14.師匠
14.師匠。
オーケー落ち着け、落ち着け私。こういうときは素数を数えるんだって誰かが言っていた。1,2,3,4,5,6,7,8,9,10! よし落ち着いた!
……いや無理だって。落ち着けないってこれ。あと素数じゃないし。
「ま、マリー。一体どういうことなのかしら?」
衝撃的すぎて敬語すら吹っ飛んだ私である。
「えぇ、それはですね――」
マリーはなぜか胸を張って説明してくれようとしたけれど、
「――マリー、やはりここにいたのか」
そんな、どこか不機嫌そうな声が広場に響いてきた。
声の主へと視線を向けると、そこにいたのは13歳くらいの少年だった。リュースほどの美少年じゃないけれど、それでも十二分にイケメンと呼べる子だ。
いや、リュースは女の子だけどね。
十二分にイケメンである彼の髪色は青。瞳は紺碧。どちらもマリーと同じ色だ。
立ち振る舞いや衣服からしてかなりの高位貴族と察せられる子供。もちろん服装は平民服だけど、生地が高価すぎて変装の意味を成していない。
そんな少年に向けてマリーはふくれ面を向けた。
「お兄様、今いいところなのですけれど?」
どこが? 他殺願望の告白は全然『いいところ』じゃないですよ?
私の心のツッコミを助けるように少年は遠慮なくマリーに近づき、彼女の手首を握った。次いで、射貫くような目を私に向けてくる。
「妹が失礼なことを言った。どうか忘れて欲しい」
「いや、あの衝撃は中々忘れられないと思いますよ?」
「……忘れるよう努力してくれ」
そう言い残して少年はマリーの手を引っ張って、スラム街の路地に消えていこうとする。
「…………」
マリーの本心を確かめるために拘束を緩めたままだった“左目”が色々と視てしまった。
正確に言えば兄と妹が揃ったから、よりよく視えるようになった、かな?
まぁ、こちらの事情はともかくとして。
あちらの事情を知ってしまったのだから、無視するのも忍びない。
「マリー」
私が声をかけると、マリーは兄だという少年の手を振り払って私の元に駆けつけた。
「はい! 何でしょうお姉様!」
なんだか尻尾を振る子犬のようだ。“左目”を使わなくてもブンブンと動く尻尾がよく見える。気がする。
そんな妹をどこか悲しそうな、諦観したような目で見つめる少年。
なんだろう、少年からはお父様やリュースと同じ雰囲気がした。具体的に言えば周りの女性に振り回される苦労性。やはりこの世界のイケメンは胃を痛める運命なんじゃないだろうか?
おっと、あまり長く足止めするのも何だから、さっさと用事を済ませてしまおう。
私はアイテムボックスに手を突っ込んでごそごそと捜し物をした。確かこの辺に……あった。
取り出したのはいくつかの宝石が入れられた、いわゆるジュエリーボックスと呼ばれるもの。私も一応は貴族の娘だからね。こういう装飾品も所持しているのだ。
『使ったことはないけどねー』
『宝の持ち腐れー』
『豚に真珠ー』
よし、あとで殴る。女の子を豚扱いとはいい度胸じゃけぇのぉ。
妖精さん・その3に対する報復を決意しながら私はジュエリーボックスの蓋を開けた。
「マリーの髪の毛は綺麗だものね。やっぱり蒼い宝石の方がいいかしら?」
この世界においては髪の毛と魔術には深い関係がある。だからこそ私はマリーの髪色に近い蒼色のラピスラズリを取り出した。
前世においては世界最初のパワーストーンとすら謳われた『聖なる石』だ。
それでなくても宝石は魔術と深い関わりがあるので術式も組み込みやすい。
マリーの首に付けられたチョーカーと宝石にもそういう意味があるのだ。
そんなことを考えながらパパッと小細工をした私はマリーの手のひらにラピスラズリを置いた。
「お姉様、これは……?」
