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007 触媒リョウ1

―――――


『…ま、魔王、し、触媒にナってくれます?…』


……。


「ちっ…魔王は拒否。

何か操られてるっていうか、コースが決まり過ぎてる感じがする。


触媒は…まあ…いいか。正直だな。


じゃあ…食い物の恨みはここまでだ」


その瞬間、膨大な「喜怒哀楽」が、その根元にあるさらに根源的な何か、その何かが根源的な躍動とともに襲ってきた。

明滅する光が自分の中に入った。

ああこれは、これは「悦楽」か…?

意識がその中に消えていく。


「称号:コンぱくト」


「称号:コンぱくト」という文字が浮かび、リョウは「なんだーそりゃ?…やっぱり死ぬかもー…」となど思いつつ、再び意識を手放した。


―――――


……


《貴様は誰だ?…何故この星にいる?》冷たい女の声が響いた。


……


―――――


『触媒…触媒…』


『緊急事態…緊急事態…』


今度は無機質な声がリョウに語り掛けた。

今の無意識下のリョウからの反応は少ない。

しかし、無機質な声にとってはこれはリョウとの共同作業でなければならない。


『緊急事態。緊急事態。隣接迷宮種:検索名「女神システム」に存在を察知されました。

進化種と目されます。同システムの影響迷宮素から離脱。…排除。…排除します』


……。


『完全な排除は不可能。完全な排除は不可能』


『並行して有害種と見なされる可能性あり。逃走と潜伏を極めて強く推奨します』


『触媒…触媒…』

『反応なし。触媒リョウ、反応なし』


『強制起動を検討。自他身体修復中。強制起動は後発障害の可能性あり…』


『強制起動却下。強制起動却下…』


『暫時、共存保持と危機回避のため「称号:コンぱくト」自動起動します』


『触媒可能性自動起動。「称号:コンぱくト」起動許可…』


『「称号:コンぱくト」反応なし。「称号:コンぱくト」反応なし。「称号:コンぱくト」起動しません…』


『「称号:コンぱくト」を検索します。 コンぱくト、 コンぱくト、 コンぱくト…』


『…あれ?…え?…「小さくまとめる」「化粧用小箱」??…なにそれ?』


リョウの共存者となったその無機質な声は無機質にだがうろたえた。


触媒の意識や可能性に応じて、周囲の環境を変異させる自身の権能については本能的にわかっている。

リョウの存在を触媒としたのだからリョウの生い立ちについてもある意味理解できている。

だがその向かっていく可能性の道筋がよくわからなかった。

…いや、自身にも「今」わかってしまってはいけないように感じる。それが自身にも何故がよくわからない。それでリョウの称号から出た検索結果が「化粧用小箱」。


小箱では隣接する迷宮種とはとても戦えない。


『再検索。コンパクト、コンパクト、数理用語、コンパクト=位相空間。若干の適応』


反応があって無機質な声はちょっと喜んだ。


これは良い、と声は思った。周囲の現象を変異させる自身の能力を強化できる。しかし…。


『称号ツリー生成。「称号:コンぱくト:位相空間(小さくまとめる・化粧用小箱)」適応微弱…』


『変異できません。変異できません。変異できません。変異できません…』


絶望が襲う。この触媒リョウでは生き残りは困難か。しかしもう後戻りはできない。


リョウを強制起動して、今すぐ称号内容の可能性を共に検証すべきか。


いや、今はこちらに取り込んだ左腕と焼けた皮膚の再構成中だ。自分自身も再生中である。


今の変異可能性では再構成には暫く時間(数日~数百年)かかるかもしれない。


数日だったら怒らないだろうが、数百年は絶対に怒られる。それに今実はリョウの中から左腕の触手を伸ばし、ストックされた食料を洗いざらい漁っている最中だ。


声はリョウを起こすのをやめた。


『再検索「コンぱくト」「コンぱくト」「コンぱくト」「コンぱくト」「コンぱくト」「コンぱくト」「コンぱくト」…』


『触媒リョウの経歴を再検証。再検証。再検証。再検証。再検証。再検証』


『二級国民、サイコパス、ドリフター、ニート……『アイルの声』『アイルの声』…「あ、アイル、アイル、愛留、アイがトドまる」…

八月十五日…

命日…命日…命日…

百年前の戦争…

…死…』


しかし…声(迷宮種)は何故かアイルの声の原文を意識に登らせるのはやめた。

たぶんリョウはリョウ以外にあの声を聞いてほしくないだろう。


『「コンぱくト」「コンパクト」「こんパクと」「恨ぱくと」…命日…死…命日…死…タマシイ……魂……ぱくト!?……魂……魄……ト!…ト、ト、ト……魂魄徒!!!…「称号:魂魄徒」!?』


『魂魄徒』


―――――


その瞬間のことであった。


遥か昔から眠っていた孤独で小さな迷宮種の意識、意識といっても迷宮種のような上位存在にとってはそれは世界のように広い。

その意識の世界の中に、無数の星が流れ込んできた。

夜空に輝く銀河のように。大きな星もあり、小さな星もある。超新星のような大きなものもあり、原子のような小さなものもある。


迷宮種でも即座には演算できないほどの星の数。群青の夜空に広がる果てしない星。


しかし…リョウの意識可能性の中では、その大きなものも小さなものもそのすべてが、そのすべてが…「アイル」?…していた。


『サイコパスなのに…』


ああ、と迷宮種は納得する。


リョウは『アイルの声』以来、自分の食べるもの、歩む道に命をいつも感じていた。他者の命を取り込み、その命の場を簒奪する、それはあらゆる命の宿命だろう。動物の命、植物の命。


道端の草花を見つめるリョウにとっては、タンポポの一片の種も紡がれる未来だった。


だからリョウは感じないようにした。タンポポの種と、この星の主要原生生物、「人間」と言っているようだが、その命は基本同価である。


それは迷宮種にとっても同じ。しかし「人間」であったらそんな価値観はあってはいけない。


そんな価値観では自身の生命を存続させて行けないのだ。


迷宮種、いわんや今侵食している進化種にとってはすべてが「糧」だ。

星の組成も環境もすべてが「糧」だった。

「下位種」の命は、変異の素材にしか過ぎない。生命とはそういうものだ。


しかしリョウにとってはそのすべて「アイル」し、「アイル」すべきものであった。


危うい境界線上の意識…儚い儚い夢のような命…。


―――――


お読みいただきありがとうございます。拙文ですが評価いただければ励みなります。

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