7.キミがために
※最初だけナユハ視点です。
7.キミがために
――綺麗な子だった。
まだ十にも満たない年齢だというのに、『彼女』は将来獲得するであろう美貌の片鱗をすでに漂わせていた。
伝説に謳われた銀色の髪は日の光を受けてキラキラと輝いていて、神話に語られる赤色の瞳は宝石よりもなお美しく煌めいている。
それに対して、私はどうだろう?
不吉の象徴とされる黒い髪。
闇を閉じ込めたような黒い瞳。
およそ美の基準からかけ離れたそれらは自分ですら疎ましく思ってしまう代物であり。こんな私を見た人間が不愉快な顔をしてしまうのも心底納得できてしまっていた。
友達はできなかった。
領民からは恐れられた。
使用人たちも、私への嫌悪感を隠さなかった。
いっそのこと、こんな髪なんて剃ってしまいたい。
こんな瞳なんて潰してしまいたい。
それをしなかったのは、お父様がいたからだ。
それを今もしないのは、お父様に対する弔いだ。
私の髪を、瞳を、唯一認めてくれたお父様。唯一褒めてくれたお父様。たとえ世紀の大罪人であったとしても、私にとってはただ一人の父であり、ただ一人の味方であったのだ。
つまるところ、私は亡きお父様のために自分の黒目黒髪を受け入れていた。鉱山で働くようになってからも貴族令嬢のように長髪を維持し、できうる限りの手入れもしてきた。
漆黒をさらして生きるのはお父様のため。
お父様のためにと、自分自身が決めた道。
だけれども、そんな私でも美しさの頂点に立つ銀髪赤目の少女を前にしては恥辱しか感じることができなかった。
あぁ、私はなぜ黒い髪をしているのだろう。
なぜ黒い瞳なのだろう。
どうせ生まれるのなら銀の髪がよかった。
いいや、そんな贅沢は言わないから、せめて他の人と同じ茶色の髪が欲しかった。
こんな会う人会う人から驚かれ、嫌われ、避けられる髪ではなく……。
ほら、銀髪の少女も驚愕で目を見開いている。
この後に予想される反応は様々だ。泣き叫ばれるか。逃げられるか。石を投げられるか。銀髪の子は幼少期から大人に匹敵する魔法が使えるらしいから攻撃魔法が飛んでくるかもしれない。
内心で畏れ、諦観している私に向けて銀の少女は口を開き、そして――
「――綺麗な髪ですね」
その言葉がどれだ衝撃的だったか。
どれだけ嬉しかったか。
きっと少女は理解していないのだろう。
◇
「どうしてこうなった……」
燃え尽きたカメラ(仮)の前でうなだれる私、リリア・レナード。自分の不器用さにちょっと呆れてしまうのですよ、はい。
『どんまいどんまいー』
『元気だせー』
『まぁスキル“未熟なるもの”を持っているからしょうがないよねー』
ふよふよと妖精さんが集まってきて励ましてくれた。いつもより数が少ないのはナユハと遊んでいるからかな?
うん、励ましてくれるのは嬉しいのだけど、最後の“未熟なるもの”って何さ? もしかして私のスキル?
私が内心で首をかしげていると妖精さんたちが唐突に仮面なライダーの変身ポーズを決めながら説明し始めた。え~っと、一号、二号、BLACKにRXかな?
『知らぬのならば教えよう!』
『未熟なるものとは、生まれつき強大な力を持つ者が獲得しやすい称号なのだ!』
『このスキルを持つ者は自らの力を制御できずに暴走させてしまうことがある! その頻度は用いる力や変化する事象の大きさによって上下する!』
『通常は成長するにつれてスキルの効果は薄まっていくからご安心!』
「お、おう?」
スキルの内容よりも妖精さんが饒舌にしゃべり出したことにビックリですよ私は。いつもの間延びした口調はどこ行ったのさ?
『――未熟であるが故、隙がある。未熟であるが故、放っておけない。完璧な人間ほどつまらないものはなく、故にこそ、この称号を持つ者は良き出会いに恵まれる』
最後だけ少し真面目な口調で妖精さんは締めくくった。
「……よく分からん」
思わず貴族らしくない言葉遣いをしてしまう私。う~ん、とりあえず、私が失敗したのはこのスキルのせいで、私のせいじゃないと解釈すればいいのかな?
