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神木さんちのお兄ちゃん! ~神木家には美人すぎる『兄』がいます~  作者: 雪桜
第5章 おもかげと先輩

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第72話 あかりと呼び捨て


 講義が終わると、あかりは一人溜息をつきながら校内を歩いていた。


 今日は、とんでもないことを知ってしまった。


 なんと、先日の本屋で出くわし、家まで送り届けてくれた"あの金髪の青年"が、自分と同じ大学に通う、神木飛鳥という先輩だということが発覚したのだ。


 しかも、その神木 飛鳥。

 あろうことか、かなりの人気者らしかった。


 あれだけの美青年。

 しかも隠し撮りされるほどの人気者だ。


 ならば、熱狂的なファンくらいいてもおかしくないし、そんななか、もし自分が、あの日一緒に歩いていた女だとバレたら、命がいくつあってもたりない!!


(でも、さすがに刺されたりはないよね? それに同じ学部っていっても先輩だし……さすがにもう会うことは……)


 ここ桜聖福祉大学は、そこそこ広い大学だ。


 きっと、運命的なものでもない限り、まず再会することはないだろう。こちらに引っ越してきてまだ数ヶ月。できるなら、この大学生活、平穏無事に過ごしたい。

 だが、あかりが、そう思った時──


「アスカ!」

「!?」


 あかりの横を一人の青年がとおり過ぎた。


 赤毛の髪をした、スラリと背の高い青年だ。その青年は、男性とも女性ともとれる中性的な名前を呼びながら、目的の人物のもとへと駆け寄っていく。


 あかりは、ふとその名を聞き、今まさに考えていた人物の事がよぎると、その赤毛の青年の行く先を視線だけで追いかけた。


 すると──


「あ、隆ちゃん。今帰り?」


「あぁ。丁度良かった飛鳥。お前今日、用事あるか? ないなら少し付き合え」


「なに? どっかいくの?」


「母さんが喫茶店の新メニュー、味見してほしいんだと」


「へー。美里さん、また新作考えたんだ。いいよ、時間ならあるし」



「…………」


 赤毛の青年が話しかけると、夕日色にも近い”金色の髪をした美男子”が、これまたにこやかに答えた。


 そして、あかりはその光景を見て、絶句する。


 なぜなら、そこには、あの日あかりの荷物を持ち、家まで送り届けてくれた、あの青年か!!


 そう、この大学の有名人でもある、あの"神木 飛鳥"がいたからだ!!


(嘘でしょ!? ホントにいるよ、あの人?!)


 今一番会いたくなかった人物の登場に、あかりは、まるで恐ろしいものでも見るかのように顔をひきつらせた。


 もう会うことも無いと思っていたのに、神様はなんて残酷なのだろう。


 しかも、残念なことに、ここを通らなければ校舎から出れない。もはやレベル1で、ラスボスに出くわしてしまった時のような心境だ。


 だが、出くわしてしまったからには、なんとかしなくてはならない。


 もし、選択肢があるなら、こうだろう。


 □話しかける

 □逃げる

 □助けを呼ぶ


(うん。ばれないように逃げよう……っ)


 いや、選択肢なんて、あってないようなものだった。助けを呼べる相手なんていないし、話しかけでもしたら一巻の終わり。”逃げる”以外を選択していいはずがない!


(だ、大丈夫、落ち着こう。きっと私の事なんて、もう忘れてるわ)


 むしろ、忘れていてくれ。


 そう願いながら、あかりは小さく深呼吸をすると、顔を伏せ縮こまるようにして、飛鳥と隆臣(その友人)の元をこっそり通りすぎる。


「新作って、どんなの?」

「夏向けのデザートらしい」

「へー」


 幸い二人は、未だに喫茶店のデザートについて話していた。きっとこれなら、こちらに気づくことなくサヨナラできるだろう。


 だが、そう思った時──


「あれ、あかり?」

「ひぃ!?」


 通りすぎようとした瞬間、飛鳥があかりに気付き声をかけてきた!しかも


(なんで、呼び捨て!?)


 あろうことか、超親し気に”呼び捨て”にされた。勿論ここは大学構内。まわりには他の生徒もたくさんいる。そんななか、いきなり呼び捨てで「あかり」などどいわれたのだ!!