「ここで会ったのも何かの“縁”でしょう。この宝石を持っていて。肌身離さず、ずっと。そうすれば、きっといいことがあるわ」
「…………」
私の表情から真剣さを察したのか、マリーはそれ以上何かを言うことなくラピスラズリを握りしめた。
◇
マリーたちと別れた私たちは、用事も済んだので帰ることにした。
それにしても衝撃的な出会いだった。下手に美少女だったおかげで衝撃も倍増だ。何が楽しくて美少女の『他殺願望』を聞かされなきゃならないのか。
まぁでもアレを越える衝撃は中々ない。今日はもう他のイベントも打ち止めだろう。運命の神様だってそこら辺は手加減してくれるはずだ。
……と、油断していたのが悪かったのだろうか。
私の油断を責めるように、なにやらとんでもない美声がスラムの路地に響いてきた。
「――昔々。竜は若い女を生け贄に欲しました」
路地の暗がり。
いつもなら気にすることもなく通り過ぎてしまいそうな小さなスペースに、『彼女』は小さな机とイスを広げていた。ダボダボした紫色のローブがいかにも怪しい。
うん、前世の記憶にある、道端の占い師っぽい。
「――領主は悩みました。自分でいいなら喜んでその身を捧げるところですが、竜が望んだのは若い女。領主が犠牲になることはできなかったのです」
なんか昔話っぽいものを語っているし。
ここで無視して歩き去るのは……ちょっと空気が読めていない対応かな?
「――苦悩する領主。そんな“父親”を見た領主の娘は決意します。自分が竜の生け贄になるしかないと」
物語る『彼女』は目深にローブを被っていて、顔を確認することはできない。
「――そして。そんな領主の娘の覚悟を知った神様は、領主の娘に竜殺しの聖剣を授けたのでした」
しかし、ローブから見える髪色は銀髪であり、それだけで『彼女』がタダ者ではないことを察することができた。
「――聖剣の力によって竜を屠った領主の娘ですが、めでたしめでたし、とはなりませんでした。竜が最後の力を振り絞って“呪い”をかけたためです」
というか――
「――そうして。領主の娘は自分の意志に関係なく竜に変身してしまう呪いを受けてしまい。その呪いは代々領主の家系に受け継がれて――」
「師匠。こんなところで何をしているんですか?」
そろそろ話も終わりだろうというタイミングで私は『彼女』に声をかけた。
私の槍の師匠はお爺さまだけど、魔法の師匠はこの人なのだ。ちなみにリースおばあ様は貴族としての慣習やら立ち振る舞いを叩き込んでくる系の師匠ね。
ただ、お爺さまとおばあ様は家族なので、単に『師匠』と言ったらこの人を指す。
私の指摘を受けて『彼女』の動きが止まった。
「……空気の読めないバカ弟子ですね。こういうときは気づかないふりをするのが王道でしょう?」
ローブを被ったままやれやれと肩をすくめる師匠。勇者だったり大魔法使いだったり主神スクナ様の“嫁”をやっていたりする、何かと忙しい(はずの)人物だ。
そう、嫁。
スクナ様の銀髪萌えの原点にして、この世界最初の銀髪持ち。銀髪の私が聖女に選ばれてしまったのも、元を辿って辿って辿り続ければこの師匠が原因となるのだ。
御年、たぶん2,000歳くらい。そんな人(?)が道端の占い師っぽい格好をしている現状、なぜだか妙に泣けてくる。
「いやほんと何しているんですか? スクナ様のお世話はいいんですか?」
「私がスクナのお世話を放り出すはずがないでしょう? 今スクナはお昼寝中です。本当はスクナの芸術的な寝顔を見守りたいところですが、可愛いバカ弟子のためにその貴重な時間を潰してまでここにやって来たのです。感謝しなさい」
転移魔法で瞬時に移動できるのにそんな恩着せがましいことを言われても……。そもそも『聖布』をもらいに行ったときにも会ったじゃん。
