11.その後の色々
「で? ウィルドは何であんなことをしたのかな?」
ヒュンスター侯爵家に戻り、マリーが着替えやら家族への説明をしている間。私は(案内されたマリーの私室で)今回の騒動の原因であるウィルドを問い詰めていた。
もちろんウィルドは正座である。神様(?)であろうが知ったことか。
ナユハも思うところがあるのかウィルドへの仕置きに関して苦言を呈したりしない。
『解析完了。感情:怒りであると推測する』
「分かってくれたようで何より。で? 何であんなことをしたのかな?」
『不理解。あんなことでは分からない。詳細な説明を求める』
「……マリーをドラゴンに変身させたこと」
『理解。アンスールの要請に従い説明を開始する。――運命の改変が可能だと判断し、運命を早めた』
「……どゆこと?」
『説明。アンスールの望みは王太子リュース・ヴィ・ヴィートリアの運命改変。運命の一つが現時点で改変可能だと判断し、マリー・ヒュンスターに協力してもらった』
「……リュースの運命は変わったと?」
『肯定。アンスールの言う“死亡フラグ”の一つは消え去ったと判断する』
「その死亡フラグって、具体的には?」
『説明。王都を襲うドラゴンの怒りを静めるため、その身をドラゴンに捧げること』
「……あ~……」
原作ゲームにあったなそんなルート。王国への復讐を誓って王都に迫り来るドラゴン。そんなドラゴンが満足する条件――つまり王家断絶を成し遂げるためにリュースは自らドラゴンの元へ行ってしまうのだ。愛するヒロインを他の男に託して。
数あるバッドエンドルートのうちの一つ。そうそう、リュースは『マンボウ王太子』と揶揄されるほど簡単に死んでしまうからね。
具体的なフラグ管理は忘れてしまったけど、確かにそんなエンドもあった。あとで愛理にコンプリートファンブックを見せてもらおう。
朝焼けに染まる中、寂しそうに微笑む王太子のスチルは芸術的だったね。
しかし、そうか。いつの間にかあのバッドエンドは回避されていたのか――うん? ということは、マリーがあのドラゴンだったということ?
『正答。本来のマリー・ヒュンスターは、真実を知った際に王家への復讐を固く誓うことになる。しかし、アンスールとの交流によってその“ルート”は途絶えたと判断する』
「王家への復讐って……穏やかじゃないなぁ」
心当たりがあるとするなら8年前のドラゴン討伐かな? 討伐こそ成功したもののヒュンスター家は莫大な損害を受けたみたいだし。
いやでも、王国はすぐに騎士団を援軍として送っているし、ドラゴンにとどめを刺したのも騎士団だ。
ヒュンスター家はドラゴン討伐の功績(正確には、とどめを刺したのは王国の騎士団だけど、騎士団の到着までドラゴンを領地で食い止めていた功績)として伯爵から侯爵への陞爵がなされているし、慰労金も相応に支払われていて、ドラゴンを恨むならとにかく王家を恨むのは筋違いのはずだ。
はずなのだけど……。
(う~む、気になることもあるし、また色々と調べないとダメかな?)
