3.陛下と姉弟子と。あと姉御。
3.陛下と姉弟子と。あと姉御。
謁見の間でテンプレートな挨拶をした私は陛下にエレナ様からのお手紙を渡し、さっそく抗魔法の結界についてお話をした。
とは言っても姉弟子であるフィーさんから教えられたことをそのまま口にするだけだけど。
「抗魔法の結界は極論すれば『その空間の魔素の支配権を奪い取る』ものでして」
魔素とは魔力の元となる不思議物質だ。酸素とか二酸化炭素みたいに空気中に溶け込んでいるらしい。
「つまりですね、結界から支配権を奪い取ってしまえば、好きなだけ魔法が使える訳なのです」
そういう理屈らしい。私は王宮でも普段と変わらず魔法が使えていたから自覚がないけれど。
というか、そういう理屈だと体内の魔力を使っての攻撃魔法は撃ち放題なんじゃ……? やっぱり欠陥品だね今の抗魔法結界。
私の説明を聞いて陛下が痛そうに頭を抱えてしまった。
「……フィーよ。魔導師団が代々改良し続けてきた結界から魔素の支配権を奪うことなど可能なのか?」
私の隣にいたフィーさんが『やれやれ何を今さら』的な顔をしながら肩をすくめた。
「抗魔法の結界はあくまで普通の魔術師を想定したものですし。規格外の“銀髪持ち”が本気を出せば魔素の支配権くらい奪い取れるでしょうね」
「初耳なのだが? 魔導師団はその欠陥について認識していたのか?」
「……先代陛下の治世のお話ですが、結界について諫言した先々代の魔導師団長が、先代陛下の『我が国の王宮に欠陥などない!』というお言葉で更迭されて以来、魔導師団内で結界の話をすることは御法度となっていたらしく。私も今回の話を受けて初めて知ったほどでして」
「……あのクソ親父」
国王の口から出てはいけない系の恨み言を聞き逃しつつ、あーだから私が呼び出されたのかと納得するリリアちゃんであった。過去の経験のせいで魔導師団も抗魔法の結界には関わりたくないから私に問題を丸投げしたのだろう。
9歳児に王宮の防衛問題を丸投げしちゃう魔導師団って、いいのだろうか? ……あーでも師団長がフィーさんだしなぁ……。
私がジト目でフィーさんを見ると、フィーさんは『そもそも王宮の防衛は騎士団の仕事だもの。魔導師団は“ぼらんてぃあ”で抗魔法の結界を張っているだけよ』と悪びれる様子も無し。
「フィーよ。危険はないのか?」
「抗魔法の結界をどうにかできるのなんて銀髪持ちくらいですし、そもそも銀髪持ちがどれだけいるのかってお話ですよね」
「世界に10人もいないとされているが、いくら少なかろうと、我が国に害意を持たぬとは言い切れないだろう?」
「大丈夫ですよ。たしかに王宮での魔法使用は防げないかもしれませんが、それ以前の問題として銀髪持ちが移動すると空間の魔素が大きく乱れますから。王宮に近づいてくればそれだけで分かりますよ。転移魔法を使った日には大騒ぎ。だからこそリリアちゃんにも馬車でやって来るようお願いしたくらいですし」
何それ初耳。
というかおばあ様って以前転移魔法で王宮まで行ってなかったっけ? ……なるほど、王宮の近くまで転移して、あとは馬車を使ったと。最初から馬車だと何だかんだで一時間くらいかかるものね。
フィーさんが少し真面目な顔をした。
「危険と言いますが、むしろ“穴”があった方が襲撃者の注意をそこに向けやすいので。こちらとしては抗魔法の結界をそのままの状態で維持していただけると、むしろ警備はしやすいですね」
罠ってことか。フィーさんって美人な割にやることがえげつないよね。
「効率的って言って欲しいわね」
