2.王宮の幽霊
2.王宮の幽霊。
妖精さんたちとの仁義なき戦いを経て、何とかドラゴンの鱗を数百枚と、牙数本、あとどこの部分かは分からないけど骨をいくつかゲットしたリリアちゃんであった。第一部完。
そしてすぐさま第二部開幕。はい、国王陛下からお手紙来襲ですよ。またまた王宮に呼び出されました。王宮の抗魔法結界について意見を聞きたいんだって。ナユハと愛理の予想通り。二人は凄いなー予知能力者だなー。ぐすん。
あと国王陛下からの手紙には妃陛下の近況報告をお願いすると太字で書かれていた。むしろこっちがメインじゃないのだろうかあの嫁バカおやじ。
「リリア、陛下に失礼な物言いはしないでね?」
ナユハに注意されてしまった。おのれ国王。
まぁ呼び出されてしまったものはしょうがない。王宮には明日行けばいいそうなので、今日のところは王妃エレナ様に陛下へのお手紙をお願いした私である。私が説明するより陛下も喜ぶだろう。
決して、『エレナ様は毎日私を膝に乗せてなでなでしていますよ』と自分で説明するのが嫌だったわけではない。
なぜだかエレナ様は嬉しそうだ。
「リリアみたいな素敵で将来有望な女性は早く予約しませんと。ガングード公あたりが横やりを入れかねませんわ。いい機会ですから陛下(あの人)にも強く言っておきませんとね」
手紙を書きながらそんなことを口走るエレナ様。もしかしなくてもリュースとの婚約のことですか?
うぅむ、思い切り墓穴を掘ったかもしれない。でも自分から頼んでおいて今さら『やっぱり手紙は無しで。私がエレナ様の様子を伝えておきます』なんてできるわけがないし……。
ちなみにガングード公とはこの国の宰相で、『悪役令嬢ミリス』の父親だ。ゲーム本編では様々な悪事に手を染めていたはずだけれど、実際はそんなこともない人物。
ガングード公が悪人ではないという意味では、この世界はミリスがヒロイン役になるファンディスクの方が近いのかもしれない。ファンディスクでは幼いミリスが奮闘してガングード公が悪人になるルートを潰しちゃうし。
……いや、今さらゲームのシナリオなんて語っても意味はなさそうだけどね。
ゲームと現実との差について考えていると、エレナ様が軽く手を打ち鳴らした。
「あぁ、そうでした。リリアが王宮に行くのでしたら注意しておきませんと」
「注意、ですか?」
「えぇ。王宮の正面入り口から、謁見の間に向かう通路の途中に女性の幽霊がいますわ。その御方は亡くなられているとはいえ元王妃ですので。できるだけ失礼のないようお願いしますわ」
幽霊ってだけで見下す人間は結構多いからね。注意自体はそれほどおかしいものではない。元王妃ってことは気位も高いだろうし。
というか、王族の幽霊とか『リッチ』になっていてもおかしくないんじゃ?
ちなみにリッチには二パターンあって、王様や大賢者といった『生前凄かった人』の幽霊を呼ぶ場合と、強力な魔法使いが自分からアンデッドになったものを呼ぶ場合がある。要するに言葉は同じだけど意味合いが違うってこと。
そういえば王宮図書館の司書がリッチだという噂があるけど本当なのかな?
私がそんなことを考えている間にもエレナ様が話を進める。
「そうですわ。いかにも『わたくし、王妃でしてよ!』という態度ですのですぐに分かると思います」
「…………」
その人、この前王宮に行ったときに挨拶したな。たぶん。
まぁ、それはともかくとして。
将来の一般人志望なリリアちゃんは再び王宮へと足を運ぶことになったのだった。どうしてこうなった……。
◇
転移魔法で王宮に行こうとしたら、正式な呼び出しなのでレナード家の紋章付き馬車で向かわないといけないらしい。やっぱりめんどいな王宮とか王族。
馬車の道中。愛理は(幽霊だけど)この世界の幽霊事情を知らないみたいなので教えてあげることにした。
「まず、この世界の幽霊は触れる。けど、それは“強い”幽霊じゃないといけないとされているね」
『幽霊の強い弱いって、やっぱり怨念の強さとか?』
「そんなところ。幽霊がこの世に留まるには強い執着がなければいけない。お母様のようにアルフを心配するとか、ナユハのお父様みたいにナユハの身を案じるとか。あとはもちろん恨みとか憎しみとか……。で、その執着が一定値を越えると“実体”を持つみたい」
私の説明を聞いて、いつの間にか馬車の中にいたナユハのお父様(首無し)が恥ずかしそうに後頭部――後頭部があるべき場所を掻いた。この人は予告無しで出てくるから心臓に悪い。主に見た目が。
「……も、もちろん幽霊だから実体を持っていても姿を消すことはできるし、壁をすり抜けることもできるよ」
これは幽霊である愛理なら実感しているだろう。
どうして実体があるのにそんなことができるのかって? 私は幽霊じゃないから知らないなぁそんなこと。
「なぜ実体を持つのかは分かっていない。というか、一定の『レベル』を越えると実体を持つのが普通だからわざわざ研究する人もいないってところかな?」
あと、魔物としての“幽霊”もいる。ゴーストとかファントムとか。こっちも触れる。生態はよく分かっておらず、『まぁ、幽霊の仲間なんじゃね?』程度の認識が一般的だ。
『リッチはどういうものなの?』
「名前が同じで紛らわしいけど、王族とか大賢者とかの『偉い人』の幽霊がリッチで、その他に、魔術師が不老不死を求めてアンデッドになった場合もリッチと呼ぶね」
『……とりあえず、執着を持って死ぬと幽霊になるんだね?』
