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6.領地での出会い



 6.領地での出会い




 銭湯建築予定地の空き家は魔法による焼却処分ではなく普通に解体して家具やら装飾品やらを売り払うことになった。さすがお父様はケチ――じゃなくて節約家ですわね。


 そして週に一度の鍛錬の日、お爺さまが妙に浮き足立っていると思ったら国王陛下から温泉水路の建設許可をもぎ取ってくれたらしい。うん、いかにも褒めて欲しそうな顔をしていたので孫(ぢから)全開で『ありがとうお爺さま!』と抱きついておいた。


 もちろんこの私がタダでこんなことをするはずもなく、水洗トイレ開発援助の約束を取り付けておいた。

 ちょろい。


 ……いや後に振り返ってみると、私に黙って婚約まがいなことをした罪悪感からの援助だったのだろうけどね。私もまだまだ(腹芸の中で生きる貴族としては)子供だったということだ。


 兎にも角にも。


 水洗トイレのことは後々考えることにして。今は銭湯と貧民街用の上水道――温泉水道の建設に注力しよう。


 最近は対魔物用に砦や城壁の建設が盛んでいるらしく、材料となるレンガの値段が高騰している。


 建設費を抑えるため、銭湯の湯船は私が考えていたように岩で作ることになった。前世で言うところの岩風呂だ。同じ理由で貧民街に作る水路もね。


 となると放置されていた庭石では数が足りないので、レナード領の採石場から王都まで岩を持ってくることになった。


 領地の採石場までは馬車で一泊くらい。直線距離で40kmほどかな? 岩の移動と考えるとかなりの長距離だ。必要な人夫を雇うとしたら尋常じゃないお金が必要になるだろう。


 しかし、そこはチートなリリアちゃんである。お父様に見せたように地面を波打たせてしまえば結構簡単に岩の移動もできるはず。


 と、いうわけで今私は馬車に揺られながら領地への小旅行を楽しんでいる。ほんとは転移魔法(テレポート)を使えば一瞬で目的地に到着するのだけど、せっかくゲームの世界に転生した(正確には転生していたと気付いた)のだから外の景色を楽しもうと思ったのだ。


 ちなみに転移魔法(テレポート)で岩を持ってくるのは現実的じゃない。そもそも私一人移動するだけで精一杯なもので。

 もう少し成長すれば岩も一緒にテレポートできるのかなぁと考えながら風景を眺め続ける。


 PCゲームからファンディスク、携帯ゲーム機への移植、そしてソシャゲまで。何だかんだで長い付き合いだった『ボク☆オト』の世界をリアルで楽しんでみて、一日。結論から言ってしまえばものすっごく懐かしい感じがしていた。


 もちろん領地への道は記憶が戻る以前から何度も通ったことがあるので見覚えがあるのは当然だ。けれども、それとは別に、何というか……そう、ガイドブックに載っていた場所や風景を実際に見たときのような感動を体験することができたのだ。


 ソシャゲ版はRPGとMMOを混ぜた感じだったから大陸を自由に移動できたんだよね。初期の頃はマネーを稼ぐためによく領地まで往復したものだ。懐かしく思ってしまうのも当然だね。


 特に大きめの教会の横を通ったときは『おー、これが本編で主人公と魔導師団長の養子が結婚式を挙げた教会かぁ』と思わずスマホで撮影しようとしてしまったくらいだ。無論この世界にスマホはもちろんカメラもない。


 ……昔、○研の雑誌付録でピンホールカメラを作ったことがあるし、原理は知っているのだから作ってみようかなぁ。凄いぞ学○まさか異世界でもお世話になるなんて!


 私が異世界の神Gak○enに感謝の祈りを捧げていると馬車が止まった。どうやら採石場に着いたらしい。


 私が馬車から降りると先に転移魔法(テレポート)でこちらに移動していたお爺さまとおばあ様が出迎えてくれた。……一人ならとにかく、二人一緒にテレポートできるのだからおばあ様も大概バケモノじみているよね。さすがは銀髪持ちで、元王家の人間なだけはある。


