第11話 神召長様からの相談
ミヤ様のことはとりあえず深く考えないようにして。目下の大問題は神召長様だ。
神召長様というのは大聖教のお偉いさんで、普段は王都の北にある大神殿に篭もっている存在だ。国王陛下でもそう簡単に会うことはできない御方であり、そんな神召長様がこんな場所までやって来たのだから何か理由があるのだろう。
私がそれとなく訳を聞いてみると、神召長様は「聖女様にご相談したいことが……」とだけ口にして、少し話しにくそうな顔をされた。
まぁここには王太子やレナード家の次期当主、メイドさんにしか見えないナユハたちがいるものね。話の内容によっては喋りにくいこともあるだろう。聖女(?)である私に相談するのだから神様とか大聖教に関する話題の可能性が高いし。
と、いうわけで。
私と神召長は二人きりでお話をすることになった。
……うん、話の流れでそうなったけど、なんで私を聖女にさせようとしている張本人の相談に乗らなきゃいけないのだろうね? どうしてこうなった?
◇
さすがに今から王都を離れて大神殿に向かうというのはアレということなので、王宮内の教会で神召長様の相談に乗ることになった。
その間リュースやナユハたちにはお茶会をして親睦を深めてもらうことにする。引っ越してきたばかりのアルフとは初対面の子も多いし丁度いいだろう。
……いやなぜか初対面とは思えないほど親しそうに見えるけどね。特にリュースとは。
それはさておき。
ナユハたちと分かれて教会へと向かう途中、私は気がついた。
王宮教会。
ということは姉御がいるだろう。
なにせあの人は王宮大神官。信じられないけど十二人いる大神官の中でも出世頭で、将来の神官長筆頭候補なのだから。何もなければ王宮教会に詰めていなければならないのだ。
「――お、そこにいるのはリリアじゃねぇか。それになんと神召長まで。いや~、大聖教の未来を担う二人がもう知り合っていたとは意外だな~驚きだな~」
教会の扉を開くと。
私の姉御、キナ・リュンランドがそんな演技っぽい声を掛けてきた。
「……姉御、その胡散臭さはどうにかならないんですか?」
「お? 会うなり失礼なヤツだな。まるであたしがリリアと神召長様が偶然の出会いをするように仕込んだみてぇじゃねぇか」
「あれは偶然の出会いとは言いません。明らかに私を狙い撃ちしていたじゃないですか」
「ははは、偶然だって、偶然。神召長様が今日王宮に来たのは偶然だし、今日リリアが投げ捨て墓地の浄化をしたのも偶然なんだからな」
「その偶然を結びつけたのは姉御でしょう?」
「さ~、何のことか分からねぇなぁ。ただ一つ言えることがあるとすりゃあ、リリアがさっさと神召長様と会談していればあたしがこんないらん苦労をする必要はなかったってことだ。自分の意志で聖女になったんだからそろそろ諦めろっての」
「…………」
確かに私はナユハを救うためにあの黒い神官服に袖を通したし、あの時点で聖女になることを選んだことになるのだろうけれど……。
「姉御はいらん苦労と言いますけどね、こっちは姉御から比べものにならないほど迷惑を掛けられているんですからそのくらいで文句言わないでくださいよ。いきなり拉致されてドラゴン退治させられた恨みは忘れていませんよ?」
「いいじゃねぇか、そのおかげで犠牲者無しで終わったんだからよ。……おっと、ドラゴンで思い出した。その時に討伐したドラゴンの素材な、『御魂封じ』が終わったから返すぜ」
そう言いながら姉御がアイテムボックスから取り出したのは巨大な牙や骨、鱗の数々だ。この前の討伐戦で妖精さんたちの『ばりばりむしゃむしゃ』を逃れた貴重な素材たち。
ドラゴンは幻想種で、とにかくしぶといからね。身体をバラバラにして素材に加工しても、条件が揃えば復活してしまうことがあるのだ。素材同士が引かれあって一カ所に集結、町中でドラゴンが大復活なんてしたら大惨事間違い無し。
で、それを防ぐためにドラゴンの魂を封印するのが『御魂封じ』と呼ばれる儀式だ。だいたいの場合はドラゴンの首を使って儀式が行われるらしい。
私は倒すばかりで死体(素材)は妖精さんに食べられるか姉御か姉弟子あたりに丸投げするので儀式自体を見たことはない。さすがの幻想種も妖精さんに食べられちゃうと復活できないみたいだし。
「まぁ今回は妖精様が大部分を食っちまったからな。御魂封じをする必要もなかったらしい。どちらにしろこの素材はもう大丈夫だから、売るなり材料にするなり好きに使ってくれや」
この素材を売れば一生遊んで暮らす、のは無理だとしてもかなりリッチな生活ができるはず。私は喜んで素材たちを自分のアイテムボックスに放り込んだ。
これで許しちゃうから姉御も私にドラゴン退治を振ってくるんだろうなぁ、と考えてしまったけど、まぁしょうがない。さして苦労もせずにこれだけの素材(=お金)が手に入ったのだからむしろ万々歳じゃないだろうか?
