閑話 姉御と姉弟子と、復讐者
閑話 姉御と姉弟子と、復讐者。
リリアの姉御、キナ・リュンランド。
リリアの姉弟子、フィー・デファリン。
同じく王宮に勤めているとはいえ、所属が違う上それぞれに立場があるので一緒に仕事をすることは滅多にない。
そんな二人ではあるが、今日は珍しく同じ目的で仕事をしていた。
キナは聖騎士団の後方支援要員として。
フィーは魔導師団の師団長として。
共に、一人の“召喚術士”を拘束するために一軒のあばら屋を取り囲んでいた。
すでに聖騎士団と第二騎士団、魔導師団によって周囲は包囲され、小動物一匹抜け出す隙間もない。
そんな包囲網の中。あばら屋に向けてキナとフィーは並んで進んでいた。
普通なら後方支援要員や魔導師団長が先陣を切ることなどないが、他の人員たちは『まぁ、あの二人だしな』と静観の構えだ。
というよりも、下手に巻き込まれてケガでもしたらたまらない。治癒魔法で治るとはいえ痛いものは痛いのだ。
これから大捕物だというのにキナはどう見てもやる気がない。
「……あんなボロい家にいるのかねぇ、あの名高い『漆黒』が」
「結界でボロく見せているだけよ。お酒を飲み過ぎて感覚が鈍っているんじゃない?」
「へぇへぇ、なんちゃって魔眼を持っている人は違いますねー優秀ですねー、っと」
キナの歩みが途中で止まった。あばら屋を取り囲む結界に阻まれたためだ。
「邪魔すんな」
アイテムボックスから取り出した大聖典で結界をぶん殴るキナ。途端、結界は氷のように砕け散った。一応上級攻撃魔法にも耐えられる強度があるはずなのだが。
「……相変わらず非常識ね」
「リリアに比べりゃマシだろう?」
「ま、それもそうね」
即座に納得したフィーは軽く右手を振り――その動作に合わせるように地面が次々と爆ぜた。
爆風で髪を揺らしながらキナが呆れ声を上げる。
「……結界に注意を引いておいて、地面に爆雷の魔方陣を仕込んどくとはねぇ。噂通り腹黒いじゃねぇか『漆黒』は」
「これ以上罠もなさそうね。じゃ、さっさと突入しちゃいましょうか」
「罠がないこと自体が罠っぽいが、賛成だ。ぐだぐだやってたら明日になっても終わらねぇ」
キナとフィーは迷うことなく扉を蹴破り、内部へと突入した。
外見は小さなあばら屋なのであるが、フィーの言うとおり結界で見た目を誤魔化しているらしく、中は数倍の広さがあった。
壁一面には本棚が備え付けられ、怪しげな魔導書が乱雑に突っ込まれている。床には本棚に収まらなかったであろう本が積み上がっていて、その間を縫うように鍋やビーカー、魔石、薬草やナイフなどが散乱している。
「きったねぇ部屋だなぁおい」
「まったくね。もう少し綺麗にすればいいのに」
自分たちの部屋を棚に上げて酷評する二人だった。
「――やれやれ。挨拶も無しに突入してきて好き放題言ってくれるじゃないか」
部屋の奥。
机の上から目を離すことなくそんな文句を言ってきたのはまだ年若く見える男性だった。
通称、『漆黒』
漆黒のローブで常に全身を覆っている彼は、騎士団や魔導師団に包囲されているというのに慌てた様子を見せなかった。
「あ~、お前さん、『漆黒』で間違いねぇな?」
「あなたには騎士に対する傷害と妨害、建造物の破壊、民衆の扇動などの容疑がかかっているわ。私たちに同行してもらえるかしら?」
キナとフィーが臨戦態勢を取るが、『漆黒』は見向きすらしない。
「ちょっと待ってもらえるかな? もう少しで論文が書き終わるんだ」
カリカリと羽根ペンを走らせる『漆黒』は、中々に調子よく論文とやらを執筆しているようだ。
「……どーするよ?」
キナがフィーに確認すると、フィーはキナに対して念話の“道”を開いた。
もちろん黙っていては不審がられるので、表向きは普通の会話を行う。
「あの『漆黒』の最新論文はとても気になるわよね。個人的には待つべきだと思うわ」
――少し待つべきね。
「おいおい」
――何かあるのか?
「半分冗談よ」
――床にいくつか召喚術の魔方陣が書いてあるわ。魔力を通すだけで発動する系の。
「半分は本気なのな」
――解除できるか?
