-第一話-
目が覚めると朝の七時半でかなり焦った、七時四十五分には家を出ないとまずいからだ。いつもどんな時間に眠りについても、朝七時に自然に目が覚めるため、若干驚いてしまった。いつもとは比べ物にならないほど寝てしまった。昨日家に帰ってきてシャワーを浴びて、ベッドに入ってから記憶がない。急いで着替えて歯を磨き、髪を整えて家を出た。少し早足で駅へと進み昨日の交差点を渡った。少し頭が痛いような気がした。そんなこと気にせず、駅の入り口へと向かい、改札を抜けて通勤快速に乗った。快晴だったので、昨日の雨で曇った気分とは対極的に、晴ればれとした気分だった。それこそどこかへ出かけたくなるくらいに。学校の最寄り駅から校舎までは10分ほどで着く。まだ九月終わり際の朝だということが鬱陶しかった。夏の暑さが垣間見えていたからだ。暑い。学校の昇降口に着き、そのまま廊下を通り階段を駆け上がった。教室に入ったところ、朝礼の五分前だったので幸運だった。
「お〜はよ!」朝礼が終わってすぐ、七瀬が挨拶をしてきた。「おはよう」表面には出さないが毎日こうして挨拶してくれて嬉しかった。「ねえ、サカナクションの新譜聞いた?やばいよね〜」と、七瀬。「聞いた、あれ最高だよね」と返すと、「だよね、最高」と彼女はサムズアップをしながらそう返してきたので、可愛らしいやつだと思った。「ねえサカナクションの好きなとこってどこ?」と聞くと、「あ〜、サカナクションはね、曲を作る時『心地よい違和感』が作っている曲にあるかを大切にしてるらしくてね」そして彼女はこう続けた、「それって私が曲を作る上で一番大事にしてることでもあるの。どうしてかっていうと、個人的に一番価値があると思う音楽に限らず作品は、馴染みのあるものでありながら新しさを感じさせてくれるものなの。だから、そう考えて曲を作ってるサカナクションが好き。そこから生まれてくる作品が大好きなの。ごめんね?長々と」そう言われ、ふと思い出したことがあった。「つまりそれは、『一歩先でも、二歩先のものでもなく、半歩先にあるものが一番美しい』ということ?」と聞くと、笑顔で「あ〜、多分?そうかも!」と返してきた。「私はね、瞬間的に消費されていく音楽も大好きだけどどちらかといえば、残り続ける作品が好きなの」そう言われ、率直に感心した。具体的には瞬間的に消費される音楽を貶めなかったところだ。彼女は大人だと思った。そして思った。本当に優れているのはどちらなのかと。それはどちらでもいいのかもしれない、どちらが優れているかなど人によって違うし、そもそもどちらが上なんてないと思ったからだ。絶対的にこっちの方が優れているなんて言えないのかもしれない。というゴタクを並べてはいるが、はっきりと言えばわからない。そして個人的には瞬間的に消費されていくものが好きだった。そういう作品たちが稼いでくれる最大瞬間風速を浴びるのが好きだったからだ。そのような作品が身体に訴えかけてくるような感覚を好んでいた。
「ところでさ、文化祭、うちのクラス何やるか知ってる?」と急な会話の方向転換をされ、気を取られたが。「メイドカフェやろうって流れになってるみたいだよ」と、なんとかそう返した。「メイドカフェか〜」彼女の声色からひっそりと滲み出る否定の感情に、同意の念を抱いた。
六限の終わりを告げるチャイムが流れ、昨日と同じく鞄を持って教室を出た。今朝七瀬と話したことを、なんとなく反芻しながら。雲の隙間から差し込む斜陽が廊下を焼くのを眺め、歩いた。
学校の昇降口を出ると、すでにランニングを始めている部活動がちらほらあった。それを見て何か熱中できるものがあることを、羨ましくも、どこか妬ましい気持ちで歩いた。まさに、熱い闘いをベンチで眺めるように。
帰り道、昨日と同じ、家の最寄り駅近くの交差点に差し掛かったタイミングで、ひどい頭痛に襲われた。寝過ぎた反動だと考え、家まで辛抱することにしたが、かなり強烈だったため、家に着いたらすぐ薬を飲んで寝ようと思った。起きた時に頭痛が治っていることを望みながら。しばらく歩いていると頭痛が治まってきた。交差点から離れていくのにつれて頭痛が軽快していったのだ。そのことを不思議に思いつつも、なんてことないと思い、気に留めることはなかった。昨日と同じくシャワーを浴びてすぐベッドへと入ってしまった。
