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幼女ヒロインは女の子を攻略しました ……どうしてこうなった?  作者: 九條葉月
第四章 竜の聖女編

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9.竜化

 9.竜化。



 マリーの運命が悲劇なら。そんな運命は破壊しよう。


 決意を新たにした私は、早々にお茶会を切り上げて本来の目的を達成することにした。まぁつまりはヒュンスター家の図書館で色々調べましょうと。


 ヒュンスター家の図書室は地下にあった。この世界の本は貴重なので日光などによる劣化を避けるため地下室に、という構造はそれほど珍しいものではない。状態保存の魔法を定期的にかけ直すよりは手間がかからないし。


 地下なので窓は無い。明かりも蝋燭なのでかなり薄暗く、図書室というより地下牢って雰囲気だ。


 ちなみに、照明として使える魔石や魔導具もあるけど、『そんな道具を使うのは魔力が乏しい庶民だけだ』という主義が蔓延している貴族社会では蝋燭を使うことが多い。自分の経済力を見せつける意味もあるとか。


 地下の奥行きは100mを越えるんじゃないだろうか? 天井もかなり高いし、侯爵家のものと考えてもかなりの広さだ。


 壁はわずかに紫の混じった黒色。左目を使うまでもなく分かる、これは『魔鉱石』製だろう。


 魔鉱石とは簡単に説明するとこの世界特有の鉄鉱石であり、加工は鉄よりも難しいけれど鉄より遙かに頑丈に出来る。そしてなにより特徴的なのが――魔力を吸収・拡散してしまうということ。


 つまり、魔鉱石を使って壁を作ると、その部屋の中では魔法を使えなくなってしまうし、魔法攻撃によってその部屋を破壊することもできなくなってしまうのだ。


 貴族って他の貴族との抗争や民衆たちの反乱などで居館に攻め込まれることも想定しているからね。こうして地下の壁を『魔鉱石』で作っていざというときに籠城を――と準備している貴族はそれなりにいる。


 もちろんお金がかかるので持っているのは有力貴族だけだし、奥行き100mを越えそうなほどに広いスペースを確保しているのは滅多にいないだろうけれど。


 どうやらヒュンスター家は図書室――地下室を図書の保管所としてだけではなく、食材やお酒の保存、物置としても使っているみたい。奥の方にはかなり大量の木箱が積み上げられている。


「ヒュンスター家に関連する書籍はこの本棚にまとまっていますわ」


 マリーが案内してくれたのは幅1m、高さ2mほどの本棚。その本棚が半分以上埋まっている。一つの家に関しての蔵書と考えるとかなり多い。


 ヒュンスター家の家系図に、歴代当主の著書、他にはドラゴンに関する本が集められている。


 ……なにやら『リリア・レナード戦記』という題名の背表紙があった気がするけれど、気のせいだ。いくら私でも(薄いとはいえ)一冊の本になるほどやらかしてはいない。と、思う。


「ん~、とりあえず家系図かな? マリー、見てもいいの?」


 人様の家系図だからね。勝手に閲覧するわけにもいかないだろう。


「えぇ、いいですわ。お姉様はもう家族も同じですもの」


「……どういうこと?」


「お姉様には合意の上でわたくしを殺していただくのです。それはもはや赤の他人ではなく、恋人よりも深い関係――つまりは家族(夫)と同じなのですわ!」


「うん? ……うん?」


 首をかしげすぎて視界が90度傾いた私である。異世界の常識は凄いな……いやいやないって。いくら異世界でも非常識だって。私もこの世界で9年生きてきたのだから常識くらい持っている。


 み、見せてくれるならいいかーとポジティブに考えた私は家系図を受け取った。ハードカバーではなく巻物形式。3冊に別れているのでまずは最初の一冊を紐解いた。


 初代領主の娘が、ドラゴンを討伐して変竜の呪いを受けたという“聖女”だ。伝説ではすぐに自害したことになっているけれど、家系図によればちゃんと結婚して子供が生まれ、その子供の血筋が現在のヒュンスター家へと繋がっている。


 まぁ、古い貴族の伝承が家系図と異なっていることなんて特段珍しいことではない。


 その後の家系は、他の家に比べると少々特殊だった。

 まず、生まれてくる子供の割合は男子が圧倒的に多い。女子は数十年に一度しか生まれないのではないだろうか?