「だって犯罪者なのはとにかく、召喚術に関しては王国一の腕前なのよ?」
――できるけど、時間はかかるわね。
「これだから魔術バカは」
――じゃ、なるべく時間を稼ぐとするか。
「あなたにバカと言われると死にたくなるわね」
――そういうことで。
当面の予定を確認し、フィーが解呪に取りかかると『漆黒』が顔を上げた。どうやら論文を書き終えたらしい。
満足そうな動作で論文を書いた紙を纏めた『漆黒』は、その論文に改めて目を通したあと――床に投げ捨ててしまった。あっさりと。興味を失ったかのように。
事実、興味を失ったのだろう。
魔導師団長だった頃から、彼の性格は変わっていないようだ。
床に散らばる論文をもったいなさそうに見つめながら、フィーは努めて真面目な声を絞り出した。
「……ねぇ『漆黒』さん。召喚術の権威であったあなたに一つ聞きたいのだけれど、人がドラゴンを召喚することは可能かしら?」
「ほぅ? 面白いことを聞くね? 今、何かと話題の“竜使い”のことかな?」
「…………」
当然のことだが“竜使い”に関してはごく一部の人間にしか知らされていないことだ。王都から離れたこんなあばら屋で暮らす『漆黒』が知っていていい情報ではない。
いったいどこからその情報を得たのか。
冷や汗を流すフィーを嘲笑うかのように『漆黒』は右手を胸の高さまで上げた。
「ドラゴンを召喚すること自体は簡単だ。特定の召喚陣に必要分の魔力を通せばいいだけのこと。――このようにね」
直後。
あばら屋の床一面が強く光り輝いた。一つの巨大な魔方陣と、それを取り囲むように描かれた五つの魔方陣が露わになる。
「召喚陣の多重起動!?」
「しかも六つ同時とは、中々やるじゃねぇか」
驚きつつもキナとフィーは即座にあばら屋の外へと出た。召喚される“それ”や壊された建物の下敷きになるなど笑い話にもならない。
安全圏にまで退避した二人が見たのは高さだけで二十メートルを超える巨体。視界を覆うほどに大きな翼に、鋼鉄よりなお固い鱗。
ドラゴン。
燃えるような赤い鱗からして、レッド・ドラゴンだろうか?
そんなドラゴンの足元で『漆黒』が肩をすくめた。
「この通り。人でもドラゴンを召喚することは可能だ。ただし、命令は聞かないがね。そもそもドラゴンは誇り高き生き物。矮小な人間に呼び出された時点で怒り心頭だろうよ」
彼の言葉を証明するかのようにドラゴンが咆吼した。ただの叫び声であるが、それ自体が攻撃力を持ってキナとフィー、そして騎士団や魔導師団に襲いかかる。鍛えていない人間ではこれだけで吹き飛ばされるだろう。
フィーが彼女らしからぬ大声を発した。
「魔術師団! 第一種防護結界展開! 急ぎなさい! 聖騎士と第二騎士団は魔導師団の後ろへ回って! ドラゴンのブレスを喰らったらそんな鎧は一瞬で溶かされるわ!」
突如として現れたドラゴンを見て大混乱に陥る騎士や魔導師だったが、フィーの命令に従って慌ただしく迎撃準備を整えようとする。
そんな彼らの様子を嘲笑いながら『漆黒』は新たな召喚陣を起動させた。
召喚されたのは上半身が鷲、下半身がライオンの特徴を併せ持つグリフィン。鷲の羽根は自在に天を駆け、牛数頭を掴んで飛べるほどの力があるという“幻獣”だ。
ドラゴンとは違い、グリフィンは『漆黒』に懐いているようだ。嬉しそうに頬ずりしたあとは、自らしゃがんで『漆黒』を背中に乗せる。
グリフィンが羽を広げ天へと飛び上がった。高度こそ低いが巧みにドラゴンの死角へと回り込む。
すぐに逃亡しないのはおそらくドラゴンと魔導師団の戦いを見学する腹づもりなのだろう。
ドラゴンは最初こそ召喚主である『漆黒』に敵意を向けていたが……『漆黒』を見失ったせいか、あるいは獲物の数を優先したのか魔導師団とその後ろに退避した騎士団に照準を合わせた。
ドラゴンが巨大なる顎を開き、魔力を口元へと集中させた。
――ドラゴン・ブレス。
もし直撃すれば王都の城壁すら崩壊するであろう一撃。
