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幼女ヒロインは女の子を攻略しました ……どうしてこうなった?  作者: 九條葉月
第五章 聖女と○○○○編

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第6話 8年前のこと(ガイサン視点)

ガイサン……リリアの友人であり、貧民街の『門番』 または救国の騎士。



 



 名を上げようと思っていた。

 貧乏農家の三男として生まれた俺だが、騎士として、そして男として。武功を立てていずれは騎士爵となり、騎士団長になるという夢を抱いていた。


 神すら殺してみせた神槍ほどの技はない。

 白銀の魔王のような魔術の才能もない。

 稟質魔法(リタツト)も持たない自分であるが……身体強化の魔術だけは得意だった。ガキの頃にはもう大人の男にも余裕で勝利できたし、誰にも負けない自信があった。


 家出同然に冒険者としての道を歩み始め、冒険者ランクを上げ、20の時にワイバーンを討伐したことがきっかけとなり騎士団に入ることができた。


 順調だ。

 このまま魔物を倒して、倒して、倒し続ければ騎士爵になることもできるだろう。騎士団長になることもできるだろう。その未来を俺は疑うことなく信じていた。すぐになれると確信を抱いていた。それだけの力はあったし、努力もしてきたし、運もあると思っていた。


 騎士団員としての初めての仕事はドラゴン退治だった。ヒュンスター領に飛来したというドラゴンを討伐するという、何とも分かり易い『騎士の仕事』だ。

 現地への到着が一日遅れれば数十人数百人の犠牲が出るかもしれない。俺たちは慌ただしく準備を終え、王都からヒュンスター領への行軍を開始した。


 ドラゴンと戦う恐怖からか行軍速度は遅かった。

 しかし、すでにワイバーンを倒していた俺に恐怖はなかった。少しデカいだけのワイバーンだと考えていた。


 行軍中の騎士の反応はそれぞれ。絶望に顔を蒼くしているヤツもいたし、野営中に悪夢にうなされるヤツもいた。朝になったら部隊の人員が夜逃げしていた、なんてことも一度や二度ではなかった。


 対する俺は、たぶん浮かれていたと思う。

 こんなにも早く武功を上げる機会に恵まれた。

 競争相手となる他の騎士の戦意は低く、俺が活躍できる可能性が非常に高かったためだ。


 いっそのこともっと夜逃げしてしまえと思った。騎士の数が減れば減るだけ俺が活躍できるのだからと暗い感情を抱いていた。ドラゴンくらい俺一人で退治できると侮っていた。それだけ自分の身体強化()に自信を持っていた。


 現地に向かう騎士団の中で、野心溢れる目をしているのは俺の他にもう一人いた。騎士団長である壮年の男だ。背格好は貧弱だが獲物を狙う鷹のような目をしており、油断すれば俺の武功もあいつに掠め取られてしまうだろう。要注意人物だ。


 どうやって騎士団長を出し抜くか。どうやって武勲を独り占めにするかと策を練っているうちに俺たちはヒュンスター領のとある寒村に到着した。


 まず見えたのは猛々しく燃える炎。それがドラゴンによる竜の息吹(ドラゴン・ブレス)であると認識するのに俺は数秒の時間を必要とした。あまりに常識外。あまりに強大な炎を前にして思考が止まってしまったのだ。


 いや、思考が止まったのはブレスのせいだけではない。



 ――ドラゴンは、2体いた。



 1体は漆黒の鱗に覆われた四つ足のドラゴン。その体躯は見上げることすら困難なほどに高く、まるでこの世界すべてを憎んでいるかのような荒々しい瞳が印象的だった。


 対するは蒼い鱗、蒼いたてがみをしたドラゴン。黒いドラゴンよりも首が長く、胴体は細い。体躯も小さめであり、おそらくはメスなのだろうと察することができた。


 2体のドラゴンは明らかに争っていた。黒いドラゴンがブレスで攻撃し、蒼いドラゴンは避けることができずに鱗を焼かれるという一方的な展開。蒼いドラゴンの鱗は毛羽立つようにめくり上がり、肉の焦げたような臭いが辺りに充満している。


 しばらく呆然とその様子を眺めていた俺は、ふと気がついた。


 蒼いドラゴンは攻撃を避けられないのではなく、避けていないのだと。


 蒼いドラゴンの背後には村の中でも家が密集した場所があり、まだ避難できていない住民たちが右往左往していた。

 さっさと逃げればいいのに、などという批判に意味はない。少し前までドラゴンを退治する気満々だった俺ですら『本物のドラゴン』を前にして動けずにいるのだ。身体強化の魔術も使えない一般人が手際のいい避難をできるわけがない。


 そして。

 そんな民草を蒼いドラゴンは守っていた。自分の身体を盾にすることによって、黒いドラゴンのブレスから守っていた。


(……なんだ、これは?)


