閑話 侯爵と、侯爵
閑話 侯爵と、侯爵。
リリアとマリーから少し離れたところで。
「しかし、ヒュンスター侯。相変わらず辛気くさい顔をしていますな」
貴族らしからぬ率直すぎる物言いをした騎士団長に対し、マリーの父・ヒュンスター侯爵は胡乱げな目を騎士団長に向けた。
「ゲルリッツ侯。申し訳ないがこの顔は生まれつきですので」
「そうですかな? いや元々辛気くさい顔はしておりますが、最近は特に悪化していますからな。昔なじみとしては心配してしまうのですよ」
「心配などしていただかなくて結構。私は私のするべきことをするだけですので」
「するべきこと、ですか。では仕事の話でもしますか。“変竜の書”が奪われたあの事件、どうお考えで?」
「どう考えるも何も、事件の調査は騎士団と魔導師団の担当でしょう?」
「ははは、然り。ですが、王宮に持ち込まれた書籍の取り扱いはあなたの担当でしょう? 解読を含め、一番あの本に接していたのがあなただ。神殿への輸送計画にも関わっていたはず。そんなあなたの意見を是非伺いたくてですな」
「……さぁ。そう言われましてもね。計画はしましたが、輸送自体は聖騎士が行ったのですから、私に聞かれても困ります」
「実際に人がドラゴンに変身できると思いますか?」
「変竜の書の解読はまだ途中でしたが、無理でしょう。そもそも人とドラゴンはまったく別の生物なのですから。獣耳を生やして獣人になりすます程度ならできるでしょうが」
「おや、変竜の呪いを受けたヒュンスター家の当主らしからぬお言葉ですな」
「……あんな数百年前の昔話、信じる方が愚かでしょう?」
「そうですかなぁ? 私は昔話や伝説が大好きでして。ついつい本当にあったのではないかと信じてしまうのですよ」
「妄想はほどほどにした方がいいですね」
「然り。然り。ところでヒュンスター家は8年前にドラゴンを討伐しましたが、変竜の呪いは大丈夫でしたかな? たしか今年8歳になる娘さんがおられるでしょう?」
「……何度も言わせないでいただきたい。あんなものは昔話だ。マリーは健康そのもの。呪いになんてかかっていません」
「失礼。失言でしたな。ご息女は私の息子とも年が近いので、ついついいらぬ心配をしてしまいました」
形ばかりの謝罪をしたゲルリッツ侯は試合会場に降りていった。ナユハの勝利で試合が終わったためだ。
「……貴様に何が分かる」
ヒュンスター侯の呟きは誰に聞かれるでもなく風に溶けていった。
次回、26日更新予定です