そんなブレスが魔導師団の防護結界を直撃する。ヴィートリアン王国の中でも最精鋭と呼べる魔導師が集まって形成した結界であるはずなのに、ブレスによってきしみを上げた。
一度ならば何とか防げる。
しかし、ドラゴンにとってドラゴン・ブレスはそれほど特別な攻撃ではない。一度防がれたのなら二度三度と繰り返せるだけの余裕がある。
魔導師団が集結してやっと防げるかどうかの攻撃を、いとも簡単に連発してくる。それこそがドラゴンであり、本来であれば人が対抗することは不可能な存在だ。
槍一本でドラゴンを討伐してしまう“神槍”ガルドや、稟質魔法で瞬殺してしまえるリリアが規格外の常識外であるだけで、ドラゴンとは騎士団の全滅や王都の壊滅を覚悟しなければならない相手なのだ。
その有り様は生物というよりは災害に近い。
そんな災害を人為的に巻き起こした『漆黒』はしばらく愉快そうにドラゴンと魔導師団の攻防を眺めていたが、それにも飽きたのかグリフィンにさらなる上昇を命令した。
逃げようとする『漆黒』に対し、キナが静かに問う。
「お前さん、何が目的だ?」
「目的? 決まっているよ。――復讐さ。この腐った国に復讐しなければならないのさ」
朗々と語る『漆黒』にフィーが少し呆れ気味の声をかける。
「魔導師団長をクビになったことがそんなに悔しいの?」
「ははは、見当違いも甚だしいね。むしろ『彼』には感謝しているさ。こうして自由気ままに復讐の準備を出来るのだからね」
では、また会おう。
そう言い残して『漆黒』とグリフィンは大空へと消えていった。
「復讐ねぇ」
「腐っている、ね」
「ま~腐っている部分があることは否定しないがな。それなりにいい国だと思うぜあたしは」
「改善点はまだまだあるけど、改善しようとしているだけまだマシよね」
「だな。……とち狂った復讐者は追々捕まえるとして、まずはドラゴンを何とかしなきゃだな」
今は数の多い魔導師団や騎士団に気を取られているが、その敵意がいつ人里に向かってもおかしくはない。なにせこのドラゴンは『矮小な人間』に呼び出されて不機嫌の極みにあるのだ。街の一つや二つ滅ぼしても不思議ではない。
さすが王国が誇る魔導師団と、教会の誇る聖騎士団だけあってドラゴン相手にもよく防いでいる。が、長くは持たないだろう。
「キナ。私がドラゴンを引き付けておくから、その間にリリアちゃんを転移魔法で連れてきて」
「ま、リリア案件だわなこれは。さくっと行ってくるか」
そうしてキナはレナード家の王都別邸を目指して転移した。
◇
はいこんにちは。みんなの心のアイドル (きらりーん♪)リリア・レナードちゃんです。
今日も今日とてエレナ様から猫かわいがりされていたら、急に転移してきた姉御に拉致された薄幸の美少女とは私のことさ。
で。
転移して連れてこられた目の前にはドラゴンさん。しかもドラゴン (状態:激怒)ですよ。一体私が何をした?
「じゃあ、リリアよろしくな」
「遠慮なく『ボキッ』といっちゃっていいわよ?」
私に丸投げな姉御と姉弟子である。というか二人が揃ってるならドラゴンにも勝てるだろうに……。
「私たちだと犠牲無しというのは難しいもの」
「それに比べてリリアの稟質魔法なら安心安全、瞬時に決着が付くからな」
うんうんと頷く姉御と姉弟子。
王宮大神官と魔導師団長から当然のように丸投げされた私は力の限り叫んだ。
「なんで9歳児がドラゴンを相手にしなきゃいけないの!? 私の目指す平穏なスローライフはどこ行った!? くっそう、どうしてこうなった!?」
……あ、もちろんドラゴンは貪り喰らうもので瞬殺したよ。放っておくと危ないからね。
ちゃんと『ボキリ』とやる前に警告はしたし、私は悪くない。……と思う。
むしろドラゴンを相手にするよりも、ドラゴンの死体を食べようとする妖精さんvs素材を確保しようとする私&姉御&姉弟子との戦いの方が大変だったね、実際。
対ドラゴンの強さ
リリア> 瞬殺の壁 >ガルド> 犠牲無しの壁 >キナ&フィー>>> 人間としての壁 >>> 騎士や魔導師
次回、21日更新予定です。