 臭いがする。

 家の焼ける臭い。

 血の臭い。

 肉が焦げたような臭いは蒼いドラゴンのもの、だけではなく。――人が焼ける臭いでもあった。


(なんだ、これは?)


 こんな状況なんて想定していなかった。ドラゴンを前にして恐れおののく騎士仲間を横目に、魔術で強化された肉体の一撃でドラゴンを倒す。民からは感謝され王からは賞賛され騎士爵となりいずれは騎士団長になる。これはそういう戦いだったはずだ。そういう戦いになるはずだった。



 なのに、なんだこれは?



 ドラゴンを前にして俺は一歩も動けず。蒼いドラゴンの『盾』からはみ出した民草がブレスで燃やされる光景を眺めることしかできない。


 臭いがする。

 生活が壊れていく臭い。

 人が死んでいく臭い。

 未来が燃やし尽くされていく臭い。


 なんだこれは?


 なんだ?



 ――騎士とは、なんだ?



 日々鍛錬をするのは何のためだ?

 ひたすらに技を磨くのは何のためだ?




 ――守るためだろう?




 魔物を討伐するのも。

 ドラゴンを倒すのも。

 そのためになら命すら投げ捨てるのも。


 すべて、民草を守るためだろう?


 騎士がひたすらに格好良く。

 男の憧れとして語り継がれるのは。

 力なき民草を守るからこそ。



 ――そんな騎士だからこそ、俺は、憧れたんじゃなかったのか?



 拳を握る。

 震える足を殴りつける。

 深呼吸して。目をつぶり。俺は、駆けだした。


 倒すべきドラゴンの方ではなく。

 守るべき民草の元へと。


「おい! 早く逃げろ! あっちだ! はやく!」


 腰を抜かした女性を立たせたり子供の背中を押したりするが思い通りに避難させることができない。そもそもドラゴンが戦う音や火事の音で俺の声が聞こえているかすらも怪しかった。


 ドラゴンのブレスが近くに着弾し、人の燃える臭いが鼻腔に充満する。

 横目には真っ黒に炭化した人――人だったものが見えた。

 おそらくは母親と子供だろう。子供を守るかのように強く強く抱き合っている。


 死への恐怖が襲いかかってくる。

 焦燥感が奥歯を震わせる。


 どうにかしなければならない。

 どうにかしなければ犠牲が増えるだけだ。

 誰かがどうにかしなければ。

 あの黒いドラゴンを倒さなければ。


 誰が?

 蒼いドラゴンはもはや瀕死。そんな希望を抱けやしない。

 騎士団の連中は逃げ出したり腰を抜かしたり失神した者ばかり。ドラゴンを倒すことなんてとても期待できない。


 誰かが倒さなければならない。


 誰が?


 誰かが。



 ――俺が。



 俺しかいない。


 俺が倒すしかない。


 剣に手を伸ばす。


 敵と対峙する。


 神と見違うほどに巨大なドラゴン。そのブレスは一息で上級の結界すら破壊し、その尾の一振りは城壁すら崩してしまう。


 生き残れるはずがない。

 倒せるはずがない。


 でも、俺がやらなければならない。

 誰もできないのだから、俺がやるしかない。



「――開始(リヴォルソ)身体強化(ミユスクル)



 魔力が血管を通って全身へと行き渡る。筋肉が脈動し骨がきしみを上げた。うまくすれば鉄すら両断するほどの強化魔法。

 だが、足りない。

 あの巨体を打ち倒すには。

 あの鱗を叩き切るには。

 まだまだ、すべてが足りなかった。



「――複合(ヒュゲン)身体強化(ミユスクル)