フィーさんの説明に陛下は納得し切れていないようだ。
「うぅむ、しかし、王宮の警備に穴があるのもマズいだろう」
まぁ陛下からしてみれば『自宅の窓、一つ割れてますけど泥棒を捕まえやすいんで我慢してね』と言われているようなものだものね。納得しろという方が無理な話か。
「でも、現状の方が危険度は少ないですよね実際」
う~んと悩むフィーさんがわざとらしく私を見た。
嫌な予感。
「じゃあ、こうしましょう」
そう言ってフィーさんが叩いたのは私の背中。
「銀髪持ちの中でも、一番保有魔力量の多いとされるリリアちゃんに協力してもらいましょう。リリアちゃんの主導で、もう一つ。魔素の支配権を奪われたときに発動する結界を構築しましょう」
フィーさんの提案に陛下は訝しげな顔。
「なぜわざわざリリア嬢に? フィーも銀髪持ちなのだから自分でやればいいではないか」
陛下の発言にフィーさんの笑顔が固まった。
「あはは、変竜の書の強奪犯を追跡しつつ、妃陛下を呪っていた上級悪魔の召喚主を探索。さらに『漆黒』を取り逃がしてしまったからその捜索まで追加され、そのうえ通常業務もこなさないといけませんので。正直、やってられるかボケ」
漆黒っていうのはこの前ドラゴンを召喚して逃げたという傍迷惑な人のことだったかな?
フィーさんの本音を受けて陛下は痛そうに額へ手をやった。
「……忙しくさせているのは余にも責任があるが、まさか9歳児に結界構築を任せることになるとは……いや意見を聞きたいと呼び出したのは余であるが……」
どうしてこうなった、と嘆く陛下だった。うん、それ、完全に巻き込まれただけの私のセリフですからね?
もちろん姉弟子の多忙さを知った上で陛下からお願いされれば断れるはずも無し。こうしてリリアちゃんは定期的に王宮まで足を運ぶことになったのだった。
どうしてこうなった……。
◇
謁見の間を辞したあと。王宮内の一室でお茶会となった。貴族は二人以上集まればとりあえずお茶会をする生き物だからね。
参加者は私、フィーさん、姉御。そして王太子で私の夫(?)のリュースちゃんだ。ナユハと愛理もいるけれど、王宮なので一応メイドという扱い。
もちろんリュースは半ば拉致されてきた形だ。最近忙しそうなのにいいのだろうか?
「……殿下が最近仕事に励んでおられるのは、リリア様にお会いする時間を作るためですので。むしろお茶会は望むところでしょう」
そんなことを耳打ちしてくれたのはリュース付きのメイドさん。何それ照れる。
そう考えると、移動時間やら何やらでリュースがうちに来るよりは私が王宮に来た方がいいのだろう。……あくまで友達、友達としてね。
しかし、まさか、フィーさんはそこまで見越して私に結界の仕事を……?
「違うわよ。人の恋路にちょっかい出すような余裕はないわよ」
完全否定された。あと恋路とか言うなし。
フィーさんはティーカップに注がれたお酒(ここ重要)を一気に飲み干した。もちろん今は昼。ここは王宮。そして就業時間内。
いやそれを言い出したらフィーさんと姉御(&リュース)は仕事時間中のお茶会なんだけどね。
フィーさんが空になったティーカップをテーブルに叩きつけた。
「いや無理だから! ほんと余裕がないから! 最近休日出勤の連続! ただでさえ忙しい時期に泥棒捜しと悪魔召喚の調査、果ては『漆黒』の捜索までやっているのに結界の再構築までできるわけないだろうあのヘタレ親父!」
陛下をジジイ扱いはマジ止めて。
私は何も聞かなかった。みんなも何も聞いていない。いいね?