……今さらながら、乙女ゲームのヒロインらしからぬ思考をしているね、私。
「んじゃ~あたしはお邪魔だろうからこれで失礼しますぜ」
神召長様に『しゅたっ』と片手を上げてから姉御はそそくさと教会から出て行ってしまった。ノリが軽すぎである。姉御は確かに大神官で偉い人間だけど、神召長様はもっともっと偉い人なのに。
教会内に沈黙が降りる。
「あ~……、なんと言いますか、姉御がすみません」
なぜだか謝ってしまう私だった。9歳児にフォローをさせる姉御は自分の生き様を見つめ直しなさい。
先ほどの姉御の態度は怒られて当然だと思うのに、神召長様はどうしてか満足そうな顔をしている。
「いえいえ、いいのですよ。キナ様はあれでいいのです」
「え~……?」
思わず貴族子女らしくもなく素の声を発してしまう私だった。
「たしかにレイジス神官長の言うとおり、キナ様は大神官らしからぬ言動が目立ちます。ですが、それでいいのです」
「よ、よろしいのですか?」
「えぇ。神の声を聞くために身を清らかにするのが神官と思われがちですが、清らかなだけでは人々の声を聞くことはできません。人々の声を神へと届けること。これもまた神官の使命ですので」
それは姉御の言動を好意的に解釈しすぎじゃないですか? あの人ものすごく『ちゃらんぽらん』ですよ?
「キナ様は人に絶望するに足る事実を知りながら、それでも人のために祈りを捧げています。彼女もまたなるべくして神官となった者なのです」
「…………」
うん、やはりそうだ。
この人、他人の言動を都合良く解釈しすぎ。
あまり深く関わると面倒なことになりそうだと感じ取った私はさっさと相談を受け、そして帰ることにした。
「それで、ご相談とは一体なんでしょうか?」
「えぇ、実は……。ここ最近、神様の声が聞こえなくなったのです」
おっと予想以上にディープな相談でしたよ?
神様に民の声を届けるのが神召長の役割。それはつまり、神様と意思疎通できなくなったら神召長という職を辞さなきゃいけないということ。少なくとも初対面な9歳児にしていい相談じゃないね。
ちなみに大聖教の主神はスクナ様だけど、スクナ様は神召長様に接触しない……というか、スクナ様のメイドをやっている師匠が許さない。「なぜあのような連中のためにスクナ様が働かなければならないのですか?」とかで大聖教とは距離を取らせているのだ。
主神と初代勇者から距離を取られる国教ってどうなんだろう? と、いう疑問は深く考えたら負けだと思う。大事なのは信仰心。鰯の頭だって神様になれるのだ。
まぁ、そういう事情があるので神召長様が聞いていたという『神様の声』とはスクナ様のものではない。
考えられる可能性としては神召長様の幻聴か、妖精さん的な存在がイタズラ――じゃなくて声を掛けていたか、あるいは悪魔あたりに騙されているとかだろう。
と、そんなことを口にするわけにもいかないしなぁ。
さてどうしたものかと悩んでいる間にも神召長様が詳しく話をしてくれた。今までは大神殿に安置されているスクナ様の像に祈りを捧げると『声』が降ってきたというのに、ここ最近は急に聞こえなくなってしまったそうだ。
神様の声が聞こえないのなら神召長の座を降りるしかない。
そのこと自体に抵抗はないものの、なぜいきなり聞こえなくなってしまったか気になっているそうだ。もしかしたらスクナ様に何か無礼を働いてしまったのではないかと。
で、悩みに悩んだ末に自分よりも神様の近くにいる聖女――つまりは私に相談を持ちかけたと。
…………。
話を聞いて気づいたのは、神召長様が神様の声を聞けなくなった時期と、私のところにウィルドが転がり込んできた時期が奇妙なほど一致することだ。
ときどき忘れそうになるけどウィルドは本来金髪金瞳で、背中には純白の羽根が生えているからね。この世界における神様の姿と合致する存在なのだ。
ウィルドが来てから神話を読み返してみたけれど、神話には『運命を司る神ウィルド』がいるらしい。
まさかなぁ。
でも無関係とは思えないよなぁ。
私が頭を悩ませていると――勢いよく教会の扉が開かれた。
『――了解。そういうことなら説明しよう』
入ってきたのは今まさに悩みの種となっているウィルドだった。レナード家標準のメイド服。金髪碧眼。もちろん羽根はなし。ちょっと美人過ぎるけどそれでも人間種のメイドさん――に見える。
「貴女様は……たしか聖女様のメイドの……」
神召長様は(初対面の時に)私の後ろに控えているだけだったウィルドのことも覚えていたらしい。その記憶力は凄いし羨ましいかも。
『正答。私はアンスールのメイドにして、運命の相手』
いやいつ運命の相手になったんですか? あなた顔は無表情系なのにぐんぐん押してきますよね? クーデレ? クーデレなの?