「そう。そしてこの世界の人間のほとんどは幽霊を信じている。信じていないのはよほどの頑固者か、そういう宗教を信じている人だね」
『宗教は何となく分かるけど、頑固者ってどういうこと?』
「死んだ人間と喋れるはずがない、とか。あんなに立派な人間が未練を残して幽霊になるはずがない、とか。ひどい人になると目の前の幽霊すら『見えなく』なってしまうみたい」
『……なるほど、思い込みで現実すらねじ曲げて認識してしまう頑固者……ナユハちゃんみたいなものか』
愛理の呟きにナユハは首をかしげた。
「? 私は頑固者なんかじゃないよ?」
曇りなき眼で断言されてしまった。面白い冗談でござる。
◇
王宮に到着し、謁見の間に向かう通路を歩いていると件の元王妃様(幽霊)に出くわした。
この前は悪魔退治&初めての王宮でじっくり観察する余裕はなかったけど、よく見ると元王妃様はとてつもない美人さんだった。
一瞬黒色かと見間違いそうになる紫黒色の髪は宇宙の深淵を思わせ、対照的に、燃えるようなオレンジ色の瞳は夏の太陽のよう。
肌が白い――のは、幽霊だからだろうけど、たぶん生前も美しい肌色だったんじゃないだろうか? そう信じられるほどの“美”を彼女は有していた。
うん、こんな美人さんと結婚できる野郎は爆発すればいいんじゃないだろうか? リア充 超新星爆発しろ。
とりあえず、この前自己紹介はしたのでカーテシー。頭を下げているとなにやら満足げな声をかけられた。
『うむ、よかろう! きちんとした挨拶ができるとは、最近の若者にしては躾がなっているようだな!』
いや挨拶されないのは若者がどうこうじゃなくてあなたが幽霊だからでは? と、口走るほどK.Y.(空気・読めない)ではない。私は璃々愛とは違う、違うのだ。
『二度も挨拶をされながら名乗り返さぬは皇が一族の恥! 我が名で耳朶を振るわす光栄、末代までの誇りとせよ!』
あ、はい。ありがたき幸せー。
『我は“竜列国”皇帝カイレザンが妹、ミヤィスン。遠路はるばる海を越え、両国の平和と安寧のためにこの国へと嫁いできた正妃である!』
ものすっごく胸を張りながら自己紹介してくれた。と、遠いところからわざわざありがとうございますー?
――竜列国。
この世界における日本みたいな国だ。大小いくつもの島が集まった連合皇国であり、その形が『竜』のようであるから竜列国と呼ばれている。
そんな竜列国は、ヴィートリアン王国から船で二週間ほどだったかな? 味噌と醤油っぽい調味料が特産であり、転生ものにありがちな『元日本人として味噌と醤油を自作!』はやらなくていいみたい。
海軍力はかなり強大で、万が一海上封鎖されても厄介なので友好関係を築いておこうと今代の国王の元に竜列国皇帝の妹が嫁いでいたらしい。
……まぁ、つまり。ミヤィスン様は現国王(リュースの父)の前妻さんで、たしか流行病で若くしてお亡くなりになったはずだ。
巷の物語によると、数多の困難を乗り越えてこの国にたどり着きながら、国王と謁見する前に力尽きた悲劇の王妃。と、いうことになっているけど本当かどうかは知らない。
まぁしかし国王の第一夫人だったのは事実であり。つまりリュースの実母であるエレナ様は後妻という立ち位置にいるのだ。
そんなミヤィスン様は病没したにしては美貌に陰りはなさそうだけど、この世界の幽霊は生前の記憶を元に外見が作成されるらしく、ほとんどの幽霊が自分が元気だった頃の姿を保っている。愛理に何の怪我もないのがいい証拠。
と、そんなことを考えていると、
『うむ、リリア・レナードよ。我は貴様を気に入ったぞ。それだけの“力”を持ちながら驕り高ぶることもせず、なにより礼儀というものをわきまえておる』
ミヤィスン様は満足そうに何度も頷いていた。えーっと、ありがとうございます?
『貴様には特別に『ミヤ様』呼びを許してやろうではないか! ついには陛下にすら許さなかった呼び方だぞ! 誇りとするがよい!』
「…………」
幽霊とはいえ、他国の皇帝の妹&国王の元奥さんを名前呼びとか何の拷問ですか? そろそろお父様譲りの貧弱な胃袋が悲鳴を上げますよ?
「……リリア様の胃袋は『オリハルコン』か『ヒヒイロカネ』でできていると思いますが?」
冷静なツッコミされると泣きますわよナユハさん?
あと、きっちりと自分の名前に『様』付けを強要しているところが何というかさすがミヤィスン様。
「み、身に余る光栄ではありますが、このような子爵家の娘が、歴史ある竜列国の――」
『気にするな。我が許しているのだぞ?』
私とか周りが気にするんですよ!
ただまぁ『この人、人の話を聞かない系だ』という予感がびんびんしているのも事実であり。私は早々に諦めることにした。
「で、では、過分な栄誉ではありますが、これよりミヤ様とお呼びする許可をいただきたく存じますぅ……」
どうしてこうなったぁ……と嘆く私だけど、嬉しそうに笑うミヤ様はひっじょーに可愛らしかったのでまぁいいかと思うことにした。うん、美人の笑顔はストレスを受けた胃を癒やしてくれるね。
「……やっぱり人妻も守備範囲……」
ナユハさん。せっかく回復した胃に穴が空きそうな呟きを漏らさないでください。私はそこまで節操無しじゃありません。……ないよね?
璃々愛
「リリアちゃんが順調に女好きの道を突き進んでいる……どうしてこうなった?」
オーちゃん
「まぁ、前世がコレ(璃々愛)だしなぁ……」
次回、28日更新予定です。




