プロローグ
牧大助 17歳 高校二年生 普通の高校生、内気。将来の夢はなし
七瀬莉子 17歳 高校二年生 軽音楽部、作詞作曲を行う。将来の夢はアーティスト
米山玄 18歳 高校三年生 陸上競技に打ち込む、将来の夢は暖かい家庭を築くこと
ずっと前から死に場所を求めてた。理想的な死を遂げることが物心ついた時からの宿願で、なぜそうなってしまったかは自分でもわからなかった。
放課後の人がまばらな教室はなぜか、昼と違って広く見えた。そんな不思議な感覚に囚われながらも支度をし、席を離れる。クラスメイトたちが教員の悪口で盛り上がっているのを横目に教室を後にした。伝わらない優しさに悲しさを感じた。いつも通り帰路に着くために廊下を早足で抜け、校舎の階段を降りた。部活動というものに対して情熱を持つことができなかった私は『帰宅部』だ。もう高校二年生だというのに未だに子供っぽい無気力に囚われたままだった。というのも大人になるのが怖かった。大切な何かを諦めなければいけないような気がしてしまっていたから。そしてそれは、半分正解なのかもしれない。もちろん大人というものをどう定義するかによるが。いや、無気力こそが大人の証なのかもしれない。
二階へとつながる踊り場を抜けようとした時、
「大助!」と快活そうな少女が私の名前を呼んだ。振り返ると美しいボブヘアーが階段の上から見下ろしていた。七瀬莉子だった。彼女は数少ない同い年の女友達だ。
「今度さ、文化祭の後夜祭でライブするから来てよ」と言われ、
「あー、わかった」とそっけない返事をした。
「米山先輩とは最近会ってるの?」いつの間にか隣にいた彼女が、そう言うのに驚きながら
「いや先輩は忙しいから会ってない。でさ、文化祭曲何やるの?」と聞くと。
「オリジナル、詳しくは見に来て確認したまえ」と、無邪気な笑顔を見せながら彼女はそう放った。そのすぐ後に彼女は、それじゃもう行くねと言ってその場から何処か、おそらく軽音楽部の部室へと駆け出した。私も階段を降りた。
台風の季節ということもあって校舎から出るとそれなりの雨が降っていた。それこそ陸上部が困りそうなぐらいの。天気予報は朝チェック済みなので、折り畳み傘を鞄から取り出し、ばさっと広げた。その時、
「すまん牧、駅まで傘に入れて行ってくれないか?」と人懐っこそうな声で米山玄が話しかけてきた。
「いいですよ」当然断る理由もないので入れていくことにした。米山先輩と私は小学校から高校に至るまでずっと同じ学校に通っている。たまたま志望校が被るという事態を『三人で』不思議がっていた。と言うのもそれは、七瀬も同じく志望校が被っていたからだった。小学生の頃は家もそれなりに近かったため、三人の仲は良かった。
「銅メダルおめでとうございます」と言うと、米山は
「ああ、ありがとう。準備してきたものが通用してよかったよ」と返した。ちょうど『米山玄くん世界陸上400mH銅メダルおめでとう』と書かれた横断幕を通り過ぎたタイミングでの会話だった。
「最近さ、何にも手がつかなくて困ってるんだけど何かいい解決策ないかな」と聞かれ、燃え尽き症候群だなと思った。
「そのうち練習も勉強もやる気になるんじゃないですか?大きなことを成し遂げたんだし今はゆっくりしてみてはどうです?」当たり障りのないことしか言えない自分に、若干の悔しさがありながらもそう返した。
「そうか、そうしてみるわありがとう」それ以降特に会話もなく駅に着いた。米山は中学生の時引っ越したため乗る電車は別方向だった。
別れてからスマホを取り出しイヤホンを耳につけ、いつものプレイリストからスピッツを再生した。電車の窓を叩きつけるように降る雨をぼーっと見ながら家の最寄り駅まで乗った。目的の駅に着き、座席から腰を上げて開いたドアを通った。いつも通り改札に向かい、駅を出てすぐ近くの交差点で信号待ちをした。その時、突拍子もなく今日は遠回りをして帰ろう。という気分になった。ルートは中学校に寄って小学校を経由して、帰るというもの。寄ってみたい場所があったのだ。それは小学生の時に私と米山先輩、七瀬の三人で遊んだ廃ビルで、そのビルは五階まであった。そこでかくれんぼや鬼ごっこをするのが、小学生の時に好きだったのを思い出したからだった。そのビルがお気に入りの場所だったのには、もう一つ理由があった。そこは、時間を司る神様が祀られていた神社の跡地に立てられたものだったからだ。はっきりとした理由はないが、その事実にものすごく心を惹かれた。交差点を離れ、中学校のある方向へと歩き出した。急に頭痛がしてきた。駅から中学校へと向かう道を通るのは、久しぶりのことだったので、懐かしい気分に浸りながら歩いた。中学校を通りすぎて、小学校へと向かい、200mほど歩いたところでお目当てのビルに到着した。頭痛はいつの間にか治っていた。その様子は小学生の頃とあまり変わっていなかった。昔このビルに入っていたであろう飲食店などの看板が、かなりのオーラを放っていた。寂れた雰囲気が昔より気持ちばかり増しているような気もした。
エントランスへと足を踏み入れた瞬間、空気が変わったのをなんとなく察知し、不思議に思った。しかし、異様な空気というほどでもなかったので、無視して進むことにした。エントランスを進んで左に階段があり、その階段を二階、三階、四階、五階と一つ一つの部屋を周った。昔と変わっていないことを確認したかった。飲食店などがあったでろう様々な跡を、アルバムを眺めるような気分で回り、五階を超えて屋上の扉を開けた。ほとんど変わっていなかった光景に満足感を覚え、帰ることにした。さっき登った階段を一つ一つ降りて行き、入ってきたエントランスへと戻ってきた。エントランスを出て西の方へと歩き出して、十分程度したところにある小学校を通り、小学生の時歩いた通学路を通って帰った。これもまた久しぶりのことなので高揚感を感じた。
家に着き扉の鍵を開け、中へと足を踏み入れると、なぜかすごく疲れていたことに気づいた。自分の中にある『スイッチ』のようなものが切り替わった感覚があったが、些細なことだと思い、忘れることにした。そしてなんとか気力を振り絞り、シャワーを浴びてすぐに、ベッドに入ってしまった。『もう後戻りできないなんてこと考えもせずに』
とあるアーティストさんが自分は作詞をするとき14歳の自分と相談しながら作っていると言っていて、それに感銘を受けました。私も物を作るときは必ず一番多感だった時期を思い出して、その頃の自分と相談しながらお話を書いています。行き着くべきは寛容で合ってほしい。自分みたいなしょうもない人間が願っていいことかはわかりませんが、それを一番の軸にしてものを作っています。多分私の文章はできる方が読まれたら駄文だなと感じると思いますが、暖かい目で見てもらえると幸いです。