18.謁見と、吐き気
18.謁見と、吐き気。
王宮での『悪魔討伐お疲れ様会』――じゃなくて、お茶会の最中にやってきた姉御は、とても面倒くさい話を持ってきやがった。
国王陛下に謁見? 直接感謝? のんびりまったりスローライフとは真逆のイベントじゃないか!
「帰ります」
即座に立ち上がった私だけど姉御とフィーさんに両肩を押さえつけられた。
「まぁまて、リリア。国王が直接感謝を伝えようってんだ。名誉だぞ? ものすごい名誉だぞ?」
「そうよリリアちゃん。姉弟子として鼻が高いわ。というか、ここで逃げたらたぶん不敬罪よ? 姉弟子としては止めなきゃいけないわねぇ」
「……フィーさんはただ面白がっているだけですよね?」
「もちろん」
「今の私、姉弟子を殴っても許される気がする……」
まぁ、リンゴを握りつぶせる姉弟子と素手でやりあっても勝てないわけであり。私は嫌々国王陛下と謁見することになったのだった。
どうしてこうなった?
◇
近衛騎士に道案内されている最中。愛理がどこからか一冊の本を取り出した。
『ふんふん、なるほどー』
「……いや愛理? 何を読んでいるの? それ、明らかに異世界(日本)の本だよね?」
『ふふーん、さすがリリアちゃんはお目が高い! そう! これこそはリリアちゃんの未来が記された予言の書なのだ!』
愛理が高々と本を掲げたので表紙のタイトルを読むことができた。
「……ボク☆オトのファンブック?」
ここは『ボク☆オト』という乙女ゲームの世界。のはず。いやもう大筋もだいぶ変わっちゃっているけれども。
『そう! その通り! 私の稟質魔法で取り出したコンプリートファンブックなのだ!』
「え? 愛理って稟質魔法持ってたの?」
『私もさっき気がついた! ちょっとゲームの展開で思い出せないことがあって、何とかならないかなーって考えてたら、出てきた!』
「出てきた、って……」
稟質魔法ってそういうものだったっけ? アルフは特殊な例だとしても、発動にはもうちょっと具体的なイメージが必要なんじゃ……?
詳しく話を聞いてみると、愛理自身も自分の稟質魔法がどういうものか理解していないみたい。
なので、私は眼帯を取って“左目”で愛理のスキルを鑑定した。
「ふんふん? “異邦人”ね。異世界と繋がることのできる能力か」
昔話によく出てくる“異界渡り”の一種だろう。こことは違う世界を行き来できる人。まぁ愛理の場合、地球に行ったりすることはできないみたいだけど、地球の物品を取り寄せることができるみたい。
よく考えなくてもチートだね。
そしてよく考えると色々と納得できる。この世界に“縁”があったからこそ、愛理はあの死者の王に召喚されてしまったのだろう。縁を辿る形で。
ちなみに、この世界と地球は(師匠によると)双子とか、平行世界とか、そういう感じの『元が一緒』の世界らしい。難しい単語がばんばん出てきたから半分も理解できていないけど。
頭の中の隅っこに人格が滞在している璃々愛は理解できたみたいなので、もしかしたら魂が同じでも頭の良さは違うのかもしれない。……泣いていいだろうか?
悲しみを振り払いつつ私は愛理に質問した。
「で? 愛理はゲームの何を思い出そうとしたの?」
事情を知らない姉御とかフィーさんとか近衛騎士さんがいるので防音の魔法を展開しつつ――え? 王宮には抗魔法の結界が張ってあって魔法が使えないはず? 知らないなぁそんなこと――防音の魔法を展開しながら愛理に質問した。
『うん、リリアちゃんが国王陛下に謁見するイベントにいくつかパターンがあるのは覚えていたけど、さすがに細かいフラグ管理は忘れちゃっていたからね』
パラパラと愛理が予言の書――じゃなくて、コンプリートファンブックをめくっている。
ちなみにPCからソシャゲにまで進出したゲームなのでかなりの分厚さだ。続編の情報もあるみたいだし、たぶんさっきの悪魔も楽々殴り殺せると思う。本は鈍器。これ常識。
『やっぱり。国王陛下に謁見するのはほとんどの場合が個別ルート突入後。でも、唯一、個別ルート前に謁見するルートがある。というよりもこのイベントがそのルート突入の合図だね』
「なぁんか嫌な予感がするけど、そのルートって?」
『もちろん、王太子リュース・ヴィ・ヴィートリアルート!』
「やっぱりか! ちくしょうめ!」
『しかもトゥルーエンドルート! ド直球のハッピーエンドだね!』
「神様は私が嫌いなのか!?」
王太子のトゥルーとかあれじゃん! リリアちゃんが王妃様になっちゃうルートじゃん! 嫌だよ王妃なんて! いやリュースのことは嫌いじゃないけど! もし告白されたらとりあえず付き合ってみるか~なんて考えちゃうかもしれないけど! それと王妃は話が別だから! 私は! スローライフが送りたいんじゃーっ!