午前二時、目が覚めてしまった。冷房をつけて寝ているはずなのに、汗でびっしょりだったので、汗を拭いて、着替えることにした。着替え終わって気づいたことがあった。全く眠くないのだ。しかし学校の朝礼まではあと六時間半。そんな事実にどうしようもなさを感じながら、ベッドに腰掛けてぼんやりとしていると、机の下で何かが動いた。猫だ。うちに猫はいないはず。声にならない悲鳴。気づくと心臓の鼓動が、嫌に強調されていた。いきなりの状況に逃げることもできず、ただじっとその物体を見つめた。超然とした何かを感じさせる瞳が、低く、極めて冷静な声で、こんな言葉を放った。「今すぐあのビルに来い」猫がいきなり喋り出したことに対し、動揺した。さらにその内容にどう反応すればいいのかもわからなかった。次の瞬間、机の下の猫は跡形もなく消えていた。机の上の時計を見ると時刻は、午前二時十二分三十三秒。針はそこから動かなかった。
言われた通りに恐るおそる『あのビル』へとやってきた。例の廃ビルだ。というか思い当たる場所がここしかなかった。あの瞬間からどれだけの時間が過ぎただろう、目算では六時間程度だった。その間時計の針は、ピクリともしなかった。そのどうしようもない事実が私をここまで連れてきたと言っても過言ではなかった。この場所に来ないと解決しないと思ったのだ。そこは、極限なまでの静寂な世界だった。道ゆく人たちが微動だにしないのを見てこう思った。この世の生き物はおそらく全てよくできた模型のようになり、動かなくなっているのだろうと。そんな中、自分だけがこの止まった時間の中、活動していた。
例のビルへと足を踏み入れると、そこは予想と反して神聖な雰囲気のする場所だった。エントランスに入った瞬間、外の方を見ると急に明るくなったのでスマホの時計を見ると、朝の七時になっていた。後ろを振り返ると朝日がエントランスに差し込んでいた。今さっき目の前で起きたことは夢なのではないかと疑い、頬をつねるなりそこら辺を歩き回るなりしたが、それらの感覚は確かなものだった。どうやら夢ではないらしい。もう学校へ行く時間だ。家に帰って支度をしなくては。
「おはよー!」いつも朝礼開始ぎりぎりの時間にくる七瀬が、珍しく朝礼の五分前にきた。「おはよう」といつも通り返す。すると、クラスの中心核の女子生徒、綾坂が大きな声で「みなさん聞いてください。今日から文化祭の準備が始まります。うちのクラスはメイドカフェをやることになっています。放課後はその準備の時間になります。これは強制です。」と最後は半笑いになりながらクラス全体に呼びかけていた。そして、あぁこれは帰れないな。と、心の中でそう思った。そうこうしているうちに担任がホームルームを始めようとしていた。
午前中の授業が終わり昼休みになった。すると、「牧!」と教室の黒板側の入り口から大きな声で呼びかけられた。目をやると米山がにこにこしながら手招きしていた。「どうしたんですか?」近くまで行きそう聞くと。「飯、一緒に食べよう」と言われた。
「先輩は文化祭、クラスの出し物何やるんですか?」さっきの会話を聞きつけてやってきた七瀬がそう聞くと。「俺はねえ、メイドカフェだよ」そう言われて七瀬と二人で笑った。「あーわかった、お前らもメイドカフェやるんだろ」先輩は勘がいいなと思った。「ねえ、お前らは生まれ変わるなら何になりたい?俺はJKになりたい」米山先輩がいきなりそう言うのでついにこにこしてしまった。「わかりますよ」
すると七瀬は「いーだろーJKだぞーわたしー」とニヤニヤしていた。「というのも友達に前世の記憶があるやつがいてさ、そいつが言うには昔日本の貴族だったんだって。しかも怖いのがそいつが言う前世での名前を検索したところ実在してるんだよ。どんな爵位かまであってた。嘘ついてる感じが全くしないのがすごく怖くてさ。やばいよね」「それやばいですね、すげえ怖い」今日は寝れないかもしれないと思いながらそう返した。「そいつに今から会いに行かない?」「ああ、いいですよ」面白半分にそう答えてしまった。「七瀬も行く?」そう聞くと「もちのろんよ!」三人で行くことになった。