 ちなみにこの国の王家は優秀な魔法使い=銀髪と積極的に婚姻関係を結んできたらしく、三十年に一度くらいは銀髪持ちが生まれてくるらしい。


 そんな三十年に一度の逸材であるおばあ様はお爺さまの二つ年下なので四十――いや、妙齢の女性であるはずだ。


 なのに、そうとは信じられないほど若々しく、お肌なんてぷるんぷるんだ。皺なんて微塵も存在せず、どう目をこらしても二十代にしか見えない。


 どうやらこの世界では『魔力の高い人間は老いが遅い』という法則があるみたい。循環する魔力が云々かんぬん。

 まぁ、そんなことはどうでもよくて。今するべきはおばあ様への挨拶だ。


「おばあ様、ご機嫌麗しゅうございます」


 挨拶と共に膝を曲げ、貴族らしいカーテシーを決める私。おばあ様はこういう礼儀作法にうるさい人なので内心どきどきだ。


 いや、おばあ様の場合は『締めるべき時に締めるなら、他は何をやっても構わないわ。ずっと完璧でいることなんて不可能だもの』という主義の人なのでただ厳しいだけじゃないのだけどね。普段のちゃらんぽらんな言動を容認してくれている代わりに厳しいときは超厳しいのだ。


 今の私は軽く頭を下げ目も閉じているのでおばあ様の反応は分からない。けれど、雰囲気からして失敗はしなかったみたいだ。


「……重畳。よく磨き上げているようね」


 おばあ様のその言葉を待ってから顔を上げ姿勢を元に戻す。ふぅ、やれやれ。これまでの努力と前世での武道経験が功を奏したかな? 記憶を取り戻してから作法の先生に姿勢が良くなったって褒められたし。


 ほっとしたのが顔に出ていたのかおばあ様は安心させるようにほほえみかけてくれた。美人の微笑は尋常じゃない破壊力を秘めている。それはもう血縁である私すら胸が高まってしまうほどに。


 う~む、私はおばあ様の若い頃にそっくりらしいし、今から鍛え上げればあんな素敵な微笑を浮かべられるのだろうか?


 ……無理ダナ。見た目は似ていても内面の落ち着き方がまるで違うし、私は中二病をやめる(大人になる)予定はない。


 私が淑女ルートを早々に諦めているとおばあ様がお爺さまの腕に抱きついた。わー仲がいいなー。と、いう反応ができれば平和なのだけれども。実際はおばあ様による捕獲行動だ。絶対に逃がさないという鉄の意志を感じるね。


 おばあ様の胸が腕に当たっているせいかお爺さまは幸せそうに鼻の下を伸ばしている。“神槍”に憧れを抱いている弟子たちが見たら絶望で槍を折ってしまいそうだね。


「さぁ、ガルド。リリアに挨拶しましたね? 仕事に戻るわよ? あなたが領地にいる間に片付けてしまわないと」


「り、リース。何もそんなに慌てなくてもだな。リリアも長旅で疲れているだろうし、まずはお茶でも楽しんで――」


「リリアの顔を見たら真面目に仕事をする。そう約束したのは嘘だったのかしら?」


「う、嘘じゃないが……」


「そうよね。ガルドがわたくしに嘘をつくはずがないもの」


 意味深に微笑んでからおばあ様は私に顔を向けた。


「リリア。そういう訳だから少しガルドを借りるわね。三日くらいで用事は終わると思うから、それまで待っていてくれるかしら」


「……もちろんですわおばあ様」


 さっさとクズ岩を受け取って帰る予定だったからこれは想定外だったりする。でも、了承するしかないよね別に急いでいるわけでもないし。貴族の勉強は家庭教師が基本で小学校もない。時間の融通はしやすいのだ。


 しかし、三日か。採石場はうちの屋敷から距離があるので、宿泊は近くの別荘になるのかな?

 採石場の周りには山か荒野くらいしかないので貴族子女にとっては本来退屈な場所なのだと思う。できることといえば屋敷の図書室に篭もって読書三昧の日々を送るくらいか。


 でも、今の私にとっては違う。

 採掘場に来たのだからとりあえず勇敢に戦うライダーたちの変身ポーズを決めなきゃね! 中二病としては! 悪党を複数人で取り囲んでボコるヒーローでも可!


 今の私なら魔法を使って大ジャンプしたり背後を爆発させたりできるのだし、名シーン再現をしていたら三日じゃ足りないと思うのですよ、はい。


 そう、前世の記憶と共にそっちの知識も大量流入してきて私もすっかり染められてしまったのだ。いわゆるオタク女子ってヤツ?