『諦めろってー』
『これが世界の選択だー』
『というか、王妃になっても自由に生きるよねリリアの場合ー』
『王宮で大人しくしている姿が微塵も想像できないしー』
『それはそれで絶対笑えるから見てみたいけどー』
妖精さんが次々に私の肩を叩いていった。く、デフォルメ顔のくせにニヤニヤ笑いやがって!
「…………」
そしてナユハさん、無言で見つめてくるの止めてもらえません? あ、でも直接の批判はもっと止めて? 今ナユハから厳しいこと言われたら本気で泣いちゃいそう。
と、そんなやり取りをしている間に謁見の間に到着した。
◇
謁見の間にいたのは国王陛下と数人の護衛だけだった。こういうとき、ずらっと貴族とか騎士とかが並んでいるイメージだったのだけど違うみたい。
国王陛下は貴族名鑑に肖像画が載っているので一応顔は知っている。金髪碧眼のイケメンだ。
ただ、同じイケメン枠でもリュースは母親似だと思う。
お爺さまと同い年であるはずだけど、お爺さまと比べると顔の皺は多い。というかお爺さまが不自然なまでに若すぎるだけか。
もちろん最初から国王陛下の顔を見るわけにはいかない。まずは謁見の間の玉座前で片膝を突き、頭を下げて待機。そして陛下登場からの『おもてを上げよ』というお言葉があって初めて“謁見”することができるのだ。
超めんどくせー。
そもそもお礼を言われるのに何でこっちが頭下げなきゃいけないねん。
と、そんな文句を言おうものなら不敬罪まっしぐら。ギロチンは嫌でござる。
ちなみに頭を下げたこの姿勢。今では最敬礼だけど昔は『首を差し出すので斬ってもらっても構いません』という覚悟の意思表示だったらしい。王族こわい。
私の両脇では姉御とフィーさんがそれぞれ頭を垂れている。この二人がキチンとした態度を取っているのはもの凄い違和感だ。
私がなぜだかムズかゆさを感じていると、役人らしき人間が陛下の登場を声高らかに伝えてきた。入り口から玉座へと、人が移動している気配がする。
ほぅほぅ、足音から判断するに、陛下もそれなりに鍛えているみたいだ。まぁ国王だものね。万が一を考えればある程度の自衛もできなきゃいけないのか。
うん、そう考えるとリュースに護身術を叩き込むのもありかもしれない。
玉座の軋む音がしたあと、さっそく陛下が声をかけてきた。
「リリア・レナード子爵家令嬢。此度の働き、真に見事であった」
「……ありがたきお言葉を賜りましたこと、子々孫々への誉れといたします。ですが、臣下として当然のことをしたまでですわ」
頭を下げたままそんな返事をする私。
あれー? 国王に対する言葉遣いってこれでいいのかな? 本当ならおばあ様に最終確認したかったんだけど、急な話だったからなぁ。
ま、ちょっとくらい無礼があっても9歳児ということで納得してもらおう。
そして姉御。隣で笑いをこらえているのはどうなの? 今真面目な場面じゃなかったっけ? 『ぷっ、くくくっ、あんなにビビってたのに偉そうな……』って、国王はこの国で一番偉い人ですよ?
もうこの人は一度くらい打ち首獄門してもらった方がいいんじゃなかろうか?
なにやら陛下の纏っている雰囲気が弛緩したような気がする。たぶん姉御の声が聞こえたのだろう。
「……あー、すまないなリリア嬢。真面目にやってもらって何だが、もう少し気楽にしてもらえると嬉しい。ガルドとリースの孫であるキミは私の孫も同じだ。顔も上げてくれ。むしろこちらが頭を下げなければならないのだからな」
と、そんなことを言い出す国王陛下。あなたに頭を下げさせたら首が物理的に飛んでも文句は言えないと思いますよ?