妖精さんたちが『そんなわけないじゃんー』、『失敗したのは実力さー』、『よっ、未熟者ー』とケンカを売ってきたので雷系の魔法を落としておいた。もちろん無傷だったけどね。
「まったく、励ましてくれた直後に貶すとは悪魔のような存在だね」
しかし、未熟なのは9歳だからと言い訳するにしても、気になるのは最後の説明だ。
完璧な人間がつまらないというのは、まぁ分かる気がする。前世の私もパーフェクトピーポーにはまったく興味を抱けなかったし。
でも、なんでそれと良き出会いがイコールで繋がるのかねぇ?
ダメな人間は放っておけないから? 庇護欲を刺激しちゃってる?
うむむ……と私が首をかしげていると。
「り、リリア様! 先ほどの爆発は!? おケガはありませんか!?」
どこか悲壮感すら感じさせる声を上げながらナユハが駆け寄って――いや、歩くくらいの速さで近づいてきた。ナユハの足やら腕やらに妖精さんが纏わり付いてうまく動けていないのだ。
「…………」
ナユハにとって妖精さんはたぶん“畏れ”の対象だ。恐がり、敬い、自分などでは接することすらはばかられる存在。
そんな妖精さんに纏わり付かれながらも私の心配をしてくれるナユハは間違いなく底抜けの善人であり……。
「……良き出会いに恵まれる、か」
思わずつぶやいた言葉に苦笑してしまう。
魔法を使って色々と『やらかしてしまう』のは困ってしまうのだけれども。それがスキルの力だとしたら、ナユハみたいな善人と巡り合うきっかけになったのだし、ちょっとくらい感謝してもいいのかもしれない。
ナユハに向けて手を振りながら私はそんなことを考えた。
…………。
うんうん、我ながらいい展開だ。いいお話だ。小説ならばここで幸せな雰囲気のまま一区切りと言ったところ。
でも。
残念ながら、私はそんな平穏無事な星の下には生まれていないようなのだ。自覚のありなしにかかわらずいい雰囲気とかシリアスな展開を完全破壊してしまう。
それは前世の頃からそうであったようで、前世の親友が付けやがったあだ名はシリアス・デストロイヤー。壊し屋ではなく破壊神なところが注目ポイントなのだとか。
……私を一体何だと思っているんだ?
とりあえず、前世の親友とはもう一度腹を割って話し合うべきだろう。主に私の評価について。
まぁ、話し合うには親友もこの世界に転生していないとだから無理だけどねー。
…………。
………………。
……あ、もしかして“フラグ”を立てちゃったかな私?
私が冷や汗を流していると――、妖精さんを引きずりながらこちらに近づいてきていたナユハの動きが止まり、視線が私の背後へと移動した。
その先にはカメラレーザーの直撃で破壊された岩肌があるはずで、ナユハの表情からしてまた厄介な事態が進行していそう。
ナユハの視線を辿るように私が振り向くと――崩れた崖面から、見上げるほどに大きな蛇が這い出してきた。
ストーンスネイク。
生ける岩石。呪い受けし大蛇。その表面は本来生物ではありえない鉱石の鱗で覆われており、通常の弓矢や剣など簡単に弾き返してしまうほどの防御力を有している。
元々大人しい性格であり危険性という意味でのランクはE。ただし戦った場合の脅威度で考えるとBランクに跳ね上がる。
つまりはBランク冒険者か、Cランクの冒険者がパーティーを組んでやっと討伐できる魔物。
その本質は岩石に近く、普段は山と同化して眠りについており人前に姿を現すことは希だ。もし遭遇したとしてもストーンスネイクは肉をエサとはしていないので人間が襲われる心配はない。
ない、はず、なのだけど?
ストーンスネイクさんはいかにも不機嫌そうな目で私を睨み付けていた。
あー、私のせいで安眠妨害されて怒り狂っているパターンですか? あるいは攻撃されたと勘違いしたか。
それについては100%私が悪いので謝罪することもやぶさかじゃない。
「えっと、ゴメンなさい。悪気はなかったと言いますか……。崩れた崖は魔法で元に戻しますので、ここは怒りを静めてはもらえませんかね?」
私が秘技・『美少女が少し困ったような笑顔を浮かべながら謝る!』を繰り出すと……。なぜだかストーンスネイクさんはこちらに殺気を向けてきた。お爺さまと修行しているおかげかこういう殺気とか敵意には敏感なのですよ。
え、というか、なんで? なんで殺気向けられているの私?
