サッドネスとハピネス
「ーーーーーはぁ」
「まぁた、サッドネスはそんな重いため息吐いてる」
「……おまえにはわからないよ…」
サッドネスと呼ばれた少年は、被っていたフードをより深く被り直してからもう一度ため息を吐いた。
あまりに目深かぶられたフードは、目元はおろか口元でさえも隠してしまっているほどだった。その上、部屋の隅っこで膝を抱えて蹲れてしまえば、完全に表情はわからなくなってしまう。
だが、沈痛なため息と、極限にまで縮められた体躯は、まるで絶望を体現しているかのようだった。
「うーーん、たしかに俺にはわかんないけど。決まったものは仕方ないでしょ?」
「……そう、だけど…」
あっけらかんと言い放つもう一人の少年は、それこそサッドネスとは真逆のような存在だった。
キラキラと輝く金の髪と血色の良い透き通った肌は、こんな片隅であっても眩しいくらいに辺りを照らしているように感じさせた。
「ほらほら。そんな落ち込んでないでさ。せめてにこやかにしてようよ。そしたら案外良い結果になるかもしれないし」
「……本気で言ってる?」
「うーーーーーーん、希望的観測、レベルかな?」
「…………もうおまえとは口利かない」
「え~~~~っ!」
ハピネスとしてもその通り名に相応しく、幸せになってほしいとは思っている。だがやはりサッドネスの過去の実績を考慮すれば、残念ながら望みは薄いと判断せざるを得ないのだ。
そう、サッドネスはその通り名が示すとおり、「悲劇の運命」を引き当ててしまうことが多かった。
この惑星はフォルトゥナの采配により、その日々の道筋を決められていた。フォルトゥナの意志が入らないように、感情に左右されないように、運命のルーレットを回して。
だが、気が遠くなるような年月の間に、フォルトゥナが数名の御使いを創り出したのだ。それがサッドネスやハピネスたちだった。
御使いたちを創り出したあとは、フォルトゥナは一年に一回、新年を担当する者を選ぶルーレットを回すだけになっていた。
ーーー疲れちゃったから、少し休ませて。
そうニッコリと微笑んだその人は、あれから何千年とも言えるような年月をいまだに休み続けている。職務怠慢だと言う意見もなくはないが、御使いたちにとっては創造主でもあるその人に、結局逆らうことはできなかった。
そうして最初は感情どころか個としての明確な姿も持っていなかった御使いたちは、永い永い年月をかけて「サッドネス」「ハピネス」と呼称されるほどの自我を芽生えさせていったのだった。
「……ハピネスはいつもどんなことを考えながらルーレットを回してる?」
「俺?俺は別になんにも考えてないけど」
「なにも?」
「なにも」
さも当然とでもいうかのように、清々しいくらいのあっさりとした答えが返ってくる。
それにサッドネスはもう一度ため息を吐いてから、より一層縮こまった。もちろんハピネスからは、そんなサッドネスが苦虫を噛み潰したような顔をしているのは見えていない。
御使いたちの仕事は、フォルトゥナに代わり、この惑星の運命の道筋を決めることだ。今ではルーレット以外にも、くじやあみだ、ガラガラなど多様性がある方法でそれは決められていた。
それなのに、サッドネスはどんな方法を選んでも、高確率で「悲劇」の命運を引き当ててきた。
どんなに「幸運」を引き当てようと尽力しても、それが叶えられたことは極々わずかだった。
強く願いながら、だが、強く願いすぎないように。思い浮かぶ方法をひたすらに試してきた。けれどどんなに試行錯誤してみても殆どはやはり悲劇的な道筋だったのだ。
はぁ、とサッドネスはもう一度ため息を吐いた。
御使いたちが惑星の人間たちと関わることはないが、それでも彼らの行く末を日々見つめている身としては、やはり憂い顔よりも笑顔を見ていたい。
それなのに、これから始まる一年はサッドネスの所為で、陰鬱なものになってしまう可能性が高いのだ。
「…ごめんなさい」
思わず零れ落ちてしまった言葉は、ため息よりも小さい筈だった。
けれど、ふわりとフード越しに優しい暖かさを感じて、身を硬くした。今更ではあるが、こんな情けない泣き言を聞かれてしまうなんて。
だが、そのままゆっくりと頭を撫でられて、少しずつ気分が落ち着いてくるのも事実だった。
「よし!サッドネスが幸運を引き当てられるようなやつを開発しよう!」
「……ぅん」
「ほら!立って!善は急げだ!」
最後にポンポンと頭を軽くたたいてから、ハピネスがそう告げてくる。
サッドネスからはハピネスがどんな表情をしているかは見えないが、その声音だけで彼が笑顔なことが伝わってきた。
いつでも明るく前向きなハピネスは、やはりその通り名が相応しい。
それが羨ましくて妬ましくて溜まらなかった時代もあるが、今ではこんなにも心を励ましてくれる存在になっているから不思議だ。
ただーーー。
「ちょ、痛いって!!」
グイと力任せに腕を引かれ、そのまま引きずって行こうとするのは勘弁してほしい。だが、喚くサッドネスを見ているのも楽しいのか、ハピネスの足取りは軽かった。
「時間は有限だからね!有効に使わないと!」
「もう…!わかったよ!」
何千年、何万年と、この惑星の運命を担っている御使いとしては、あまり信憑性のない言葉ではある。
だが、御使いたちの瞬きにも似た一瞬を、一生懸命に生きていく人間たちのために。サッドネスも足に力を込めた。
end.