第3章 エピローグ
第3章 エピローグ
どうしてだ
どうしてこうなる
どうしてだ
リリアちゃん心の俳句。
笑顔のナユハと、まだ顔の赤いリュース。そして、この状況を全力で楽しんでいる愛理との間で厳正なる話し合いが行われた。
うん、三人の間で。私はなぜか蚊帳の外。何を言っているか分からないと思うが以下略。
とりあえず、リュースは私の“夫”。
ナユハは私の“嫁”。
そして愛理は私の“愛人”ということで話はまとまった。
……まとまったのかな? こじれてない? どうしてこうなった?
私の抗議などもちろんスルーされて。逆に『嫁を増やす場合は相談するように』と厳重注意された。
ちょっと待って。嫁ってそんな簡単に増えるものだったっけ? 二人も三人もできるものだったっけ? い、異世界の常識は変わっているなぁアハハハハ……。
◇
とりあえず、現実から目を逸らす。
と、他の現実が目についてしまうものであり……。
今日の私、実は最長記録を更新し続けている。
何かというと、物心ついてから今日に至るまでの“左目”使用記録だ。
細かく言えばずっと使っているわけではないけれど、『眼帯を付けていない』状態でこれだけの長時間活動したのは初めてだ。
そのせいだとは思うのだけど。
今日は妙に“左目”がこなれていた。
レベルアップの影響もあるのだろうけど、それだけじゃなくて、力の隅々まで使いこなせているような感じがする。
だからかな?
リュースの背後に“それ”を視てしまったのは。
「…………」
お爺さまは神殺しを成し遂げて神槍に至ったという。
ならば、私が神槍の名を継ぐためには神様の一人や二人討ち取る必要があるだろう。
ちょうどよく。
おあつらえ向きな存在もいることだし。ちょっとばかり神殺しに挑戦してみようかな?
アイテムボックスから愛用の槍を取り出す。銘は人間無骨。本物かどうかは知らな――あ、左目で見ちゃった。うん、本物だねこれ。道理で切れ味がいいはずだ。
人間無骨を構え、リュースに向ける。
もちろん王太子殿下を影ながら護衛していた人間たちが飛び出してきたけれど、私が『何か』をすると察したナユハが稟質魔法で護衛の皆さんを拘束してくれた。
「ひ、ひぃいいぃいい!?」
と、護衛らしからぬ絶叫が響いてくる。
あぁ、ナユハの稟質魔法って超ホラーだものね。地面から生えた真っ白い腕が自分の足やら腕に纏わり付いていたら悲鳴の一つや二つあげちゃうかー。すまん名も知らぬ護衛の人よ。
心の中で謝りつつ私はリュースに槍を向けた。いや正しくはリュースの背後にいる『モノ』に向けてなのだけど、リュースからしてみれば自分が狙われているように見えるのだろう。顔を引きつらせながら一歩後ろに下がる。
「……大丈夫だよ、リュース。私を信じて」
私がそう言うとリュースはその場に留まってくれた。
槍を構える。
普段よりも少し穂先を下げて。
視る。
リュースの首に纏わり付く“黒い紐”を。その紐が繋がる先を。……リュースの運命を弄ぶ『それ』を。
心は平穏。
呼吸は平常。
左目で『それ』の姿をしかと捕らえて――
「――神穿天変」
彼が至りしは槍の頂点。
彼が突き進むは武の極地。
ただ、ただ、“神槍”の槍に憧れた。
そんな私の槍は、まだ。
「……我が槍、未だ神へと至らず」
リュースの背後にいる『それ』を、確かに突いた。
けれど。
けれど。
神槍には至らず。
神殺しは叶わず。
リュースの後ろ。
空中で動きを止めた槍。
未だ神へは届かず。
その代わり。
その穂先にある空間にヒビが入った。
びきびき。ぱきぱきと。
音を立てながらひび割れた空間は崩れ落ちて。リュースの背後に、一人の『美女』が姿を現した。
