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幼女ヒロインは女の子を攻略しました ……どうしてこうなった?  作者: 九條葉月
第三章 男装の王太子編

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閑話 ナユハさんのとある一日。(ナユハ視点)



 閑話 ナユハさんのとある一日。(ナユハ視点)




 ――よく悪夢を見る。


 見始めたのは比較的最近だ。自分のせいで少女たちが誘拐され、売り飛ばされそうになっていると知ったときから。それに関連してデーリン家の歩んできた道を知ってから。私は悪夢にさいなまれるようになった。


 悪夢の中で私は責められていた。今までデーリン家が不幸にしてきた人間たちから。


 詐欺。

 強盗。

 恐喝。

 誘拐。

 奴隷。

 麻薬。

 殺人。


 デーリン伯爵家はありとあらゆる犯罪に手を染め続け、ときには敵国と通じて革命を起こそうとしたこともあるらしい。


 私は間違いなくそんなデーリン家の娘であり。

 被害者からしてみれば。子孫というだけで恨むに足る理由となるのだ。


 ……私が鉱山で仕事に打ち込んでいたのは贖罪のため。だけれども、もう一つ理由があった。仕事で疲れ果てて泥のように眠ると悪夢にうなされる可能性がグッと低くなるためだ。


 贖罪のためとうそぶきながら。この血に流れる罪から逃れるための手段にしていた。


 ほんとうに。私はどうしようもない人間だ。





 ――朝。

 ふかふかのベッドで目を覚ました私は、まだ眠っていたいという欲望を振り切って上半身を起こした。


 睡眠時間が足りなかったのかついつい布団を撫でてしまう。

 悪事によって財をため込んでいた、デーリン伯爵家にいた頃でも体験できなかったほどの柔らかさ。


 王国一の大商会『レナード』の長女であるリリアは基本的に最高級品で周りを固められていて、それはベッドであろうとも変わりはない。


 そんな最高級の柔らかさを私も毎日享受することが出来ている。

 もちろん、いくらレナード家とはいえメイドである私に最高級ベッドを与えることはない。私の私室として準備されたベッドはごくごく平均的な庶民向けの硬いベッドだ。


 ではなぜ私が最高級ベッドの柔らかさを毎日享受できているかというと――



「――だめ、ナユハ……。メガネを外して『ほんとの私デビュー』なんてやっちゃ駄目……そんな妄言はコンタク(トー)の陰謀なんだよ……」



 私はメガネなんて掛けていない。

 内心でそんなツッコミをしつつ視線を動かすと、ベッドの上で上半身を起こした私のすぐ隣で(・・・・・・)リリアがうなされて(?)いた。


 そう、すぐ隣。

 同じベッドの上。

 まぁつまり、私とリリアは同衾――だと、ちょっと生々しいかな。毎日一緒に眠っているのだ。


 別に性的な意味ではない。

 散々妖精様からからかわれたから断言するけど、変な意味ではない。


 ただ、私が悪夢にうなされていると知ったリリアが『じゃあ一緒に寝ようか』と提案して、私が流されてしまっただけのこと。決して、絶対に、変な意味は込められていない。



『ナユハはそうかもしれないけどねー』

『リリアはどうかなー?』

『純粋無垢な善意とは言い切れないかもー?』

『何だかんだで美少女好きで、何だかんだでナユハのことが大好きだものねリリアはー』



 妖精様がそんなことをつぶやいていたけれど、私には何も聞こえなかった。友達からの純粋な善意を汚してはいけないと思ったから。



『最近はナユハもスルースキルを身につけちゃったねー』

『悲しいことだよー』

『ナユハたんがスレてしまったー』



 人聞きの悪いことをほざく妖精様だった。もしも私がスレてしまったのだとしたら、それは八割方妖精様とリリアに原因があると思う。


 さて。そろそろメイドとしての仕事にかからなきゃいけないのだけど、妖精様を無視し続けるとあとが恐い。仕方ないので私は身支度を整えつつ稟質魔法(リタツト)で『床や壁から飛び出す腕を回避しろ! ゲーム』をして妖精様を満足させたのだった。





