004 青黒虫
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左手虫が「やったのはオレじゃない」とでも言うように、ぶんぶん首を振る。
《抗迷宮素剤を摂取しました。ゾンビ化を中和します…》
「…こうめ?しょかつこうめいざい?」
無機質な女らしき声。また、いきなり幻聴か?なんか軍師とか?
床にはチキンラーメンの残骸と、福祉事務所から貰ったなんかビタミン剤とかの残骸と…。
「全然、オメーじゃねーか!!」
ぶんぶん首を振る左手虫。
「…ご、ご当地ポテチと希少レトルトカリーまーでーもーー!こーのー左手虫ー!」
許すまじ…!
もともと目つきの悪いリョウであったが、さらに凶悪な表情となる。
そしてリョウは出刃包丁を取り出した。
「グ?グギッ?グギッ?」
左手虫は首を振り振りしている。それを、バンっ、と左腕をまな板に固定し…。
「うおおおおおおおりゃー!」
リョウは包丁を振り下ろした。
バシュッ!と音がして、体にドンっというちょい衝撃、ぶった切る前に、左腕が体からすっぽ抜けて、あっという間にシャカシャカ逃げて行った。
「えっ!?……」
トカゲの尻尾みたいな…って、オレが尻尾かよっ!?
さらにムラムラと怒りが湧いてくる。
左手虫は謎ブラックホールの中に逃げて行った。謎ブラックホールはいつの間にか腰をかがめて入れるくらいになっていった。
「なんじゃこりゃー!オレは尻尾か!?なんなんだよー!」とリョウは散らかった食い物の残骸含め、ガスコンロ含め、辺りの諸々をブラックホールに投げ込んでいく。
もうやけなのだ。
状況がまったくわからない。
うわうわうわーと冷蔵庫の中身や電子レンジまでも投げ込み、汗だくになって息が切れた。
ゾンビに取り殺される前に熱中症で逝きそうだ。
やけくそ作業の途中から、ぶった切れた左手から青黒いタコ足のようなものが生えて、何気にリョウを手伝っていたのはご愛敬である。リョウも意識しないようにしている。
「ハーハーハー…!フーフーフー…!」息を切らすリョウ。
耳を澄ますと、ブラックホールから音がする。
モシャモシャモシャ…「グギッグッグッ」
「よ、喜んでんじゃねーかー!」
リョウは怒った。怒りはしたが今度はやけにならず冷静に怒った。
「…腹が減った」
左手が取れてカロリーが不足しているみたいだ。十日間くらい寝てたしな。
リョウはキッチンの下から新しいガスコンロ(ガスコンロの予備はあと二台ある)を取り出すと、鍋にミネラルウォーターを入れる。今度は四国の硬質系だ。
未確認飛行物体系のインスタント焼きそばに熱湯を入れる。そしてしばし…。べこっとシンクから音がする。シャカシャカと容器を振る。
この音のためにオレは生きている。
大げさなリョウであった。
乾燥納豆と辛子マヨを混ぜ込んで焼きそばを食っていると、何気に視線を感じる。あのブラックホールから左手虫が覗いている。
「「グギィ…」」
「あのやろう、何気に増えて」
青黒虫は数匹になっていた。
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リョウは自分の左腕がもはやタコ足触手になっていることはガン無視している。
「…さてと」と、カラ容器をその左腕で謎穴に放り投げると絶妙なコントロールで吸い込まれていく。
リョウは短パンの腰にベルトを巻き、包丁と、そしてGジェット等の殺虫スプレーやら漂白剤やらライターのオイル缶やら、生き物にダメージがありそうな諸々をベルトに挟んで行く。頭にハチマキを巻き、小型懐中電灯を二本取り付けると何やら昔の名作幻想推理映画のようだ。装着に際し、左手の触手は極めて便利であった。
マスクを着け、右手に防災斧、左触手に金属バットを握り、キッとブラックホールを睨み、リョウは「うおおおおー!食い物のうらみー!」と謎穴に飛び込んでいく。
人間って結構うるさいくらいの大声出せるもんだなーと、頭の端で感じている自分がリョウには不思議だった。不思議と感じている自分と、不思議に感じられている自分とそれを引き起こした冷静な思考と、それと裏腹に妙に猛って大声を出す自分、自分はいったい幾ついるんだと思いながら、リョウはブラックホールに降り立った。
穴の中はぐちゃりという感じで、ぐにょぐにょしていた。何となく青く光っている。大きさは畳二畳くらいか。高さもそれほどでもない。さっき放り込んだものはもはや見当たらない。床も壁もぐにゃぐにゃとうごめいているようだ。
よく見ると青黒左手虫と同じようなうろこ状でできている。それがうにゃうにゃとうごめいている。
「気味わるっ!オラオラオラァ!どっせーい!」
リョウは、防災斧と金属バットを振り回して、ところかまわずぶち叩き出した。
「「「グギャッ?グギャ!グッ!グッ?ググハッ!」」」
「オラオラァー」
ドシュ!
「うわわわー?!」
壁から青黒虫が複数飛び出てきた。リョウは叫びながら手斧で虫の首を振り払った。切り口の断面から青黒い体液がほとばしる。
「あああー、こんのー!」
『……#$%……&”#……$、グキャ、グヤ……、$%)=’&……、GU、GうYA、Gや……、YAYA、YMEぐ……、ヤGU、ヤム……エ、ヤもえ、ヤメ、やm、ヤメヤメ、ヤモ…テ、ヤモテ、ヤモテ、ヤメ』
無機質な声が頭に響く。さ、さっきの女の声じゃない。ま、また幻聴か?
『ヤメて、ヤメて、ヤマてー!』
「うがー!」とさらにリョウは斧とバットで辺り一面を蹂躙する。
『yマテ、ヤメて、ヤモテ、シン、ジャウ、シンジャウ、キエ、キエ、ル。シんじゃいます、キエル、キキエ』
「……おまえが消えなかったら、オレが消えるんだろ?」リョウは初めて幻聴に応えた。
頭の中に響く何かに反応するのは「…アイルの声…」を聞いて以来だったな。そんな冷静な感想が意識の上に登る。・
「うがー」っとさらにリョウは、辺り一面に当たり散らす。幾つか出てきた青黒虫を斧で叩き切った。
『グッ』っと何かが聞こえた。謎空間が振動する。四方に無数の青い目が浮かぶ。謎空間まるごとだ。
やばい、あー死んだかな…とリョウ。走馬灯とかはないのかね…?
瞬間、ドシュっと四方八方から青黒虫がリョウに牙をむいた。リョウは防御してももう仕方ないなと咄嗟に感じながらも、両肘を抱えて身を屈めた。
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