7.ヒュンスター家で
7.ヒュンスター家で。
マリーから正式に招かれたので私はヒュンスター家でのお茶会に参加することになった。
もちろんお茶会というのは建前で、目的はヒュンスター家の図書室で変竜の呪いなどについて調べること。……なのだけど、マリーのあの感じだと普通にお茶会がメインになりそうなんだよなぁ。
まぁ、せっかく知り合ったのだし、お茶会を通じて親しくなるのは何の問題もないと思う。
強引に押し切られただけとはいえ、私のことを『お姉様』と呼び慕ってくれる子を殺すつもりなんてないし。私にできることはすべてやってあげよう。
「……そんなだから次々に嫁が増えるんだよ?」
『リリアちゃんもたいがい魂がイケメンだよねー』
ヒュンスター家に向かう前。ナユハと愛理に事情を説明したら呆れられてしまった私である。どうしてこうなった?
ちなみに(事情は説明したけど)愛理はお留守番。他の人の家に行くのに『黒髪幽霊メイド』というのは刺激が強すぎるからね。あと最近鍛錬をサボりがちとかでリースおばあ様に捕まっていた。
ナユハは元々デーリン流の護身術で基礎ができている&右手が超握力なので私の護衛としては合格なのだけど、前世で女子高生をやっていた愛理は特別な訓練を積んでいないからね。お爺さまとおばあ様もかなりスパルタで鍛えているみたい。
というわけで愛理は欠席。
その代わりと言っては何だけど、エセ神様(?)のウィルドがついてきた。運命の改変がどうとかで。
もちろん金瞳と背中の翼は目立つから魔法で瞳の色を誤魔化し、翼は収納してもらっている。
金髪美人だし貴族令嬢として扱ってもいいのだけど、ろくな打ち合わせもせずに紹介すると後々ボロが出そうなのでメイド服を着てもらった。幸い、ウィルドはメイドのふりに抵抗はなかったみたいだし。
◇
「お姉様! よくぞお越しくださいました!」
出迎えてくれたマリーは王宮の夜会で着るレベルの豪華なドレスに身を包んでいた。気合いが入りすぎである。
以前私が渡した蒼い宝石・ラピスラズリが胸元で輝いているのはちょっと嬉しい。肌身離さず身につけられるようペンダントに加工してくれたみたいだ。
マリーは私を見てなぜか右腕を掲げた。
「お姉様が屋敷に来てくださるなんて! 今日この日はお姉様記念日として子々孫々にまで語り継がなければなりませんわ!」
「やだよそんなサ○ダ記念日みたいなノリ」
「さらだ記念日?」
首をかしげるマリーだった。どうやら彼女は前世の記憶を持っていないみたい。
私がそんな判断をしているとマリーは嬉しそうにクルクルと回っていた。
「さぁお姉様! めくるめくお茶会を始めましょう!」
「……『めくるめく』ってお茶会に使うような言葉だったっけ?」
まぁでも美少女とのお茶会なら望むところだ。
中庭にある東屋に移動し、設置されていたテーブルセットに私とマリーが向き合って座る。
ナユハとウィルドはメイドという設定なので少し離れたところで待機。……マリー付きのメイドさんたちが黒髪黒目なナユハをジロジロ見ていたけれど、私が微笑みかけると慌てて視線を正面に戻した。直立不動のその様はまるで軍人のよう。
「……お姉様って意外と恐い人ですの?」
「メイドさんに微笑みかけただけなのにひどくない?」
「下手に怒られるより恐いと思うのですが……。あぁ! でもでも! 恐いお姉様も素敵ですわ! なにやら胸がキュンキュンしてきますもの!」
身体をくねらせるマリーだった。『新しい何かに目覚めそうですわ!』という妄言は聞かなかったことにする。
しばらくの間ハァハァと呼吸を乱していたマリーだったけど、メイドさんの入れてくれたお茶を飲んだら落ち着きを取り戻した。私もティーカップを傾けると、鼻を通り抜けるような香りが口の中に広がっていく。
鎮静効果のあるハーブティー。普通はいきなりお茶会に出すようなものではないのだけど、マリーの状態にあわせてメイドさんが選んだらしい。
主のことをよく考えてくれるいいメイドさんだね。と、先ほどまでのマリーの痴態から目を逸らす私だった。
マリーも色々と自覚したのか、仕切り直しとばかりに軽く咳払いをした。
「……こほん、今日はぜひお姉様のドラゴン退治の逸話を伺いたいと思いまして」
「伺いたいと言われてもねー。ほら、私って金瞳を持っているじゃない? 金の瞳ってドラゴンにとっては大切な意味があるらしくて、あのドラゴンは私を攫おうとしたんだよ」
「それで、討伐したと?」
「さすがに出会い頭に『ボキリ』とはやらなかったけど、あのドラゴンは人の話を聞かない上に護衛の人を吹き飛ばしちゃったからね。それ以上被害を出すわけにはいかないから『ボキリ』とやっちゃったんだよ」
もちろん護衛の人は私の回復魔法で治したよ。後遺症もなかったし、今も元気にレナードの警備員をやってもらっている。
そういえばもうすぐお子さんが生まれるんだよねー。と、私が考えていると後ろに控えていたナユハが呆れ混じりの声を上げた。
「……その『ボキリ』という効果音は何なのかな?」
「ん? ドラゴンの背骨を折った音。あ、正確には首の骨かな?」
「……ドラゴンの骨って、どうやったら折れるのかな? ワイバーンならまだしも、神話における聖剣でもドラゴンの骨は断ち切れなかったはずなのに」
そういえば“竜殺しの聖剣”ってドラゴンの骨に当たって刃こぼれしたっていう伝説があるんだっけ?