 リリアは貴族令嬢なので遅くまで寝ていてもいい。

 けれど、私と同じくメイドである愛理はさっさと起こさなきゃいけない。


 愛理は私とリリアが同衾――じゃなかった、一緒に寝ると決まってから『じゃあ私も負けていられないね!』と一緒にベッドに入るようになった(リリアのベッドは広いので三人や四人くらい余裕だ)のだけれども、寝相が悪すぎてすぐにどこかへ行ってしまう。


「……いた」


 今日の愛理は天井付近でぷかぷか浮かびながら熟睡するという器用なことをしていた。元気いっぱいなので忘れがちだけど愛理は幽霊、ああしていても不思議じゃないのだろう。


 ……いや幽霊が夜中に熟睡するのって常識的にどうなんだろうとは思うけど、まぁ愛理に常識を語っても意味はない。


「愛理。朝だよ。朝食の準備に向かいましょう」


『……だめ、ナユハちゃん。すぐにそのメガネを外すの……度入りメガネによって美少女の顔の輪郭がズレることは絶対に許されないのだから……』


 リリアと似たような寝言をほざいていた。内容は正反対だけど。

 声を掛けても起きる気配がなかったので、私は容赦なく稟質魔法(リタツト)を伸ばして愛理の足首を掴み、床にまで引きずり降ろした。


 ちょっと勢いよく引っ張りすぎて愛理と床が強めの接触をしたけれど、うん、毎日寝坊するのだからこれくらいのお仕置き――じゃなかった、事故には目をつぶって欲しいところ。


 やっと目覚めた愛理はキョロキョロと辺りを見渡して、不思議そうに肩を回した。


『なんだか全身が痛いような? 寝違えたかなぁ……?』


 首をかしげる愛理を急かしてメイド服に着替えさせ、まずは食堂に向かう。


 道中、先輩メイドさんに会ったので挨拶をする。


「おはようございます、ヤイさん」


「おはよう、ナユハちゃん。愛理ちゃん。愛理ちゃんはまた寝坊したのかしら?」


 さすがはレナード家のメイドさん。愛理の寝ぼけ眼から正確に状況を察してしまったみたい。……いつものこと過ぎて簡単に予測できたとも言う。


 事実を指摘された愛理が不思議なポーズを決めた。よくリリアと話している『かめんらいだー』というものかな?


『おっとヤイさん、人聞きの悪いことは止めてもらいましょう! 私が寝坊したのではありません、太陽が少しばかり早く昇りすぎただけなのです!』


 なんというか、類は(リリア)を呼ぶって本当なんだね。


 先輩メイドのヤイさんもちょっと呆れ顔。ちらりと私を見て『ナユハちゃんも大変ね』と瞳で語りかけてきた。私も『いえ、いつものことですから』と瞳で返事をする。


 くすくすと笑ってからヤイさんは歩き去って行った。


 レナード家の使用人の皆さんは黒髪黒目な私や愛理を見ても軽蔑したり嫌悪を顔に浮かべたりはしない。

 とても教育が行き届いている――というよりは、ガルド様やリリアが素っ頓狂なことをやり過ぎて『黒髪黒目? 不吉とか不幸を呼ぶとかどうでもいいわ! 常識があって話が通じて余計な仕事を増やさないのなら!』というのが本音らしい。


 なんということでしょうー。リリアは知らず知らずのうちに私と愛理を救ってくださっていたのですー。


『なんだろう、ナユハちゃんがものすっごい棒読みをしている気がする……』


 気のせいじゃないのかな。





 私と愛理はリリアの専属メイドという扱いだ。ちゃんと契約書も交わしたし、お給金もいただいている。


 けれど、四六時中リリアと一緒というわけではない。午前中はリリアの習い事が忙しいので私たちは普通のメイドとしての仕事をしている。


 専属メイドなのだから本当は習いごとのときもお側に控えているべきだ。けれど、私が側にいるとリリアが無駄にかっこつけようとして失敗し、周りに甚大な『どうしてこうなった!?』を振りまくので別の仕事をするようになったのだ。


