御伽の勇者(下)
それではこれからようやく本題の物語を紡いでいくこととしよう。
始まりはそう、とある小さな村に暮らす青年が森で不思議な祠を見つけたところから始まったそうだ……
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物心ついた頃から村の外の世界に強い憧れがあった……未知の世界を冒険して、誰も知り得ないような発見をして、そして伝説として語り継がれていく。
そんな、御伽噺のような冒険を自分もしてみたいといつしか思うようになった。
人口十数人程度の小さな村で生まれ育った俺は御伽噺に出てくる英雄達、そして勇者のように自分の信じるもののために戦い冒険することをずっと夢見つつも平穏な生活を送っている。
「せい!はっ!」
木と木がぶつかり合うような乾いた音が何度も辺りに響く。視界には、木で出来た的のような丸太が一歩半程度間を空けた距離にあり俺の手元には木を削って出来た簡素な木剣がある。
「おー今日もやってるのか、精が出るじゃねぇか」
そう後ろから声をかけられて振り向くとそこにはロングソードを腰から下げた強面の男性がこちらを見ていた。
「おはようヴィオさん、今日も見回り?」
「あぁ、周辺に異常がねぇか見て回ったとこだそっちは相変わらず剣の練習か?」
「まぁね」
ヴィオさんはこの村の警備をしている元傭兵で引退後にこの村でのんびり暮らしているらしい、ついでに俺や他の子供達に剣を教えたりしている。
「どれ、久し振りに手合わせしてみるか?」
「言ったね?今日こそヴィオさんに認めて貰うよ」
「そりゃ俺に一本でも取ってから言うんだな」
ヴィオさんはそう笑いながら言うと予備として俺が立て掛けておいた木剣を手にとって構えた。
互いに構え、そして互いに見合う……辺りは静寂に包まれる。
「……」
「……」
一陣の風が吹くと同時に互いの木剣がぶつかり合い鍔迫り合いのような状態になる。
「っ……!!」
「力比べじゃ俺に敵わねぇぞぉ!ほらどうする!」
筋力も体格もヴィオさんに負けている俺は力比べじゃ彼には絶対に勝てない。だから、力を全力で逸らすことにした。
鍔迫り合いのような状態から俺の刀身でヴィオさんの剣を滑らせるようにして受け流す。
「ちゃんと学んでるみてぇだな、ほら次だ!」
「っぐ……くそっ……!」
「受け流してるだけじゃいつまで経っても勝てねぇぞ!」
そんなことを言われてもヴィオさんの攻撃に継ぎ目が見当たらない、こんなんでどうやって攻撃をいれろって言うんだ。
「少しぐらい手加減してくれても良いだろ!?」
「ばぁか実戦で敵が手加減なんかする訳ねぇだろほらつべこべ言わずに俺に一撃いれてみろほら」
「っ!!……だぁーくそっ!!」
結局俺はあのままヴィオさんに押しきられて負けた、成人したて相手に大人気なさ過ぎないかあの人?
「まだまだ未熟だなぁお前は」
「そう思うんなら何処が悪かったか教えてくれよ」
「それを考えるのもお前の試験なんだよ、最低限のことは教えてやってんだから我が儘言ってんじゃねぇ」
ヴィオさんの言うことも最もな気がするので俺はそれ以上文句を言うのをやめた。というか、あの人に口で勝てた試しがないので痛い目を見ない内に話を切り上げただけだけど。
それから俺は森に出る準備をするために一度家に帰ることにした
「おかえり、飯できてるよ」
そう言って出迎えてくれた女性は俺の母さんで小さな酒場を経営している俺を女手ひとつで育ててくれた偉大な人だ。
「それじゃ飯を食ったら森に出ようかな」
「今日も行くのかい?ちゃんと夕飯までに帰ってくるんだよ、あとあんまり奥に行かないこと、それと」
「わかったわかったから!ちゃんとわかってるから」
「わかってるなら良いんだけどねぇ」
母さんに感謝はしているけれどいささか心配性なのが玉に瑕なんだよね。
朝食を取って森を進むための用意をすると家を出た。この村の森には、不思議な言い伝えがある。
なんでも導きを示す陽光の剣が森の奥に眠っているんだとか。
俺はその言い伝えを信じて毎日のように森を歩いて回っている。お陰で、森の歩き方や地形……生態系なんかは大体把握したと思う。
「……今日はもう少し奥まで行ってみよう」
そうして俺は歩き慣れた森の外縁のさらに奥まで進んでいった……今にして思えばそれが俺の運命を決める重要な分岐点だったのかもしれない。
◇この世界について
そっちではよくこういった作品の世界そのものに個別の名前がついていたりするようだけれど、ことこの世界においては名前は存在しない。強いて言えば大陸の名前が当てはまるだろうけど……まぁ、この物語では関係のない話だね。