4.悪役令嬢の父と、兄。そして悪役令嬢
4.悪役令嬢の父と、兄。そして悪役令嬢。
姉御とフィーさんは(酔っ払って)手遅れなので放置。
何だかんだでマリー・ヒュンスター侯爵令嬢がドラゴンに変身できるんじゃないかってことを話せなかったけど、酔っ払いに重要な話をしてもどうせ忘れるのでまた後日にするべきだろう。
リュースもお仕事に戻ったのでお茶会は終了。私、ナユハ、愛理は帰宅するために王宮の正面玄関を目指していた。王宮内で転移魔法を使うとまた騒ぎになりそうなので自粛。
一応ミヤィスン様にも挨拶しておくかなぁと考えながら歩いていると、
「――おや、その美しい銀髪。もしやリリア・レナード子爵家令嬢ではないですかな?」
なんとも演技っぽい声がかけられた。
私ってナユハの件で後ろ髪をバッサリ切ったから貴族的な『美しい髪』じゃないんだけどね。貴族らしい嫌味かな?
私が立ち止まって振り返ると、そこにいたのは眩しいばかりの金髪を後ろになでつけた男性だった。
顔には深い皺が刻まれているけれど、背筋がぴんと伸びているので若々しさがある。若い頃はもちろん、今でも女性にモテそうなナイスミドルだ。
服装は超がつくほどの一等品。貴族であっても上位貴族、その中でもかなり財力がある人間しか着られないような服だ。前世的に言えば長者番付に載るクラス。
直接会うのはこれが初めてだけど、貴族名鑑の最初の方に載っているので誰かは分かる。
――デンニッシュ・ガングード公爵。
俗に“ 神に見放された土地”と呼ばれる砂漠地帯に隣接するガングード領を治める大貴族。
“ 神に見放された土地”とはかつて世界樹が生えていたと伝わる不毛の大地であり、地面は鉄のように固く、降った雨は即座に乾き、ひっきりなしに魔物が生まれるという厄介な土地だ。
そんな土地に隣接している領地だから必然的に魔物との戦いが多くなるらしく、私の記憶にあるだけでも3回ほどお爺さまも救援に駆けつけていた。
公爵というよりは辺境伯の方が実態としては近いのかもしれない。
もちろん領地は広くて発展しているのでお金持ちでもあるんだけれどね。特にここ数年の躍進はめざましいものがある。きっと優秀な『ブレーン』がついたのだろう。
それに魔物が出る=素材が大量に手に入るってことでもあるし。
あぁ、でも最近は魔物が出過ぎていて討伐費がかさんでいるんだっけ? 砦の修復のために王都ですらもレンガ不足になっているし。
っと、まぁ、その辺は別にいいのだ。魔王が復活するまでは心配するような事態にはならない。原作ゲームにおいてもそんな展開はなかったし。
……そう、原作ゲーム。
原作ゲームのヒロインは私ことリリア・レナード子爵家令嬢。
そして。悪役令嬢はミリス・ガングード公爵家令嬢。
このデンニッシュ・ガングード公爵の娘さんが原作ゲームにおける悪役令嬢なのだ。
ついでに言うと攻略対象の一人はミリスの義理の弟、ウィリス。
たぶんガングード公の横にいる金髪碧眼の美青年だと思う。
悪役令嬢の父と攻略対象にエンカウントするとか、今日はどんな厄日やねん……。
……ふ、だがしかし私も成長している。この程度で『どうしてこうなった』とは叫ばない。むしろ悪役令嬢ミリスと遭遇しなかっただけでも御の字としないとね!
とりあえずガングード公にテンプレートな挨拶。すると、自然な流れでガングード公は子供を紹介してくれた。横にいた攻略対象ウィリス・ガングード様と……もう一人。背中に隠れていた美少女を。
「……お初にお目にかかります。わたくし、ガングード家が長子、ミリス・ガングードですわ」
…………。
どうして
こう
なった!?
いやいや早いでしょう何で9歳時点で悪役令嬢まで出てくるの!? やっぱり神様私のことが嫌いだなそうなんだな!? 天よ我に艱難辛苦を与えるな! 私は別にドMじゃない!