 その辺は男子が生まれやすい“血”なのだと納得できないこともないけれど――変わっているのは生まれてきた女性。500年あまりの間、例外なく女性が当主となって血を残しているのだ。兄弟に男子がいるにもかかわらず。


 ……いや、能力が傑出しているとか、権力争いとか、他の子供がよっぽどダメであるとかの理由で女性が当主になるケースがないこともない。数は少ないし『女が当主なんて』という偏見もあるけどゼロではないのだ。


 また、今まで生まれた“銀髪持ち”が全員女性だとされていることからしてみても、この世界は女性が特別な力を受け継ぎやすいのだと思う。もしかしたら当主になった女性にも特別な力があったのかもしれない。


 けれど、いくらなんでも長い歴史の中で生まれた女性が全員例外なく当主になるというのは異常でしかない。


 まるでヒュンスター家の女の“血”を他家に出すことを避けているような……。


 続いて閲覧したのは、数百年前にあったというドラゴン退治に関する記録。

 正式な年数としては508年前。まだヒュンスター侯爵家が地方領主だった頃のお話。


 本の記述を信じるなら領主の娘の純真さに感動した神様が聖剣を授け、ドラゴンを退治させた。そしてドラゴンの呪いを受けた領主の娘はドラゴンに変身してしまうようになってしまう。


 ドラゴン退治の功績でヒュンスター家は伯爵の位を賜り、領地も加増。その後は可もなく不可もなく領地経営を行ってきたのだけど、8年前、再び領地に出現したドラゴンを退治した功績によって侯爵になった。


(8年前だから、最初のドラゴン退治からちょうど500年後か)


 その討伐戦はまさしく激戦であり、マリーの母親やヒュンスター家の一族、使用人、多くの領兵や領民が亡くなってしまったと記述されている。


(そして、討伐されたドラゴンの呪いでマリーはドラゴンに変身するようになってしまったと?)


 また、討伐戦のすぐあとにドラゴン討伐を指揮した騎士団長が『謎の死』を遂げ、それもまたドラゴンの呪いとされているとか。


 一応眼帯を取り外して“左目”で本を読み解いてみる。ちょっと前までなら文章から何かを視ることはできなかったのだけど、最近はレベルアップしたようだし何とかなるかなぁと考えたのだ。


 途端、情報が流れ込んできた。

 単純な家系図や記録本から、まるですべてを見てきたかのように。


 …………。


 う~ん……。

 どうしたものかなぁと頭を掻く私。


 とりあえず顔を上げると、ちょうどよくマリーの姿があったので確認してみる。


「……マリーは自分の意志でドラゴンにはなれないのかな?」


「無理をすれば変身することはできますわ。ただ、自分の意志以外でも不定期に変身してしまうのが困りものでして」


 変竜の書を強奪したときは、自分の意志でドラゴンに変身したってことね。


 マリーが自らの首に巻かれたチョーカーに手を添えた。


「この“制御の首輪”を付けていれば変身を無効化することができるのですけれど、一度変身を制御すると壊れてしまうのです。そしてこの首輪の在庫も20を切ってしまいました」


 マリーの首のチョーカーには小さな宝石が付けられている。“左目”で視たところ、組み込まれた術式は『過剰魔力の強制解放』だ。マリー以外の人で役に立つ場面が思いつかないね。


「ずいぶん独特な術式だけど、それはどこで手に入れたの?」


「我が侯爵家に代々伝わるものですわ」


「…………」


 おかしいとは思わないのだろうか?


「おかしいとは思わないのかしら?」


 あ、しまった。ついつい口に出てしまった。口調が少々マイルドになったのはリースおばあ様の貴族教育のたまものか。


「おかしい、とは、一体どういうことでしょうか?」


 なぜか顔を蒼くするマリー。地下室がカビ臭くて体調を崩しちゃったかな?


「……リリア。今のあなたとても“恐い”顔しているからね?」


 ナユハの指摘に反論するしかない私。


「いやいや、この超絶可愛い♪ リリアちゃんに向けて恐いってどういう了見?」


 ふざけ半分に抗議するけど、ナユハは華麗に無視して私の左目を指差してきた。眼帯を外したままだった金の瞳を。


「満月のような輝きを放つ、すべてを見通し、未来すらも読み解いたと伝わる金の眼。――嘘はつけない。すべて見透かされるあの感覚。アレは本当に恐いからね?」


 まるで体験したかのように語るナユハだった。……あー、そういえば“左目”でナユハの心を読んだことがあったな。あれ、そんなに恐かったんだ?