 仕事としてはたぶん平均的なメイドさんと一緒。掃除と洗濯、食材の下ごしらえ。庭の手入れ等々。完璧にはほど遠いけれど大きな失敗もしない、そんなメイドさんをやれていると思う。


 まぁ、黒髪黒目なので接客は辞退しているけれど。レナード家にいると忘れがちだけどまだまだ黒髪に対する差別は根強いのだ。


 旦那様は心優しく、メイドにも理不尽なことはしない。

 同僚は黒髪に対する差別感情を有さず、お嬢様(リリア)のお気に入りである私を嫉んだりもしない。

 ……避雷針的な役割を期待されている気がするけれど、たぶん気のせいだと信じたい。


 ともかく。就職先としてはこれ以上ない環境だ。


 平和。

 平穏。


 そんな時間は長くは続かない。

 具体的に言うと午後からは暇になったリリアが色々とやらかすからだ。


「正直私も忘れかけていたけれど、そろそろ水洗トイレを作ろうと思います! なぜなら私が元日本人だから!」


 昼食後。庭にある東屋のテーブルの上に立ってリリアがそんな宣言をした。


 テーブルに上るのは行儀が悪いと叱るべきだろうか? いやでもリリアは(他の人がいる場面では)ちゃんとした貴族令嬢の礼儀を使いこなしているし、気を許してくれている証拠なのだから無理に指摘しなくてもいいだろうか……?


 そんなことを考えているとリリアが少し大きめの紙を掲げて見せた。


 …………。


 ……なんだろう?

 羽根ペンで何かが描かれているのは分かるけど、何が描かれているのかはまったく読み取れない。


 真ん中にある丸っぽい物体は、島だろうか?

 となると周りの波線は海?

 もしかして建国神スクナ様が降り立ったと伝わる伝説の島?


 ……いやいや、トイレと言っているのだからトイレの設計図なのだろう、きっと。どこからどう見ても、どんなに目をこらしてもトイレには見えないけれど、きっとそうなのだ。



『へたくそー』

『へたくそー』

『へたくそー』



 妖精様の大合唱だった。もう少し『おぶらーと』に包んだ方がいいのでは?


「ぐはっ!」


 リリアがダメージを受けていた。

 助けを求めるような目で私を見つめてくる。

 友達として助けたいけど、ゴメン。理解できない絵に関して『ふぉろー』することはできないよ。


 私がそっと視線を逸らすとリリアはテーブルの上に膝をつきうなだれてしまった。


「そう、前世。前世の記憶を思い出したのが悪いんだ……。大人の腕の長さと同じ感覚で絵を描いているからこんな風な絵になってしまうんだ……」


 自分に言い聞かせるように語るリリア。たぶん大人と子供では腕の長さが違って、その認識の差でうまく絵が描けないと言いたいのだろう。


 でもリリアが前世の記憶を思い出してからしばらく経つのだし、槍に関しては問題なく振るえているのだからその言い訳は厳しいと思う。ただ単に生まれつき下手くそなのでは?


「ぐっはっっ!」


 私の心のツッコミを読んだようにリリアがダメージを受けていた。


 なんだか話が進まなそうだったのでリリアの背中を撫でつつ質問する。


「え~と、リリア。今度は何をやらかす――じゃなかった。なにをやろうとしているのかな?」


「ふっふーん! よくぞ聞いてくれました!」


 ガバッと起き上がったリリア。この子は何というか本当に心が強いよね。何があっても『どうしてこうなった!?』で済ませてしまうし。


 リリアが心の底から、年相応の少女らしく、感情を爆発させて泣きわめくことなんてあるのかな?


 私が内心でそんな疑問を抱いていると、なぜだか妖精さんたちが呆れたように肩をすくめていた。



『あのとき、友達ナユハ一人救えないと泣きわめいていたのにねー』

『知らぬは本人ばかりなりー』



 妖精様が何か話していたけれど、声が小さすぎて聞こえなかった。


 そんな妖精様の様子など気にも留めずにリリアが目を輝かせながら水洗トイレとやらの解説をしてくれた。


 簡単に説明すると、水系の魔石を便器に取り付けて、下水道というものに水で排泄物を押し流すというものらしい。

 なんでもリリアの前世とやらでは水洗トイレと下水道が普通だったのだとか。


 ちなみにこの世界のトイレはくみ取り式だ。リリアいわく『地球の中世や近世に比べればマシだけど、それでも『ボットン便所』は勘弁して欲しい!』だそうだ。


 一応は美少女なのだから便所とか大声で叫ばないで欲しいというのはワガママかな?


