勇者の聖剣(上)
これまで幾度と無く通った森……その更に少し奥をゆっくりと進む。
風が木々の間を通り抜ける音、それに揺られた数多の葉が擦れる音、そして森に暮らす動物逹の音……様々な音が静かに木霊する中地面に落ちた枝葉を踏みながら歩き周囲に何か目立ったものが無いかを探す。
ずっとこの森を歩いてきたとはいえ普段よりも深い場所を歩いているため未知への僅かな恐怖とそれを上回るほどの好奇心が俺の心の中を渦巻く。
母やヴィオさん逹によるとこの森はかなり広い森らしく奥に進むにつれ日の光が届きづらくなるらしい……そこまで奥まで行くつもりはないけれどこの場所も普段から来ていた場所に比べると若干薄暗い。
「……にしても、森の歩き方は慣れたと思ったんだけどな」
植生がいきなりガラッと変わっているわけではないはずなのだがいつもよりも体力を使っているような気がする。
「ん?なんかあそこだけ若干明るい……?」
少し休もうかと思っていると進行方向が若干明るくなっているように見えた、進行方向は森の更に奥地なのでいきなり明るくなるのはそこには開けた空間があるということになる。
「うおぉ……!!?」
若干の疲労感を無視してその明るくなっている場所に到着すると、そこにはかなり大きな樹が中央に鎮座している開けた空間だった。
その中央の樹もただ大きいだけという訳ではなくどことなく神聖な雰囲気があった。
「なんだここは……」
そのまま大樹に向かって歩いていくとふと大樹の根本に不可思議なものが見えた。
「……祠?」
それは大樹そのものが何かを祀るような、祠のような形をしていた。
大きな根が土台になり幹が中を守る壁の役割を果たす、そして中にあるであろうものが外から見えないように枝葉で目隠しがされている……おおよそ普通の樹木の育ち方ではないその祠のような樹木の中は見えないはずなのに、不思議とそこには"何か"があるという確信があった。
「……」
息を飲むほどに存在感を放つその"何か"は俺に語りかけて来るような、中を確認したいと思うような錯覚を覚える。
恐る恐る、しかしその手は迷うこと無く俺は目隠しの役割をしている枝葉をかき分けて祠の中へと足を踏み入れる。
「……!!」
神秘的、という表現が一番しっくり来るだろうか……装飾は最低限でありながらも素人目からでも業物であり金だけでは取引できないほどの価値があるとわかるその外見はまるで見るものを魅了するほど。さらに、その剣に向かって差し込む光がさらにこの剣の魅力を引き上げていた。
「……伝承は本当だったんだ……」
心臓の鼓動がどんどんと早く大きくなるのを感じる。興奮、高揚感、好奇心……それらの様々な感情が俺の心を支配していくのを感じながらも震える手でゆっくりとその剣に触れた。
(守れ)
「っ!!?」
触れた瞬間指先に軽い痺れと若干の痛みが走ったかと思うと頭に何かが流れ込んできた。
(護れ、守れ、己が正義を、己が背負う責務を)
「なんだ……これ……っ」
大きな鐘の音が鳴るようにその声は大きく頭の中に響く。
(お前の守るべきものはなんだ?護り抜く覚悟はあるか?)
「まもる……もの……」
いきなりそんなことを言われたってわからないがそれでも今ある平和を護りたいと俺は思った……いや、正確には"願った"
(……私はお前の剣、お前の守るべき想いを突き進むための道を切り開くもの……私を使え、来るぞ……お前の願いを脅かすものが)
そう剣に言われたような気がした瞬間頭に鳴り響いていた声は全く聞こえなくなり静かになった。
「っ……やっと収まった……なんだったんだ一体……?」
そう言いながらも俺の視線は剣に向けられている、恐らく全てこの剣が起こしたことなのだろうと疑念もなくそう思った。
「……とりあえずこれは持ち帰ろう」
そうして蔦や枝葉に絡まるようにして固定されていた剣から枝葉や蔦を取り除いて回収した後一旦村に帰ろうと祠を出た。
「当たり前ではあるけれどなんだか今日はいつもよりも疲れたな」
そんなことをぼやきながらも来た道を引き返すように村に戻っていく……戻っている途中でふとあの剣が言っていたことを思い出した。
ー来るぞ……お前の守るべきものを脅かすものがー
なんとなく嫌な予感がしたので一刻も早く森を抜けようと急ぎ始めた丁度その時……
どこかで獣の咆哮が聞こえた
◇願いと勇者
その勇者を象徴する武具や道具は人々の願いそのものから生まれるらしいね、そして願いを叶える素質を持つ者達を"勇者"といつしか呼んだらしいよ。
確かに願いに対する希望となる勇敢な者と考えればそう呼ばれるのも納得できるところがあるかもしれないね。