なん! でや! ねん!
…………。
混乱しすぎて逆に落ち着いてしまった私はとりあえずミリス様にも挨拶をして、それとなく観察。
高位貴族の証である金髪に、ブルーサファイヤのように輝く瞳。身の清らかさを表現したかのような白い肌に、作り物であるかのような整いすぎた美貌。
……ここが乙女ゲームの世界であるならば、一応『作り物』ではあるのか。創作物という意味では。
まぁ、今さらこの世界が乙女ゲームそのままの世界で、登場人物がシナリオ通りの決まった行動しかしないなんて勘違いはしないけど。
……うん、そう。決まった行動。
原作ゲームなら悪役令嬢ミリスは初対面の時にリリア・レナードを思いきり見下し、嫌味を言ってくるのだ。祖父が元平民であり、金で貴族籍を買ったという理由で。
だというのに今のミリス様は蒼い顔をしてかすかに震えている。ちょっと集音の魔法を使ってみると『なんでこの時点でヒロインと出会うのよ……?』とつぶやいている。
…………。
ミリス様、もしかして前世の記憶持ちですか?
この世界において前世の記憶持ちはそれほど珍しいものではないけど……。ヒロインと悪役令嬢が両方前世の記憶持ちってかなりカオスじゃない?
集音魔法を応用して、私の声をミリス様だけに聞こえるよう術式を『ちょちょいのちょい』と改造。ミリス様に一つの質問をしてみる。
「――あの、『ボク☆オト』ってゲームを知っていますか?」
私の声はちゃんと届いたようで、ミリス様が動きを止めた。おー、驚いてる驚いてる。目を見開いても美少女は可愛いのだから得だよね。目の保養。
と、ゲームの話題を出しておいてアレだけど、他の人がいるのに『うっそー! ミリスちゃんも転生者なの!? うけるー!』なんて会話をするわけにもいかない。
私はミリス様から視線を外し、ガングード公に向き直った。親も付き添わず、デビュタントもしていない子供にわざわざ声をかけてきたのだ、挨拶だけとは考えにくい。
私とガングード公は軽く微笑みあったあと貴族らしく雑談に移行した。別名・腹の探り合い。
「リリア嬢は王宮結界の改修に携わるそうですな? まだ9歳だというのに、さすがは銀髪持ちと言ったところですな」
「……過分な評価をいただき戸惑っているところですわ。デファリン魔導師団長をはじめ、王宮には優秀な魔導師の方々が揃っていますから、わたくしの出る幕はないでしょうけれど」
この人怖えー。王宮結界うんぬんはさっき決まったばかりだし、そもそもあの場所には私や姉弟子たちの他には数人の護衛と役人がいただけ。
陛下も口が堅い人間を選んであの場所に控えさせたのだろうし、謁見の間の防諜魔法に欠陥はない。そんな場所での話をもう把握しているとかどんな情報収集能力をしているのだろう?
「さすがは我が国の南西を守るガングード公ですわ。ずいぶんと優秀な『耳』をお持ちのようで」
「いやいや、リリア嬢もずいぶんと優秀な耳と口をお持ちのようですな。先ほどは我が娘と一体何を話されたのです? あれは、娘にだけ聞こえる魔法ですかな? たった一言二言でずいぶんと動揺したようですが……」
声は聞こえなくても口が動いていることは分かるものね。
「ふふ、動揺なんて大げさですわ。魔法で鮮明に声を届けたから驚かせてしまっただけですよ」
「おぉ、そうでしたか。それだけなら秘密にすることでもなさそうですな。差し支えなければどのようなやり取りをしたか伺ってもよろしいですかな?」
「ふふふ、乙女の秘密ということにしてくださいませ。年頃ですもの、父親に秘密にしておきたいことの一つや二つはありますわよ?」
「おやおや、乙女の秘密と言われては娘を問い詰めるわけにもいきませんな」
ははは、うふふと笑いあう公爵と私。なんというか、狸親父だなぁ。さすが宰相の職に就いているだけのことはある。
「……うわぁ、リリアが貴族っぽいやり取りをしている。信じられない」
私の後ろに控えながらつぶやくナユハちゃんだった。失礼な。これでも一応は貴族籍を持つ貴族ですことよ?