「うちで出す食べ物は決まりましたが、飲み物について議論していきたいと思います。皆さんが出したいと考えている飲み物をこれからリストアップしていきたいと思います。出したい飲み物がある方は挙手をお願いします」綾坂がそう発言するのをぼーっと聞いていた。その日の午後からは何をするにも中途半端だった。前世があるという人の話があまりにも怖かったからだった。特に彼の最後の話は一生忘れられないだろうと思った。その内容は「牧君、君とは前世で知り合いなんだ。そして怖いのが君はとある神社に通うようになってから様子がおかしくなってしまった。最終的には発狂して牢屋に閉じ込められて獄中での自傷行為で亡くなったんだ。」そう言われた瞬間、例の廃ビルに入った瞬間スイッチが切り替わったかのようなあの強烈な感覚と、時間を止めてまでビルに導こうとした猫のことを、思い出した。それらが重なり合い強い恐怖となって襲いかかってきた。もう何か取り返しのつかないことになっているのではないかと戦慄した。「、、、ということでうちで出す飲み物はミルクティーと、、、、、」気づいたらその日の会議は終了しており、みんな使った机や椅子をもとの場所に戻す作業をしていた。これから自分がおかしくなってしまうかもしれないという恐怖でいっぱいいっぱいだったことはもちろんみんな知る由もない。ちなみに七瀬はというと、極めていつも通りに見えた。実際のところはわからないが。
昨日と同じ交差点が駅の出口から見えた。微かに頭が痛い。駅の西口を出ていつも通り歩いた。そしてそこに差し掛かったタイミングで強い落胆の念を抱いた。頭が強く痛んできた。確実に自分の身には何かが起きている。と言いつつもどうこうできるわけもないので、なんとかそのことから気を逸らすしかなかった。交差点を離れる。そこから距離を離れるたびに頭痛は治まっていった。
家に着き自室の扉をおそるおそる開けた。猫がいるかもしれないと思った。しかし期待はずれにもそこに猫の姿はなかった。いつも通りであることに対する安堵の気持ちと、おそらくこの事態の全容を把握しているであろう猫と会って話を聞けないということに対する焦燥感が入り混じった感情になった。ここまで自分に起きたことを軽く整理しようという気になったので、そうすることにした。まず交差点に差し掛かると発症する頭痛、そして時を止める猫、その猫に招かれたと言ってもいい廃ビルの存在。さらに前世の記憶があるという人間。考えれば考えるほどにわからないのは明白だった。
軽く腹が減ったのでパスタでも茹でるか、という気分になった。ベッドから身を起こし、部屋を出た。階段を滑るように下り、キッチンへと向かう。キッチンの引き出しを開けてパスタの麺と簡便食品のペペロンチーノを取り出し、湯を沸かした。青春ラブストーリーのアニメを見ながらの作業だった。その作品は食い入るように見ているというよりは惰性でなんとなく見ているというようなアニメで、多分自分はこのアニメのターゲット層の人間ではないのだろうなと思った。こんなこと現実で起きるはずがないと心の中の深いところでそう考えているから感情移入できないのだろう。それでも見てしまうということは実はこの作品を愛しているのかもしれないと思ったりもする。そんなこんな考えていると玄関チャイムが鳴った。誰だろうと思ってインターフォンを覗き込むとそこには七瀬の姿があった。ゆっくりと玄関に向かい扉を開けると「今日は部活が休みだから遊びに来てやったぞ」と言われた。「いいよ、入って」ちょうど暇をしていたし、色々あって一人で不安だったので招き入れることにした。「うわあ久しぶりだなあ大助の家」彼女がこの家に入るのは小学生以来の話だった。