「師匠、いきなり竜に関する昔話なんかしてどうしたんですか? また竜がケンカでも売ってくるんですか?」
私は昔“竜殺し”をやって以来、何かと竜から敵視されているのだ。正当防衛なのに酷い話である。
師匠はローブを被ったまま、私ではなくリュースを見据えた。
「竜もそうですが、そろそろバカ弟子の“運命”が本格的に動き出しそうなのでね。他人でもないので警告に来ました」
そう言って師匠はリュースから視線を外し、私の額を指で軽く突いた。
「……右目を十全に制御できているようで何よりです。たまには褒めてあげましょう」
神と等しいとされ、すべてを見通す左目ではなく。神話に語られる赤い瞳を。
赤瞳。
ただ珍しいというだけの理由で神話に登場し、現代まで語り継がれることはない。
つまり、赤い瞳にもまた特別な力がこもっているのだ。
それはもう、左目を差し置いて右目の制御に全力を注がないといけないほどには。
希少性と便利さでは左目の圧勝だけど、危険さで右目に勝るものは無いと思う。
まぁ、師匠も赤瞳だからね。何かと心配してくれているのだろう。
「リリア。大切なものを守りたいのなら強くなりなさい。覚悟を決めて、歯を食いしばり。頭を使い身体を酷使し、それでもダメなら友達や大人に頼りなさい。そうすれば、たとえどんな悲劇的な運命でも変えることができるでしょう」
「え? あ、はい」
唐突に『いいこと』を言われても頭が付いていかないんですけど?
そんな私を見て楽しむように師匠は不敵な笑みを浮かべた。
「そろそろリリアも『どうしてこうなった?』と運命に振り回されるのは止めて、自分から運命を振り回すようにならないといけませんね」
いや普通の人は運命を振り回すことなんてできないですからね?
「……自分が『普通の人』だなんて勘違いしていたんですか? あなた、私が見てきた中でもトップクラスの奇人変人ですよ?」
「この師匠ひどい、酷すぎる」
言いたいことだけを言い残して。
瞬きした次の瞬間にはもう師匠の姿はかき消えていた。転移魔法なのだけど、周囲の魔素がまったく乱れていないのがヘンタイ――じゃなかった、規格外すぎる。これでは魔素の流れを辿って転移先を読み取ることもできないだろう。
……いや~、しかし、奇人変人扱いされたのは納得できないけど、いきなりのバトル展開にならなかっただけでも一安心かな? 師匠、会うたび会うたび『では強くなったか確かめてあげましょう』って戦いを挑んでくるからね。王太子がいるから自重してくれたかな?
私がちらりとリュースの方を見ると、彼女は引きつった笑顔のまま固まっていた。
「り、リリア。今の御方は……?」
「私の師匠だね。神出鬼没な残念美人」
「銀髪で、赤い瞳。そしてリリアの師匠となると……もしかして、ユーナ・アベイル様?」
「そんな名前だったかなぁ? うん、たぶんそんな名前だったと思うよ?」
「建国神話において常に建国神スクナ様の側にあり、世界最初の勇者として我が国を打ち立てた、あの?」
「まぁ実際は小さな村から徐々に国を大きくしていっただけの話らしいけどね。この前建国神話の絵本を読ませたら『えぇ、今こんな風になっているんですか……』ってドン引きしていたし」
「……我が国の建国神話が、張本人からドン引きされて……? どうしてこうなった……?」
地面に手を突いてうなだれるリュースだった。きっとスラムの汚さを肌で感じようとしているのだろう。うん、そういうことにしておこう。
もちろんあとで浄化の魔法をかけてあげた私である。
裏設定。
教会にとっての聖女の基準は『神と意思疎通ができる』、『神と最も近しい存在(あるいは最も愛された存在)』ですが、実際はスクナ様が萌える銀髪娘に加護を与えているだけです。
次回、16日更新予定です。




