第3話 リリアさん家のメイドラゴ(以下自粛)
さて。我が弟アルフレッドが領地の本邸から王都別邸へと引っ越してくる日。
なにやら嫌な予感がした私は名目上の専属メイドであるナユハ・愛理・ウィルドを伴って(というか言わなくてもついてくる)庭に出た。
そこにいたのは蒼い髪をしたメイドさん。
うん、うちのメイドじゃないというか、蒼い髪をした少女なんて前世今世含めて一人しか知らない。私の妹分であるマリー・ヒュンスター侯爵令嬢。本来なら一生メイド服を着る機会なんてない子だ。
ちなみに蒼い髪の人間は(少なくともこの国では)ヒュンスター家にしかいないと言われている。
「――こちら“すねいく”、潜入に成功しましたわ」
ノリノリで独り言をつぶやくマリーだった。誰に教わったその知識?
『教えたばかりの知識をもう使いこなすなんて……マリーちゃん、恐ろしい子!』
愛理が古き良き少女マンガのように白目を剥いていた。どうやら愛理が無駄知識を教えてしまったらしい。そういえばナユハにも色々と無駄知識を教えているんだっけ?
愛理とは一度じっくり話し合いをしなきゃいけないだろう。
まぁそれは後々するとして、
「……マリー。何をしているのかな?」
私が声を掛けるとマリーはこちらを向き、キラッキラと目を輝かせた。
「まさか潜入直後にお目にかかれますなんて! やはりわたくしと姉さまは運命の赤い糸で結ばれていますのね!」
尻尾をブンブン振り回しながら喜ぶマリーだった。比喩ではなく本当に。スカートの下から伸びたドラゴンの尻尾を振り回している。ドラゴンの方が“基準”になってしまったせいかマリーは油断すると尻尾を出すのだ文字通り。
ちなみにこの世界でも運命の糸は赤いらしい。なんでもスクナ様が伝えたとか何とか。この国の人はちょっと何でもかんでもスクナ様に結びつけすぎだと思う。
『肯定。アンスール(リリア)とマリーは運命の赤い糸で結ばれている』
運命の女神がまたとんでもないことをほざいていた。
『必然。アンスールとナユハも結ばれているし、アンスールと愛理も結ばれている。そしてアンスールと私も結びつけた』
おい最後。人為的(神為的?)じゃないか。ウィルドって結構したたかというか押しが強いというか頭ピンク色というか……。
『……なるほど、これがリリアさん家のメイドラゴ――』
「はい愛理。気持ちは分かるけどボケないように」
『訂正。原典を鑑みればリリアさん家ではなくレナードさん家のメイドラゴ――』
「私の周りはボケばっかりか!? というかウィルドも知っているのか原作を!?」
頭の痛くなってきた私はとりあえず目の前の問題を片付けることにした。
「ええっと、マリー。こんなところで何をしているのかな?」
「はい。本日はお姉様の弟様がいらっしゃるのですわよね?」
「うんそうだよアルフレッドは世界一可愛い弟だからね、マリーも一目惚れしちゃうんじゃないかな?」
「大丈夫ですわ、あり得ませんから」
真顔で断言されてしまった。ふふふ、そう言っていられるのも今のうちだけさ。
あはは、うふふとお互いに笑いあうマリーと私。貴族同士の化かし合いをしている気分になるのはなぜだろうね?
「……マリーは強いしリリアは鈍いね」
『弟君のことになると途端にアホになるよねぇリリアって』
『理解。アンスールはアホ』
はいそこのウィルドさん。ストレートなアホ扱いは止めなさい。そろそろ泣くぞ?
あかん、話が進まない。というかなんで私がツッコミ役しているのだろう? 私って自分で言うのも何だけどボケ役だと思うのだけど……。
「いや、リリアは十分ボケているよ?」
ナユハたんに真顔で断言されてしまった。どうしてこうなった?
「……そ、それで? なんでアルフが引っ越してくるとマリーがメイド服を着ることになるのかな?」
「ふ、それはもちろんわたくしがお姉様の妹だからですわ!」
「いやどういうこと?」
「アルフレッド様はお姉様の弟。わたくしはお姉様の妹。つまり、アルフレッド様とわたくし、どちらが『上』か決めなければならないのですわ!」
うん?
うん?
う~ん……?
「……マリーがアルフの姉か、妹か決めるってこと?」
そもそもマリーとアルフだとマリーの方が年上なんだから姉じゃん、というツッコミは意味がない気がする。マリーに対しては。この子は人の話聞いているようで聞いていない。
「さすがお姉様、察しがいいですわ。お兄様なんていくら説明しても理解できませんでしたのに。挙げ句の果てにわたくしがメイド服を着るのを邪魔しようとして……」
いやキミのお兄さんが普通なのだと思うよ? 私は姉御とか姉弟子とかで突拍子のない人間の言動に慣れているから分かっただけで。
というか、私の周りにいるのは上から下まで変人揃いか。どうしてこうなった?