 重ね掛け。

 強化しきった状態の肉体をさらに強化する。


 やったことなどない。

 できるかどうか分からない。

 しかし、やるしかない。

 やらなければとてもではないがドラゴンを打ち倒せないのだから。



複合(ヒュゲン)! 身体強化(ミユスクル)!」



 肉体が悲鳴を上げる。

 骨のきしむ音が確かに聞こえた。


 もはや魔法に身体が追いついていない。筋肉を重点的に強化した結果として骨の強度は限界に達し細い血管が千切れていく。


 これは死ぬな、と思った。

 無理に動けば骨は折れ、身体の内側から突き刺さり、太い血管すらも引きちぎられるだろう。


 でも、一度は保つはずだ。

 一撃は喰らわせられるはずだ。

 たとえその後に死が訪れようと。

 激痛の中で命を落とそうとも。


 一撃で。

 一撃でドラゴンを討伐する。



「――――っ! ――ぁ――あァあアアァアァッ――ッ!」



 もはや声にならない声。

 叫びにすらならない叫び。


 ドラゴンにとっては取るに足らない咆吼だろう。耳に届いたかすら怪しいちっぽけな声だ。

 しかし。

 ドラゴンは反応した。

 黒い方のドラゴンではなく、蒼い方。ずっと民草を守り続けていたドラゴンが、(しか)と俺の方を見た。


 笑ったような気がした。

 そんなことはありえないのに。

 蒼いドラゴンが俺に微笑みかけた。そんなような気がした。


 そして。

 蒼いドラゴンが動く。

 民草を守るために防戦一歩だった彼女(・・)が、はじめて黒いドラゴンに反撃した。

 その行動が予想外だったのか黒いドラゴンは喉元に牙を突きつけられた。赤い血がひたひたと地面を濡らす。


 だが、黒いドラゴンを殺すまでには至らない。

 盾となり続けた蒼いドラゴンはもはや瀕死。そのような状況では鱗に傷をつけ少しの出血を強いても命を奪うまでには至らなかったのだ。


 黒いドラゴンの反撃を受けた蒼いドラゴンが倒れる。力のない、まるで人形のような動き。命が尽きたか、尽きかけているのだろう。


 そんな風前の灯火の中。

 彼女(・・)は俺を見た。

 やりなさい、と。確かに頼まれた。



「――おぉおおおぉおっぉおおおおおおっ!」



 ブチブチと切れる音がする。

 血管か。筋肉か。魔法によって強化された『力』に耐えきれずに肉体が傷ついていく。激痛が意識を支配し倒れそうになる。


 だが俺は止まらない。

 止まるわけにはいかない。


 自身の名誉なんてどうでもいい。

 騎士爵や騎士団長になれるかどうかなど関係ない。


 民草を守るため。

 そして、命を賭けて民を守り、最初で最後の好機を作ってくれた蒼いドラゴンのためにも。

 俺は、やり遂げなければならなかった。


 跳躍。

 もはや人を越えた身体能力を有した俺は一度の踏み切りでドラゴンの身長よりも高く跳んだ。


 ドラゴンも愚かではないので尻尾を振るい俺を叩き落とそうとする。

 城壁すら崩す一撃。

 喰らえば即座に肉片となるだろう。

 けれど俺に恐怖などない。

 尻尾の動きを見極めて。俺は尾を()みつけた(・・・・)


 尻尾を足場としてさらなる跳躍。

 目指すはドラゴンの首。蒼いドラゴンが噛み砕いた鱗。その傷痕に――己が剣を突き刺した。



「――くっそがぁあああっ! 舐めるなあぁあ!」



 剣を通じて魔力を流す。全身全霊。俺に残されたすべての魔力。


 純粋な『力』となった魔力は剣の突き刺さった周囲部分をほんのわずかに破壊した。無才の俺の魔力では大した範囲への攻撃とはならないが、十分だ。

 なぜなら攻撃箇所は首。しかも蒼いドラゴンによって鱗は破壊されている。であるならば――充分、首の血管にも届くはずだ。


 剣を突き立てた場所から鮮血が吹き出した。まるで間欠泉のように。血流は剣と俺の肉体を吹き飛ばし空を舞わせた。


 すでに魔力は使い果たし、強化魔法の反動によって身体を動かすことすらできない。受け身すら取れない俺が無事に着地できたのは蒼いドラゴンがその羽根によって受け止めてくれたからだった。


 生きていた。

 自分でも信じられないが、俺は生きていた。


 眼前には倒れゆく黒いドラゴン。力なく倒れるその姿を見て俺は勝利を確信した。


 死すら覚悟する激痛が全身を襲う中、俺は何とか蒼いドラゴンに向けて礼を言おうとするが……もはや声すら発することはできなかった。


 そして――


 音が聞こえた。

 鉄がこすれる音。

 フルプレートの鎧を纏った騎士が動くとき特有の音が。

 騎士団においてもフルプレートの鎧を着用できる人間はそう多くはない。ほとんどの騎士は(予算の都合で)重要部だけを金属鎧で覆い、他はチェインメイルか革の防具で守りを固めているためだ。