メイドさんたちに視線で確認する私だった。頷いてくれたメイドさん、超優秀。
姉御はティーカップ(inお酒)を傾けながらケタケタ笑っているし、リュースは魔導師団長の暴言にドン引き。ナユハと愛理はメイドプレイをしているので、私がフィーさんの相手をしなきゃいけないだろう。
「あー……。悪魔の召喚と『漆黒』は何となく分かりますけど、泥棒捜しって?」
「ん? あ、そういえばまだ伝えてなかったわね。この前リリアちゃんとガルド様がリッチを倒したでしょう? そのリッチが持っていた禁書級魔導書“変竜の書”が何者かに強奪されちゃったのよ」
そこまで説明してくれたフィーさんを遮るように姉御が身を乗り出した。
「変竜の書ってのは人からドラゴンになったり、ドラゴンから人になる方法が記されているという魔導書だ。……あぁ、竜化の呪いを解く方法も乗っているとか言われていたな」
竜化の呪いについてはスラム街で会った『師匠』が話していたっけ。ドラゴンを倒したら、ドラゴンになる呪いをかけられた少女のお話だ。
正直、それが本当なら私も竜化の呪いを受けていなきゃいけないんだけどね。そりゃあもう数日前にドラゴン退治したし……。まぁ、昔話だし、真面目に考えてもしょうがないだろう。
『というかリリアは“加護”があるしー』
『どんな呪いも弾き返すよー』
『加護が強すぎていい男との『縁』も弾き返しちゃうけどねー』
妖精さん・その3が何かとんでもないことを言ったような?
……まぁ、ナユハや愛理たちに出会えたのだから、“縁”についてはあまり深く考えなくても大丈夫だろう、きっと。
そして聞いてもいないのにフィーさんと姉御は事件について詳細な話をしてきた。巻き込む気満々である。
「騎士の証言によると、襲ってきたのはドラゴン。幸いなことに死者はいないわ」
ドラゴンに襲われて死者無しというのは奇跡だね。ドラゴンとは普通なら大都市の壊滅すら覚悟しなきゃいけない存在なのだ。瞬殺できちゃう私がおかしいだけで。
「ドラゴンだけでも問題だが、もっとヤバいのは途中の目撃者がいねぇってことだ。つまり、輸送の馬車を襲ったドラゴンはどっかから飛んできたわけじゃなく、突如として現場に現れ、そして消えたってことだ」
ドラゴンが飛んでいれば大騒ぎになるものね。目撃者がいないというのは考えにくいだろう。
「魔導師団としては“竜使い”が襲撃者ではないのかと考えているわ。そうすればすべてのつじつまが合うもの」
召喚術士ならドラゴンを召喚することはできるかもしれないが、言うことを聞かせるのは難しいらしい。ドラゴンを召喚し、輸送隊を襲撃させて、大人しくまた『召還』させるのは竜使いでもなければ無理だろうとのことだ。
「聖騎士の証言を纏めると、ドラゴンの接近に気づいたヤツはいなかった。突如として現れたとしか説明できないらしい。あいつらも一応は手練れだからな。飛んでくるドラゴンの接近に気づかないってことはねぇだろう。“人道派”としても竜使いじゃないかってことで動いている」
「…………」
竜使いねぇ。
姉御とフィーさんは実在するという前提で話を進めているけど……。たとえば、ドラゴンを瞬殺できる私が脅したとしても、ドラゴンに言うことは聞かせられないだろう。
ドラゴンは強いものに従う習性があるけれど、『同じドラゴンに』という条件が付くのだ。そんなプライドの塊であるドラゴンを、人間が使いこなすというのは無理な話だと思う。幼体であるワイバーンも同様。竜使いなんて物語や伝説上の存在でしかないのだ。
(突如として現れた、ね)
顎に指を当てて視線はわずかに下げ、考えを纏めることにする。
ドラゴンの召喚。
そんなことをしなくても、人間がドラゴンになればいいだけの話だ。馬車が襲われたという場所でドラゴンに変身し、また人に戻れば空を飛ぶ必要はない。
レナード領に現れたワイバーンにしても、ドラゴンが命じれば操ることができるだろう。