と、私の意識がナユハに向いたことに気がついたのか、ガングード公も視線をナユハへと移した。
そう。黒髪黒目。この国で差別の対象となっているナユハへと。
さすがは宰相。黒髪差別の禁止は十分に承知しているので蔑んだりはしない。ちょっと不自然なほどに無表情だけど、『差別しちゃいけない』という意志は感じ取れるのでまぁまぁの好感情。
高位貴族って古い価値観に縛られていることがほとんどだからね。ナユハを蔑まないガングード公はかなり先端的な思考の持ち主と言えるだろう。
「……失礼ですが、リリア嬢。あなたの侍女はずいぶんとお若いですな。何かと苦労されることも多いのでは?」
おっと貴族らしく回りくどーいことを言われちゃったぞ。
ちなみに翻訳すると『黒髪メイドなんて止めとけ。無駄に苦労するぞ』となる。
私も対抗して貴族語を使う。
「えぇ、同い年の侍女というのは珍しいでしょう? 9歳でこれほどの礼儀作法を身につけている子は中々いないのですよ?」
訳:ナユハたんの素晴らしさが分からないヤツなんて爆発すればいいのだ。
「うむ、過干渉でしたな。しかし、リリア嬢のような銀髪持ちが護衛無しで移動するのは何かと不安。こちらで良い護衛を紹介いたしましょうか? もちろん、リリア嬢と同い年くらいの男子も用意できますが」
訳:うちの息子とお見合いしない?
ちなみに、ここで言う息子とはミリスの義弟……攻略対象ウィリス・ガングードのこと。
ウィリス様は男子が生まれなかったガングード本家に分家から養子に出された子供なので、銀髪持ちの私と婚約させることでウィリス様に“力”を付けさせようとしているのだろう。
あるいは、単純にガングード公爵家の力を増すために、かな?
……あれ? でも原作ゲームでウィリス様が養子になるのって、王太子とミリス様が婚約して、王家に嫁いでしまうことになり、ガングード本家の跡取りがいなくなってしまうからだよね? それまでウィリス様は別の名字であるはずだ。
しかし、先ほど自己紹介された名前は『ウィリス・ガングード』だった。
まだミリス様は王太子と婚約しておらず、他の家の男子を入り婿させてミリス様が公爵家の跡取りになる道は残されているのに。今の時点でウィリス様がガングード家に養子入りしているのは早すぎる。
……私の知らないところでもゲームのシナリオが狂っている?
内心で『どうしてこうなった!?』と叫びつつ、表面上は穏やかな貴族スマイルを浮かべる私である。
「あら、ガングード公閣下から護衛をご紹介いただけるとは光栄の極みですわ。ですが、いきなり男性の護衛というのは気恥ずかしいです。それに、ご安心ください。この子は中々強いですから」
訳:息子さん、ナユハより強いの?
「ほほぉ、かの“神槍”の孫娘であるリリア嬢が認めるとは、事実確かな腕前なのでしょうな。ぜひ息子のためにご教授いただきたいものです」
訳:戦ってみれば分かるだろ。
「ふふふ、かのガングード公爵家の次期当主となる御方と剣を交えるとは光栄の極みですわ。この子もきっと喜ぶでしょう」
訳:助さん、格さん、懲らしめてやりなさい。
というわけでナユハと攻略対象――ウィリス・ガングードの勝負が決定したのだった。
どうしてこうなった?
「……いや、どうしてこうなったと言いたいのは私なんだけど?」
ジト目で見つめてくるナユハに平謝りするしかない私だった。
璃々愛
「オーちゃん。私って魔法に詳しくないのだけど、魔法の術式って『ちょちょいのちょい』で改造できるものなのかな?」
オーちゃん
「普通は無理だろ。地球で言えば数式や化学式をちょちょいのちょいと改造するようなものなんだから」
次回、6月13日更新予定です。