ちょうどヒュンスター侯爵家にいることだし。また地下の図書室を貸してもらおう。
そんなことを考えていると部屋のドアが勢いよく開け放たれた。メイド服からドレスに着替えたマリーと、見覚えのある少年が部屋に入ってくる。
マリーに勢いよく抱きつかれながら、私は一緒に入ってきた少年に目を向ける。
貧民街でマリーの直後に会った子だ。たしかマリーのお兄様。
まだ自己紹介はしていないけれど貴族名鑑には『マリット・ヒュンスター』と書いてあったはず。
そんなマリーのお兄様は正座したままのウィルドを見て動きを止めた。
幸いにして今のウィルドは金瞳じゃなくて碧眼に変えているし、背中の羽根も収納しているのでおかしなところはない。ちょっと人並み外れた美人だけどそれだけのはず。
「……いや、リリア。他人の家でメイドさんを正座させているのは十二分におかしい状況だからね?」
ナユハさんに冷静に突っ込まれてしまった。
マリーのお兄様はしばらく目をぱちくりさせていたけれど、ふと気づいたように視線を私へと移した。
「ひ、久しぶりですねリリア・レナード子爵家令嬢。先日は自己紹介できなかったことをお詫びさせてください。自分はヒュンスター侯爵が長子、マリット・ヒュンスターです」
初対面の時と比べれば穏やかな言動だ。まぁ、妹が『殺してください!』と叫んだあとに普段通りの対応ができるはずもないか。
私も貴族スマイルを浮かべた。
「あのような場所でしたからどうぞお気になさらずに。わたくし、レナード子爵が一子、リリア・レナードですわ。マリー様には大変お世話になっております」
改めてマリーの兄――マリット様の姿を確認。ヒュンスター家の特徴である蒼髪に、マリーと同じ紺碧の瞳。そして、やはりなかなかのイケメンさんだ。
……うん? このイケメンな感じどこかで見たことがあるなぁ? 貧民街じゃなくて、もっと前にどこかで……。
「リリア嬢には妹の解呪に関して大変尽力いただいたようで。正直まだ信じられませんが、マリーが“制御の首輪”を外しているのだから事実なのでしょう。本来ならじっくりとお話を伺いつつ感謝の念を伝えたいところなのですが、残念ながらすぐに来客の予定が立っておりまして。正式なお礼はまた後日にさせていただきたく」
懇切丁寧に頭を下げてからマリット様は部屋をあとにした。……マリーを連れて。
閉められたドアの先から、
『お兄様! わたくしはこれからお姉様とのめくるめく素敵な時間が!』
『マリー。レイス先生を待たせるわけにはいかないだろう? このためにわざわざ王都までやって来てくださるんだから』
といったやり取りが廊下から聞こえてくる。
たぶん家庭教師の先生あたりがやって来るのだろう。わざわざ王都にまで招くとはさすが侯爵家である。
レイス先生とやらがいつ帰るか分からないし、待っていたら夕食の時間になってしまうかもしれない。予定にない来客(しかも貴族)が夕食を食べていくとなれば使用人さんたちの負担が増えてしまうので、今日のところは大人しく帰った方が良さそうだ。
図書室で色々調べるのはまた後日にしよう。
◇
数日後。
師匠――初代勇者、ユーナ・アベイルとの約束を取り付けた私は、マリーとナユハ、愛理、ウィルドを連れてとある屋敷を目指していた。
一応秘密の場所なので馬車の窓にはカーテンが掛けられている。……途中から転移魔法で移動するから無意味だと思うのだけど、たぶんスクナ様の指示だろう。あの神様、こういう変なことが好きなのだ。
訪問目的はマリーについて調べてもらうため。ラピスラズリの魔石が心臓近くで溶け込んじゃったからね。何か副作用でもあると恐いし、ちゃんと“鑑定”してもらった方がいいと思ったのだ。
師匠はこの世界で一番魔術に詳しいとされているし、いつも一緒にいるスクナ様は私と同じ“金瞳”持ち。私よりも使いこなせているので、私が見えないことも“視る”ことができるだろう。
あまり簡単に師匠に頼ると怒られるのだけどね。マリーのためなのだから仕方ない。
馬車に揺られる中、私の正面に座ったマリーはなぜか上機嫌だった。
「まさかもうご家族への挨拶をすることになるだなんて! あぁお姉様! わたくし何か変なところはないでしょうか!?」
手鏡を見ながら何度も手櫛するマリー。
「あー、うん。今日もとても可愛いよー。変なところなんてないんじゃないかなー」
中身以外。
なんでこんな『家族への結婚のご挨拶』みたいな雰囲気になっているんだろうねこの子? いや師匠やスクナ様は(千年単位で辿れば)私と血が繋がっているみたいだし、そう考えると家族と考えて――いや無理か。そんなこと言い出したら人類皆兄弟になるわ。
