第46話 転校生と黄昏時の悪魔⑭ ~友達~
「なんでお前が、俺の家知ってんの?」
事件が起きてから、一週間。
今日から、神木が学校に登校すると聞いていた俺は、今まさに神木の家の前に立っていた。
「なんでって、お前の親父さんから聞いたから」
「へー……」
家から出てきた神木の前に立ち塞がった俺に、神木が無表情で答える。
あんなことがあった後だと言うのに、神木の表情は普段となにも変わらなかった。
だけど、あの日。父親にしがみつき、震えながら泣いていたコイツを見ていた俺は、その心にどれだけ深い傷ができたのかを、嫌でも知っていた。
「あのさ。お前、友達作った方がいいんじゃないか?」
「…………」
唐突にそう言えば、俺のその言葉を聞いて、神木が迷惑そうな顔を見せる。
まるで、余計なお世話だとでも言うような……でも俺は
「お、お前、他のやつ巻き込まないように、あえて友達つくらないようにしてるんだろ?」
「……」
「でも、友達作って、誰かと一緒に登下校しほうが変なやつに声かけられることも減るだろうし、学校で嫌がらせされることも……なくなると、思う……だから……っ」
「何が言いたいの?」
どこか歯切れの悪い俺の言葉を聞いて、神木が、いつものひんやりとした声を発した。
分かってはいた。
分かってはいたけど、この言葉を言うのが、こんなにも恥ずかしいとは……!
「俺、そろそろ行くね」
「……っ」
すると、黙りこんだ俺を見て、痺れを切らした神木は、先に行こうと俺の横を通り過ぎた。
朝の光を浴びて、神木の金色の髪がキラキラと揺れて、それが視界から消えた瞬間、俺は拳をきつく握りしめた。
わざわざ、家まで迎えに来てやったとのに、そのことには一切触れず、また一人で学校に行こうとする神木。
はっきり言って、かなり可愛げがない。
少しくらいは感謝とか、せめて「おはよう」の一言くらいあってもいいと思う。
だけど、この素っ気ない態度すらも、全部"優しさの裏返し"なのだと思うと、無性にかなしくなった。
「神木!!」
「……!」
瞬間、背を向けたまま声をはりあげた。そして
「仕方ないから、俺が友達になってやってもいいけど!!」
その声に、神木はピタリと足を止めたのが分かって、俺も一緒に振り向けば、その青い瞳と目が合った。
「と、友達に……なりませんか?」
「…………」
「…………」
「…………」
「……あ、あの……返事は?」
すると、やたらと長い沈黙が続いて、俺は絶えきれず、問いかけた。
神木は一切表情を変えず、無表情なままで
また、生意気な言葉が飛び出すのか?
はたまた、鼻で笑われるのか?
嫌な結果ばかりが浮かんで、俺はゴクリと息を飲む。
だが──
「ぷっ、あははっ、なにそれ!」
だけど、さっきまでの仏頂面が嘘のように、少し困ったように声を上げて笑った神木を見て、俺は思わず目を見開いた。
なぜならそれは、今まで一度もむけられたことのない、嬉しそうな笑顔だったから──
(……侑斗さんの言った通りだ)
すると、俺はその瞬間、先日の"侑斗さん"とのやり取りを思い出した。
あの日──
「いえ、俺も神木に助けられたんです。あの……だから……だから、俺、神木の友達になってもいいですか!」
そういった俺に
「あぁ……飛鳥、きっと喜ぶよ」
そう言った俺に、侑斗さんは、優しく笑ってくれた。
その神木の笑顔を見て、なんとなくだけど、大丈夫な気がして……
「よ、よし! じゃぁ俺、今日からお前のこと『飛鳥』って呼ぶから、お前も俺のこと呼び捨てでいいからな!」
「っ……あのさ。俺と一緒にいたら、また変な事件に巻き込まれるかもしれないって分かってるのに、それなのに、わざわざ友達になるなんて言ってるの?」
「だったら、なんだよ!」
「ていうか、友達宣言とか恥ずかしくないの?」
「うるせーな!! 恥ずかしいに決まったんだろ!! てか、お前、笑えるんなら学校でも笑えよ! その方が友達たくさんできるって、うちの母さんも言ってたから!!」
「……ふーん、笑えね」
「な、なんだよ、お前のために言ってるんだぞ」
「…………」
すると、神木は一瞬だけ考えたあと
「……ホントに、いいの?」
「え?」
「俺が、学校で笑うようになったら、大変なことになっちゃうかもしれないけど……」
──それでも、いいの?
と、少しだけ小首を傾げて、綺麗な微笑む神木を見て、思わず息を飲む。
小首を傾げて、上目遣いで伺うような、その仕草は、本当に見惚れてしまいそうなほど綺麗で……
(あれ、なんか本当に……ヤバいような?)
「ま、いっか! 友達とか、笑えとか、ちょっと注文が多い気もするけど、橘には"借り"があるし、その条件のんであげるよ。それじゃ、これから宜しくね?──隆ちゃん!」
「!?」
だが、そう言って、笑顔と共にむけられた言葉に、不意に胸の奥が熱くなり、
「は!? なんで、ちゃん付け!?」
「だってお前、俺より弱いでしょ?」
「弱くねーよ、なんだそれ!? てか、俺、空手始めることにしたんだからな! いつか、お前の腕なんて、簡単に折れるようになるぞ!!」
「え? 俺の腕折るために空手始めんの? なにそれ、今すぐ破門じゃん。バカなの?」
「あぁ、やっぱお前ムカつく!! つーか、その性格治せねーのかよ!! そんなんじゃ、マジで友達出来ねーからな!」
「いいよ、別に」
「はぁ!?」
俺が言った、友達を作れと言う提案を全面否定するかのような神木な言葉に、俺は苛立つ。
だけど、その後、神木は、また俺を見つめると
「だって、友達なんて、一人いれば十分でしょ?」
「……え?」
その「一人」が、自分のこと指しているのかと思うと、なんだか急に恥ずかしくなって
ガラにもなく顔が赤くなった。
そして、その後──
学校でも、笑顔でいることが多くなった飛鳥は、約半年で目まぐるしく"崇拝者"を増やし、六年にあがるころには、学校のアイドル的な存在にまで、のしあがっていた。
正直、これほど母の言っていた「笑顔」のスゴさを思い知ったことはないし
飛鳥に「笑え」なんて、余計なアドバイスをしたことを、後悔したこともない。
だけど、それも
"他人を巻き込むまい"と、無理して無表情なやつを演じていただけで、きっと本当の飛鳥は
──よく笑うやつなんだろうと思う。
小学五年の秋にできた、少し厄介な友人は、決して「普通」のやつではない。
でも、それでも、俺が意外と退屈しない毎日をおくれているのも、他ならない「神木 飛鳥」の存在があるからだろう。
「あ、そうだ。それと、もうひとつ!」
「?」
「この前は、色々と助かったよ──ありがとう」
俺と飛鳥は、出会いも最悪で
きっかけも最悪だったけど
それを経て「友達」になった。
それから俺たちは、登下校を一緒にするようになって、学校でも、よく話をするようになった。
気がつけば
お互いが隣にいるのが、ごくごく当たり前の生活になり
そして、それは──
「ああ、こちらこそ、ありがとな!」
───そのまま、"今へ"と続いている。