茹で上がったパスタをテーブルにのせ、椅子に腰掛ける。「何か飲みたいものでもある?」と言うと。「うーんお茶かな、緑茶」七瀬はそう返してきた。「了解」キッチンに向かい冷蔵庫の一番下の段を開け、緑茶の入ったピッチャーを取り出した。コップにそれを注いでリビングのテーブルへと向かい七瀬の前にピッチャーと一緒に置いた。「せんきゅー」喉が渇いていたのか彼女はごくごくとと一気に飲み干した。同い年の女の子が家に来ているという事実を思い出し、頬が紅潮してきた。それが少し気恥ずかしかった。「ねえ、私たち前世で会ってるってあの先輩は言ってたけどすごい怖いよね、話すごいリアルだったから。しかもその先輩が言うには私たち三人は輪廻転生し続けて、毎回出会って何かしらの関係になっているって言ってた。それが一番やばい」彼女は心の底ではそのことを信じていないせいなのか、何処か態度に余裕を感じられた。それどころかワクワクしているような雰囲気さえ感じ取ることができた。個人的にはここ最近の出来事もあり、戦々恐々としていた。しかし半分現実のことではないような気がして、その感覚に救われていたのは確かだった。「テレビつけていい?ニュースがみたい」彼女がそう言うのでソファに置いてあるリモコンを手に取りテレビをつけた。「続いてのニュースです、、、、市の廃ビルで火災がありました。犠牲者は0、、、、」背筋が凍るのをはっきりと感じた。例の廃ビルだった。「えーあそこ燃えちゃったのかあ」当然だが七瀬はすごく落ち込んでいた。今この瞬間までの一連の出来事に関連性を見出さないと言うのはもはや不可能というレベルまで来ていた。「今すぐ見に行こう」窓の外を見ると黒煙が空を駆け上がっていた。
「、、、鎮火は終わりましたが見たところ放火の可能性が高いかと」消防士が警察官にそう話しているのが聞こえてきた。あくまで可能性の話でしかないが、このビル、神社の存在が不都合な人間がいるのかもしれない。だが、それは流石に考えすぎだと思い気を取り直した。七瀬はひたすらに呆然としていた。彼女になんて言葉をかけてあげればいいのかわからなかった。「とりあえず今日はこのまま家に帰ろう」と言う他なかった。何かできるわけもないのでそれぞれ帰宅することにした。
七瀬が亡くなって一週間、例のビルが燃えてから二週間が過ぎた。その間超常的なことは一切怒らなかった。彼女の死因は不明のままだったが、遺体の首には大きな傷跡があった。他殺か自殺かは不明のままだった。あまりに突然の訃報を受け止め切ることができず、涙を流すことさえできなかった。そんな自分の薄情さに深い自己嫌悪に陥っていたのがここ一週間の気分で、その気持ちがやっとひと段落して軽く落ち着こうとしていたのがここ一日二日だった。
今私が読んでいる本は、カズオイシグロさんの私を離さないでと村上春樹さんの騎士団長殺しです。
特に私を離さないでがお気に入りです。
騎士団超殺しで一番好きなシーンは免色が太平洋の暖流の話をするところです。
すごく面白いです。
ただ、本を読むペースがものすごく遅いのでそれだけが厄介ですが、楽しく読んでます。
おすすめです。
あとAKASAKIさんのbunny girlいい曲すぎね。
今音楽の専門学校に通ってるんですけど、ボカロpの友達が二人いて、二人とも私より器用で才能があるのでそれで挫折して小説書こうと考えました。音楽はもう四年パソコンで作曲やってるんですけど、もう全然ですね、自分は。
宮崎駿監督も言ってましたけど、才能を見極めるのは残酷ですね。
音楽で成功したいと思わなくなってから才能のなさに気づいたのはラッキーでした。本当に。
今振り返ってみると音楽を作るのは本当に苦しくて好きじゃなかったなと思います。そのストレスで心の病にもかかってしまいましたし。本当に向いてなかったんだなと思います。
作曲は理系だと仰っている著名な方がちらほらいるので文系の私からしたらすごく納得でした
小説とか活字がびっしりの本は読めないんだよねーという友達がちらほらいます。その気持ちとてもよくわかります。そんな人たちに伝えたいのは慣れるぞということです。本は最高です。もっと大きな目で見て、アートは最高です。偉そうに何か言える立場に自分はいないのですがもう言っちゃいます。いろんなものに触れてみて欲しいと。
いつかこれに出会わなかったなんて考えられないみたいな極上の体験をする可能性があるからです。
だからねーそう声を大にして言いたいんですよねー。
第一話楽しんでいけたら幸いです。ここからフルスピードで参ります。