「――よくやったぞ、名もなき騎士よ!」


 その声は騎士団長のものだった。野心溢れる、獲物を狙う鷹のような目をしていた人物。俺は騎士団長のことを知っていたが、ヤツにとって俺は『名もなき騎士』でしかないのだろう。


「一匹は取られたが、もう一匹は俺がもらおう」


 そう言い残した騎士団長は蒼いドラゴンの元へと向かう。腰の剣を引き抜きながら。まともに動ける少数の騎士を引き連れて。


 取られた?

 なにを?

 決まっている。『ドラゴンを討伐した』という名誉だ。


 黒いドラゴンは俺が打ち倒した。

 ならば。

 騎士団長が名声を得るためには。もう一匹のドラゴンを退治しなければならない。『部下にドラゴンを退治させた騎士団長』ではなく、『自らドラゴンを退治した英雄』になるためには。


 ヤツは、ドラゴンを討伐しなければならないのだ。


 たとえそれが民草を守るために戦い、すでに瀕死の状態である蒼いドラゴンであろうとも。それでも『ドラゴンを討伐した』という栄誉は手に入れることができる。


 事実などどうでもいいのだ。

 彼は騎士団長。この村における報告権は彼にあり、戦闘詳報など自由に書き換えられる立場だ。『名もなき騎士』である俺が何を言おうとも誰も聞く耳を持たないし、そもそも偉い人間に何かを言う権利すらない。


「待て……まって、やめてくれ……」


 声はかすれて声にすらならない。

 引き留めようにも腕ですら動かない。

 魔力が枯渇したせいか意識が薄れていく。


「やめ……どうして……」


 限界を超えて肉体を酷使した俺はこのまま死ぬかもしれない。

 だが、死への恐怖などない。

 恐いのはあの蒼いドラゴンが討伐されてしまうこと。戦友とでも言うべきあの存在が、あんな男の名誉のために殺されてしまうこと。


 だけど俺は無才であり。


 運命を変える力などなく。


 身体を動かすことすらできない俺は。



 ――蒼いドラゴンに剣を突き立てられる場面を、ただ見つめることしかできなかった。







 俺は一命を取り留めた。

 ドラゴンを一人で討伐したという栄誉を得た。


 騎士団長からはお褒めの言葉を戴き、仲間からは賞賛され、村人からも感謝された。


 なのに俺の心にはぽっかりとした穴が空いたようであり。勝利の宴席を抜け出した俺はドラゴンの元へと向かった。


 黒いドラゴンも、蒼いドラゴンも、明日になれば解体作業が始まるだろう。切り落とされた首は『御魂封じ』のために王都へと送られるが、その他の肉体は素材として余すことなく活用される。


「…………」


 蒼いドラゴンの死体。そのすぐ側に少年が立っていた。

 年齢は5歳か6歳くらいだろうか? 蒼い髪が特徴的な少年だった。


 そう、蒼い髪。


 蒼いドラゴンと同じ、蒼髪。



 あぁ、と理解する。

 理屈なんて分からない。

 でも、俺はすんなりと納得した。


 彼女(・・)は、この少年の母親だったのだろう。

 蒼いドラゴンは、この少年の母親だったのだろう。



「――許さない」



 かがり火で蒼い髪を輝かせながら。

 地獄の底から響いてくるような声で。

 すべての人間を滅ぼしかねない殺気を纏わせながら。




「――僕は、絶対に許さない」




 蒼い髪の少年は、宴席の場を睨み付けていた。








 ガイさんが生き残れたのはドラゴンの鮮血 (回復効果あり)を浴びたおかげです。


 次回、11月24日更新予定です。



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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、騎士団長のそれは人として理解できる欲ではあるけど、それを差し引いてもぶち○してやりたいと思っちゃいましたね。
[一言] どうしてこうなったさん、出番ですよ!() 亡くなった人間だって一緒にいられるんだ、ドラゴンくらい訳ないだろう! シリアスを―――――――ぶっ壊せ!()
[一言] うん、そうですかぁ。 あの騎士団長は任務を全うしたいのみというのはアリですか?報告が改竄されたら、当時の王族は知って、一枚噛んでいたでしょうか? 8年は遥かに昔いでもないですね。なら蒼ドラゴ…
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