そして、“変竜の書”に竜化の呪いを解く方法が乗っているとなると――
(――もしかして、あの子……)
思い出すのは貧民街で出会った、私をお姉様と呼んできた少女。
マリー・ヒュンスター侯爵令嬢。
彼女であればドラゴンになることもできるし、ドラゴン形態から人に戻ることもできるだろう。
その可能性に思い至った私は顔を上げ、一応伝えるべきかな~どうやって伝えるかな~と悩みながらフィーさんに視線を向けて――
「で? リリアちゃんはリュースちゃんとどこまで行ったの?」
はい、完全に酔っ払っている姉弟子であった。リュースが近くにいるのに何という暴言であろうか。
「どこにも行きませんし、行く予定もないですよ。私はのんびりまったりとしたスローライフを送るんです」
「はっ」
鼻で笑われた。
同じく酔っ払った姉御まで『お前さんに“すろーらいふ”は無理だって』と大爆笑しているし。
「……笑ってますけど、そういう姉御は、お父様とどこまで行ったんですか?」
「ははぁん、もうすぐリリアから『お義母さま』と呼ばれる予定――だったんだがなぁ。前妻の幽霊と契約するなんて反則だろ。璃々愛のヤツ余計なことしやがって……」
前妻って。死んじゃったけど一応お母様はレナード子爵の正妻さんですよ? お父様が再婚するまでは。
しかし、姉御の言い方だとお父様はまだウダウダやっているらしい。(幽霊とはいえ)お母様一筋に生きるなら姉御とシャーリーさん(お父様の秘書兼メイド)にちゃんと伝えるべきだし、できないなら貴族らしく『責任』を取ればいいのに。
……なにやらお父様が『責任を取らなきゃいけないことなんかしてないよ!』と嘆いた気がするけど気のせいだ。
まぁでも姉御だしね。搦め手も駆使していずれは収まるべきところに収まるだろう。むしろ問題はシャーリーさんか。あの人素直じゃないし、場合によっては私がサポートしないとね。
姉御はもはやティーカップなど使わず直接ビンから酒を飲んでいた。
「あたしはいいんだよ、片想いとはいえ相手がいるんだから! フィー! お前はどうなんだ! 浮いた話が一つもないじゃねぇか!」
「一つもないのではなくて、選別しているのよ。なにせ私は数少ない銀髪持ち! 夫となる人物もそれなりに優秀でなければいけないの!」
とか何とか言っているけど、モテない言い訳に過ぎない――やべ、頭掴まれた。アイアンクローになる前に誤魔化さないと!
「ふぃ、フィーさんはどんな男性がタイプなんですか?」
「そうねぇ。私は仕事で忙しいし、やっぱり家庭に入ってくれる人かしら?」
今は中世的な貴族社会の真っ最中。主夫とか時代を先取りしすぎである。そんなんだから結婚できない――痛い痛いアイアンクロー止めて!
「家庭に入る、ねぇ。リリアじゃ絶対無理な話だなぁ」
「うっさいですよ姉御。これでも私はお爺さまからサバイバル術を叩き込まれた身! 獲物の確保から解体、調理まで任せて安心リリアちゃんです! 料理なんてしたことないですけど! 解体できるんだからできるはずです!」
「……ダメだこいつ女子力皆無だ」
「姉御にだけは言われたくないです!」
私たちがアホなやり取りをしている間にも、すっかりできあがったフィーさんは一人で熱く語っていた。
「あと、私ってば銀髪だから他の人より長生きなのよね。となるとなるべく若い子がいいわ。もちろん優しくて、でもあまりベタベタされるのは苦手だから適度な距離感を保ってくれて、あとカッコイイ系よりは童顔の方が――」
などと供述しているが、ただ単にショタコンなだけで――痛い痛いアイアンクローしないで! 力込めないで! 冗談じゃなく割れるから!
ぎゃあぁあぁあああぁああぁ……。
――少し離れたところで。
王宮大神官と魔導師団長、そして将来の正妻候補の乱痴気騒ぎを眺めていたリュース・ヴィ・ヴィートリアは『どうしてこうなった……』と嘆いたという。
次回、6月6日更新予定です。