「あ、やっぱり、あかりだ~。この前のカボチャ、全部食べれた?」


「……っ」


 だが、あかりの心中など知りもせず、飛鳥は、爽やかな笑顔を浮かべながら、あかりの側に近づいてきた。

 

 しかも、嫌いなカボチャを全部食べたのかと聞いてくる。何だこの人、嫌がらせの天才なのか?

 

 ちなみに、おばあちゃんからもらったあのカボチャは、かろうじて食べれる天ぷらにして全部食べました。四日間くらい天ぷらづくしだったけど……


「あかり、聞こえてる?」

「!?」


 すると、一向に返事を返さないあかりに、飛鳥が首を傾げながら再び問いかけてきた。おもったより近い距離に立つ飛鳥に、あかりは思わず後ずさる。


 いや、近づかなくていい。

 だいたい、そんなに仲良くなった覚えはないのに、なぜ呼び捨て!?


 コミュ力高すぎて、びっくりした。せめて「さん」くらいはつけてほしい!ていうか、なぜ名字で呼ばない!?


(あ、そっか……この人、私の”名字”知らないんだった)


 だが、思い返せは、お互い名乗っていなかった。


 先日、送ってもらった時も、もうこれっきりと思って、おたがい名乗らないまま別れた。なにより、あかりが彼のフルネームを知ったのも、今日たまたま。


 (どうしよう……ちゃんと名乗ったほうが良いのかな?)


 自分だけフルネームを知っているのは、少し不公平な気もして、あかりは軽く罪悪感を抱いた。


 それに、この前は荷物を持ってもらえて、とても助かった。ちゃんと名乗って、改めて、お礼を言ったほうが良いかもしれない。


 だが……


(あ、でも……この人、同じ大学に通っていることを隠してたし)


 すると、今朝のことを思い出し、かりの中には、またふつふつと別の感情が芽生えてきた。


 だいたい、もう関わりたくないのだ。

 ならば、名乗る必要があるのか?


「あかり、大丈夫?」

「!?」


 だが、またもや飛鳥が声をかけてきて、あかりはびくりと肩を弾ませた。


 先日の朗らかな雰囲気とは全く違うあかりの姿。それを見て、体調でも悪いのかと心配したのか、飛鳥は、不意にあかりの顔を覗き込んできた。


 さっきより近い距離で見つめられ、思わず身体が硬直する。改めて見れは、とても綺麗な顔をしていた。これなら、ファンクラブくらい余裕でありそうだ。


 どうしよう。いますぐ、逃げたい。


 ただでさえ、呼び捨てにされて、わずかながらに注目を集めているのに、こんなところを見られたら、明らかに知り合いだと思われる。


 いや、まだ知り合いならいいが、下手したら、彼女だと勘違いされる! そうなったら、刺される!!


「────ッ」


 瞬間、あかりはきつく飛鳥を睨みつけると、一切言葉を発することなく逃げるように、その場から走り去っていった。


「……ありゃ?」


 だが、いきなり睨まれ逃げられた飛鳥の方は、そりゃ意味が分からない。

 

(聞こえてなかった……のかな?)


 いや、目もあったし、あれだけ近かったのだから、それはないだろう。


 となれば……


(さてはアイツ、あえて無視したな)


 それに気づいた飛鳥は、何やら黒い笑顔を浮かべた。なんの恨みがあるかは知らないが、どうやら、完全無視を決め込んだらしい。


 すると、そんな飛鳥を見て、今度はその横に立つ隆臣が声をかける。


「……誰だあの子? お前、スッゲー睨まれてなかったか?」


「あー、少し前に話さなかったっけ? 迷子になってた女の話」


「あぁ、大河の言ってた優しそうなって、あの子か?」


「そうそう、でも、あれ間違いだった。アイツ、俺の善意をことごとく無に返そうとするんだよね。それになにあの態度。ケンカ売ってんのかな?」


「いや……なんでそんな犬猿の仲になってんの?」


 飛鳥が珍しく興味を示していた女の子のはずが、そんな彼女と、なにやら殺伐とした雰囲気を醸し出しているのを見て、隆臣はただただ顔をしかめるばかりだった。



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