 ……あ、でもBでLな方に興味はないのでそこは断言しておこう。私はむしろ男子向けの熱い物語が大好きだったのだ。そりゃあもう前世では人気(ひとけ)のないところで変身ポーズの練習をしちゃうくらいに。


 こんな私にとって採石場とは最高の舞台だ。しかも関係者として(比較的)自由に歩き回れるなんて!


 唐突に訪れたチャンスに思わず下を向いて隠れるようにガッツポーズしちゃう私である。とりあえずカラフルな爆炎を上げられるように頑張ってみるか……。そう私が心に決めていると、


「仕事の間、リリアのお世話は彼女に任せることにしたわ」


 おばあ様がそんなことを言い出した。

 お世話ってことはメイドさんかな? 私の専属として雇ったメイドさんは全員が私の言動について行けずに数日で根を上げてしまい、おばあ様もメイドを付けることを諦めたはずなのだけど。


 訝しみながらも私が顔を上げると、いつの間にかおばあ様の斜め後ろに一人の少女が控えていた。いかにも貧民が着用しそうなボロボロの麻服を着ている。


 普通の貴族子女なら顔をしかめそうな身なり。でも、私はよく貧民街に遊びに行くので良くも悪くも慣れていた。むしろ彼女は(貧民街の皆と比べると)綺麗な身なりをしている方だと思う。


(っていうか、ボサボサの髪とか薄汚れた肌とかのせいで分かりにくいけどかなりの美少女だよね。ちょっと磨いたらすごい勢いで輝きそう。……う~ん、あれ? どこかで見たことがある気がするのだけど、どこだったかなぁ?)


 いわゆる既視感というヤツ。

 私だって一応は貴族の令嬢なので会ったことのある人物の顔と名前くらいは覚えている。

 なのに、思い出せない。


 挨拶はせずに遠くから見ただけ……だったとしても、見た目だけでそこまで印象に残るのなら、どこで見たのかくらい覚えているはずだ。


 よく行く貧民街にもいなかったはず。

 何だろうねこの感覚? 覚えているのに覚えていないというか……。


 既視感の正体を探るためにもじっと彼女を観察する。

 年齢は私と同じか、少しだけ年上っぽい。この年頃の子供って数年会わないだけで雰囲気が変わっちゃうんだよねぇというのは前世の私の談。


 改めてお世話係の少女を観察する。

 まず目を引くのが腰まで伸ばされたストレートの黒髪と、夜を閉じ込めたような漆黒の瞳だ。


 前世日本の記憶的には珍しくも何ともない髪と瞳。だけれども、この世界において黒髪黒目は『悪魔の子』として忌避されているらしい。


 逆に金髪は髪色が金に近ければ近いほど高貴であるとされていて、王族なんかはほとんどが金髪。他の髪色はときどき銀髪が生まれるくらいで、茶髪の子供はこの百年ほど誕生していないらしい。


 この国では金髪の人間が最上で、それに匹敵するのは銀髪だけ。茶髪の国民が大半を占めており、黒い髪は(表向き法律で禁止されているけれど)迫害の対象になっている。地域によっては子供の時に間引いてしまうとか。


 元日本人としては信じられないよね。いや金髪が綺麗なのは認めるが艶やかな黒髪だって美の頂点を狙えるじゃないか。


 私としては前世を思い出す以前から黒髪黒目への偏見なんてなかった。そもそも私のことを『銀髪だから』という理由で褒め称えてくる連中が大嫌いなので、必然的に外見で物事を判断することに抵抗があったのだ。


 それに貧民街には黒髪の人も多いし。髪が黒いというだけで就職に不利だなんて許せないよね実際。


 なので私はごく自然な流れで『綺麗な髪ですね』と少女の黒髪を褒めつつ右手を差し出していた。この世界でも握手はフランクな挨拶なのだ。


 握手を求めるのなんて貴族らしくない? 子供同士だからセーフです。というか採石場でかしこまった挨拶をしてもねぇ。


 と、握手を求めたことは私的にあまり変な行動のつもりはなかったのだけど、お世話役だという少女は目を丸くして驚いていた。口が半開きになっているのにそれでも可愛いと思えるのだから美少女は得だよね。


 もちろん私も常時得しているともさ!