私が心のツッコミをしている間にウィルドに変化が起こった。
金の髪は淡く輝きはじめ。
瞳は碧から金色に変化して。
背中からは穢れなき純白の翼が姿を現した。
その姿はまさしく主神スクナ様。あるいは神話に語られる神々の姿そのものであり。
「そ、その声はまさか――す、スクナ様……!?」
床に両膝を突いて祈りだした神召長様にウィルドは首を振る。
『訂正。私はスクナではなく、ウィルド』
「う、運命を司る――!? では、今までわたくしに声を届けてくださっていたのは……っ!」
なにやら涙を流し始めた神召長様。そんな彼女を尻目に私はウィルドに近づき、念話のパスを繋いだ。ひそひそ話だと神召長様にも聞こえてしまうかもしれないからね。
「……なに? ウィルドって本当に神様なの?」
『誤解。我々にとって神とは『御方』ただ一人。我々はあくまで御方のために働く存在。しかし人間はなぜか私やユルたちを神様扱いしてきて、訂正も面倒くさいので神様ということにしている』
ユルって、神話に出てくる最高神ユル様だろうか? この大陸でスクナ様に次ぐ信仰を集めているという……。ちなみにユル様が最高神で、スクナ様がこの国の建国神ね。ユル様の子孫がスクナ様、と神話では伝えられている。
「つまり、ウィルドは前世で言うところの天使的なもの?」
『首肯。アンスール的にはその説明が最も分かり易いと思われる』
ウィルドの見た目はパブリックイメージの天使そのままだしね。
この世界の神話には『御方』なんていう存在は登場しないし、代わりに人々の前に姿を現すウィルドたちを神様だと誤解しても仕方がないのだろう、きっと。
「……となると、神召長様に声を届けていたというのはウィルドなの?」
『正答。人間のお悩み相談は本来別の存在が担当だったが、彼女が寿退社したので私が担当していた』
寿退社って……。会社? 天使って会社員なの?
あと我が国でも最重要クラスの神事を『お悩み相談』扱いは止めてください。神召長が聞いたらショック死しかねないわ。
『反省。最近はアンスールのことで頭がいっぱいになりすぎて、彼女からのお悩み相談をすっかり忘れていた』
忘れないで我が国最高級の神事。
あと私のことで頭がいっぱいになったってそれはラブ的なものなの? いやでも珍獣から目を離せない的な可能性もなきにしもあらずな気が……。
あまりにもツッコミどころが多すぎて私が頭を痛めていると、神召長様がひときわ大きな声を出した。
「つまり、ウィルド様はリリア様にお仕えしていると!?」
『首肯。今の私はアンスールのメイドさんである』
なぜだか誇らしげに胸を張るウィルドだった。いや確かに私の専属メイドの一人という扱いだけど、よりにもよって神召長様の前で断言して欲しくなかったなぁ。神様(?)にメイドをさせているとか不敬罪どころじゃないですよ?
あ~でもこれで『なんて無礼な子供だ!』となれば聖女ルートも立ち消えになるかな? なぁんて私が甘いことを考えていると、
「そうでしたか……。つまり、リリア様は聖女であり、『救世主』様であられると」
うん?
うん?
なんて?
めしあ?
そんなものこの世界 (原作ゲーム)に存在しないですよね? 世界を救うのは聖女であり、救世主なんているはずが……。
ツッコミを入れようとするも神召長様は五体投地せんばかりの勢いで私に頭を下げているし、ウィルドはウィルドで『納得。アンスールには聖女より救世主という称号の方がふさわしい』と何度も何度も頷いている。
あかん、この二人が話を聞く予感が微塵もない。
ど、どうしてこうなった……?
次回、1月15日更新予定です。




