第5話 貧民街と聖女
私が何とかリュースとアルフの仲を取り持とうとしていると、光り輝く存在がふよふよと飛んできた。
大きさは15センチくらい。
金髪、チューリップスカート、背中に浮かぶ四枚の羽。いかにも物語に出てきそうな『妖精さん』っぽい外面をしている。
俗に精霊と呼ばれる存在。妖精さんとは違うらしいけど詳しい分類とかはよく知らない。一番の違いは、精霊は魔法の使える人ならだいたい見えること。
ちなみに本物の妖精さんはデフォルメ顔なので(前世のイメージ的な)『妖精さん』らしくはない。頭がデカいし。妖精というより『こけし』である。
『失礼なー』
『これほど“妖精”を体現している存在もいないだろー』
『この愛らしさは天を揺らし、このプリティーさは空を泣かせるというのにー』
妖精さんの世迷い言は無視。私が右手を広げると精霊は手のひらの上にちょこんと着地した。
『リリア様。タフィンさんから伝言です。『そろそろ“溜まって”きたからまた頼むわ』だそうです』
「あ~そうかそろそろそんな時期だよね。うん、じゃあ暇を見て――」
「――おや、リリア。何が溜まっているんだい? たしかタフィンとは貧民街の友達だったよね?」
そんな声を掛けてきたのはリュース。うんタフィンは年上の友達だけど……?
「貧民街ですか。噂には聞いていましたけど姉さまは本当に貧民街通いをしているんですね」
そんな声を掛けてきたのはアルフ。なぜだろう? 満面の笑顔を浮かべたままの二人に対して下手な誤魔化しはしていけない気がするのは?
「え、えっとね~、ちょっと貧民街に行かなきゃいけない用事ができちゃったみたいでね~」
「そうか。それは大変だね。さっそく向かおうじゃないか。もちろん私も同行するよ。可愛らしい女の子を一人で貧民街に向かわせることなんてできないからね」
さらりとイケメン発言をするリュースだった。さすがの私も王太子を二回も三回も貧民街に招くほど神経は図太くない。……『普通は一回目も招かないよ?』というナユハさんのツッコミは聞こえないでござる。
「い、いやいや今日はアルフに屋敷の案内とかしてあげないとだし、貧民街にはあとで暇を見つけて――」
「姉さま、ボクなら大丈夫です。案内ならあとでメイドさんに頼めばいいことですし。ボクのせいでその友人を待たせるのも心苦しいですから。あぁ、貧民街に向かうならボクも同行しますよ。姉さまのご友人に挨拶しなきゃいけませんし」
リュースを横目で睨みながらのアルフの言葉であった。なんで? なんて付いてくる気満々? なんでこんな展開になるのかな?
「……リリア。人生諦めが肝心だと思うな」
しみじみとした声でナユハからアドバイスされてしまう私だった。
どうしてこうなった?
◇
なぜだかみんなで貧民街に向かうことになった。
私の転移魔法で私、アルフ、リュースを移動。ナユハと愛理、マリーはウィルドが転移させてくれた。
ウィルドはさらりとやっているけれど複数人の転移魔法なんて宮廷魔術師でも一握りの人間しかできない高度魔法だ。ウィルドが側にいると感覚がズレてしまいそうになるよねー。
「いや9歳なのに複数人の転移をやってのけるリリアの方がおかしいからね?」
しっかりかっちりとツッコミしてくれるナユハさんであった。
私が先導する形で貧民街の入り口へ。相変わらず『門番』をしているのはイケメン――では、ないけれど頼れる兄貴系の男・ガイさんだ。バトル展開から友人になったことがつい昨日のことのように思い出されるね。
「やっほ~。ガイさん。また来たよ~」
「……リリア。また殿下を連れてきたのか」
呆れた様子を隠そうともしないガイさんは私を見て、リュースに騎士式の礼をして、初顔のウィルドやアルフたちに挨拶をして――マリーの姿を見て動きを止めた。
見開かれた目。
噛まれた唇。
硬く握られた拳。
「…………」
たしか、マリーはガイさんと面識があったはず。マリーは(私との出会いに期待して)前々から貧民街に出入りしていたみたいだし、貧民街に入るには門番であるガイさんを突破しなければいけないのだから。
タフィンいわくガイさんが折れるほどの情熱でもってマリーは貧民街に出入りできるようになったらしい。
初対面ではない。
にもかかわらずマリーを見て目を見開いたり唇を噛んだり拳を握ったりするのは異常な反応だ。まるで、マリーとの間に『何か』があったかのような……。
「…………」
些細と言えば些細な違和感。
でも、こういうとき、こういう違和感を放置すると後々厄介なことになる。転生してからは9年しか経っていない人生だけどそういうものだと学んでいた私は迷うことなく左目の眼帯を外した。
心の読める金瞳。
なのだけど、レベルアップでもしたのか最近は色々なものを読み取れるようになってきた。なんだかどんどん人間離れしていくような気がするけれど、気のせいだと信じたい。
『安心。アンスールは元々人間離れしている』
フォローになっていないフォローをしてくるウィルドだった。
まぁそれはともかくとして。色々と“視て”しまった私はマリーの肩に手を置いた。
彼はマリーに話さなければならないことがある。
正確には、蒼い髪の子供に話さなければならないことがある。
この国において、蒼い髪とはヒュンスター家にしかいない特徴だから。
「マリー。ちょっと、ガイさんのお話を聞いてあげてくれないかな?」
マリーのことだから「え? でも、わたくしはこれからお姉様とのめくるめく素敵な時間を!」的な反論をしてくるかなぁと思ったけれど、真剣な声で語りかけたおかげかマリーは素直に頷いてくれた。
これからどんな展開になるかは分からない。私の瞳は過去の因縁を視ることはできても未来を視ることはできないから。もしかしたらウィルドが語る『運命』のようにマリーが王家への復讐を誓ってしまう可能性も否定できない。
でも、このままガイさんが黙っているよりは。
このままマリーが何も知らないままでいるよりは。
きっと、いい展開になると信じている。
私はガイさんとマリーをその場に残し、ナユハ、リュース、ウィルド、そしてアルフを連れて貧民街の奥へと進んだ。
次回、11月16日更新予定です