 私が密かに胸を張っている間、まだ名も知らぬ少女は困ったように私の手を見て、顔を見て、そして助けを求めるようにおばあ様を見たあとワタワタしながら片膝を軽く曲げた。いわゆるプリエという挨拶だ。


(……おぉ)


 感嘆するのを直前で耐えた私。さっきまでワタワタしていた割には美しく、教科書に載せたいような所作だったのだ。


 プリエとは元々ダンスの動きであり、ダンスが基礎教養である貴族の間で多く取り入れられている。そもそも一般庶民がダンスを習う余裕なんてないし、できるとしたら貴族か大商人の娘くらい。とっさにこんな動作をしてしまった彼女はそれなりの家柄だったのだと思う。


 それがこのようなボロを着て子爵家の娘のお世話係に任命されるのだから……たぶん実家が没落してしまったのだろう。


 よくあるお話だ。貧民街の知り合いにも元貴族がいることだし。

 少女に対する既視感の正体もどこかのお茶会かパーティーで見たことがあったからかな?


 私は(前世の年齢的に)大人なので余計なことには気付かなかったことにしますよ、えぇ。


 相手がきちんとした挨拶の動作をしたので予定変更。採石場に似つかわしくはないが、握手のために伸ばした手を引っ込めて、彼女にならってプリエをする。


「お初にお目に掛かりますわ。わたくし、レナード子爵が娘、リリア・レナードでございます」


 正式な挨拶の口上ってこんな感じで良かったはず。しかしお嬢様言葉を使うと我ながらムズかゆくなってしまいますわねオホホホホ。


「お、お初にお目に掛かります。わたくし、デーリン伯爵――ではなく、ただの庶民のナユハと申します」


 デーリン伯爵家?

 それって一年くらい前に人身売買が発覚して領地没収、当主がギロチンされた家だよね? なんでも金髪の少女ばかりを誘拐していたとか。

 私も一応は貴族の娘なのでそういう噂話は自然と耳に入ってくるのだ。


 ちなみにこの国では人身売買や奴隷制度が禁止されている。なにせ建国神話からして奴隷の解放が主軸の一つになっているので。それらの犯罪は神話=神話から続く王家に弓引く行為なのだ。


 領地没収で、しかも内容が人身売買では縁戚や付き合いのあった貴族も一切の関係を断っただろうし、こうして没落してしまうのも無理のない話なのかもしれない。そうでなければどこかの家の養子という道もあったはず。


 まぁ実家が何をやらかそうが私には関係のない話か。親の罪を子供になすりつけるのは無理がある。彼女の年齢なら片棒を担ぐようなこともなかっただろうし、やっていたら今ごろ牢屋かギロチンだろう。


 ……それに、この少女が悪い人でないことは分かる(・・・)


 私はもう一度ナユハに向けて手を差し出した。


「じゃあ、ナユハね。私のこともリリアでいいわ。口調もそんな堅苦しいものじゃなくていいわよ」


「い、いえ! すでに平民である私が、お嬢様を呼び捨てるなど!」


 全力拒否するナユハの意志はあえて無視。強引に彼女の手を握り、おばあ様とお爺さまにニカッとした笑みを向ける。


「ではお爺さま、おばあ様。ごきげんよう。しばらくナユハを借りますわね?」


 二人がいい笑顔で頷いたので、私はなにやら騒いでいるナユハの手を引っ張って歩き始めた。


 もちろん、お爺さまに鍛えられている私は美少女らしからぬ腕力を有しているので簡単には逃がしませんよ?