『知識不足ー』
『天然トラブルメーカー』
『ストーンスネイクにとって人間の笑顔は“宣戦布告”しているように見えるんだよねー』
妖精さんの言葉に愕然とする私である。
「何それ初耳! 異文化コミュニケーション! 謝罪したつもりが地雷を踏み抜いたの私!? どうしてこうなった!?」
『そもそもストーンスネイク相手に話しかけてる時点でねー』
『お笑いだよねー』
『人間の言葉が通じるわけないじゃんー』
「ごもっともで!」
容赦のないツッコミに天を仰ぐしかない私である。
ここで魔物と心通わせることのできるスキルでも持っていれば万事解決なのだけど。残念ながら私にそんなヒロインっぽいスキルはない。と思う。
自らのスキルも把握していないのは中世ファンタジー的な世界観的にどうかと思うのだけど、幼い頃にスキルを見てくれた鑑定士のおじさんが『おぉ! 私は何と罪深いことを! 女神オーディンの転生体を試すようなことをするだなんて!』と半狂乱になって以来スキル鑑定をしていないのでしょうがない。
自分で自分を鑑定するわけにもいかないしねぇ。鏡を使ってもスキルは見えないのだ。
「――――――ッ!」
私と妖精さんたちが緊迫感のないやりとりを繰り広げていると、ストーンスネイクが何とも文章にしがたい唸り声を上げた。岩と岩が軋み合ったかのような、とでも表現しようか?
直後。
ストーンスネイクが何度か喉を上下させはじめた。
元冒険者だったお爺さまに教えられたことがある。ストーンスネイクがああいう行動を取ったら攻撃の前触れなのだと。
確かその攻撃方法とは……拳くらいの大きさをした石つぶてを吐き出すというもの。
投石というのは案外強力な武器であり、かの有名な剣豪宮本武蔵さえも投石によって負傷の憂き目に遭っている。
ま~武蔵ほどの武人が真っ正面からの投石を避けられないのはおかしいので不意打ちだったのかもしれないけどね。というかそうだと信じたい。
私が(前世知識の)宮本武蔵のことを思い出していると――、ストーンスネイクは風切り音と共に石つぶてを吐き出した。
いや、吐き出したという表現は少し違うかもしれない。こちらに向かって飛翔する石つぶての速度はなかなかのものがあり、王国軍の投石部隊によるものに匹敵するだろうから。
だがしかし、お爺さまの槍よりは遅い。
真っ直ぐ飛んでくるのも減点ポイント。
普通の貴族令嬢なら泣き叫ぶ暇もなく命を散らすかもしれないが、物心ついた頃から“神槍”に鍛えられてきた私に対してはアクビが出るほど退屈な攻撃だ。
わざわざ結界防御をするまでもない。
足を半歩退いて、身体を横に開く。それだけで十分避けられる攻撃だ。心配する必要も慌てる必要もない。
……ないというのに。
「――リリア様!」
どうしてナユハは庇うように私の前に躍り出たのだろう?
お世話係だから?
私がまだ9歳だから?
この世界じゃ庶民より貴族の命の方が重いから?
……って、そんなこと考えている場合じゃない!
「結界展開!」
聖魔法の結界を展開する。他の属性のシールドとは違い時間を止める聖魔法なら相性による強度の変化はない。物理だろうが魔法だろうが一定の防御は期待できる。
でもそれは展開が間に合った場合。
私史上最速で張られたシールドは、それでも、石つぶてから身を守ろうとしたナユハの腕を包むことはできなくて。
「痛っ!」
鈍い音と、小さな悲鳴。
私は慌ててナユハに駆け寄り、石つぶての当たった左腕に手を伸ばした。これでも貧民街で治癒術士の真似事をしているのでケガや病気に対する知識はある。
擦過傷と打ち身。予想された威力からしてみれば傷は浅い。展開途中の結界展開に擦って速度が落ちていたのだろう。
死にはしない。
痛いだろうが死にはしない。
私は彼女の腕の傷口を優しく撫でた。それだけでもう治癒は終わる。
この程度で死ぬわけがない。
でも、もしかしたら死んでいたかもしれない。もしも当たり所が悪ければ。もしも結界が間に合わなければ。もしも毒があったなら……。
…………。
私はナユハの傷口だった場所から手を離し、彼女のほっぺたを「ぱしん」と両手で叩いた。
予想外の痛みだったのかナユハが目を丸くする。
彼女の頬から手を離さないまま私はできる限り低い声を絞り出した。
「ナユハ。危ないでしょう? どうしてこんな無茶なことをしたのかな?」
「そ、それは、ですね……」
大人に叱られた子供みたいにうなだれてしまうナユハ。まぁ同じ9歳とはいえ、前世を足せば私の方が年齢は上なので不自然な光景ではないかな?