金髪。
金瞳。
そして、背中から生えた純白の羽根。
金の髪は床についてもなお余るほどに長く、その髪のいくつかは束となって空中へと伸び、毛先は途中で変色し、かき消え、どこかへと繋がっている。
そんな髪束のうち、黒く変色したものはリュースの首に纏わり付いていて。私が視た黒い紐は、『彼女』の髪の毛だったらしい。
できることならリュースの首に纏わり付いた髪の毛を切断してやりたいけど、金の瞳で見るまでもなく分かってしまう。今の私では断ち切れないことが。
自分の未熟さにため息をつきつつ『彼女』のことを観察する。
年齢は二十代前半くらいだろうか? その見た目は(長すぎる髪の毛以外は)前世で言うところの天使であり、この世界で言えば、建国神スクナ様の特徴と一致していた。
もちろん、スクナ様本人と知り合いである私は『彼女』がスクナ様ではないことは分かる。そもそもスクナ様の髪の毛は背中までしか伸びていないし。
けれど、他の人はそうじゃないみたいであり……。
後ろを振り向いたリュースは驚愕で動きを止め、ナユハは痛そうに頭を抱えながら『スクナ様に槍を向けたとか……』と呆れのため息をつき、王太子の護衛さんたちは叫んだりフリーズしたり気を失ったりしていた。
う~ん、阿鼻叫喚。
どうしてこうなった?
私が首をかしげていると『彼女』が声を発した。
揺れているというか、反響しているというか。そんな、不思議な声音だ。
『驚愕。想定外。次元の壁が破壊された』
心底驚いている……のかな? 無表情なのであまり驚いている気はしないけど。
そう、無表情。『彼女』は西洋人形のように整った顔つきをしていて。西洋人形のように表情がなかった。喋っているときに口が動くのがむしろ不自然に感じてしまうほどに。
しかし、次元の壁ねぇ? 私はただ槍で突いただけなんだけど。破壊されたというのだから破壊しちゃったのだろう。
私は闇魔法の適正持ちだし、そっち関係で影響が出たのかな? ちなみに闇魔法とは空間系の魔法のことね。聖魔法が時間系。
まぁ、私は頭の出来が弟以下なので考えてもよく分からん。璃々愛(前世)ならまた別だろうけど。
分かるのはただ一つ。『彼女』が、リュースに死の運命を纏わり付かせているということだけ。
それだけ分かれば十分。
それだけで『敵』と判断するに十分だ。
私は『彼女』に改めて槍の穂先を向け、少しばかり不機嫌な声で問い糾した。
「で? あなたの名前は? なんでリュースの運命を狂わせていたのかな?」
槍を向けられているというのに『彼女』に慌てふためく様子はない。私の槍はまだ“神殺し”には至らないということなのだろう。
金髪金目の『彼女』は首を左に傾けたあと、右に傾けた。
『名前……。これの製造番号はNo.25。識別名はウィルド。運命を司る』
これ、って。もしかして一人称だろうか?
しかし、No.25で、ウィルドで、運命ねぇ?
ルーン文字の25番目・ウィルドは運命や未知、可能性といった意味がある。
ウィルドは空白。白紙のルーンであり、白紙であるからこそ運命を自由に選択できる。と、いう解釈がされているのだ。by璃々愛。
璃々愛が頭の中で中二病的知識を垂れ流しはじめ、まるでそれを遮るようなタイミングでウィルドが私の質問に答えてくれた。なぜリュースの運命を狂わせたのかと。
『彼女は、人類を先に進めすぎる。回天を誘う者。人類種の特異点。早すぎる発展を“神”は望まれない』
よく分からないけど、産業革命的なものは止めましょうってことかな?
あとキミが“神”じゃないの? 他にも珍妙な存在がいると?