 そんなことを考えているうちにリリアはガルド様からもらってきたという水系の魔石を取り出した。


 結構大きめだけど、あれ、広場の噴水とかに使えるくらいの魔石じゃないのかな?


 嫌な予感。を、私が覚えている間にリリアが土魔法でイスのようなものを作り出した。リリアの前世における便器らしい。


 その便器に魔石を取り付けて、魔石に魔力を注入。さっそく実験を始めようとしたので私は慌てて距離を取った。


 いやだってあの魔石は噴水に使えるほどの水量を生み出せる大きさで、しかもこの国最大級の保有魔力を持っているリリア(手加減が超苦手)が魔力を注いだのだ。普通に水が流れるだけで終わるはずがないじゃないか。


 私と同じ考えなのか愛理も距離を取り、そんな私たちに気づくことなくリリアは魔石の力を解放して――


 ちゅどーん。と、およそ水系の魔石からしてはいけない音がした。


 便器に向けて発射(・・)された水流はそのまま便器の底をぶち抜き、なおも止まらず、巨大な水柱となって屋敷の屋根より高い場所へと便器を打ち上げた。


 空飛ぶ便器とかとても『しゅーる』だね。


 もちろんこの世界にも重力はあるので打ち上げられた便器はクルクル回りながら落下、地面に衝突して粉々に砕け散った。


「……どうしてこうなった?」


 首をかしげるリリアだけど、むしろどうして成功すると思ったのかとツッコミするべきだろうか?





 やらかしたリリアがリース様にお説教されたりしている間に夕飯の時間になり、夜も暮れて、就寝時間となった。


 いつものようにリリアがベッドの真ん中に寝転がり、左右に私と愛理が身体を横たえる。


 リリアはベッドに入るとすぐに眠ってしまう。ベッドの上ではメイドも主人も関係ないのでもう少しお喋りしたい気持ちもあるけれど……リリアは色々やらかしている――じゃなかった。未来の王妃として色々と叩き込まれているので疲れているのだろう。


 もちろん、リリア本人にそんな自覚はなさそうだけど。リース様はリリアがいつ王太子殿下の婚約者になってもいいようにと鍛え上げているみたいだ。


「…………」


 作り物のように美しいリリアの寝顔を眺めながら、自然と彼女の手を握りしめてしまう。


 正直、リリアと正式な結婚が出来るであろうリュース様が羨ましくないと言えば嘘になる。リリアが側に置いてくれるだけで望外の幸せだというのに、私はなんて欲深いのだろうか。


 本当に、私はどうしようもない。


 ……と、自分を責めたせいかは分からないけれど。


 その日は久しぶりに悪夢を見た。


 リリアと一緒に眠るようになってからは初めての悪夢だった。





 暗い空間にいた。

 どこまでも、どこまでも真っ暗で何もない空間。


 精神世界かもしれないし、異世界かもしれない。もしかしたら死後の世界というものかもしれなかった。


 事実は分からないけれど、分かっていることが一つ。

 このあと、私は悪霊たちから責め立てられるのだ。



『――お前のせいだ』



 地獄の底から響いてきたかのような声。

 いいや、実際に地獄からやって来たのかもしれない。


 振り向いた先にいたのは全身に火傷を負った男性らしき存在。初見であれば悲鳴を上げて腰が抜けるだろうけれど、何度か遭遇した私は少しだけ身体を硬くするだけで耐えることが出来た。


 顔の皮膚は完全に焼き爛れ、目は片方が潰れており、わずかに焼け残った髪の毛が悲壮さを際立たせている。



『――お前のせいだ』



 男が怨嗟の声をぶつけてくる。



『――お前のせいで、俺はこうなったのだ』



「……私のせいじゃありません」


 そう。私のせいではない。

 誰かは知らないけれど、たぶん歴代のデーリン家の人間が加害者となったのだろう。デーリン家の人間のせいで死んだ彼は、デーリン家の末裔である私で恨みを晴らそうとしているのだ。


