プロローグ とある少女。 (マリー視点)
マリー:リリアに自分を殺してくださいと頼んできた少女。 第47部分、第48部分参照。
プロローグ とある少女。 (マリー視点)
8年前。
我がヒュンスター侯爵家は領地に出現したドラゴンを討伐しました。
もちろん生まれたばかりだったわたくしに当時の記憶はありませんが、討伐の際に大魔術師であったお母様は名誉の戦死。その他、相応の犠牲を払った薄氷の勝利だったと聞き及んでいます。
そして受けたのは竜の呪い。
思い出すのは“竜化”の昔話。
昔々。聖剣によってドラゴンを退治した少女は、竜となる呪いを受けたとされています。何百年も前の、我がヒュンスター家に伝わる昔話です。
もちろんただの昔話ですし、ヒュンスター家の女が代々竜になったという記録もありませんが……。今回、その昔話が現実になってしまったのです。
現在、ヒュンスター家の女はわたくし一人。
必然的に、竜化の呪いはわたくしへと降り注ぎました。
『可哀想に』
『呪いさえなければ幸せな結婚ができるだろうに』
『どうしてこの子が不幸にならなければ……』
周りの大人たちは表向き同情し、裏ではわたくしのことを恐れていました。
まぁ、もしも自分の子供とか姪っ子がドラゴンに変身するとしたらわたくしでも恐れるでしょうし、これは仕方のない反応です。
幸いにしてドラゴンになっているときの記憶はありますし、力も制御できています。
ですが、いつドラゴンに変身するか分からないわたくしは、人間社会で生きていくことは叶わないでしょう。
ヒュンスター家に代々伝わる“制御の首輪”を付ければ一時的に竜化を防ぐことができます。
しかし、一度竜化を防いだ首輪は備え付けられた宝石が割れて使えなくなりますし、首輪の在庫も20を切った現状、もはや時間的な猶予は残されていないでしょう。
それに、今は記憶もあるし力も制御できていますが、いつドラゴンの状態で自我を失い暴走状態になっておかしくはありません。
なにせこれは“呪い”なのですから。
殺されたドラゴンが、『人がドラゴンに変身できるようになる』なんて便利なだけの呪いを残すはずがないのです。
昔話の“竜殺し”の聖女も、結局は竜化の呪いに苦しんで自ら命を絶ったとされていますし。
もちろんわたくしも人の子ですから、ドラゴンになることや自決することは御免被りたいです。
ヒュンスター家に残された文献や、王宮に残された資料なども調べ尽くしましたが、結局“竜化の呪い”を解く手がかりすら見つけることができませんでした。
お兄様が何とか連れてきてくださった“銀髪持ち”の方にもお願いしましたが、『解呪はできないですね』とのお返事でした。
お父様もわたくしのために色々と動いてくださっているようですが、結果は出ていないようです。
しかし、成果が皆無だったわけではありません。
ドラゴンについて調べを進める中で見つけたのは一人の少女の記録。
当時、わずか7歳の少女がドラゴンを倒したという王国公式の戦闘記録。
お母様が命を捨て、領兵や領民に多大な犠牲を払ってやっと討伐できたドラゴンを。たった一人で。無傷のまま倒してしまった『神に愛されし』少女。
リリア・レナード子爵家令嬢。
一体どんな方なのでしょうか?
それとなく情報を集めさせていたわたくしの耳に入ってくるのは、復讐に燃えるドラゴンを返り討ちにしたとか、一人でワイバーンを討伐したとか、魔法障壁付きの王都の城壁を吹き飛ばしたとか……。とにかく、常人では想像すらできないことばかりでした。
新たなる神話を築き上げるであろう金の瞳。
万物の裁定者たる赤き瞳。
伝説の勇者と同じ、銀の髪。
とある夜会で彼女を見かけたわたくしは、心臓が止まるかと思いました。それほどまでに美しく、それほどまでに気高かったのです。
普通なら。
不公平さに不満を抱くものなのでしょう。
理不尽さに怒りを抱くものなのでしょう。
普通なら。
なぜあの場所にいてくれなかったのかと。なぜお母様が死ぬ前にドラゴンを倒してくれなかったのかと。少女を恨んでしまうものなのでしょう。
ですが、わたくしは違いました。
憧れたのです。
凄いと思ったのです。
ドラゴンに変身できる私だから知ることのできる、ドラゴンの圧倒的な力。膨大な魔力に、固き鱗。自在に空を飛び回れる翼と、あらゆるものを焼き尽くすドラゴン・ブレス……。その気になれば王都を滅ぼすことすら不可能ではないでしょう。
それなのに、そんなドラゴンを、たった7歳の少女が倒してしまった。
名誉も、財産も、好きなだけ得られるというのにそれらを受け取った記録もありません。
こんな人に、と思いました。
人としての心を失い、ドラゴンとして討伐されるのなら。
汗臭く野蛮な騎士などではなく、どうせなら彼女のような美しく強い人に。
わたくしは、殺されたいと願ったのです。
◇
初めてその御姿を拝見させていただいた夜会では、あまりの美しさにお声をかけることができませんでした。どうして勇気を出せなかったのでしょうあのときの私?
リリア・レナード様――いえ、殺していただくのですからこの呼び方は少し他人行儀でしょうか? かといってリリアと呼び捨てにするなど神に対する冒涜にも等しい行為。敬意を表しつつ、殺し殺されの間柄にふさわしい呼び方となると……。
……お姉様、でしょうか。
衝撃です。
自分で自分を褒め称えるしかありません。お姉様。リリアお姉様。何と素晴らしく甘美な響きでしょう。まるで千年、いえ万年前からお呼びしていたかのような『しっくり』さ。この呼び方を思いついた私はやはり天才であるに違いありません。
お姉様。
わたくしはお姉様に殺されたい。
ですが、お姉様のように気高く美しく崇高な存在が、何の罪もない少女を殺してしまうことはないでしょう。
ですから、わたくしは“悪い子”になることにしました。
お兄様がコソコソと準備していた、禁書級魔導書“変竜の書”の強奪。
それにわたくしも協力することにしたのです。
変竜の書に期待などしていません。
本を読んだだけで人から竜になれるはずがありませんし、過去にほとんど例のない“竜化の呪い”の解呪方法が都合良く研究され記載されているとは考えがたいですから。
そもそも、ドラゴンとは人間を遙かに超えた魔術使い。人間程度がドラゴンのかけた呪いをどうにかできるわけがありません。お兄様の連れてきた“銀髪持ち”でも解呪できなかったことがいい証拠でしょう。
お兄様には悪いですが、わたくしが騎士たちを襲い、変竜の書を強奪したのは『悪い子』になるため。何の罪もない騎士を傷つけ、禁書となった魔術書を強奪し、咎人として遠慮なくお姉様に殺されるためなのです。
わたくしの想定通り、変竜の書を使ってもわたくしの呪いに変化はなく。
わたくしは、想定通り『悪い子』になることができました。
お兄様は『どうして……どうしてだ?』と頭を抱えていましたが、わたくしとしては大満足。あとは自我を失う前にお姉様に殺してもらうだけ。
あぁ、リリアお姉様。
早く、早くわたくしを殺してくださいませ。
ナユハ → ネガティブ方向にアレだった人。
マリー → ポジティブ方向にアレな人。
リリア → 気高く美しく崇高な存在(笑)
次回、5月6日更新予定です。