ナユハの言い訳を待つ私。それを邪魔するかのようにストーンスネイクが石つぶてを結界にぶつけ続け、効果がないと察したのか今度は体当たりを仕掛けてきた。
うるさいことこの上ない。
それに、結果的にとはいえナユハを傷つけたのは許せない。私を助けようとしてくれたナユハを……。
……そうだ。理由を問い糾すより先にするべきことがあった。
「ナユハ。庇ってくれてありがとうね」
命の危険があるのに助けようとしてくれた。それに対するお礼すら失念していただなんて……。どうやら私は冷静さを欠いていたようだ。
そして冷静さを欠いてしまった原因は、怒りだ。
ナユハを傷つけたストーンスネイクに対して、どうにも私は並々ならぬ怒りを抱いているみたい。
傷は跡形もなく消え去った。
でも、ナユハが傷つけられた事実は消えたりしない。
目には目を?
歯には歯を?
残念、私はそこまで理知的な人間じゃない。
こんなにも可愛くて、優しくて、善き人であるナユハを傷つけたのだ。その報いは命でもって償ってもらおうか。
「――開錠」
ナユハを撫でる手を離し、開錠した異空間への入り口に手を伸ばす。
取り出したるは一本の槍。
お爺さまが冒険で手に入れたという業物は、嘘かほんとか真打“人間無骨”。
殺す。
殺すと決めたけど、前世の私が『待った』をかけた。
「……妖精さん、妖精さん。あの岩蛇に警告を。今逃げるなら見逃してあげるわよ、と」
ナユハを包み込む程度の大きさに結界を収縮させながら妖精さんにお願いする。彼らならストーンスネイクとも意思疎通ができるだろうし。
私はいま怒っているけれど、それでも無益な殺生は避けるべき。と、頭の中で前世の私がそう警告してきたのだ。怒りのままに生き物を殺してしまってはろくな大人にはならないよと。
反論の余地が微塵もなかったので私は一旦従うことにした。
ただ、それはあくまで一旦のこと。妖精さんの交渉結果次第では容易くひっくり返る。私は今それくらい怒っているのだ。
妖精さんはストーンスネイクの周りを漂い身振り手振りを交えながら何事かを話しかけていたけれど……。こちらを向いて首を横に振った。
交渉決裂。
ならばもう容赦はなし。
ここより先は命の殺り取り。正義も悪も関係なし。弱きものは嬲られて、強きものすら餌食となる。
「リリア様っ!」
悲痛な叫び声を上げるナユハ。空気を読んだ妖精さんが彼女を押さえつけてくれているが、そうでもなければまた私を守ろうと行動するだろう。
「無窮の――」
なにやら呪文を唱えようとしたナユハの口を妖精さんがふさぐ。それでもなおもがく彼女に対して私は右手を軽く振ってみせた。
「大丈夫だいじょーぶ。おねーさんに任せなさいって」
見た目はとにかく、中身の年齢はナユハよりもお姉さんなのだ私は。
9歳らしからぬ言葉に驚いたのかナユハの動きが止まった。
そんな様子を横目で確認しながら私は槍を構え、呼吸を整える。
ヒロインとして有する莫大な魔力を叩きつければあの程度の魔物は消し去ることができるだろう。
だが、それはしょせん天から授かった力を振るっただけに過ぎない。多対一ならともかく、一対一の勝負であれば自分自身が獲得した技で戦うのがせめてもの礼儀というものだ。命の殺り取りならばなおのこと。
前世でも、今世でも。私には槍術の才能があったが、それを鍛え、磨き上げたのは私自身の努力に他ならない。
リリア・レナードとして初めて槍を振るったのは四つの頃。
たった五年と侮るなかれ。
私はあの“神槍”から直接教えを受けたのだ。五年の修行は、前世での二十余年を凌駕する。
千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす。
前今あわせた三十余年の鍛錬は、私の技を一つへの高みへと押し上げた。
「――レナード子爵家が長子、リリア・レナード。推して参る」
敵に向けて一歩を踏み出す。
9歳の肉体では足が短すぎてそれほど速い移動はできない。
故にこそ私は騙し手を使った。
槍先を勢いよく天に向かって振り上げる。
思いがけない行動だったのかストーンスネイクの視線が跳ね上がった槍の穂先に集中する。