 ……私には罪がある。

 罰を受けなきゃいけなかった。


 少し前までの私なら泣きじゃくり、彼に対して謝罪の言葉を並べただろう。


 けれど、リリアと出会ってから。

 私は過剰な贖罪を止めた。

 無関係な罪は切り捨てた。


 彼が死んだのはデーリン家の人間のせい。

 でも、私のせいじゃない。


 私のせいじゃないのなら、謝る必要なんてないし、贖罪のための行動もやらない。可哀想だとは思うし、罪悪感はあるけれど、だからといって自分自身を傷つけるつもりはない。


 私は決めたのだ。

 リリアの側にいるために。

 リリアを無意味に心配させないように。


 過剰な贖罪は、もうやらない。


「可哀想だとは思います。同情もします。でも、それだけです。私には何も出来ませんし、たとえ私を呪い殺したとしても、あなたに天国への道が開かれることはないでしょう」


 右手を固く握りしめながら、私は彼を睨み付けた。


 そう、右手。


 現実世界ではリリアと繋いだままであるはずの、右手を。


 そのせいかどうかは分からないけれど。



「――待てぃ!」



 世界で一番好きな人の声が響いた。


 声のした方を見上げると、どこまでも真っ暗だったはずの空間に、なにやら妙に高い岩山が存在していた。あんなものはなかったはずなのに。


 そして、そんな岩山の頂上に陣取る二人(・・)の姿。


 一人は暗闇の中でもなお光り輝く銀髪の少女、リリア。


 もう一人は――見たことがないのに、それでも会ったことがある。そんな人。


 腰まで伸びた漆黒の髪は風を受けて柔らかになびいている。

 瞳の色は血を啜ったかのような赤。

 肌の色は汚れを知らない初雪のような純白。


 そして、リリアそっくりの美貌。

 年の頃は二十代の後半くらいだろうか? リリアがこのまま成長して、髪を黒く染めたら“彼女”のようになるだろう。


 うん、見たのは初めてだけど、やっぱり会ったことがある。

 愛理の身体を借りていたあのときとは見た目は違うけど、それでもなぜか分かってしまう。


 ――水無覓璃々愛(リリア)


 リリアの前世にして、リリアに負けず劣らずの『とらぶるめいかー』な女性が、なぜかリリアと背中合わせで立っていた。


 いやいやどういう理屈? 何で前世と今世が並んで立っているのかな?



「――あー、ま、あんまり気にするな。胃に穴が空くぞ?」



 私のすぐ隣からそんな声が掛けられた。まったく気配がしなかったし、なんだったら姿を確認した今このときも気配を感じることが出来ない。


 銀髪。

 大人びた美人。

 左目をつぶっているのは視力がないからだろうか?


 女性なのに長い髭が生えているのかと錯覚したけれど、よく見ると顎髭のように作られた装飾品みたいだ。


 肩に担いでいるのは太い木の枝をそのまま使用したかのような粗造りの槍。


 会ったことはないし、初めて見た。なのに初対面ではないような気がする。そんな不思議な感覚があった。


「ふふ、その感覚は間違ってはいないさ。身体は違うが、先日会っているからな。人間でありながらのその慧眼、とりあえず褒めておこうかな。これからの成長に益々期待しておこう」


 どこが演技めいたその口調に聞き覚えがあった。

 オーちゃんと呼ばれていた女性。

 リリアの前世の前世で、異世界の主神を名乗っていた(ひと)


 確か名前は――女神(・・)オーディン。


「ほほぅ、一度しか名乗っていないのに良く覚えていたね。ご褒美としてナユハにも『オーちゃん』呼びを許そうじゃないか。ふふ、リリアのお嫁さんなら私の娘みたいなものだからね」


