アナザーストーリー 原作ゲームのリリアさん (リュース視点)
正確には『原作ゲームにもっとも近い世界線のリリアさん』です。
もちろんリュースは女の子。
ブックマークが1,000越えていた記念短編です。
アナザーストーリー 原作ゲームのリリアさん (リュース視点)
「……やれやれ」
中庭の端、木々に囲まれたわずかな空間に座り込みながら私――リュース・ヴィ・ヴィートリアは深いため息をついた。
15歳になり、魔法学園に入学してから一週間。こうして休み時間は押し寄せる令嬢たちから逃げ回る日々を送っている。
いくらこの学園が『学徒としての立場は平等』という理念を掲げているとはいえ、王太子である私と、本人が爵位を持っているわけではない貴族令嬢との間には確固たる身分の差がある。
本来であれば彼女たちは私に近づくことも出来ないはずだし、本来であれば彼女たちもそのくらいわきまえているだろう。
その『本来』が機能していない原因は、私にある。
一応私にも婚約者はいるが、お世辞にも良好な関係とは言えないし、それは周りの人間にも悟られているだろう。しかも王族が少なすぎる現状においては、かつての『右妃』、『左妃』のように複数の妃を娶り、なるべく多くの子供を残さなければならないのだ。
現在の婚約者と不仲で、割り込む余地がある。さらに男児を産めば『国母』となることが出来るのだ。婚約者のいない貴族子女たちが『未来の国母』を目指して暴走するのも致し方ないことなのだろう。
すべては婚約者と不仲である私が悪い。
けれども、私にも言い分はある。
いくら王太子とはいえ、いくら男装しているとはいえ、そもそも私は『女性』なのだ。
男性を見て胸が高まった経験は今のところないが、それでも、女性の恋愛対象は男性であるべきだという常識がある。
婚約を交わすときに女性であると告白できれば良かったのだが、万が一婚約破棄となった場合を考えれば事実を伝えるわけにもいかず……。結果として婚約者と二人きりになってもギクシャクしてしまう現状となっているのだ。
いや魔法を使えば女性同士でも子作りが出来るということは理解しているのだが、かといって婚約者である彼女とそういう関係になれるかというと……。
「……憂鬱だ」
何度目かも分からないため息をつくと、喧噪が耳に届いた。どうやら私を探す貴族令嬢の一団が近づいてきているらしい。
同じ女性として、彼女たちの結婚活動にかける情熱には理解を示すべきなのだけれども。それでも『自分が自分が』と身を乗り出してくる彼女たちを相手にするのは疲れてしまう。
というわけなので私はまた逃げることにした。転移魔法によって比較的自由に移動できるが、問題は休み時間が終わるまで心の平穏が保てるような場所がこの学園にあるのかということ――
「――あぁ、あそこがあったな」
思い至った私はすぐにその場所へと転移した。
◇
転移した場所は図書室前だった。
正確には、いきなり図書室の中に転移しては誰かいた場合に驚かせてしまうので、図書室から少し離れた物陰への転移だ。
周囲に気を配りながら図書室の入り口へと移動する。
目の前に現れたのは過大な彫刻が施された扉。この学園は無駄な場所に金を掛けすぎだと思う。
(まぁ、貴族が通う学園で、『王立』なのだからある程度は仕方がないのかもしれないな)
王権を維持する上で権威付けは必要なのだから。
……ただ、権威付けの結果として『この図書室にある本は王家からの寄贈品。万が一傷つけたり紛失したりしたら不敬罪で首を落とされる』という噂が広まってしまっているみたいだが。
(上位貴族の子息子女はさすがにそんな勘違いはしていないが、そういう上位貴族の屋敷には立派な図書室があるものだしなぁ)
上位貴族は学園の図書室など使う必要がなく、中位や下位貴族はギロチンを恐れて近づかない。それなりの予算を組んで蔵書を集めたはずなのに、図書室としては何とも本末転倒な状態にあるものだ。
(恋人との密会に使うなら好都合かもしれないが……って、何を考えているのだ私は)
思わず頭を掻く私。
男装しているのでもちろん後ろ髪は短く整えられている。
正直、貴族女性らしい長い髪の毛に対する憧れがないわけではないけれど、だからといって伸ばすわけにもいかないのだから諦めるしかないだろう。
わずかに下を向き、恒例となったため息をついてから私は図書室の扉を開けて、中に入った。
囁くような声が聞こえた。
あまりに小さかったので何を言ったのかは分からなかったけれども。先客がいたことは理解したので私は『穏やかな王太子の顔』を作りつつ顔を上げた。
まず目に飛び込んできたのは、漆黒。
漆黒の衣装。
100年ほど前までは特定の人物以外は着ることを許されなかったという特別な色。
それほどまでに黒を特別視しているというのに、黒髪の人間に対する差別感情はあるのだから人間というものは分からない。……と、思考が別の場所に飛んでしまったのはこの場所で“彼女”に出会うことが想定外であったせいか。
――リリア・レナード子爵家令嬢。
この学園で彼女を知らない者はいないだろう。
王国一の大商会『レナード商会』の娘であり、6年前、わずか9歳で『神授の薬』ポーションをヒトの手に取り戻してみせた人物。
そして、数百年ぶりに現れた聖女。
聖女であることを示すため。彼女は漆黒の修道女服をその身に纏っている。その生地は建国神スクナ様が織ったとされる聖遺物であり、数千年経った今でも痛みはなく、所々に施された金糸の刺繍もまるで新品のような輝きを放っている。
こほん、とレナード子爵令嬢が小さく咳払いをした。まるで仕切り直しをするかのように。
「おや、誰かと思えば王太子殿下じゃないか。こんな場所で出会うとは奇遇だね。ボクとしても想定外だけれども……ふふ、これもまた“運命”というものなのかな?」
「え? ……え?」
聞こえてきたレナード子爵令嬢の発言が信じられなくてとぼけた反応をしてしまう私である。
いくら『学徒としての立場は平等』という理念があるとはいえ王太子に対する言葉遣いにしては乱雑に過ぎるし、何より、『ボク』という一人称はあまりにもおかしく感じられた。いわゆる女性らしさからかけ離れすぎている。
「男装しているキミに女性らしさを語られたくはないかな」
「…………、……え?」
レナード子爵令嬢の言葉が信じられなくて目を見開く私。
レナード嬢が何かをつぶやいていたけれど、やはり小さすぎて聞き取れなかった。それに、今重要なのはレナード子爵令嬢の呟きではなくその前の発言だ。
男装と。彼女は確かに口にした。
一体どういうことだろうか?