……まぁ、どうでもいいか。
神だかなんだか知らないけど、そんな理由で私の友達の運命を狂わそうっていうのなら『姉御パンチ』したあとに『姉弟子アイアンクロー』でお仕置きしないとね。
たとえ本物の神様相手でも大丈夫。
なにせ璃々愛は主神相手にどつき漫才をしているのだから。それに比べれば余裕っすよ、余裕。
「というわけで。キミがリュースの運命を狂わせようって言うのなら、私はリュースのことを守ってみせるから。そこのところよろしくね」
私がそんなことを宣言すると、ウィルドはじぃーっとこちらを見つめてきた。これから敵対することになる者を見極めている――わけでもなさそう。
一瞬。
無表情だったウィルドの瞳が揺れた。ような気がした。
『……アンスール』
はい? あんすーる? ……スールという響きから『マリ○て』を思い出してしまったのは絶対の秘密だ。歳がバレる。前世の。
アンスールとはオーディンを表すルーン文字だと頭の中で璃々愛が解説してくれた。あと、初めて読んだのは発売当時じゃなくて図書館だから歳はバレないとも。
璃々愛の釈明は聞き流すとして……。うん、前世の前世がオーディンだものね。私のことをアンスールと呼んでも変じゃないのか。
私が納得していると、ウィルドは向けられた槍を恐れることなくこちらに近づいてきた。殺気も敵意もなかったので反応が遅れてしまう。
それに、殺気も敵意もない人間(?)を攻撃するのはためらわれる。
私がどうするべきか判断に迷っている間にウィルドが私に抱きついてきた。
柔らかい。
ナユハにもリュースにも (まだ)ない巨乳が柔らかくて素晴らしい――じゃなかった。
「え、え~っと? ウィルド、さん? なぜいきなり抱きついてきたのかな?」
私が戸惑いの声を上げている間にもウィルドは私への密着度合いを上げ、頭をなでなでしてきた。心なしか背中の羽根が嬉しそうに羽ばたいている気がする。
『私はウィルド。運命を司り、可能性を見届ける者』
「あー? うん?」
『アンスールが神の意志に逆らい、運命を破壊し、可能性を掴み取るというのならば。私は、見届けなければならない。誰よりも近くで、誰よりも詳細に』
「うん? ……うん?」
わけがわからないよ。
私が頭の上にハテナマークを浮かべていると、右腕が超☆握力なナユハたんが私とウィルドを無理矢理に引きはがした。やだこの子、神様(?)相手でも容赦ないわぁ。
そしてなぜか私に強い視線を向けてくるナユハちゃん。
「リリア。嫁を増やすときは要相談って言わなかったっけ?」
「い、いやいや? 気が早すぎませんかナユハさん。ただちょっと抱きしめられただけですよ?」
自然に敬語を使ってしまう私だった。
ナユハは笑顔。笑顔で私を見つめている。
「ん? 何か言ったかなリリア?」
「……真に申し訳ございませんでした」
平謝りの私だった。
おかしい。私はもっと天真爛漫で、トラブルメイカーで、ナユハのことを振り回しちゃう系のキャラだったはずなのに。なぜ完全降伏しているのだろう? 私悪い? 悪くないよね? あぁでもいきなり槍で突き刺そうとしたのはやり過ぎだったかなぁ『やり』だけに……。
ど、どうしてこうなった……?
ちなみに。
激おこぷんぷん丸でムカ着火ファイヤーだったナユハだけど、ウィルドがしたように真正面から抱きしめたら怒りを収めてくれた。
…………。
……なるほど。こういうときは、こうすればいいのか。
『女たらしが手練手管を覚えたぞー』
『世界の終わりじゃー』
『百合に世界が支配されるー』
『市民たちよ、妻を隠せー』
『ハゲの女たらしのお通りじゃー』
「私はハゲじゃない! どこぞのカエサルと一緒にするなーっ!」
おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームな私は妖精さん共に向かって最上級攻撃魔法を連発したのだった。どっかんばったんと。
その日。容赦なく最上級魔法をぶっ放したせいで、ものすごい勢いで王宮が揺れたらしいけど、乙女の名誉を守るためなのだから仕方ない。うん、仕方ない。
王太子編は予定の半分くらいしか進んでないですが、一章が長くなり過ぎるのでここでいったん区切りです。
次回、31日更新予定です。