隙あり。
すり足に近い動きで敵との距離を縮める。後一歩で突きが放てるところに近づいてやっと敵が私の意図に気がついたが、遅い。振り上げた穂先をしならせ、ストーンスネイクの顔面に叩きつけた。
もちろんこの程度の攻撃で倒せる相手ではない。本来なら脳しんとうや脳挫傷を狙う技だけど今の私の腕力では足りないのだ。
しかし、眼球付近に切っ先が当たったストーンスネイクは確かに動揺した。首を引き私から瞬時意識を逸らす。
その間に槍を構えなおした。狙うは喉元。鱗と鱗の隙間にある柔らかい部分。
「――人間無骨 岩石一矢 神槍飛突 金烏を墜とす」
まだまだお爺さまには及ばないが。
それでも、未熟な私の技はストーンスネイクを屠るのに十分な速さと威力があった。確かな手応えの直後、喉元から鮮血代わりの流砂があふれ出す。
『――ッ! ――――ッ!』
声にならない声を上げながらストーンスネイクはその巨体を地面に横たえた。衝撃で崖面がさらに崩れ落ちる。
「…………」
槍をしまうことすら忘れて私はその光景に見入っていた。
この人生において、正当防衛などではなく、初めて明確な殺意をもって他の命をあやめた。
けれど9歳の心は驚くほどに平穏としていて。
まるでこんなことは慣れっこのようにすら思えてしまって。
(……一体何を『やらかした』のかねぇ前世の私)
赤い血だまりを幻視する。
おそらくこれは前世の記憶。まだ思い出していない昔の物語。
見たことがないのに見たことがある光景を振り払うように私は息を吐き、槍を異空間に戻した。
異空間(またの名をアイテムボックス)は個人個人によって収納力が違うらしく、私は世界トップレベルの大きさがあるみたい。まだ9歳なので槍を仕舞うくらいしか有効活用できていないけど。
(……あ、温泉水路用の岩を異空間に積めればもっと簡単に移動できるのでは?)
そうすればわざわざ地面を波打たせて移動するなんて面倒くさい手法をとらなくてもいいものね。普通の人は岩を入れられるほどアイテムボックスが大きくないから思い至らなかった。
「ふふふ、ナユハ。私はやはり天才だったようだよ!」
ナイスアイディアを思いついた嬉しさのあまりナユハに近づき肩を叩いちゃう私。
「あ、……は、はい! 確かにリリア様の槍は凄かったです! ガルド様からお話は伺っておりましたが、9歳とはとても信じられません!」
目をキラキラさせて嬉しいことをいってくれるナユハちゃん。ちょっとお互いの認識にズレがあるけどナユハが可愛いのでとにかくよし。
「お、そうだ」
ストーンスネイクの鱗は高く売れるってお爺さまが言っていたっけ。なんでも(ドラゴンの鱗ほどではないけど)そこらの鉄より固いうえ滅多に姿を現せないから値段もつり上がるらしい。
あれだけの巨体なら魔石も上質なものを期待できるし、確か骨や眼球にも商品価値があったはず。
貴族令嬢&大商会の娘とはいえ『幼い頃から不必要な贅沢を覚えてどうする』という家の教育方針からあまりお小遣いはもらえていない私、これは秘密の貯金を増やすチャンスなのでは?
魔物の解体の仕方はまだ教わっていないからとりあえずアイテムボックスに収納しておいて、知り合いの元冒険者に頼めばうまいこと処理してくれるだろう。
私は皮算用をしながらウキウキとストーンスネイクの死体を振り返った。
そう、皮算用。
この言葉には通常『取らぬ狸の』という前置き(?)が付いてしまうものであり……。
『ばりばりむしゃむしゃー』
『取れたてお肉は美味しいねー』
『もちろんお残し厳禁さー』
『骨まで食べてカルシウムー』
妖精さんたちがバリバリむしゃむしゃと音を立てながらストーンスネイクを食べていた。肉だけではなく骨や鱗までも残さずに……。
そりゃあ『悪人を頭から食べてしまう』なんて言い伝えがあるのだから蛇だって食べられるのかもしれないけどさぁ。
「ちょ、まっ、」
待って、という静止をする直前に妖精さんたちはストーンスネイクを跡形もなく食べ終えてしまいましたとさ。めでたしめでたし。
「……どうしてこうなった」
次回、22日更新予定です。