第57話 遅刻と忘れ物
「あーやばい、遅刻するぅ!!」
ただでさえ、慌ただしい朝。
華は、歯磨きを終え、再びリビングに戻ると、バタバタと慌てた足取りでソファーにかけていたブレザーを手に取った。
華が「今にも遅刻しそうだ」と、慌てふためいている理由は、昨晩遅くまで「兄と弟と共にゲームに勤しんでいたから」という、遅刻の理由にするには、なんとも呆れ返る行いのせいである。
昨夜、夕食を終えた後、なにげなくゲームを始めてから、かわるがわるお風呂に入ったまではいいのだが、三人で対戦を始めてしまったのが運のつきだった。
次の日も学校があるというのに、気がつけば深夜二半時を過ぎ、さすがにマズいと、ずくにベッドに入ったのだが、結果、寝坊して今に至る。
神木家の父は、現在海外にいるが、正直こう言うときに、静止の声をかけるべき保護者がいないというのは、本当に厄介なものだった。
「あれ!? 飛鳥兄ぃ、着替えないの!?」
すると、上着を手に取った瞬間、華はいまだ椅子に腰かけまったりとしている兄に気づいて、声をかけた。
見れば、兄はTシャツにスエットといったラフな……と言うか、まだ寝間着姿のままでボーッっしていた。何を微睡んでいるか。大学に行くなら、兄だってそろそろ準備を始めなくてはヤバイはずだ!
「ちょっと飛鳥兄ぃ、大学は!?」
「ふぁぁ~だって俺、今日は午後からだもん」
「はぁ!!?」
華の問いかけに、以前眠そうな飛鳥は、一つあくびしながら答えた。どうやら計算高いお兄様は、しっかり午前中に寝る時間を確保をしてからゲームをしていたらしい。
「うっそ、なにそれ裏切者!!」
「はは、なにいってんの。俺は一度止めただろ『明日大丈夫か?』って」
余裕たっぷりの笑みを浮かべて「それを無視してゲーム続けたのはお前たちだろ?」と、意地悪そうに微笑む兄は今日も綺麗だ。だが、その笑顔がたまらずに憎たらしい!
「おい、華、なにやってんだよ! オレもういくぞ!」
すると、今度は玄関から急かすような蓮の声が聞こえてきて
「あ!まって、蓮!」
華は、慌ててブレザーを羽織り、鞄を手に取ると、玄関へと向かう。
「ひゃ──!?」
だが、リビングから出ようと扉に手をかけた瞬間、いきなり背後から首根っこを掴まれた。
遅刻寸前だと言うのに、いきなり引き止められたは華は、とらえた相手を見るなり
「ちょっと、飛鳥兄ぃ!? なにしてんの!!?」
華をとらえた相手は、兄の飛鳥。
強制的にリビングから出るのを阻止してきた兄に、華が困惑していると、飛鳥は酷く呆れた口調で
「お前、ブラ透けてる」
「!!!?」
瞬間放たれた言葉に、華は目を見開き、そして、みるみるうちに赤くなる。
「きゃぁぁッ!! どこ見てんの、変態!!?」
「は? 見せてんの、お前だろ」
いきなり変態よばわりされ、今度は飛鳥がにっこりと笑いながらも怒りマークを浮かべた。
どうやら、ジャケットの下に着ている白いブラウスの上から、華の可愛らしいピンク色の下着が透けて見えたらしい。そして、それに気づいた飛鳥は、とっさに捕まえたようなのだが
「お前、もう高校生だろ。身だしなみには気を付けろって、あれほど……とりあえず、すぐ着替えてこい!」
「えー!! 上着、着てるだから、このくらい平気だよ! 体育の時は更衣室で着替えるんだし!」
「お前、それマジで言ってんの?」
「飛鳥兄ぃは気にしすぎなの! もう行くね、本当に遅刻するんだってば!!」
これ以上は付き合ってられないと、華は再びリビングから出ようと試みる。だが──
「あっそう、じゃぁ、俺が着替えさせてあげよっか♪」
「!!?」
瞬間、華の制服を掴んだ兄が笑顔でそう言って
「きゃぁぁ、ちょっと、嘘でしょ!?」
「嘘じゃないよ。ほら、時間ないんだろ」
「わっ、やっ」
逃げようとする華をのブレザーに手をかけた飛鳥は、それをいても簡単に脱がせた、今度は首元のネクタイに手をかけた。
ボルドーのネクタイをほどかれたら、次はシャツを脱がされてしまう!そんな兄を見て華は顔を青くする。
別に兄に裸を見られるのは、初めてではない。なんせ、兄が中学に上がるギリギリまで、一緒にお風呂にだって入っていたくらいだ。だからか、兄からすれば、妹の身体なんて見慣れているのかもしれないが……
「きゃぁぁぁぁぁ最っっ低!! 鬼! 悪魔!!」
「じゃぁ、自分で着替えろ」
「あーもう、わかったから!! 飛鳥兄ぃのバカー!!」
結局、兄相手に諦めるしかなくなった華は慌てて自室に戻ると、今度はしっかりと下着が透けないよう、中のインナーを黒色のものに着替えて、改めて玄関まで走る。
「いってきまーす!!」
「華、走るぞ!」
待っていた蓮とバタバタと出ていく華。
飛鳥は、それを見届けると、一人になった家の中で、深くため息をついた。
「はぁ……本当にわかってんのかよ、華のやつ」
妹の華は、どうも無防備過ぎるところがある。
男所帯で育ったせいなのか?
はたまた、大事に育て過ぎたのか?
“男性の危険性”を、まるでわかっていない。
「育て方……間違ったかな?」
そう言って、まるで親のような一言を呟くと、飛鳥は再びリビングへと戻った。
静かになったせいか、急に睡魔が襲ってきて、飛鳥は小さくあくびをすると、軽く背伸びをし、眠気覚ましにとキッチンで冷たい水をコップに注ぐ。
「?」
だが、水を飲もうとコップを口につけた瞬間、キッチンのカウンターテーブルの上に置かれた可愛らしい包みに目を奪われた。
うさぎ柄のハンカチでつつまれた、ピンク色の包み。それは妹の──
「ありゃ? 華のやつ、弁当忘れてる?」
飛鳥は、それが今朝、自分が作った双子のお弁当の片割れだと気づくと「はは」と渇いた笑みを浮かべたのだった。