「きゃあ! お姉様から褒められてしまいましたわ!」
ハイテンションに身体をくねらせるマリーと、何か言いたげな目をする愛理とナユハ。
あー、はいはい。今日もナユハと愛理は可愛いなー。
「マリーに比べておざなりじゃない?」
『やっぱり新しい女の方がいいのかなー?』
私の名誉を真っ向から毀損するのは止めていただきたい。
そんな私たちのやり取りを見ていたウィルドが(相変わらずの無表情のまま)手を叩いた。
『理解。ここはアンスールから『可愛い』と褒められるべき場面であると推測する』
「そんな理解力、捨ててしまえ」
ウィルドにデコピンしていると馬車が高濃度の魔力に包まれた。師匠が転移魔法を使おうとしているのだろう。
四人も乗っている馬車(しかも移動中)を遠隔地から転移させてしまうのだから人外じみているよね。私の『チート』が霞んで見えますわー。
わずかな揺れと共に私たちを乗せた馬車は『屋敷』に到着した。
扉が開いたので馬車から降りる。
目の前に広がるのは公爵級の貴族が住むであろう規模の大邸宅。だけど、“建国神”スクナ様が暮らしていると考えればかなり小規模な屋敷だ。本来なら(王城よりも広い)大聖教の神殿に住んでいるべき御方だし。
石造りの邸宅は建築から二千年くらい経っているはずなのに破損どころか汚れすらない。状態保存の魔術をかけた人間(師匠)の規格外さがよく分かる建物だ。
『あー、リリアだー』
『また嫁を増やしたー』
『天然女たらしの面目躍如ー』
屋敷の周りを飛んでいた妖精さんたちがふよふよと集まってきた。いつも私の周りを飛んでいる連中じゃなくて、よくこの辺にいる子たちだ。
嫁うんぬんについてはもう反応すると負けだと思っている。
私の周りにいる妖精さんたちと外見的な変化はない。……けれど、私の周りの妖精さんは性格的に過激というか容赦がないというか、とにかくアレなんだよなぁ……。
『失礼なー』
『見る目がないねー』
『こんなにもリリアを可愛がっているというのにー』
どこが?
私が真顔で妖精さんを見ると、妖精さんがくすくすと――ややこしいな。私が真顔で(私の)妖精さんを見ると、(スクナ様の)妖精さんがくすくすと笑っていた。
『伝わってないしー』
『いくら可愛がっていてもねー』
『感情の押しつけは愛じゃないぞー』
なにやら深そうなことを言っていた。さすがスクナ様の(近くにいる)妖精さんだ。
『違うしー』
『リリアは恥ずかしがってるだけだしー』
『だって妖精さんとリリアは友達だものー』
『ユーナのせいでスクナに近づけもしないそっちと一緒にするなしー』
いや微塵も恥ずかしがっていませんが? 百歩譲って友達ではあったとしても、微塵も恥ずかしがっていませんことよ?
あと師匠。どこにでも沸いてくる不思議存在・妖精さんをスクナ様に近づけないとはさすがである。やっぱり人外だなあの人。
「――師匠を人外扱いとは、教育を間違えましたかね?」
屋敷の正面玄関を開けて出てきたのは銀髪赤目の美女。
ここから玄関までの距離は100mほど、しかも扉を隔てた状態で心を読む存在は一般的に人外と呼ばれます。
「可愛げのない弟子ですね。まったく、スクナ様がお待ちですから入ってください。話は中でしましょう」
師匠に促される形で私たちは屋敷の中に入った。
◇
「――きゃあ! リリアちゃん久しぶりですね! また可愛くなりましたか!?」
応接間に入った途端スクナ様が飛びつき&頬ずりしてきた。『可愛くなりましたか』って、私の姿を視認する前に飛びついてきませんでしたか?
何か既視感があると思ったらアレだ、私にしばらく会えなかったお爺さま。血縁的にはリースおばあ様のはずなのに……。
なんかもう、背中の翼がばっさばっさと羽ばたいている。もちろん羽根(?)も凄い勢いで舞い散っているのだけど、床に落ちると光の粒子になって消えていく。何度見ても不思議な光景だ。
スクナ様が私を抱きしめながら横目で師匠を見る。
師匠はいつも通りのすまし顔だけど、弟子である私には分かる。あれは相当イライラしているね。スクナ様が私に抱きついていることが気に入らないみたい。
二人が百合な関係なのは知っていますから、乳繰り合い(?)に私を巻き込むのは止めてください。いやマジで。師匠の嫉妬は世界が滅びかねないのだ。
『驚愕。アンスールの側にいると驚かされてばかり』
まったく驚いていない声をウィルドが上げた。そんな彼女の発言を聞き、スクナ様が視線をウィルドに向けて――目を見開いた。
「……おばさま?」
え? おばさま? 神様(スクナ様)のオバサンとか本物の神様じゃない?
