閑話 運命の破壊者。&かみさまのしゅくふく。(ナユハ視点)
一つ目の閑話が短かったので、もう一つの閑話を同時掲載します。
閑話 運命の破壊者。
一騒動終えたあと。
スクナ様がナユハとマリー、ウィルドを連れてどこかに行ってしまった。『乙女の内緒話があるのです』らしい。
私、乙女じゃないってことですか?
どこからどう見ても乙女なはずなんですけれど?
精神に多大なるダメージを負った私。そんな私を見て師匠がやれやれと肩をすくめていた。
いつもいつでもスクナ様に付き従って離れない師匠が、スクナ様について行かなかった。まぁつまりなにか『内緒話』があるのだろう。
「えっと、師匠。また何か厄介ごとが起こるんですか?」
「自覚があるようで何より。あなたの“運命”は私がちょっとドン引きするくらい波瀾万丈ですから、一日一回は厄介ごとが起こると思った方がいいですよ。何もない日が続けば、その分厄介ごとの規模もふくれあがる感じで」
「何それ恐い」
というか師匠がドン引きするの? あなたあれですよね? 初代勇者として初代の魔王と七日間戦い続けて、ぶっ放した魔法から拡散した魔力が土壌に染みこみ、千年以上経った今でも鉱山から魔石が産出できちゃう系の規格外。
そんな師匠にドン引きされるとか、私の人生ってどんだけ波瀾万丈なんですか……?
これ、いっそのこと原作ゲームのシナリオに沿った方が楽な人生送れるんじゃない?
私がそんなことを考えていると、師匠がスッと目を細めた。
「――まだ、何も終わっていませんよ」
「……え?」
「あなたは調子に乗るとすぐに油断して、すぐに『どうしてこうなった』と嘆くハメになるんですから。師匠として、一応は警告しておいてあげましょう」
「一応、なんですね?」
「えぇ、一応です。どうせあなたは私の想定を軽々と越えた事態を引き起こし『どうしてこうなった』と叫ぶでしょうからね」
「師匠から期待されて嬉しいなー私はー」
もちろん棒読みの私である。
しかし、何も終わっていないって、たぶんマリーのことだよね?
マリーは原作ゲームで王家を恨み、リュースを殺してしまうという。
もちろん私の知っているマリーは人殺しなんてしない――と、思う。常識はないけどさすがに人を殺しちゃうほどではない――ない、かな?
(人を殺すには、よっぽどの恨みがないと……というのは前世の常識かな?)
なにせこの世界の人命は軽いのだ。人権なんて高尚なものはないし、ヒトを喰らう魔物はヒトのすぐ隣で生活している。魔王をはじめとした“天災”は多く、戦争も各地で起こり、貧民や冒険者など冗談のように死んでいく。
この世界では酒場のケンカで死人が出るのが当然だし、ちょっとした恨みで平然と人殺しが起こってしまう。だから、前世の常識を元にした『こんなことで人を殺さないだろう』という予断でもって行動するのは危険だ。
まぁ、それでも、マリーなら相応の理由がなければそんなことをしないと信じているけれど。
リュースに関しては、私が作った指輪型の魔導具があるからよほどのことがなければ大丈夫だと思う。さすがにドラゴンを相手にされるとマズいけど。
ま、王太子がドラゴンと戦う場面なんてないから大丈夫、大丈夫。
『フラグ立てたねー』
『恋愛フラグも死亡フラグも簡単に立てる女だよー』
『イケメンとのフラグは立たないのにねー』
妖精さんは最後に私を貶さないと死ぬ呪いにでもかかっているのだろうか?