今まで私は(真実を知っている者を除いて)男性であることを疑われたことはない。幸いにして女性にしては高身長であるし、胸部についてもリリア嬢のような女性らしさが皆無であるためだ。
……なにやら『人、それを貧乳と言うー』という空耳が聞こえたが、きっと気のせいだ。
私が軽く頭を振るとリリア嬢が右手を動かした。
「…………、……ふふ、すまないね。ついつい“視て”しまったようだ」
どこか妖艶に笑いながら。レナード子爵令嬢は自らの左目に手を添えた。なにやら妙に格好いい所作だ。『中二病ー』、『ジョ○ョ立ちー』という声が聞こえたのは気のせいだろうか?
いや、重要なのは所作でも空耳でもない。彼女の有する左目の色だ。
――金瞳。
建国神スクナ様と同じ瞳であり、神でしか持ち得ないとされる色。その瞳は千里の先を見通し万物の理を読み解くという。
途端、全身に怖気が走る私。
冷静になって考えてみれば。図書室に入ってからの私は驚いてばかりでまともな言葉を発していない。だというのに会話が成立しているのは――レナード子爵令嬢が、私の心の中の発言に返答していたからに他ならない。
レナード子爵令嬢は人の心が読めるのだろうか?
「ふふ、レナード子爵令嬢では少し長いからね。普通に『リリア嬢』だけで構わないよ?」
心を読めるとは断言せず。しかし読んでいると暗に示すレナード子爵令嬢の提案だった。
「……では、リリア嬢と」
「あぁ、よろしく頼むよ王太子殿下」
不敵に笑うリリア嬢。
そんな彼女を見て。そんな彼女から『王太子殿下』と呼ばれて――なぜか、なぜだか少しだけ寂しい感じがしてしまった。
「……私のこともリュースで構わないよ」
考える前に。私はそう口を滑らせていた。
「……どうしてそうなった?」
つぶやきが今度はハッキリ聞こえた。
一瞬だけ頬をひくつかせ、すぐさま不敵な笑みを浮かべるリリア嬢。
「…………」
「…………」
「…………」
なんというか、分かり易いなこの子。
「キミ、初対面の人に対して失礼すぎやしないかな?」
「あぁ、失礼。なぜだか初めて会った気がしなくてね」
「……奇遇だね。ボクも初めて会った気がしないよ」
ため息をついてからリリア嬢は頭に被った頭巾を取り、近くのイスに座った。この大陸に十人ほどしかいないとされる銀髪が露わになる。
リリア嬢の後ろ髪は肩にかかる程度しかなく、貴族女性としてはありえないほどに短いけれど。それでも私よりは長くて『女性らしい』し、なにより細やかに編み込まれていてとても綺麗だ。
「……キミは一応男性なのだからね。あまり女性の髪を見つめない方がいいよ?」
「あぁ、失礼。とても綺麗だからつい見惚れてしまったよ」
謝罪しつつ私はリリア嬢と対面する位置のイスに腰掛けた。
「……………… うちのメイドさんが毎朝こだわって編み込んでいるからね。綺麗なのは当然だよ」
私は心が読めないはずなのに、リリア嬢がとぼけていることが手に取るように分かってしまった。
なんだこれ可愛いな。
「……ほんとーに失礼な子だねキミは」
「くくっ、すまないね」
自分でも説得力のない謝罪をしていると、リリア嬢が深々と、それはもう深々とため息をついた。
「キミ、私のことが恐くないのかい?」
「噂に聞く限りでは恐い人だと思っていたかな?」
「……参考までに、その噂とやらを聞いてしまってもいいかな?」
「そうだねぇ。槍を突き刺して生き血を啜るとか、貧民街で年若い少女を拐かしてるとか、国王陛下をぶん殴ったなんて噂話は聞いたことがあるかな」
「人の噂というものは、本当にどうしようもないね……」
「まったくだ。実際のリリア嬢はこんなにも可愛らしい女性だというのに」
「……よくもまぁすらすらとそんな恥ずかしいことを口にできるものだね。さすがは乙女ゲームのメインヒーローと言ったところか」
痛そうに片手で頭を抱えるリリア嬢だった。正直、後半は何を言っているのか分からなかったけれど、わずかに頬を赤く染めた彼女はとても可愛らしかったのであまり気にならなかった。
ちなみに。彼女が読んでいた本は『よくわかる女心 ~幼なじみから恋人に 編~』だった。
心が読めても女心は理解できないらしい。
シャーリーさんがあのときリリアと一緒に遊ばないで逃げ出すと、この世界線(への可能性)が爆誕します。
(第21部分 閑話 父と秘書 参照)
ブックマークが1,000越えていた記念短編です。
……乙女ゲームじゃなくてギャルゲーだこれ。
次回、28日更新予定です。
 