「あ、はぁ……ありがとうございます?」


「さて。リリアと璃々愛が一緒にいる理由だが、深く考える必要はないさ。ここは夢の中なのだからね。夢の中なら人は空を飛べるし、魔王を倒す勇者になれるし、辛い現実を忘れることも出来る」


「……つまり?」


「夢ということにしてしまえば、何でもありってことさ」


 イタズラを成功させたように笑うオーディン様――いや、オーちゃん様はどことなくリリアに似ているような気がした。


 と、岩山の上に陣取っていたリリアと璃々愛が交互に叫んだ。


「恨みを抱いて死ぬことは悲劇であるし、同情に値する!」


「けれど、無関係の少女を責め立ててよい理由にはならない!」


「自分勝手な恨みで罪なき少女を苦しめる――」



「「――人、それを『悪霊』という!」」



 ちゅどーん、と。二人の背後で七色の爆炎が上がった。何の意味があるのかはよく分からない。

 なんだかここにはいないはずの愛理が『きゃー! ロム兄さーん!』と絶叫したような気がした。



『だ、誰だ貴様!?』



 全身火傷の男性が、先ほどまでの怨念が嘘のように取り乱した声を上げた。そんな彼の詰問を受けてリリアと、璃々愛が同時に男を指差す。



「「貴様に名乗る名前はない!」」



 背後でもう一度大爆発。そろそろ岩山が崩れるんじゃないだろうか?

 いやあの二人は崩れた岩山に巻き込まれても何だかんだで生還しそうだけどね。


『おのれぇい! ここまで来て邪魔させるものか!』


 なにやら小悪党みたいな台詞を口走りながら全身火傷の男が腕を振り払った。それに呼応するかのように地面からゾンビやスケルトンが現れる。


 その数、地面を覆い尽くすほど。正確な数は分からないけれど万を超えていても不思議じゃない。


 そんな数のゾンビやスケルトンが現れたら男の近くにいた私は巻き込まれそうなものだけど、不思議なことに私とオーちゃん様の周りにはゾンビやスケルトンは寄ってこなかった。

 たぶん、オーちゃん様が結界を張ってくれたのだろう。


「……オーちゃん様はちょっと変だから、普通にオーちゃんでいいよ?」


 主神うんぬんは置いておくとしても、明らかに年上の女性を『ちゃん』付けで呼ぶのは少々違和感がある。けれど、本人が望んでいるのだから答えるべきだろう。


 ではオーちゃんということで。


 私とオーちゃんが頷き合っていると、リリアと璃々愛が人差し指と親指で輪っかを作った。

 その輪っかをそれぞれの目元へと当てる。


「天を悪意が包み込み!」


「大地に死霊が溢れても!」


「人が希望を捨てない限り!」



「「私たち(ヒロイン)に負けはない!」」



 目元に当てた輪っかが、閃光を発する。




「――必殺! 乙女ゲーム♪ ヒロイン☆ビーーーームッ!」




 びー、と。

 リリアと璃々愛の目元から光線が発射された。


 ちゅどど~ん、と。

 光線は大地をなぎ払い、ゾンビやスケルトンたちを次々に灰燼へと帰してしまう。


 なんだこれ?


 目から光線って、どういう理屈なんだろう? そんな魔法は存在しないはずだよね?


「ヒロインなのだから目からビームくらい出すだろう」


 真顔でそんなことをほざくオーちゃんだった。あかん、やはりこの人もリリアの同類だ。


『おのれぇい! ふざけるな! 俺の計画が! こんなふざけた展開で邪魔されてたまるものか!』


 なんだか全身火傷の男を応援したくなってしまう私だった。なんというか、ごめんなさい。リリアたちは (あれでも)真剣なんだと思います。


『もはやこれまで!』


 全身火傷の男が跳躍する。人間の力ではありえないほどの、見上げるほどの高さまで。


 男は空中で静止して、そんな彼の周りに黒い塵のようなものが集まってくる。

 あれは、先ほどリリアたちの光線で灰燼に帰したゾンビやスケルトンだろうか?