でも、妖精さんの言うことにも一理ある。姉御やフィーさんによると“竜使い”が絡んでいるみたいだし、リュースを守るためにはなるべく彼女の近くにいる方がいいのだろう。
王宮には姉御やフィーさんがいるだろうから大丈夫だとして、リュースが仕事でどこかに出張とかする際は教えてもらわなきゃいけないかなぁ。そしてなるべく同行すると。
……って、これじゃ私からリュースに付き纏うみたいじゃないか。まるでファンディスクの悪役令嬢・リリアのよう。
そして、傍から見たら『王太子に近づく無礼な子爵家令嬢』でしかないね。そう考えると乙女ゲームのヒロイン・リリアそのままだ。
悪役令嬢とヒロインの悪いとこ取りとはさすが私である。どうしてこうなった……。
閑話 かみさまのしゅくふく。(ナユハ視点)
嘘か本当か、今私が着ているメイド服はスクナ様お手製の『聖布』であるらしい。
建国神スクナ様の話はリリアから聞いたことがある。
いわく、リリアの遠い遠いご先祖様。
いわく、リリアを孫のように可愛がっている。
いわく、リリアに『祝福』を与えた。
そして、リリアが『チート』で色々やらかすのはスクナ様の『祝福』が大きな一因、らしい。
そんな話を聞かされた私は、思ったものだ。
いやリリアがやらかすのは天然の自業自得じゃないのかな、と。
……じゃなかった。さすがに冗談の類いじゃないのかなと思ったのだ。
建国神スクナ様といえば二千年ほど前、星の降る夜に降り立ったとされる神様だ。奴隷として虐げられてきた人々の味方となり、我がヴィートリアン王国の元となった国を興した建国神。
この国に住まう人間で建国神スクナ様と、彼女に付き従った初代勇者ユーナ・アベイル様のことを知らない人はほとんどいないだろう。
それは貧民街に関しても同じ。貴族による施しによって与えられる絵本の中には必ずと言っていいほど建国神話が含まれているし、紙芝居や人形劇もまず真っ先に建国神話を上演するからだ。
さらに言うなら人々に“神授の薬”ポーションを与えてくださった慈愛神であり、そんなポーションを悪用した当時の教会を壊滅させた裁きの神でもある。
まぁつまりスクナ様とは凄い御方なのであり、文字通り雲の上の存在。もしも謁見が叶うならば国王陛下と同じ――いやもっともっと気を遣い平身低頭の気構えで望まなければならないのだ。
で、そんなスクナ様が私と愛理、そしてマリー様を呼び出したと。
悪事を成した教会を壊滅させたあのスクナ様が、だ。
愛理はともかく、罪深いデーリン家の娘である私としては生きた心地がしなかったし、スクナ様を崇め奉る大聖教の神殿に納められるはずだった“変竜の書”を強奪したマリー様も同じみたいだ。普段の『はいてんしょん』が嘘のように蒼い顔をしている。
…………。
怖がるということは、命を惜しんでいるということ。
スクナ様を怖がることのできるマリー様は、きっともう大丈夫だろう。リリアは死を望む一人の少女を救ってみせたのだ。
いやスクナ様から“天罰”を落とされかねない現状も救ってほしかったけどね。今のリリアは『私って乙女じゃないの……? どうしてこうなった……』とうなだれていたので期待はできないだろう。
リリアってアレで意外と打たれ弱いというか、ヘタレというか、ナヨナヨな性格をしているからね。
決めるときはビシッと決めるのに、どうして普段はあぁなのだろうね?
いやでもあれが愛理の言う『ぎゃっぷもえ』というものなのかな?
と、私がそんなことを考えていると、スクナ様がニヤニヤとした顔で見つめてきていることに気がついた。
「仲がいいようで何よりですねー」
「あ、はぁ……?」
「私、心配していたんです。リリアちゃんはいろいろな事情で同年代の友達ができない子でしたから。ずっと遠くから見守りながら、ずっと心配していたんです。……だから、ナユハちゃんがリリアちゃんの友達になってくれて本当に嬉しく思っているんですよ?」
「…………」
それだけ聞けばリリアのことを心配するいいお姉さん(?)だ。
でも、ちょっと前に璃々愛様がほとんど同じことを口にしていたから、こう言っては何だけど二番煎じ臭が凄かった。
「……私の 大☆活☆躍♪ を台無しにするとは……おのれあのトンデモ非常識め……」
神様らしからぬ発言をするスクナ様だった。うん、リリアの血縁だね間違いなく。
というか、その口ぶりだと璃々愛様と知り合いなんですか?
「直接の面識はなくとも魂の奥底に刻み込まれているのです。それはもう深く深く」
建国神の魂に刻み込まれるとか、一体何をしたのだろうね璃々愛様は?
…………。
……彼女なら何をしでかしていても驚きはないかな。呆れはするだろうけど。
あと、ごく自然にスクナ様は私の心を読んでいるようだけど……まぁ、リリアも読心する系の人なのでさほど驚くようなことでもない。神様なのだからそれくらいできるだろう。
「……ほんとは凄いことなのに……リリアちゃんと付き合っているせいでナユハちゃんがスレてしまった……」
地面に手をつきながら人聞きの悪いことをほざく建国神だった。
幼い頃から物語られてきた建国の英雄で、神様で、すごくすごい御方であるはずなのに、私の中の何かが『ガラガラ』と音を立てて崩れていった。具体的に言えば尊敬とか憧れとかが。
「しかし! 神様はこのくらいでへこたれないのです!」
がばっと起き上がりながら胸を張るスクナ様だった。色々なものがさらにガラガラと崩れ落ちているけど、きっと気のせいだ。きっとそうだと信じたい。
「こほん」
と、スクナ様が軽く咳払いをした。
途端。
空気が変わった。
今までのどこか弛緩した空気から、緊張をはらんだ雰囲気へと。
