8.マリー付きのメイドさん
8.マリー付きのメイドさん。
いくらゲームのヒロインでも生理現象はあるわけで。
お花を摘みに行ってマリーたちの元へ帰る道すがら。廊下の脇に立っていたマリー付きのメイドさんが、私に深々とお辞儀してきた。
「リリア様。本日はありがとうございました」
お辞儀だけなら貴族子女に対する礼儀として納得できる。けれど、声をかけてきたのは中々珍しい状況だった。
人によっては『身分が違う』他家のメイドから声をかけられるのを嫌う子もいるからね。メイドさんもよほどのことがない限り話しかけたりはしないのだ。業務としての連絡を伝えるとかならとにかく、お礼を言うために声を掛けるというのは普通ありえない。
まぁ、私はそんなことをとやかく言うつもりはないけどね。ここは非公式な場所だし、何より友達(と、呼んでもいいよね?)であるマリーの家だ。多少の無礼くらい受け流すのが自然だろう。
「お礼を言われるようなことはしていないと思いますけれど?」
他家のメイドさん相手なので一応『お嬢様モード』で対応する。
「本日のマリーお嬢様は、とても楽しそうでしたから。普段の――いいえ、リリア様を知る前のマリーお嬢様は笑うことすらしませんでしたので」
「あのマリーが、ですか」
ハイテンションな彼女しか知らない私としてはにわかに信じられない状況だ。けれど、マリー付きのメイドさんが言うのだからそうなのだろう。
「お嬢様は呪いのせいで生きる希望を抱けず、死ぬことばかりを望まれておりました。――しかし、最近のお嬢様はそうでもないと思えるのです」
「……殺して欲しい、と頼まれたのですけれど?」
「本気で望まれているとお思いですか?」
「…………」
初めて会ったとき。マリーは確かに死を望んでいた。私に殺されたいと思っていた。“左目”で視た結果だから間違いはない。
でも。
今のマリーはどうだろう?
口では確かに死を望んでいるけれど。本当に死にたがっている人間があんなにも明るい笑顔を浮かべられるだろうか? 『きっといいことがある』と渡した宝石を肌身離さず持っているだろうか? ……ナユハと“共同戦線”を張ろうとするだろうか?
たぶん、本人も無自覚だけど。
マリーは今、『死』を心からは望んでいない。
むしろ、きっと……。
「――大丈夫ですよ」
私はメイドさんを安心させるために微笑んだ。
「私、悲劇が大嫌いなんです。それはもう、悲劇に沈むはずだった一人の少女の運命を狂わせてしまうほどに。だから、大丈夫。それがマリーの運命というのなら、そんな運命は壊してあげますから」
私の発言を受けたメイドさんは目を見開いていたけれど、しばらくして一筋の涙を流した。
その涙を隠すように深々と頭を下げてくる。
「……どうぞ、よろしくお願いいたします」
心からマリーを心配するメイドさんの姿を見て。私は決意を新たにした。
普段は『ちゃらんぽらん』だからね。たまには格好いいことをしても罰は当たらないだろう。
次回、24日更新予定です。