 塵芥になったとはいえ、元々は大地を覆うほどの大群だったものだ。その残骸が生み出した塵はかなりの量となり――男の全身を覆い隠すだけに留まらず、みるみるうちに肥大化していく。


 最終的に。

 男と塵は集結し黒い人型のようなものになった。その高さは想像を絶しており、リリアたちが立つ岩山は当然のこと、天を覆い隠すほどの巨体となっている。


「ほぅ、炎の巨人(スルト)を思い出すなぁ。まぁ実力は遠く及ばないが」


 しみじみとした声を上げるオーちゃん。まったく心配するそぶりを見せていない。普通ならあんな巨人を前にすれば絶望するものだと思うのだけれど。


 ……まぁ、かくいう私も心配してはいない。


 なぜならこの場所には『喜劇の演出者シリアス・デストロイヤー』が二人もいるのだから。


 リリアと璃々愛がそれぞれの手を握り、その手を空高く掲げてみせた。




「――今ここに物語(ものがた)る!」




「――喜劇の前に悲劇なし!」




「―― 一流を三流に!」




「――悲劇(かなしみ)喜劇(よろこび)に!」




「――今、天高く名乗り上げ!」




「――我が使うは神の業!」




「――世界を救う運命背負い! 聖なる乙女の祈りを捧げ!」




「――奇跡の果ての奇跡をもたらさん!」




「――ゆえに、我が名は!」





「――悲劇の破壊者(リリア・レナード)!」




 大気が振動した。


 地面が揺れた気がした。


「アホだ、アホがいる……」


 心底呆れ果てた声を上げたオーちゃんが私の手を握り―― 一瞬、目眩がした。


 気がつくと私はあの高い岩山、リリアと璃々愛の背後に移動していた。

 オーちゃんの転移魔法だろうか?


 私が隣のオーちゃんに視線を向けると、彼女は肩をすくめてから空を指差した。

 つられて目線を上に上げた私は、絶句する。


 暗闇だったはずの空を切り裂いて。


 星が落ちてきていた。


 その直径、天を覆うほどだった巨人よりもなお大きい。


 いわゆる隕石。

 ふぉーりんぐ・すとーん。


 ……これ、私たちも巻き込まれるんじゃ?


 転移してきた私たちの存在に気づいているのかいないのか。リリアと璃々愛はとても『てんしょん』高く語っていた。


「これこそソシャゲ版のSSR『裁きの聖女・リリア』の必殺技!」


「あまりに強力すぎて『もう、リリア一人でいいんじゃないかな?』となったバランスブレイカー!」


「マップ兵器にして最強の単体攻撃!」


「回数無制限にして自動追尾機能付き!」


「売り上げ月間第一位に押し上げた功労者!」


「その威力はまさに――」


 長々と解説している間に。黒い巨人に隕石が直撃していた。当然のことのように押しつぶされ『おのれぇ! これで終わると思うなよ!』と恨み言を残して消滅する巨人。そんな最後の悪あがきに気づくことなく技の解説を続けるリリアと璃々愛。


 正直、巨人に同情を禁じ得ない。


 巨人が消滅したせいか、どこまでも続くような暗闇に次々とヒビが入っていく。この段階でやっと巨人の消滅に気がついたリリアと璃々愛。妖精様から状況を説明されて「「どうしてこうなった……」」とうなだれていた。