「――キュ○ピー三分メイキングー!」


 両手を広げながら高らかに開幕を宣言した私である。もちろんBGMは三分で料理ができるあの番組ね。以心伝心な妖精さんたちがどこからか持ってきたミニマムサイズな楽器で演奏してくれている。


 たぶん、『なんで異世界の妖精があの曲を知っているの?』というツッコミをしたら負けだ。何かに負けてしまう。


「お、お~?」


 状況が理解できないながらもとりあえず拍手をしてくれるナユハ。うん、この押しの弱さはちょっと心配になってくるね。美少女なのだから悪い男に引っかからないよう気をつけさせないと。


 ちなみにここは採石場の端にあるちょっとした平地だ。他の作業の邪魔にならず、しかも色々やらかす(・・・・)のに丁度いい広さをしている。三方が崖に囲まれているのでそんなに音も漏れない……と思う。


「はい! では今日はカメラを作りたいと思います! 日本語で言うなら……写真撮影機? かな? まぁとにかく私の前世知識をフル動員させれば結構いいものができるはず!」


「かめら? にほんご……しゃしん?」


 可愛らしく小首をかしげるナユハちゃん。でも説明していると三分で作れないからまた後でね。

 なお三分で作ることの意味は特にない。ノリと勢いは大事である。


 つくって遊ぶゴロ○のようにナユハを横に立たせてから私は一辺が30センチくらいの四角い箱を取り出した。


「はい、妖精さんにゴミ捨て場からいい感じの木箱を盗って――じゃなかった。妖精さんの不思議パワーでカメラ本体に使えそうな箱が手に入ったのでさっそくレンズ代わりの穴を開けます。魔法でちょちょいのちょいってね!」


 私がノリノリで解説していると数人(匹?)の妖精さんが顔を寄せてなにやらコソコソ話をし始めた。



『ちょちょいのちょいだってー』

『やっぱり言葉のチョイスが古いよねー』

『いくら外見が美少女でも中身がオバサンじゃあねー』



「はいそこ! ケンカを売るなら真っ正面から売ってきなさい! っていうか前世でもオバサンって歳じゃねぇえっ! 身も心もピッチピチじゃーっ!」


 むがー! とクマのように両手が振り上げると妖精さんたちは楽しそうに四方八方へと散っていった。今日もまた大絶賛からかわれ中である。

 あ、腕を振り上げたときに箱落としちゃった。


 しゃがんで箱を拾い、手の上でくるくる回してみる。幸い壊れてはいないみたいだ。


 と、ここで気付く。


 普通の人には妖精さんの姿は見えないし、声も聞こえない。説明しようにも相手には妖精さんが見えていないのだから説得力皆無だ。


(今の私って、ナユハから見たら一人で絶叫している痛い人じゃーん)


 思わず頭を抱えてしまう私。まぁでも変人扱いされるのには慣れているし、そもそも妖精さんとのやりとり以前からだいぶ痛い言動をしているのでたぶんセーフだろう。うん、ポジティブシンキングは大切だ。


 すくっと立ち上がりナユハに対して爽やかな笑顔を向ける。


「あー、ナユハさんや。今のはですね、」


 口を動かしながら私がどう説明するかなぁと悩んでいると、ナユハは唇を震わせながら私に尋ねてきた。


「あ、あの、リリア様は妖精が見えるのですか? 声が聞こえるのですか?」


 うん?

 この言い方は……。


「ナユハも『愛し子』なの?」


 妖精さんの姿が見え、声が聞こえる人間のことをそう呼ぶらしいのだ。


「い、いえ! 私などが妖精様に愛されるはずなどありません! ただお姿を視認でき、声が聞こえるだけで! 愛されるなどとてもとても!」


「……妖精様ねぇ?」


 近くにいた妖精さんの襟をつまんでみる私。こんなデフォルメ顔相手に様付けするのはちょっと無理があるよね。まさかほんとに頭からボリボリと食われるとでも?


 ただ、そんな私の行動を見てナユハは顔を蒼くしていたので、妖精さんにからかわれすぎた私の感覚が麻痺しているだけなのかもしれない。


 ナユハの口ぶりでは妖精さんの姿が見え声が聞こえることと“妖精の愛し子”であることには大きな差があるらしい。


 つまりナユハにとって妖精さんとは恐れの対象であって仲良く遊ぶような存在ではないと。


「……あ、でも、それだけでも助かるね」


「は、はい?」


「だってナユハって妖精さんが見えるんでしょう? だったら私が妖精さんと遊んでいても奇異の目で見たりはしないじゃん」


 なにせ普通の人からは私が一人で騒いでいるように見えるらしいのだ。前世で言うと狐憑きみたいな感じかな?