『類は友を呼ぶー』
『一番の変人が何か言っているよー』
『自覚のない変人が一番厄介だねー』
うっさいわ。
言っておくけど私って結構変人の自覚あるからね?
『自覚があってもねー』
『そもそもの自己評価が間違っているものねー』
『変人としての評価が低すぎー』
『虎は猫になれないぞー』
『ドラゴンはトカゲじゃないぞー』
『リリアは女好きだぞー』
こら最後。さらっと貶してこないように。
妖精さんにツッコミをしていると、視界の端にまばゆいばかりの金色が映った。具体的に言うと屋敷に向かって庭を歩く人物の金髪が。
この国には金髪の人間がそれなりにいるけれど、あれほど金色に近い髪は滅多にいない。
リュース・ヴィ・ヴィートリア。
我が国の(女の子だけど)王太子さまであり、継承権第一位の偉いお人だ。そしてついでに言えば私の夫? らしい? いやまだ正式な婚約はしていない――いやいや『正式な』って何やねん。私は王太子妃になるつもりなんぞございません。
「やぁリリア。久しぶりだね」
「全然久しぶりって感じがしないけどね。今日はお茶会の約束とかしていたっけ?」
「リリアの弟が引っ越してくるのだろう? 私も挨拶しておかなければと思ってね」
「………」
なんだろう? 『リリアの夫として私も挨拶して――』と副音声的なものが聞こえたのは気のせいかな?
私が首をかしげているとリュースはナユハや愛理、ウィルドに気さくな挨拶をしていた。それぞれの仲は良好みたいだ。
そして。リュースの動きがマリーを見て止まった。
この二人は(マリーとはじめて会った)貧民街で一緒だったので面識が――ない。あのときリュースは私のすぐ近くにいたけれど、どこからか取り出した帽子を目深に被ってやり過ごしたのだ。
まぁ王太子が貧民街にいるとバレたら大騒ぎになるものね。侯爵令嬢であるマリーならリュースの顔を知っていてもおかしくはないし。そう考えると自分の正体を隠したリュースの反応はごくごく自然だ。
ということは、(挨拶はしていなくても)リュースは『殺してください!』というマリーの発言を聞いていたはずであり。マリーを見て思わず動きを止めてしまっても何ら不思議はない。
ない、のだけれども。マリーの方も動きを止めているのはどういうことなのだろう? いや王太子が急に現れたら驚くのが普通だけど、どうにもそういう雰囲気でもない。
「…………」
「…………」
見つめ合うリュースとマリー。恋が始まった――というわけでもなさそう。むしろ、こう、火花が飛んでいるような?
「……なるほど、殿下も“そう”なのですわね?」
なにやら確信を込めた声で確認するマリーだった。いや何が?
「……そういうキミも、“そう”なのだね?」
なにやら確信(以下略)リュースだった。何で初対面でわかり合って(?)いるのだろうねこの二人?
「たとえ王太子殿下が相手であろうが、わたくしは遠慮などいたしませんわ」
貴族令嬢らしからぬことをほざくマリーだった。リュースだから大丈夫だろうけど不敬罪に問われてもおかしくない発言だね。まぁこんなことでいちいち処罰していたら『うわぁ、そんなことで処罰しちゃうんだ……』と他の貴族に見られてしまうので実際はそう簡単に不敬罪になんてならないと思うけど。
「その蒼い髪……マリー・ヒュンスター侯爵令嬢だね?」
髪色だけでマリーの正体を読み取るリュースだった。蒼い髪という時点でヒュンスター家の人間だと判断できる人は多いけど、マリーの名前を特定できるのは凄いかもしれない。面識もない人間の名前と外見的特徴を覚えているということだし。
いや私も貴族名鑑に載っている貴族は全員覚えているけれどね。正確に言えばおばあ様に丸暗記させられた。
『感心。次に落とす女性の名前と容姿を事前に学習しているとはさすがアンスール』
「貴族としての基礎教養だよ!?」
ウィルドにツッコミをするとなぜかナユハが呆れ顔になった。
「いや、普通の貴族は貴族名鑑の丸暗記なんてしないと思うよ? 夜会の前とかにちょっと参加者の確認をするくらいで」
え? マジで? じゃあなんで丸暗記させたのおばあ様?
私がナユハさんの発言に愕然としていると、マリーと火花を散らしていた(?)リュースがにっこりと微笑んだ。
「遠慮などしない、か……。こちらこそ。自分でも最近では驚いているのだけれどね、私はとても欲深いらしい。――私は何も諦めたりはしないよ」
にこにこと微笑みあうリュースとマリーだった。ぱっと見だと美少女二人が笑顔を浮かべているので眼福な光景――なのに、胃が痛くなってしまうのはなぜだろうね?
ど、どうしてこうなった?
リリアのおばあ様 (リース)が貴族名鑑を覚えさせた理由? もちろん王妃としての基礎教養ですよ。
次回、11月4日更新予定です。