 今度から気をつけようと心に決めた私は、マリーに視線を戻して話を進めた。


「師匠――初代勇者であるユーナ・アベイルですら解呪できない変竜の呪いを、一度だけとはいえ無効化できるチョーカーなんて、一体誰が作ったのだろうね?」


「それは……、きっと昔の凄い魔法使いが製作したのでは?」


「侯爵家には最初にドラゴンを討伐した少女以外、ドラゴンに変身する人間は出ていないのでしょう? そんな『伝説』のために、わざわざ専用のチョーカーを何十個も準備すると?」


「そ、その少女のために準備したのでは?」


「500年も前に作られたチョーカーが現役で使えるとでも? いくら保存の魔術をかけていようが無理だよ。聖剣とかならとにかく、しょせんは使い捨ての魔導具なんだから」


「……では、このチョーカーは新しく作られたものだと?」


「少なくとも8年以内に作られたものだろうね」


 だってマリーが8歳なのだから。マリーが生まれてから新しく作られたものであるはずだ。


「は、8年……?」


「やっぱりマリーは勘違いしているんだね?」


「……言いたいことがあるならハッキリ言ってくださいまし」


 おっと少し不機嫌そう。回りくどすぎたかな? ナユハからも『今のリリア、ものすっごく性格悪そうな顔して追い詰めているよ?』と注意されてしまったし。


 私はただ助言しているだけなのに、どうしてこうなった?


 …………。


 気を取り直して。私はマリーに真実を告げた。


「師匠――ユーナ・アベイルが変竜の呪いを解けなかったのは当たり前だよ。変竜の呪いなんて存在しないんだから。いくら師匠でも、存在しない呪いを解呪することなんてできないよ」


「……はい?」


「変竜の呪いなんてないよ。マリーのはただの遺伝。人とドラゴンとの愛の結晶。竜人とでも呼ぶべき“少女”の遺伝子が発現してしまったんだよ」


「人と、ドラゴン……?」


「ドラゴンは人型に変身できるからね。昔はそれなりに人との間に子供が生まれていたみたいだね。まぁドラゴンに変身できる人間なんて危険すぎるから迫害されたり、殺されちゃったりしたみたいだけど」


「初代領主様の娘も、竜人であったと?」


「うん、そう。そして初代領主から500年あまり。ヒュンスター家の女には代々“変竜の力”が宿ってきた。だからこそチョーカーも作られ続けてきたんだよ。まだ自分の力を制御できない子供のために、万が一にもドラゴンへ変身して迫害されることがないようにと」


「……お父様は、何もおっしゃいませんでした」


「ヒュンスター侯についてまでは視えなかったけど、たぶん知らなかったんだろうね。家系図を見る限り、彼は入り婿みたいだし」


 つまり、ヒュンスター家の女であったマリーのお母様もドラゴンに変身できたのだ。


「…………」


 マリーは何かに耐えるように頭を押さえた。

 いや、実際耐えているのだ。


 眼帯を外したままだった“左目”が、マリーの変化を正確に読み取った。


 体内魔力の急激な上昇。

 元々身体に蓄積できるギリギリまで貯まっていた魔力が、感情の乱れによって活性化してしまったみたいだ。


 これ、ヤバいね。


 マリーの首に巻かれているチョーカーの宝石が勢いよく震動しはじめ――割れた。卵の殻のように、あっさりと。


 制御のチョーカー。

 宝石が割れたということは、ドラゴンへの変身を制御したのだろう。過剰な魔力を放出し、本来ならドラゴンになってしまうところを無効化したと。


 いや~よかったよかった。あのままマリーが変身しちゃうようなら、マリーと一緒にどこか広い場所へ転移しなきゃならなかったからね。さすがに地下室でドラゴンに変身されたら大惨事だ。


 ……ん? でも、この地下室の広さなら大丈夫かな? 高さはギリギリだけど奥行きは尻尾を伸ばしてもまだ余裕があるくらいだろうし。


 でもドラゴンになられたら周りにいる私やナユハが押しつぶされちゃうか。

 と、私がそんなことを考えていると。

 私の隣を何かが通り過ぎた。


 流れる金髪。


 隠していたはずの翼を軽く羽ばたかせながら。神様にとてもよく似たウィルドが。天使のような彼女が。悪魔のような所行を成すべくマリーに近づき、その首に触れた。


 制御のチョーカー。宝石があった部分。


 ウィルドが何かを囁いた。この世界の言葉ではなく、前世の日本語でもなく。不思議な、初めて聞いたような言語を――


 ――いいや。

 私は、その言語を知っている?


 なぜだか私が怖気に襲われていると、地下室に魔力風が吹き荒れた。魔力を帯びた突風は本棚を揺らし書籍を床に散乱させる。


「あ、ぐっ、う……?」


 苦しそうなマリーのうめき声。

 一度は制御されたドラゴンへの変身が、ウィルドのせいで再び活性化されたのだ。


 なぜウィルドはそんなことをしたのか。

 どうしてウィルドはそんなことができるのか。


 疑問は次々浮かんでくるけれど、余計なことを考えている暇はない。


「――転移魔法(テレポート)!」


 私はマリーと私、そしてナユハを転移させた。人気がないところで真っ先に思いついた、かつてリュースと出会ったあの森へと。




次回、8月8日更新予定です。

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[一言] さあ色々と巡ってくました
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