第50話 飛鳥くんと大学生活
「神木くん、バイハーイ!」
「神木、またなー」
大学の講義が終わると、同じ学部の生徒たちが、カリキャラムが書かれた冊子に目を通していた飛鳥に代わる代わる声をかけてきた。
飛鳥はその声にきづくと、軽く手を振り、さよならの合図を送る。
今、飛鳥が通っている、この「桜聖福祉大学」は、福祉や教育に携わる人物を、教育・育成することに特化した大学で、学部は「総合福祉学部」「教育学部」「医療看護学部」の三つの学部に別れている。
飛鳥は、その中の「教育学部」で初等教育学科を専攻しているのだが、平たく言えば、小学校や幼稚園の先生、保育士の資格めざす学生が多く在籍している学科だ。
飛鳥もゆくゆくは、幼稚園教諭の免許と保育士の資格を取るつもりでいるのだが、三年にあがると今までにはなかった外部での実習も増えてくるようで、今年は何かと忙しそうだと、手にした冊子を見ながら頬杖をつく。
(父さん、また海外行っちゃったし、今日は俺が買い物して帰らなきゃな)
一度ため息をついたあと、飛鳥は気だるそうに鞄に冊子を詰め込むと、バッグを肩にかけ席をたった。
春に一ヶ月ほど帰ってきていた父も、今朝方また日本をたった。
この一ヶ月の間に変わったことと言えば、蓮華が高校に入学したことと、自分が三年に上がったこと。そして、今までは同じ部屋を共同でつかっていた蓮と部屋が別れたことだろうか。
今まで、狭苦しかったあの部屋も、蓮の荷物が父の書斎に移動したため、格段に広くなった。
……と、いっても、元々父の部屋に置いていた飛鳥の本が同時に戻ってきたため、その代わりに本棚がいくつか増えたのも確かだが。
「神木ー」
「?」
教室を出ようとした瞬間、突然後ろから声をかけられた。飛鳥が顔だけ向けて振り向けば、呼び止めた相手は、安田という同じ学部の学生だった。
「……なに?」
「頼む、神木!! 今度の"合コン"一緒にきてくれない!!」
「無理」
「ちょ、即答!!?」
パンと手を合わせ懇願してきた安田のお願いに、飛鳥は即時にNOの返事を返すと、再び前へと歩き始めた。
「ちょ、待って神木、頼むって! 相手の女の子達に、神木も連れて行くって約束しちゃったんだって~!」
「できもしない約束取り付けてくるなよ。俺、合コンとか基本行かないから」
「そこをなんとか!!!」
「無理。大体安田、彼女ほしいから合コンにいくんだろ? なら余計に、俺は連れていかない方がいいと思うけど?」
常日頃から「彼女が欲しい」と喚き散らしている安田。そんな安田が、大勝負ともいえるその合コンに、こんな”極端に美形な男”をわざわざ連れていく意図が分からない。
「確か、神木がいたら女の子はみんな神木の方に目が行くだろうけど……でも、そこは神木が、ゲスな感じの演技してくれたら『神木くん最低ー』てなって、俺たちにもスポットあたるから大丈夫!」
「あはは。なんで、俺がそこまでしなきゃならないの? 本気で怒るよ」
「えーいいじゃん、ちょっとくらい協力してくれたってー! 神木、その顔なんだから多少イメージ崩れても大丈夫だって! それにあっちま可愛い子連れてくるって言ってたからさ。行けば、お前が気に入る子もいるかもしれないじゃん」
「いや……俺、可愛い子は遠くから見てるだけでいいや」
「なに非リアみたいなこと言ってんの!? お前そっち側の人間じゃないでしょ!?」
「大体さ、俺を連れてこいって時点で、安田のこと"眼中にない"のわかるじゃん。いいように利用されてるだけだって」
「俺みたいなモテない男は、わずかな光でもすがるしかないんだよ! それに神木、ずっと彼女作ってないだろ! いつまでもそんなこと言ってたら、いくら神木でも婚期逃して一人寂しい老後がまってるかもしれないぞ!」
「……余計なお世話」
「つーか、前から気になってたけど、あんなに告白されてるのに、なんで彼女作らないんだよ。神木なら選び放題だろ?」
「……」
「いいよなー神木は。俺も、そんな顔に生まれたかったわ! じゃなきゃ、俺なんていつモテ期がくるかわからないし! 大体、お前が作らないせいで、女子が……って、神木聞いてる?」
「……」
急に黙り込んだ飛鳥を見て、安田が再び問いかけた。すると──
「そんなに、この顔がよければ、整形でもすれば?」
「……っ」
瞬間、酷く不機嫌そうな声とが返ってきて、安田は目を見張った。
「あ……ご、ごめん! 神木、もしかして怒ってる!?」
「とにかく、俺合コンには行かないから、ちゃんと断れよ。それと、安田がモテないのは、顔じゃなくて、中身のせいだろ?」
「えぇ、ちょ、中身!!?」
日頃、穏やかな飛鳥の、珍しく刺さるような雰囲気。それを感じとった安田はあたふたと謝り始めたが、飛鳥はそんな安田の前からたちさると、大学の長い廊下を進み、そのまま校内から外へと出る。
「はぁ……」
──なんか、すごくイライラする。
外を見渡せば、そこは既にサークル勧誘の人たちで溢れていた。
春はまさに出逢いの季節というだけあり、新しく一年が入ったことで、サークルの勧誘も、合コンやコンパなどの誘いも、この時期は格段に増える。
だからといって、飛鳥はサークルにも合コンにも全く興味はなく。また相手が自分に”何を求めているのか”をなんとなく感じ取ってしまい、誘われることはあっても、返事はいつも決まって、NOばかりだった。
「神木くーん!」
「!」
すると、そんな飛鳥にむけて、再び声をかける人物が現れた。
キラキラと子犬のような笑顔を浮かべて、こちらに走ってきた茶髪の男。それを見た瞬間、飛鳥の表情は、まるで追い打ちをかけるように曇っていく。
少し離れた場所から、手を振りながら現れたその人物は、二ヶ月程前に出会った「橘 隆臣」の友人であり、自分のファンだと熱弁していた
──武市 大河だった。




