002 謎穴
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涼は瞑想してみた。
……。
いや、臭い…。臭いな。なぜかパクチー臭い。臭いぞ。ベランダやドアからじゃないな。
(あれ?)
見ると、押入れの引き戸に小さな黒い渦巻が回転している…ように見える。
あそこに穴?いや錯覚だろ?
なんだ。何なんだ?
ヤバいな。
モンスターとか出てくんじゃねーか?まだ小さいけど
しかし、臭い。パクチー臭いぞ。
とりあえずガムテープで塞ぐか。
ビー、ビー、ペタペタっとガムテ。
ドピュッ!
「お、おうわ!」
ガ、ガムテープが吸い込まれた。
「……」
こ、ここもまずい。
安住の地ではない。
カナンもネバーランドも遠い。
やはりヤバいな。
いかなサイコパスでも耐えられん。
どうすっか?
逃げるか?
…あ、あの、ウォーキングなデッドの中に?
もっかい外見るか?
ガラッ。
う、うあっ!生臭!
「グッグモー!」
シャラシャラシャラ、ババババー。
あー遠くで…でかい豚が暴れている。
ビルくらいのでかさの灰色の二足歩行の豚もどきがオスプレイXなんたら数機と戦っている。
オークか?オークなのか?ああいうオークってせいぜいゲーム初期のモンスターじゃなかったっけ?
肉ドロップしたら何万トンかあるんじゃないか?
下の道路には、デッドが、あ、ゾンビか?
それがゾロゾロ。
うむ。生き残れる感まったくない。生臭い。
ガラッ。バン。
スーハースーハー。
落ち着けオレ。がんばれオレ。勇気を出せ。非情で無関心な弱サイコパス特性を活かせ。
外はダメだ。おんもは危険。おんもは危険。
なにげに時計を見ると、八月十五日…?
ん?ん…と、と、十日くらい寝てたのか?
さ、さすがに寝過ぎだな。バイト納めが確か八月五日。十日だもんな。こ、昏睡レベル。よ、よく死ななかったな。
腹へった。
とりあえず、なんか食おう。
冷蔵庫。れ、冷蔵庫は…危険な状態だ。全開するのは止めておこう。
ビールは冷えてないが、ストックがある。
カレーでも食うか。
ガスコンロを出して温めようと思ったが、蛇口から水が出なかった。
風呂の水は…ああ、もはやトイレにしか使えない。
ミネラルウォーターでレトルト飯とカレーを温めよう。残りのお湯はお茶に転用。
食った食った。しかし暑いぞ、暑い。カレーも熱かった。
おまけにお茶がプラスチック臭いぞ。くッ、折角の富士樹海の水が…。ミネラルウォーターは贅沢とは思ったが、いつが最後の晩餐かわからんしな。
持続的生活には問題点があるな。
水と加熱、夜になれば照明。
レトルトも有限だ。
あと、そこの引き戸の小ブラックホール、黒い渦巻。
ちょい大きくなったな。
うーむ。
護身用金属バットの登場だ。
シュポッ…。
シュポッ…。
押しても抜いても何ともないようだな。
シュポッ…。
ビュッ!
「うおあっ!」
ドビシュッ!
いきなり引っ張られ、そんでまた押し返された。
シュポッ…。
引き戸を開け閉め。
ガラッ?…ガラッ、ガラッ、ガラッ!
「?な、なんやねん?これ?」
思わず関西弁になった。
バットを謎穴に突っ込み引き戸を開け閉め。
ガラッ?…ガラッ、ガラッ、ガラッ。
ブラックホール(仮称)は引き戸にくっついている。押入れの中はいつもの服やガラクタ。引き戸を開け閉めしてもバットは引っかからない。
異次元だな。何で勉強机の引き出しじゃないんだ?
あ、ウチ勉強机なかった。
まあいいだろう。
ただまあ、こういう状況は…なんか心がうずうずする。どこか思わず惹かれてしまう。
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盃涼は、幼少期からは賢しらな子供であると言われていた。
表面的には普通の子供であった…らしいが、とにかくいつも落ち着きすぎるほど落ち着いていた。
そして十二才の時であった。
両親の勧めで市民適正検査を受けた。
国連推奨の「注意喚起特性保持者」鑑定テスト、人類選別試験だ。
年齢的には早いが親は心配症で、最低年齢で試験場に連れて行かれた。
『あなたはむしをころすのがすきですか?』
低年齢用の試験は、そんな質問シートの羅列であった。
涼(以下、リョウ)は面倒なのでほとんどYESをチェックした。
あとは簡易頭部CTと採血で終わり。
検査の通知は本人直送だ。
結果は親にも知らせる必要はない。
しかし、数ヶ月に一度最寄りの福祉事務所にて面接とちょっとした検査を受けなくてはならない。
犯罪準備可能行為の抑制と前頭葉組成の確認のためだそうだ。
学校帰りの学生服のままで何回か福祉事務所に通ううち、両親の何かを伺うような視線が面倒くさく、またかえって面白く思えてきた。
あの、うずうずするような、そそる、惹かれてしまう感覚だ。だから…。
『オレって、強サイコパスと中ドリフターと弱ニート特性だってー…』と言ってしまった。
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