実演して見せた方が早いかなぁドラゴンならそのうち湧いてくるだろうし……と私が考えていると、マリーがふくれ面をしていることに気がついた。
「なるほど、やはり彼女は強敵のようですわね」
なにが?
首をかしげる私を無視してマリーがメイドさんに目線を送った。
優秀なメイドさんはそれだけで色々と察したらしく、もう一つイスを持ってきた。
マリーに手招きされたのでちょっと場所を移動。マリーのすぐ横へ。そしてナユハも促されるまま追加のイスに座り――私の右手側にマリー。左手側にナユハが座る格好となった。
わぁい両手に花だー、と喜ぶべき場面なのだけど、素直に喜べないほど対面したナユハとマリーの間に火花が散っているような?
「マリー・ヒュンスターですわ」
「……ナユハ・レナードです。以前の名前はナユハ・デーリン」
この前自己紹介したはずなのにもう一度挨拶する二人だった。マリーは家の爵位を口にせず、ナユハは『デーリン』の名を名乗っているところに二人の本気度が垣間見える。ような気がする。
「あら、デーリンとはもしかしてデーリン伯爵家の?」
「えぇ。人身売買で当主が処刑され、御家取りつぶしとなったデーリン元伯爵家です」
「…………」
すんなりと認めたナユハと、そんな彼女を見て目を丸くするマリー。
うぅむ、ここでマリーが『罪人の娘』的なことを口走ったらさすがに怒らなきゃいけないけど、今の彼女の様子だとそんなこともなさそう。むしろ満足そうに頷いているし。
「なるほど、分かりましたわ。完全で完璧で慈悲深く心優しいお姉様のご厚意で今はレナード家のお世話になっているのですわね?」
なにやら過剰すぎる形容詞(?)を並べ立てるマリーだった。
「はい。完全で完璧で慈悲深く心優しいリリアのおかげで、私は今も生きていることができています」
なにやらマリーと同じことをほざいているナユハだった。え? キミそんな目で私を見ていたの? それにしては毎回呆れすぎじゃない?
「詳しくお話を聞かせていただいてもよろしいかしら?」
マリーからのお願いに、なぜか私を見るナユハ。別にナユハがいいのなら話してあげればいいんじゃないのかな?
私の承認を得たナユハは語りはじめた。私とナユハの出会いの物語を。
……うん? なんだか妙に長いのは気のせいかな? 具体的に言うと小説1~2巻くらいの文量になりそうな。そして何回『美しい』とか『可愛い』とか言えば気が済むのかなナユハさん!?
私のツッコミはもちろん届くことはなく。ナユハは存分に、これ見よがしに私を褒め称えつつ物語りまくっていた。
そしてティーカップが3回ほど空になり。私が羞恥心で死にかける寸前でナユハの語りは終わりを迎えた。
何というか、凄いね。ナユハ視点で見るとイケメンすぎない私? 実際はもっとグダグダだったはずなんだけど……。
そしてナユハ物語を聞いて目を輝かせるマリーだった。
「さすがはお姉様! 出会ったばかりの友達のために後ろ髪を犠牲にしてしまうだなんて! 貴族としての誇りよりも大切なものがある――素敵ですわ!」
なぜだか立ち上がりクルクルと回るマリー。あー、うん。普通の貴族子女にとって長い髪の毛って命の次に大切なものだと言っても過言じゃないものね。
むしろノリノリで切っちゃったことは秘密にするべきだろうか? ……断髪しちゃえばお見合いとかの話も無くなると思ったのに、リュースは短い髪を気にしてなさそうだしなー。王太子の婚約者候補なら長髪じゃなきゃダメだろうに……どうしてこうなった?
と、私がそんなことを考えていると。
「……浮気の気配がいたしますわ」
「……リリアは天然女たらしですからね」
世迷い言をほざいちゃうマリーとナユハだった。いやいやどういうこと?
私が首をかしげると、ナユハとマリーがしばらくの間見つめ合い――固く、固く握手を交わした。
「貴女様のリリアお姉様への想い、このマリー・ヒュンスター感激いたしました。是非これからはナユハ様と呼ばせてください。わたくしのこともマリーと。……そして、願わくば共同戦線を」
いや共同戦線って何の話?
「こちらこそ、是非よろしくお願いします」
マリーの訳わかんない提案を受け入れるナユハだった。あれ、これ理解できない私がおかしいの? そんなことないよね?
私がおろおろしていると、今日は一言も発言していない神様(?)娘、ウィルドの姿が目に入った。
なんか、驚いているような気がする。
ウィルドはいつも無表情なので断言はできないけど、いつもより目を見開いている、ような気がする。
「ウィルド、どうかしたの?」
私が質問するといつも通りの抑揚がありつつ無感情な声を上げた。
いや、いつもよりは感情が込められているかな?
『――驚愕。反目しあう“運命”の二人が理解し合った。さすがはアンスールだと評価に値する』
アンスールとは私のあだ名(?)だ。
「反目しあう運命って、気が合わないってこと?」
『アンスールをめぐって対立し牽制しやりあうということ。本来であれば互いを貶めることすら厭わないはずの二人が握手を交わした。驚愕に値する』
「…………」
つまり、私をめぐって恋のさや当てをする“運命”だった二人が、私の非常識さを語り合う(?)ことで仲良くなったと?
うん、相手を貶めたりするよりは百倍マシなのだろうけど……私って運命を変えるほどの非常識さんじゃないよね? どうしてこうなった?
リリアさんは自分が非常識だという自覚はありますが、
リリアの認識=高尾山
他の人の認識=チョモランマ
くらいの差があります。
次回、18日更新予定です。




