閑話 王太子と国王(リュース視点)
ナユハやアルフ君たちと王宮でお茶会をしていると、神召長様からの相談が終わったらしいリリアがやって来て「どうしてこうなった……」といつものように頭を抱えていた。
また何かやらかしたらしい。
正直、よくもまぁ毎度毎度『とらぶる』を呼び寄せるものだと感心してしまう。むしろ狙ってやっているのではないだろうか?
「私は被害者! 何も悪いことはしていません!」
リリアが叫んでいたけれど、話を聞く限りではリリアが悪いだろうなぁというのが素直な感想だった。信心厚い神召長様の前に(神と同じ金瞳・白い羽根を持つ)ウィルド嬢を連れて行けばそうもなるだろうに。
「ちがうし。ウィルドが勝手に来ただけだし……」
用意されたテーブルの上に頭を投げ出すリリアだった。
ちなみにウィルド嬢は王宮の中で突然空間を割って(というかリリアが割って)姿を現したのでもちろん他に目撃者はいる。けれどすぐに戒厳令が敷かれたのでウィルド嬢の正体 (金髪金瞳)を知っているのはごく一部の人間に限られている。
大聖教の方にも情報は伝えていないので、大聖教に所属する人間でも知っているのはキナだけだろう。神召長様がウィルド嬢を見て驚くのも当然だ。
ちなみに私やナユハたちは最初こそ驚愕したが今では普通にウィルド嬢と接している。
リリアと一緒にいると驚きに対する感度が下がるなぁと考えながら私は紅茶で喉を潤した。
◇
「……いやリュースよ。驚くべきところでは驚かないといけないぞ?」
国王陛下(父上)から呼び出された私は本題前の小話として先ほどのリリアの様子を語った。結果、陛下から呆れられてしまった。
どうしてこうなった?
なんだかリリアの口癖が移りつつある私だった。
「しかし陛下。あの程度で驚いていてはリリアの側にはいられないかと」
「……娘がどんどん図太くなっていく……いや国王になるのならばいいことなのだろうが……いやしかし……」
悩ましげに額へと手をやる父上だった。
「まぁよい」
軽く咳払いをした父上は玉座に背もたれを軋ませた。
途端、空気が変わる。
どこか気弱な中年男性から、一国を背負う国王へと。リリア風に言えば『スイッチが切り替わった』のだろう。
「キナから聞いたぞ。リリア嬢は『救世主』に選ばれたらしいな?」
「えぇ、そのようで」
「だが、王国の正史にも『救世主』なる存在は記載されていない」
「……そうですね。私も初耳です」
「だろうな。本来であればこのことは限られたごく一部の人間――国王と神召長しか知らないのだから。書き残すことすら許されず、口伝によってのみ受け継がれてきた存在。それが救世主だ」
「…………」
書物ではなく口伝で伝え残していくのは危険な行為だ。人間とはそれほど完璧な生物ではないので、二代目三代目と情報を伝えていく間に中身が変化していく可能性が高いからだ。
しかし書物に残しては関係のない第三者が目を通してしまう可能性が生まれてしまう。そんなわずかな可能性すら潰さなければならない情報。それが救世主なのだろう。
思っていたより事態は深刻なようだ。むしろ(いくら“神様”が目の前に現れたとはいえ)リリアに話してしまった神召長は軽率だったし、嫁たちに話してしまったリリアも軽率に過ぎた。
いや、リリアは救世主がそれほど機密性の高いものだとは知らなかっただろうから責めるのは酷というものか。
「リュースもいずれ国王となる身。ならばここで教えても支障はないか……。いわく。救世主は世界を救った。いわく。救世主は世界を塗り替えた。いわく。救世主は悲劇の運命を破壊した。伝わっているのはこれだけだ」
それだけであれば口伝だけでも伝えていくことは可能だろう。
しかし、物語によくありそうな設定だ。国王と神召長にのみ受け継がれるにしては内容が薄すぎる。
……いいや、もしかしたら、神召長にはもっと詳細な内容が伝えられているのかもしれない。王国と大聖教は協力関係にあるが、それでも別の組織なのだから。
「そう、その可能性は非常に高い」
まるで私の心を読んだかのように陛下は鷹揚に頷いた。もちろんリリアと違って陛下は心を読むことなどできないはずだが、権謀術数渦巻く王宮で国王をやっていれば私のような子供の考えを見抜くことなど容易いのだろう。
「……リュースとリリア嬢の婚約は問題ない。子爵家の娘という点が少々面倒だが、彼女が今まで成し遂げた偉業で十二分につぶせる程度だ」
一体討伐するだけで救国の英雄となれるドラゴンを複数討伐。『神授の薬』であるポーションの作製。そして数百年ぶりに現れた聖女。など、など。リリアのやらかした数々の偉業を顧みれば反対する貴族もいないだろう。正確に言えば反対することなど恐くてできない。どんなに権力を使おうが、どんなに領兵を動員しようが、一人で容易く状況をひっくり返してしまう。“竜殺し”とはそういう存在だ。
私とリリアの婚約はかなり現実味を帯びてきた。リリアの他の“嫁たち”とも良好な関係を築けているし、話も通してある。問題はなかった。……今までなら。
「聖女と王太子の婚約ならば大聖教側も祝福するだろう。過去にも例があるし、王権に対する発言力が増すからな」
だが、それが『救世主』となればどうだろう?
王国にすら詳細が秘されているかもしれない存在。
名前からして世界を救う者なのだろう。
そんな“切り札”を、大聖教は易々とこちらに渡してくれるだろうか?
「余としてはリリア嬢との婚約は15歳となり、デビュタントを迎えてから発表するのがいいと考えていた。リリア嬢が聖女であると公表されるのも15歳の予定であるからな。『子爵家の娘』よりも『聖女』を王妃にする方が反対は少ない。……だが、悠長なことを言っている暇はなくなった」
リリアがまだ聖女でないうちに。救世主として認められる前に。
なによりも、世界を救う前に。
王国は。ヴィートリアは。――私は。リリアを手に入れなければならない。
「場は整える。リュースは“指輪”を渡す準備をしておけ」
「……承知いたしました」
陛下に対して頭を垂れつつ、これはまたリリアが「どうしてこうなった!?」と嘆きそうだなぁと同情する私だった。
まぁ、止めるつもりはないのだが。
原作ゲーム的には15歳で魔法学園に入学 → 卒業記念パーティで王太子が悪役令嬢と婚約破棄。ヒロイン(リリア)と新たに婚約します。
オーちゃん
「入学してから一年足らずで婚約破棄&婚約って展開早すぎないか?」
璃々愛
「いや、まぁ、ゲームだしねぇ……」
次回、1月20日更新予定です。