 私の説明を聞いてナユハは言葉を失っていた。あれ? 別におかしなことは言っていない……はず、だよね? 普段やらかしすぎているせいかちょっと自信ないなぁアハハハハ。


「その、“銀髪”であるリリア様でも奇異の目で見られるのですか?」


「うん? そーだね。かなりの変人扱いをされているよ」


「しかし、銀髪とは優秀な魔法使いの証です。建国神話の時代より語り継がれてきた銀髪で、しかも赤目なのに、それでもおかしな人扱いを受けてしまうのですか?」


 この国を建国した金髪金眼の神様と、彼女に付き従った銀髪赤目の大魔法使いは子供でも知っている昔話だ。その昔話があるからこそ金髪は高貴さの証であるし銀髪は優秀な魔法使いになると言われている。


 でもねぇ。


「銀髪は確かに凄いって言われているけどねー。そんなものはおとぎ話や伝説の世界の話だもの。今を生きる人たちにとって『珍しい美しい』以外の意味はないんじゃないのかな? 変なことをしたら笑われるし、悪いことをすれば怒られるよ」


 だいたい、いくら銀髪の人間が魔法の才能を有していたとしても(大昔ならとにかく)国家や軍隊には太刀打ちできないのだし。相対的な利用価値は昔より下がっているだろう。


 あぁ、私の師匠なら国の一つや二つ滅ぼせるかもしれないけどね。そんな歴史に残る規格外と、か弱い美少女リリアちゃんを比べてはいけません。


 ……こら、妖精さんたち。なぜ呆れたように肩をすくめるのか。


「そんな……」


 言葉を失うナユハ。

 たぶんだけど、銀髪に対しての過剰な期待があったのかな? 黒髪の自分に比べて特別扱いされているに違いない、って感じに。

 やれやれ。


「何か勘違いしていない? この銀髪は、確かに血統主義の人間は褒め称えてくるけれど、それもあくまで“銀髪の嫁”や“銀髪の血”が欲しいだけ。私という個人は端から相手にされていない。無意味に注目されるだけで私が得することは何もないよ」


 黒髪に比べて人から好かれやすいって? 外見で判断するような連中から好かれてどうするのさ。少なくとも私にとっては何の意味もない。


「…………」


 下を向いてしまったナユハがどんな顔をしているのかは分からない。驚いているのかもしれないし、悲嘆しているかもしれない。あるいは、『持って生まれた者』である私の口ぶりに怒りを覚えているかもね。


 少しばかり重苦しい雰囲気が漂ってきた。


 よし、ぶち壊そう。


 ノータイムで決断する私。

 なぜなら私の前世の渾名はシリアス・デストロイヤー。重苦しい空気なんて星の彼方まで吹き飛ばしちゃうぜ。


「まぁ、私がどう見られているのかなんて重要じゃないよね。――重要なのは、ナユハが妖精さんからのイタズラの避雷針になってくれるってことだし」


「え? ……え!?」


「いや~助かるよ。妖精さんも自分の姿が見えない相手へのイタズラだとやる気が削がれちゃうみたいでさ。今までは私が一身に被害を引き受けていたんだけど……妖精さん、さっきから『やってやるぜ!』とばかりにイタズラする隙を狙っているんだけど、気付いてなかった?」


 私の周りにいる妖精さんは特にヤバいのが多いのさ。決して類が友を呼んだわけではない。と信じたい。


「え、うそ、ほんとうに?」


 ナユハが恐る恐るといった様子で目線だけ動かして妖精さんの姿を確認し、絶句した。その光景はまるで壁際に追いやられたネズミと、今にも飛びかかるとする猫(複数)である。


 なんというか、ご愁傷様? 窮鼠猫を噛むことを祈っているよ。



『小豆研ごうかー』

『人取って喰おかー』

『ショキショキー』

『ショキショキー』

『喰べちゃうぞー』



 なぜか前世の妖怪、小豆洗いのセリフを唱えながら妖精さんたちがナユハに襲いかかった。


 うん、妖精さんには『悪人を頭からボリボリ食う』という伝説があるけれど……まぁナユハは悪人じゃないし大丈夫だろう。


 ぴぎゃー。そんなナユハの絶叫を横目(横耳?)に私はカメラ製作を再開させた。先ほど穴は開けたので、あとは感光紙を――


 …………。


 この世界には感光紙もフィルムもない!


