。

ゾンビをメインに据えれば人食いの化け物だ、どうあってもグロ中心になる。

それは彼女のカラーに合わない気がした。さわやかさと人間ドラマ、アクションそしてスパイス程度の恋愛。読後感のよさが彼女の売りなのだからそこは保ちたい。

 頭を悩ませていると、縁側で寝ていた太った猫がむくりと首を起こした。

 おもむろに座りなおす猫は大福のようで、彼女の溺愛ぶりを感じる。

 すると猫の足元が光り輝き、しゅん、と姿が掻き消えた。おああーという鳴き声を余韻として残して。


「………は?」

「あー、今日だったかぁ…」

「なんっ…え?」

慌てて猫のいた場所に近寄り、縁側のフローリング材を眺める。光るような仕掛けはない。

ついで庭を見回しても、あの猫がひょこっと出てくる気配もなかった。縁側の奥はなにもないつきあたりになっており、物が少ないのか使わない座布団が置かれているだけだった。

「ほら、だいぶ前に流行ったじゃないですか。猫のワープ装置。

あんな感じです」

こともなげに言う彼女に、

「いやいやいやいやいや」

なんなの? この地域じゃ普通にあることなの?

混乱して説明を求めるように彼女を見つめると、居心地悪そうに身じろぎをした。

「あの子、げんぱちって言うんですけど。

ちょっと不思議なところがあって…どうやら異世界召喚されてるっぽくて」

「………」

彼女の正気を疑うのと今見たものの信じられなさで頭が混乱した。

どうしよう、ひとりじゃ判断できない。ネットに流して真偽聞いてもいい?

なんてコンプラ的にダメだろうな…と自問自答して長い沈黙を破る。

「どうして、そう思うんです?」

「六回目かなぁ…戻ってきた時に偉そうなロリ王女様がそんなことを言ってたので。

こやつは魔王から我を救い、我の伴侶となることが決まった。とかなんとか。

げんぱちが私のすねにぐりぐり頭を擦りつけるので、王女様が嫉妬しておつきの人が彼女を抱えて引っ込んで行きましたね」

一人暮らしが長すぎて幻覚が見えている?

「と、思っているでしょ?

私もそう思って心療内科にかかりましたもん。まぁ若干鬱の診断はされましたけど、投薬の治療は必要なしでしたし」

すっかりぬるくなった麦茶を一口。少し気分が落ち着いた。

「まぁ、信じられないのは仕方ないです。私もあの子が三回目に生首持ってくるまでは半信半疑でしたし」

「生首!?」

ぎょっとして思わず腰を浮かせた。

「あのへんに埋めてます」

指さした方角は庭石の下。よく見れば、金魚の墓のように小さな石が積んである。しかしそれは一つではない。

「猫って、虫とか鼠を持ってくるじゃないですか。褒めてほしいとか狩りの仕方を教えてるとか諸説ありますけど、そのノリでトカゲっぽい頭がごろっと玄関に放置されてて」

玄関は古い家屋らしく間口が広い。そこにでかいトカゲの頭。怖すぎて鳥肌が立った。

「さすがに私も叫んで、正直警察呼ぼうかとも思いましたけど…コレ人間扱いなのかなんらかの生物なのか判断つかないし…泣きながら箒でつついてゴミ袋に入れて、庭に穴掘って埋めたんですよ。それが三回繰り返されました」

「三回!?」

「毎度違ったんですよ。トカゲの次は鬼っぽい頭で、その次はドラゴン。辛うじて人間っぽくないのだけが救いでしたねぇ」

遠い目をする彼女。玄関に置かれた生首を淡々と掃除する様はただのホラーだ。

しかしそれを聞いた後だと、田舎の祖父母の庭まんまと思っていたその場所がいっきに禍々しいものに感じる。もしも事件が近所で起きて、警察がここに万が一家探ししに来たら彼女何らかの容疑をかけられるんじゃなかろうか。

「あとは…あぁ二回目戻ってきた時に、耳の長い女の子がいたんですよ。床から生えてる状態でげんぱちにくっついてたんですけど…アレってエルフですよね。

言葉が通じなくて何言ってるかわかんなくて…なんか怒ってましたけど帰ってくれました。

一回目いなくなった時はほぼ一年、二回目は二か月くらいですかね…げんぱちも慣れたんでしょうか、召喚された後は二~三か月ペースで帰ってくるようになりました。

気になるならその頃また来られるといいです…あ、SNSのアカウントに上げましょうか。

どうせAI合成って思われるだろうし」

 猫が初めて目の前で消えた時、驚きのあまりネット検索で同じことが起きていないか調べたらしい。だが『猫 消えた』だと行方不明の猫を探す方法が、『ワープ 猫』と検索しても流行した動画や画像が引っかかるばかりで現象の答えは見つからなかった。それはそうだろう。そんなことが起きたらとっくの昔にニュースになってるだろうし、なんならフェイクニュースとして真剣には扱われない。もし何も知らない自分がそのニュースを見たとしても、出来の悪い合成か何かと思うだろう。

 とりあえず化け物の首塚に手を合わせ、そそくさと帰りの電車に乗った。

 あまりのことに小説のことはすっぽぬけていた。編集長に呆れられたが「異世界召喚って現実にあると思います?」と聞いたら、お前疲れてんのか、ちゃんと休めよと労われたので結果オーライだった。

 とりあえず二か月後、彼女からの連絡を待つのみである。





ワープ装置が流行った頃に思いついたネタ。今のPCではなく壊れたPCに打ち込んでたのを思い出しながら書いてます…バックアップめんどくさがるとこうなる()

冒頭のゾンビの夢は私が実際見た夢の内容です。でかいカッターしか手元にない状態で孤立して「あぁもうこれ無理…」てなりました。

スランプ作家=スランプ中の元JK作家。両親とは折り合い悪く祖父母に懐いていた。祖父母が亡くなった後は一人でその家に住み続けている。猫を拾って以降、我が子のようにかわいがっている。

担当編集=平々凡々の青年。ちなみに作家とロマンスにはなりません。あくまで主役は猫。

猫=名前はげんぱち。まるまると肥えた猫。家は常時開け放っているので出入り自由。去勢手術前にいなくなった。実は地域のボス。

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