 こっちの台詞である。



















 ――暗闇に男はいた。


 想定外の『ヒロイン』の登場によって一度は破れたものの、万が一に備えて準備していた予備の身体に魂を転移させたのだ。


 一度きりの技とはいえ、そのような高度な術を使えるのだから男の手強さが察せられるというものだ。


 全身を覆っていたはずの火傷痕はどこにもない。あんなものはしょせん『ナユハ』を追い詰めるために擬装していたに過ぎない。用が済めばわざわざ作り出す必要もなし。


 そう、もはや用済みだ。

 かつての『ナユハ』であれば十分に追い詰められたはずなのに。今の彼女は罪を完全否定した。罰を受ける必要はないと断言した。


「……計画の変更が必要だ」


 誰ともない独り言。


 けれども。

 それを聞いていた者がいた。



「――必要ないよ」



 凜としつつもどこか柔らかな声音。

 全身に怖気が走った男が振り向くと、そこには、この世のものとは思えぬほどの美女が立っていた。


 風になびく漆黒の髪は不吉の象徴であるはずなのに、それでもなお“美しい”としか表することが出来ない。


 瞳の色は赤。宝石のような輝きを発しているというのに、なぜだか鮮血を連想させてくる。



 ――水無覓璃々愛。



 リリアの前世。

 本来なら存在し得ない女性がそこにいた。


「ナユハちゃんは私の娘も同じ。ナユハちゃんを虐めたあなたに、明日の朝日は訪れないよ」


 平然と語る璃々愛を前にして、男は思わず高笑いをしてしまう。


「ふはっ! ふはは! 何を偉そうに! 魔力もなく聖女でもない貴様ごときに! この俺をどうにか出来ると思っているのか!?」


「あらー、痛いところを突かれちゃったね。確かに私には魔力はないし、聖女なんて清らかな存在じゃない。オーちゃんみたいな神様でもなければ、リリアちゃんみたいな“ヒロイン”でもない」


 でもね、と璃々愛が続ける。


「私にはこれがある」


 璃々愛が取り出したのは一本の槍。無駄な装飾など一切ない無骨な作り。見る者が見ればそれが行方不明であるはずの名槍『人間無骨』であると気がつくだろう。


 だが。

 いかな名槍であろうが。たとえ人の骨すら易々と貫く鋭さがあろうが。物理攻撃で男をどうにか出来るはずがない。出来ているなら男はリリアによって滅ぼされていたはずだ。


「ふははははっ! そんな槍で何が出来る!? 銀髪持ちで聖女であるリリアですら滅せられなかったこの俺を、そんな槍で倒せると思っているのか!?」


 高笑いを終えた男が璃々愛に向けて駆け出した。その両手には鋭い爪が伸ばされている。もしもその爪が振るわれれば、人間の肉体など容易く切り刻まれることだろう。


 その威力を正確に予測しながらも。

 璃々愛に慌てた様子はなく。

 ひどく冷静に。

 ひどくゆっくりと。

 彼女は槍を構えた。


「見せてあげましょう。これが本物の“天才”よ」


 一歩踏み込む。


 その構えに力はなく。その立ち姿は水の流れのように。


「絶技。水無覓流奥義――」


 法則。

 理屈。

 あるいは、運命。


 世界のすべてを見切り、御神が定めし(ことわり)すら斬って捨てる。


 ゆえに、その技の名は――


「――御斬理(ミキリ)


 とん、と。肩を叩くような軽さで。突き出された槍は男の胸を穿った。


「……は?」


 男が首をかしげた。槍の一撃など男の身体を傷つけることなど叶わないはずだし、致命傷を与えるなどもってのほかだ。


 なのに、男の胸には深々と槍が突き刺さっていて。

 その痛みは、男に『死』を予感させて。


「な、に……」


 男が驚愕で目を見開くが、現実が変わることはない。


 たった一突き。

 ただの槍。

 それなのに。

 その一撃は男にとっての致命傷となった。


「なぜ……なぜだ……なぜ、槍ごときで……」


 男の疑問に答えることなく璃々愛が槍を引き抜いた。糸が切れたマリオネットのように男の身体が地面に倒れ込む。


「汝、罪あり。悪党に転生輪廻の資格無し。八大地獄を練り歩き、その魂を擦り切らせろ」


 璃々愛の断罪を最後に。男の命は絶え果てた。









 璃々愛

「私格好良くない!? 超格好良くない!? 私主人公で小説一本書けるよねこれ!?」


 オーちゃん

「色々台無しだド阿呆が」 




次回、4月15日更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 真面目にしてればかっこいいのに…… [気になる点] 今更だけど人間無骨って森なんちゃらの十字槍よね? 今まで描写が曖昧だったけど十字槍ってことでいいのよね?
2023/12/02 21:55 退会済み
管理
[良い点] 前世の方もなかなかにチート
[一言] 流石に美少女が「便所」はどうなん? ま、幼女が「男引っ掻ける」って言ってたシーンよりかマシか ???「お父さァァァん! 姉ちゃんが男引っ掻けて帰って来たァァァ!!」
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