第10話 神召長と、聖女
ミヤィスン ……王妃(故人)。王宮の幽霊。リリアのことを気に入り『ミヤ様』呼びを許した人。
ユーナ ……リリアの師匠。初代勇者。主神スクナ様のメイドさん。
解せぬ。
何でやねん。
どうしてこうなった?
三段活用(?)をしても現実が変わることはなく。目の前に現れたのは大聖教のお偉いさん、神召長様。私も貴族なので(話したことはなくても)顔くらいは知っている。
温和そうな目元。
歩んできた道のりが刻まれたような深い皺。
年を経たせいか少し色素が薄くなった金髪。
間違いなく神召長様だ。
スクナ様を主神として崇め奉るのが我が国の国教、大聖教。
その大聖教には多くの神官が存在していて、各地で神様の教えとやらを広めている。
数多いる神官の上には十二人の大神官が存在し、大神官の上に三人の神官長がいる。そして、神官長のさらに上。現状、すべての神官の頂点に立つのが神召長様だ。神官の中には神召長様にお目にかかれただけで涙する人もいるとか、いないとか。
神に二番目に愛された人。
そして聖女(私)は一番愛されているらしい。
いやまぁスクナ様は銀髪萌えな人なので愛されてはいるだろうけど……それだって『ユーナと同じ銀髪』&『ユーナの子孫』という大前提があってこそなので、一番愛されているとか言われても困ってしまう。
うん、師匠に嫉妬で殺されかねないという意味で困ってしまう。というか出会って二千年くらい経っているのに良くもまぁあれだけラブラブ嫉妬嫉妬できるものだ。リア充爆発しろ。……師匠もスクナ様も爆発したくらいじゃ死なないかな?
「生きているうちに聖女様にお目にかかれた幸運、スクナ様に感謝いたします」
手のひらを組んで祈りを捧げる神召長様。王妃様もそんなことを言っていたね。私なんて貧民街とか下町に頻繁に出没しますよ~? 全然レアじゃないですよ~?
「……あの、私は色々とアレな人間なので。聖女様扱いされても困ってしまうのですが」
「さすがは聖女様。その年齢でご謙遜なされるとは」
人の話聞いてねー。
いや、聞いた上で都合良く解釈してるー。
どうしてこうなったー。
内心頭を抱えていると神召長様は満足げな様子で胸元に手をやった。
「ご安心ください。貴女様は間違いなく聖女ですよ」
「……いえ、私ってお金儲け大好きですし、可愛い女の子も大好きですし、『力』があるのに将来的にはスローライフ――片田舎に引っ込んでのんびりまったり暮らす気満々なのですが」
「人が生きていく以上、お金儲けは必要です。人を愛することもとても大切なこと。そして、そのお歳で何でもない日常の尊さを知っているとは感服いたします」
何この人、強い。たぶん都合の悪いことも都合のいいように解釈する系の人だ。知り合いでたとえるとマリー系。とても口で勝てる気がしないというか、そもそも勝負にすらならない気がプンプンするんですけど!?
「それに、そのようなことは重要ではありません。貴女様は聖女として、とても大切なことを体現なさっています」
「……それは、スクナ様に愛されていると?」
「いいえ、違います」
違うんかーい。
今の発言、敬虔な信者が聞いたら卒倒しますよ? 神召長様が聖女を否定したと捉えられかねないのですから。
私の心配などどこ吹く風。神召長様はどんどん話を先に進めてしまう。
「リットリヒの聖女。チーニス川の聖女……。最近においても『聖女』と呼ばれる尊い方々は生まれてきております。神とのやりとりができないので正式な聖女として認めるわけにはいきませんが、民からは聖女として認められ、崇拝されております」
いや認めましょうよそこは。たしかリットリヒの聖女は伝染病に苦しむ人々の治療を続けた偉人で、チーニス川の聖女は元々商売で大成功したけど川の氾濫で家族を失い、以後は私財を投げ打ってチーニス川の治水事業を完遂した偉人でしょう? そんな凄い人を聖女として認めないで、一体誰が聖女なんですか?
「おっしゃるとおり。彼女たちは間違いなく聖女です」
神召長様は微塵の迷いもなく、語る。
「聖女が人を救うのではありません。人を救うからこそ聖女と呼ばれるのです」
「……私、人を救ってなどいませんよ?」
なにやらナユハや愛理やマリーやリュースやアルフやウィルドから凄い目で見られた気がするけれど、きっと気のせいだ。
ちなみにマリーと愛理は用事も済んだのか合流済み。
「いいえ、貴女様は救ってみせました。本来ならば率先して祈りを捧げるべき神官たちが見て見ぬふりをしたあの者たちを浄化させ、次の人生へと導きました」
神召長様が見つめるのは聖なる炎によって火葬される貧民街の住民たち。
次の人生へ導いたって、ただ祝詞を唱えただけなんですけど?
「さらには『自縛霊』となっていたミヤィスン妃陛下を救ってくださいました。わたくしでは結局何もできなかったのに」
うん? ミヤ様?
「自縛霊? 救った?」
「えぇ。あの御方は王妃という立場に縛られ、王宮という場所に縛られていました。そんな彼女の妄執を、貴女様は自分に向けることで救い出してみせたのです」
……うん?
なにそれ、どういうこと?
首をかしげていると妖精さんたちがワラワラと寄ってきた。
『会ったこともない他国の王様の嫁にならなきゃいけなかったミヤがー』
『縁もゆかりもない土地で死んだあとは王妃としての立場にしがみつくしかなったミヤがー』
『リリアに執着しているってことだよー』
『運命の出会いー』
『そろそろ諦めろー』
『天然嫁増やしー』
『とうとう(元)人妻に手を出したかー』
『妖精さんもビックリだー』
『いいぞもっとやれー』
楽しそうに、それはそれは楽しそうに妖精さんたちが舞い踊っていた。なんだそれ? ミヤ様とは出会ったばかりなのに何でそんなことになっているの?
ど、どうしてそうなった?
ミヤ様は『王妃』としての自覚はありますが『人妻』としての自覚はあまりありません。夫の顔を見る前に病死しましたので。
璃々愛
「つまりリリアちゃんが落としても何の問題もないんだよ!」
オーちゃん
「問題しかないと思うがなぁ」
次回、1月8日更新予定です。