 よく考えれば当たり前じゃないか! 何で今の今まで気付かないかなぁ私! くっ、ナユハを見捨てた罰が当たったか!


 いやしかし慌てるような時間じゃない! 感光紙がないなら……そう! 魔法! 魔法で何とかしよう! ヒロインのチートなら何とかできるはずだ!


 え~っと、とりあえず光を操れば何とかなるかな? となると、雷系の魔法? 光るんだし応用できるんじゃないかな、きっとできるさ、できるといいなぁ。


 ちなみに語感からして聖魔法の方が光を操りやすそうだけど、実際の聖魔法は時間操作系なので論外だったりする。患部の時間を巻き戻して傷を治すという理屈ね。

 で、それと対となる闇魔法は空間操作系。テレポートも実はこの系統だったりする。


 聖と闇。実際は時空系の魔法。

 なんでそんな名前になっているかというと、この国の建国神(金髪金眼の美女)が時間を操り未来を見通す力を持っていたから聖なる力=聖魔法。それに敵対した邪神が空間操作系の力を持っていたから邪悪な力=闇魔法となったらしい。


 だから他の国では普通に時間魔法・空間魔法と呼称していることの方が多い。この国が特殊というだけで。

 治癒魔法に関して言えば『聖魔法』の方がそれっぽいけどね。


 ……あれ? よく考えたら私って(神話的に考えれば)主神と邪神の力を使えるのか。チートもここまで来ると笑えてくるね。神にも悪魔にもなれる美少女・リリアちゃんである。

 写真は魂が抜き取られるって俗説もあるし、それを作ろうとしている私は悪魔かな?


 なぁんてことを考えながら私は妖精さんに頼んでお爺さまの仕事場から紙を数枚盗って――じゃなくて譲ってもらうことにした。


 この世界ではパピルスっぽい植物を原料にした紙が大量生産されている。それとは別に公式な書類ではまだ羊皮紙も使われていたりして……まぁ前世の世界とそれほどの違いはないと思う。

 無論、我がレナード家が取り扱う紙は最高級品だともさ。


(しかし、羊皮紙かぁ。魔法のある世界なのに前世と同じ動物もいるんだね。もちろんドラゴンなんかは違うけど……。う~ん、でも正直リリア(わたし)的にはゲームの世界だって実感が薄いんだよねぇ。確かに前世の知識と合致することも多いのだけど)


 信じたくない、というのが本音なのかもしれない。9年も生きていた世界が作り物でしたと教えられても実感なんてできないし、しょうがない部分もあるのかな?


 ……それに、どうでもいい問題でもある。

 この世界が現実だろうが、作り物であろうが。私が私として生きていることに変わりはないのだから。


(ゲームのヒロインならここでしばらく苦悩する場面だろうにね。ほんと私ってヒロインらしくない性格しているなぁ)


 自分のポジティブさに苦笑していると妖精さんが紙束を抱えて戻ってきた。

 紙束から一枚抜き取り、カメラの中にセットする。そしてカメラを手にして写したいもの――妖精さんから必死に逃げているナユハ、は、ブレそうなので近場の岩肌に向けた。


 要は光を使って紙に光景を焼き付ければいいのだから、魔法でいい感じにやれば写真っぽいものができあがる、はず。


「むっ! 来てます、来てます……。今なら何でも写せそうな気がする! 雷魔法、ファイヤー!」


 雷なのにファイヤー? という突っ込みは受け付けておりません。

 雷魔法を限界まで引き絞って私はカメラのピンホールに流し込んでみた。うまくいくかは分からないけど失敗したらやり直せばいいだけだしね。


 結果として。

 なぜかカメラ本体からレーザービームっぽいものが出た。びゅん! って。

 雷光がごときレーザー(?)はフォーカスした岩肌に着弾。大轟音と共にちょっとした崖崩れを巻き起こした。


 ……どうしてこうなった?


 幸いにして岩肌から離れた場所にいたナユハに被害はなく(妖精さん? 爆発くらいで傷ついてくれたら苦労しない)、比較的近くにいた私も自動防衛系のスキルが発動したのでケガはなかった。


 しかし、レーザー(?)を発射した影響かカメラは無残にも灰燼に帰してしまった。これでは失敗してもやり直せないじゃないか。


 どうしてこうなった……。








次回、19日投稿予定です。

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