19.キミを守ると誓った日
19.キミを守ると誓った日。
謁見の間を出た直後くらいは、まぁまぁ吐き気も収まっていた。
ナユハたちが待っている控え室に入った頃には普通の体調にまで回復していた。
そして、控え室でリュースの顔を見た瞬間。私の体調というか機嫌というか、不愉快さは急転直下のMAXに達した。
「…………」
気持ち悪い。
今、非常に気分が悪い。
吐き気がするしムカムカする。
眉間に皺が寄っているし奥歯もギシギシ言っている。
頭は痛いし“左目”の奥はもっと痛い。
視神経がいつ『ブチンッ』と切れてしまってもおかしくなさそう。
感情にまかせて暴走しそうになっている“右目”を制御することすら億劫だ。
「な、ナユハ。なにやらリリアが不機嫌じゃないかな?」
「え、えぇ、リュース様。珍しく不機嫌ですね」
『というか、リュースちゃんを睨んでない?』
「や、やっぱり睨まれているかな? 私は何もしていない、よね? ち、父上が何か失礼をしたのだろうか?」
リュース、ナユハ、愛理がそんなやり取りをしている。なんだかさらに仲良くなったみたい。リュースのことを名前で呼んでいるし。
普段の私なら仲良くなってくれたことを喜ぶところ。
でも、今の私にそんな余裕はなかった。
左目にはいまだ眼帯をしていない。
この瞳は望む望まぬに関わらず様々な情報を私に伝えてくる。たとえば本心とか、感情とか、スキルとか……。
でも、ここまでは視えなかったはずだ。
今。
リュースの首に黒い紐が巻き付いている。
見ただけで“マズい”と直感が告げてくる紐が纏わり付き、わずかに脈打っていた。
その黒い紐は、初対面の時にもうっすらと見えた気がする。
でも、ここまでは視えなかった。
だというのに。
確かに。
はっきりと視えてしまう。
なんだ、これは?
『おかしいなー』
『想定外ー』
『どうしてこうなったー?』
妖精さんが珍しく困惑した声を上げている。
『早すぎるよねー』
『まだ“運命”は視えないはずなのにー』
『あらゆる可能性のある中で、どれよりも早く視えるようになるなんてー』
運命、と妖精さんは言った。
リュースに纏わり付くあの黒い紐が、リュースの運命なのだろうか?
だとしたら、リュースの“運命”は死と直結しているにちがいない。
『リージェンスと会って刺激されたのかなー?』
『あの子も大概“運命”を狂わせる子だしねー』
『まぁ視えるものは仕方ないー』
『視えちゃうものは誤魔化せないー』
『じゃじゃじゃじゃーん! 経験値獲得によってレベルアップー!』
『スキル“巫女の予言”を習得しましたー』
「…………」
原作ゲームの知識が蘇る。
同人版では生存ルートすらなかったリュース・ヴィ・ヴィートリア。
製品版でもトゥルーエンドでしか生き残れなかったリュース・ヴィ・ヴィートリア。
死。
人はいつか死ぬ。
とはいえ、あまりにも早く、あまりにも過酷だ。
それが彼女の運命だというのなら。
ならば、私は――
…………。
私は金色の瞳でリュースを見据えた。
「……リュースは、国王になるのかな?」
私の瞳に見つめられてわずかにたじろぐリュース。
でも、彼女は迷わなかった。
「あぁ、なる。私にその資格があるのなら」
「他に任せられる人がいないから?」
「いいや。私が、やりたいんだ」
「国王陛下の歩まれた道を知っているの?」
「……知っている。知ってもなお、私は選んだ」
「顔も見たこともない国民のために。自分のことしか考えない貴族のために。リュースは、自分の人生を費やしてしまうのかな?」
「……そうだね。リリアからしてみれば愚かにしか映らないかな?」
「国のために、自分の人生を犠牲にしてしまうの?」
「……それで、この国がより良くなるのなら」
「国と大切な人を天秤にかけたとき、国を選ばなきゃいけないのが国王だ。リュースには、それができるの?」
「……それで、この国が救えるのなら」
「…………」
よく分かった。
私とリュースは正反対だ。
リュースは国のためになら自分の人生を諦めてしまえるし、大切な人でも切り捨ててしまう。
私は貴族としての責務よりも“スローライフ”を望んでしまうし、たとえ国を捨ててでも、大切な人は守ってみせる。
どちらが正しいのかは分からない。
たぶん、どっちも正しいのだろう。
私とリュースは正反対。
……だからこそ。
彼女の有り様は、とても美しく思えた。
だからこそ――
「リュース。私は、キミの友達かな?」
私の問いかけにリュースは何度か瞬きをし、呼吸を整えたあと、ハッキリとその答えを口にした。
「あぁ、友達だ」
友達。
なら、仕方ないね。
私は中指と親指で『輪っか』を作った。
そしてリュースの額にまで手を伸ばし、親指に引っかけていた中指を力の限り弾いた。
いわゆるデコピンだ。
中々にいい音がした。
目を白黒させるリュースに向けて、私は深々とため息をついた。
「……いいよ。キミが、あくまでその道を進むというのなら」
悲劇が彼女に襲いかかるというのなら。
運命が彼女の死を望むなら。
「悲劇を覆し、運命を破壊して。この世界を喜劇にしてみせる。だから、決めた。リュースのために。そして、何よりも私のために。――私が、リュースを守ってあげる」
誓いをここに。
想いを胸に。
私は静かに約束した。
……そう、誓い。
別名、誓約。
さらに言い換えれば、契約。
『じゃじゃじゃじゃーん!』
『ここに契約は結ばれたー!』
『ちょっと無理があるけれどー』
『妖精さんが認めちゃおうー』
『なぜならそっちの方が面白そうだからー』
私とリュースを取り囲むように妖精さんたちが舞い踊っていた。
うん、やっぱり先住民族が神に生け贄を捧げるときに踊りそうなヤツにしか見えない。
『リリアがリュースを守るならー』
『二人は一緒にいなきゃだねー』
『妖精さんが祝福しー』
『リュースをリリアの“夫”として認めようー』
またとんでもないことを口走っていた。
しかも今回のはリュースにも聞こえているはず。そしてもちろんナユハにも聞こえている。
「……あ、あはは~、妖精さんも冗談が下手だなー」
目の前のリュースは無言。
しかし顔は真っ赤。
おいおい、リュースさんや、ここは『ははは、しょうがないなぁ妖精さんはー』と笑い飛ばす場面ですよ? 笑い飛ばしてくださいお願いします。
私がひくひくと頬を痙攣させていると、ガッシリと、私の肩を何者かが掴んだ。いや今後ろにいるのはメイドとして私の背後に控えていたナユハだけだけどね。
ははは、握力強大な右手で掴んでいるところから『絶対に逃がさない』という鋼の意志を感じるね……。
ギギギ、と音がしそうなぎこちない動きで首を後ろに向ける私。
ナユハたんは笑顔だった。
それはもう凄い笑顔。
微動だにしない笑顔。
悪魔なんかより千倍恐いね、うん。
「ど、どうしてこうなった……」
裏話。
王太子にデコピンしたことによって王太子の護衛が飛び出してきそうになったものの、空気を読んだナユハが稟質魔法で足止めしてくれました。
そんなファインプレーしている間に“夫”を作られていたんですからナユハさんは激おこぷんぷん丸なのですよ。
次回、21日更新予定です。