恐怖ではない。
気味の悪さでもない。
これは、そう……言うなれば神殿の中で神様の像を前にしたかのような。そんな厳かなる静穏が室内を満たしていた。
私。
愛理。
そしてマリー様。
各々が自然と居住まいを正してしまう。
そんな私たちを通観してからスクナ様が柔らかく微笑んだ。
「――建国神スクナの名において。あなたたちの罪を免じましょう」
スクナ様が私の手を取った。落盤事故によって一度は失われ、リリアのおかげでもう一度得ることの出来た右腕を。
「血に罪はありません」
スクナ様がつぶやくと、私の右手の甲に見たこともない文字が浮かび上がり、一瞬で消えた。
「黒き髪の美しさはいずれ皆が知ることとなるでしょう」
そう言い残し。私から手を離したスクナ様は次にマリー様と向き合った。
「ごめんなさいね」
なぜだかの謝罪のあと、スクナ様はマリー様を優しく抱きしめた。
「神様は全知全能といわれていますけれど。すべての人を救うことなんてできないのです」
考えるまでもなく当たり前のこと。たとえすべてを知ることができても、すべての人を救うことなんてできるはずがない。
でも、スクナ様は謝った。謝った上で、抱きしめた。
それはきっとマリー様にとって重要な意味がある。そんな気がした。
「けれど、大丈夫でしょう。あなたにはもうリリアちゃんがいますから。リリアちゃんなら、あなたを『悲劇』から救い出してくれるはずです」
表向きは感動的な物言いだけれども。
まだマリー様の『悲劇』は終わっていない。スクナ様は暗にそう宣言していた。
そして。
次。
マリー様から離れたスクナ様は、黙って状況を見守っていた愛理に身体を向けた。
二人、しばらく無言で見つめ合う。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……まぁ、あなたは別にいいですか」
「ひどくない!? えこひいきはいけないと思うな! ……は!? 私がダメでナユハちゃんやマリーちゃんがよかったのはアレだから!? 9歳児と8歳児が相手だから!? まさかスクナさまがロリコンだったなんて――」
「――神様☆地獄突き♪」
「ぶっちゃあ!?」
揃えた指先で喉を突かれた愛理が素っ頓狂な声を上げていた。
そして、
「……痛ぃ……」
スクナ様も喉を突いた指をさすっていた。
突き指したのだろうか?
建国神が?
あんなアホすぎるやり取りで?
信じたくない現実を前にして遠い目をしてしまう私だった。
「――まぁ、いいでしょう」
何もなかったかのように厳かな声を出すスクナ様である。その静穏さに騙される人間はもうこの場にはいない。
「あなたの場合は自業自得な気もしますが、被害者であることは間違いないですし。それに、もしも時が巻き戻ればきっと異なる選択をしたでしょうから」
スクナ様が(先ほどの痴態が嘘であるかのように)威厳たっぷりに語り、(スクナ様に容赦なく突かれた)愛理の喉に一瞬文字が浮かび上がり、消えた。
「今ここに“祝福”を与えましょう」
スクナ様が背中の翼を羽ばたかせた。
優しいながらも厳格に。
穏やかながらも凜として。
まさしく『神様』としか表現できない声音で以てスクナ様が語り出した。
「――今ここに物語る」
「ご都合主義の喜劇無し」
「死せよ我が子と母は泣き」
「生きよ我が子と母は言う」
「空の彼方に“敵”はあり」
「“御方”は天へと手を伸ばし」
「空の果てにて物語る」
「気高く尊き彼女の名こそ――」
「――悲劇の破壊者」
それはまさに神話。
誰も知らない昔話。
神の時代のさらに前。伝説の果ての異聞録。
人の身で聞いていい物語なのだろうか?
知って許される神話なのだろうか?
語り終えたスクナ様は両手を高々と天に掲げた。星を掴むかのように。果てなき空を望むかのように。
そして、
「――貴女が健康でありますように」
天から光が降り注いだ。室内であることなど関係なく、まるで――いいや、間違いなく祝福の光が降りてきた。
私、愛理、マリー様が神秘的な光景に言葉を失っていると、
『――ぱんぱかぱ~ん! 今! あなたの罪はなくなりました! いや正直罪なんてなかったですけどね、ここはノリと勢いに任せましょう! 免☆罪! ついでに祝福もあげちゃいましょう! なぜならナユハちゃんは可愛いから! 私は! 恋する可愛い女の子の味方なのです!』
頭の中でそんな声が響いた。明らかにスクナ様とは異なる声だけど、きっと気のせいだ……これ以上神様とか祝福とか増やされても『きゃぱおーばー』だもの。
と、いうわけで。
いまいち実感というかありがたみが薄いけど。
私たちは祝福された、らしい。
ちなみにだけど。
スクナ様いわく。
「リリアちゃんは私の“祝福”のせいで色々と巻き込まれやすくなったと思っているみたいですけどねー。私がやったのはちょっと病気に罹りにくいとかのおまじない程度ですよ」
「……つまり?」
「リリアちゃんが色々とやらかすのは天然の自業自得なのですよ」
「……………」
リリアが聞いたら『どうしてこうなった!?』と叫びそうな事実だね。
ちょっと病気に罹りにくい程度の祝福。
→ 呪詛、病に対する完全耐性。どんな病原菌も呪いも吹き飛ばす。
副作用としていい男との『縁』も吹き飛ぶ。
たぶんスクナ様が百合萌えなせい。
オーちゃん
「いい男との縁が吹き飛ぶって、それはもう祝福じゃなくて呪いなのでは?」
璃々愛
「問題ありません! なぜなら百合は世界の真理なのですから!」
オーちゃん
「なぜ敬語?」
次回、8月27日更新予定です。(エピローグ)
 