『否認。発言の訂正を求める。私は『おばさま』ではなく『お姉様』と呼ばれる方が的確だと判断する』
「血縁的にはおばさまの方が近いのでは? ……ではなくて。あの、おばさま――いえ、お姉様。一体何をやっているのですか?」
『回答。アンスールの側にあり、運命の改変を見届けるべきと判断した』
「あんすーる?」
スクナ様が困ったように師匠を見ると、師匠は『簡単に言うとリリアの別名ですよ』と説明してくれた。合っているような、ちょっと違うような……。
「はぁ、側にいるということは、つまり、おば――お姉様はリリアちゃんに恋をしたのですか?」
いやなんでそうなるの? スクナ様、仲のいい男×女とか男×男とか女×女をみるとすぐにカップルにしてしまう悪い癖は止めた方がいいですよ?
『正答。状況を客観的に判断すればそうなる』
いやならないから。ウィルドのどこをどう見れば『恋』になるのだろうか? まったくウィルドは変なことを言うな~だからナユハとマリー肩を掴むのは止めて~? 超握力のナユハとドラゴンの力が使えるマリーに掴まれると冗談じゃなく粉砕骨折するから!
ぎゃあぁああぁあぁぁぁああああー……。
◇
ひどい目に遭った。
まぁそれはいつものことなので別にいいとして。さっそくマリーを師匠とスクナ様に“鑑定”してもらった。
その結果。
師匠からゲンコツをもらった私である。
ひどい目に遭った。
「ほんっとうに、加減を知りませんねこのバカ弟子は……」
「いきなりゲンコツしてくる師匠も加減を知らないと思いますが」
「加減しているでしょう。私が本気を出せば頭がザクロになりますよ?」
師匠の腕力だと冗談にならないのがマジ笑えない……。あとこの世界にもザクロあるんだ?
「いいですかバカ弟子。制御できていない魔力の一時保管庫として銀髪を使うのは分かります。宝石を慣らすために血を一滴垂らすのもまぁ理解しましょう。けれど、ドラゴン状態の時に飲み込ませてどうするのですか? これではドラゴン状態が“基準”になってしまうではないですか」
「いや飲み込んだのはマリーですし……。ドラゴンが基準って、どういうことですか?」
「ドラゴンの特徴を言ってみなさい」
「えっと……大きくて、鱗が固くて、空を飛べる?」
「面白味のない回答ですが、まぁいいでしょう。追加するなら人を遙かに超える魔術巧者であり、膨大な魔力量を持ち……“幻想種”ですから基本的に寿命がありません。簡単に言えばヒトの範疇から外れたバケモノですね」
「……いやいや、こんなにも可愛い子がバケモノとか、いくら師匠でも怒りますよ?」
「あら、私にケンカを売るとはずいぶんお気に入りのようですね?」
「まぁ、『妹』ですし」
「よろしい。あなたの不手際でヒトの範疇から外れてしまったのですからキチンと責任を取りなさいね?」
「……はい? それってどういう――」
「――それはつまり! お姉様に責任を取ってもらえるということですわね!?」
割り込んできたのはもちろんマリーだ。いやちょっと今真面目な話をしているから後にしてくれません?
「そういうことです」
師匠が肯定してしまった。あなた真面目な顔してボケますよね。
「ボケではありません。事実です。あなたも“銀の一族”ならば自分のやったことに責任を取りなさい。この、マリーさんでしたか? マリーさんがドラゴン姿で暴走したときに止めることができて、マリーさんの寿命に付き合える。あなたが責任を取らずに誰が責任を取るのですか?」
「むぅ……」
責任を取るってってアレですよね? 『けっ』ではじまり『こん』で終わるヤツ。いやまぁマリーみたいな将来の美人さんが相手なら望むところだけど、こういうのは本人の意志――ダメだなノリノリで受け入れそうだ。
あとの望みは『嫁』と『愛人』の反応なのだけど……二人とも呆れつつも反対はしなさそう。君たちけっこう仲いいものね……。
どうしてこうなった?
裏設定。
本来、ドラゴンの討伐は伯爵(中位貴族)から侯爵(上位貴族)になれるレベルの偉業です。9歳時点で複数討伐しているリリアがおかしいだけで。
リリアの功績を正確に評価すると『公爵』になっても文句は出ません。(ドラゴンを単身で討伐できる人間相手に文句なんて恐くて言えない)
リリアの金瞳は『スクナ様の血』&『女神オーディンの転生体』という二つの要因で発現しました。
次回、8月24日更新予定です。