しかし顔を上げろと言われたら上げますよ私は。だって国王陛下の言葉だもの。私はお爺さまや姉御やフィーさんのような非常識人ではない。
「……筆頭の非常識人がよくもまぁ。自覚がないって大変ね」
私の表情から考えていることを察したのか、フィーさんが心底呆れたような目で私を見つめてきた。失礼な。国王陛下を前にして笑いをこらえている姉御と、陛下のお言葉に慌てふためくリリアちゃんでは常識度が段違いじゃないか。
というかフィーさんもフィーさんだ。国王陛下の許可なく口を開くだけでもかなり失礼なのに、内容が私に向けた雑談とか、こっちも一度打ち首獄門してもらった方がいいんじゃなかろうか?
まぁいいや。陛下のお言葉に従って顔を上げ――あ、ヤバい。左目の眼帯してないじゃん私。愛理の稟質魔法を鑑定してそのまま……。私はまだ左目を完全に制御できていないので、眼帯無しだと無条件で心やら何やらを視てしまう。
国王陛下を鑑定したり心を読んだりするのは無礼極まりないし、かといって眼帯を取り出すためにスカートの隠しポケットへ手を突っ込むのは『怪しい動き! 暗殺か!?』と疑われても文句は言えない。
というか陛下の前で眼帯付けるとか、貴族的に『あなたのこと見たくありませんよ~』と受け取られるよね? 何その不敬罪まっしぐらルート。
マズい、詰んだ。
「……レナード嬢?」
いつまでも顔を上げない私を訝しむ陛下。
くっそう、どうしてこうなった……。
もはやここまで。私は意を決して眼帯をしないまま顔を上げて陛下を見た。そちらの方がまだマシだと判断して。
途端、様々なことが流れ込んできた。
国王となってから今日という日まで。陛下が歩まれてきた『国を守るため』の決断の数々が。
――吐き気がする。
彼の行ってきた行為に、ではなく。そんな行為をしなければならない“国王”というお立場に。私は耐えきれないほどの吐き気を催してしまった。
まぁもちろんお爺さまやおばあ様たちに鍛えられているから実際に吐いてしまうようなヘマはしない。が、陛下の人生は9歳児が受け止めるには少々辛いものがあったらしく……。
「……大丈夫か、リリア嬢? 顔色が悪いが?」
どうやら顔に出てしまったらしい。まだまだ修行不足だね。
「えぇ、申し訳ありません陛下。上級悪魔と戦ったので少々疲労してしまったかもしれません」
もちろん嘘である。ほんとヒロインらしくない特技だね。
「む、それは一大事ではないか! キナ、リリア嬢は大丈夫なのか!?」
心の底から心配してくださる陛下。私の良心が罪悪感でぎしぎしと悲鳴を上げている。あー、嘘つきでごめんなさいー。
「あ~、そうっすね。呪いの類いを受けたわけじゃなさそうです。単純な疲労じゃないですかね。リリアはこう見えて9歳児ですし」
いやいや9歳児以外の何に見えるというのか。中身はともかく見た目は完全に9歳児っすよ?
でもありがとう姉御、ナイスフォローです。
「う、うむ。宮廷魔術師すら返り討ちに遭った上級悪魔だからな。疲労してしまうのも致し方無しか……」
いや~、あの悪魔かなりの雑魚でしたよ? 物理攻撃で倒せましたし。と、正直に口にするほど私は素直な性格はしていない。うまくすれば早めにこの場を辞することができるからね。沈黙は金。
吐き気による体調不良は本当だし。
「リリア嬢には褒美を取らせようと思っていたが、体調が万全でないときに聞くのも酷な話か。後日、レナード子爵を通して希望を聞くとしよう。今日はもう下がるがいい」
褒美を後回しにしてくれたのは正直助かった。あまり大きなお願いをすると陛下に対して無礼になるし、かといって小さすぎると『陛下ではその程度しかできないと考えているのか?』って受け取られるし。子爵家令嬢が願うのに丁度いい褒美を要求するのは……うん、9歳児 (体調不良)には無理な話だ。
なるべくゆっくりとした動作で謁見の間をあとにした私は、少し歩いたところで廊下の壁に身体を預けた。
「――親の因果が子に報い」
王族って面倒くさい。
貴族って面倒くさい。
まったく、さっさと貴族なんて辞めてしまって『どうしてこうなった!?』と叫ばなくてもいい日々を送りたいものである。
次回、3月11日更新予定です。




