13.貧民街と、出会い。その2
13.貧民街と、出会い。その2
さて、ちょっと取り乱したので再確認。今日の『お散歩』の目的は二つだ。
一つはリュースに貧民街に実情を見せることで、もう一つはポーションに関するあれこれ。
タフィンの話によるとポーション自体は好評だったみたいなので、(私の自腹で材料を買った)ポーションを置いて行くことにする。
とりあえず子供たちには初級ポーションを一本ずつ。大人にはそれに加えて中級ポーション、そしてスラムの『顔役』であるタフィンには上級ポーションを何本か渡しておく。
はいそこのキミ。売り払おうなんて考えないように。どうせ本物だなんて信じてもらえないし、下手をすればポーション目当てに誘拐されるからね。
あと、たとえうまく売り払えたとしても、本当に困るのはキミだよ? キミがケガをしたとしても、他の人が自分のポーションを使ってまで助けてくれることはないから。ここが貧民街ということを忘れないように。
私だって、自分の善意で渡したものを売り払っちゃうような人間を助けるほど優しくないし。因果応報。自業自得。身から出た錆。ざまぁみろ。
……うん、分かってもらえて何よりだよ。
諸注意をしつつポーションを手渡す私を見てリュースがなぜか顔を蒼くしていた。
「神授の薬であるポーションをあんな簡単に……いや素晴らしい行いだとは思うけど、自分の中の常識が死んでしまいそうだ……」
「殿下。するーすきるです。『リリアならしょうがないか』と思えるようになるとだいぶ楽になりますから」
ナユハが優しくリュースの背中を撫でていた。仲良くなったようで何より。
友人たちの微笑ましい交流を横目に、私がポーションを配り終えたタイミングで――
「――あの、すみません」
先ほどこちらを見ていた少女、マリーちゃんが声をかけてきた。
「うん? なにかな?」
「突然のお声がけ、平にご容赦願います。わたくし、ヒュンスター侯爵家が一子、マリー・ヒュンスターと申します」
一礼と共に首のチョーカーの宝石が揺れた。
わぁお、結構なお偉いさんのお嬢様だ。
この国での貴族の偉さは公爵・侯爵・辺境伯・伯爵・子爵・男爵・騎士爵という順番なので、単純に考えて二番目の偉さ。
まぁもちろん侯爵の中でも歴史とか財力とかで順位はあるのだけど。たしかヒュンスター侯爵家は元々伯爵家だったのが、ドラゴン退治の功績で侯爵になったという家柄だ。
政治力はないけど名誉はある。そんな家。
ちなみに我がレナード家は歴史もないし貴族としての地位も低いけど、財力と政治力はいっぱいある。そんな家。
貴族名鑑のおかげでマリーという子がいるのは知っているけれど、貴族名鑑って全員の肖像画が載っているわけじゃないからね。当主以外は『瞳:紺碧 髪:青』といった感じに特徴が羅列してあるだけなのだ。
マリーの髪色や瞳は貴族名鑑のものと一致する。嘘である可能性はかなり低いだろう。
っと、そんなことを考える前に挨拶しないとね。
今回は双方とも平民服だし、公式な場所でもない。少し簡略化した対応でいいと思う。
「ご丁寧な挨拶痛み入ります。わたくし、レナード子爵家が一子、リリア・レナードでございます」
軽くカーテシーをしつつ、横目でリュースを見ると、いつのまにかアイテムボックスから取り出したであろう帽子を被っていた。
貴族子女が相手だものね。王太子がこんな場所にいると知られたら色々と面倒くさそうだ。
いやマリーは私より年下っぽいし、公式なデビュタントもまだなのだから王太子の顔を知らない可能性もあるけどね。
「やはりリリア・レナード様でしたか! わたくしのことは是非『マリー』とお呼びください!」
感激したような声を上げたマリー。まぁ、私には“銀髪赤目&眼帯”という見間違えようのない特徴があるので『やはり』といった反応はおかしくはない。貴族なら大体知っていると思う。
でも、初対面でいきなり呼び捨て要求されたのは、一体どう受け取ればいいのだろう?
実際の家の力はとにかく、貴族としての『格』はヒュンスター侯爵家の方が圧倒的に上なのだし、年上に対する社交辞令にしても行き過ぎだと思う。
「マリー、様?」
「マリーでお願いします。わたくしもリリアお姉様と呼ばせていただきますので」
「…………、……おねえさま?」
「はい、是非リリアお姉様で」
どうしてそうなった?
「……マリーは侯爵令嬢なのですから、普通にリリアと呼び捨てでも――」
「分かりましたわ、リリアお姉様」
やだこの子、人の話聞いてない。意外と私の周りにはいなかったタイプだ。姉御とかは何かと振り回してはくるけど話は聞いてくれるし。
「な、なぜお姉様なのでしょうか?」
「はい。わたくしは“竜殺し”のヒュンスター家の娘として、かねてよりドラゴンについて調べを進めていました。ドラゴンとは身体が大きく、鱗は固く、魔法すらもはじき返し、そのうえ知恵も回るというまさしく人類の天敵なのです」
あー、そうだよね。普通の人にとってのドラゴンってそうだよねー。
私の場合は貪り喰らうもので背骨をへし折れるし、お爺さまは魔法無しの槍一本で“竜殺し”をやってしまうので、あまり強敵っていうイメージがないんだよねぇ。
と、私が改めて自分とお爺さまのチートさに呆れていると、マリーが私の手を握ってきた。感動を表すように両手で。
「しかし、そんなドラゴンをお姉様は打ち倒しました! わずか7歳という年齢で! その後も復讐に狂う別のドラゴンや、ワイバーンなどを討伐し続けたお姉様は私の憧れなのです!」
「……あー、そうだったんですかー」
あれからもう2年も経つのか。まだ9歳なのに時の経つのが早すぎない? 我ながら濃い人生送りすぎですわー。
もちろんマリーに私の心境を読み取れるはずもなく。彼女は私に構うことなく自分の言いたいことを喋ってくれた。
「前々からお姉様とは親密になりたいと思い、こうして貧民街へと足を運んでいたのです! 貴族としての責務をご理解なさっているお姉様が、この貧民街に足を運んでいることは聞き及んでいましたので!」
マリーが探していたのは私だったみたい。
「い、一応貧民街に来ていることは秘密なのですけれど、どこでお聞きになったのかしら?」
「はい、王宮で偶然出会ったキナ・リュンランド大神官様に、ふとしたきっかけでお姉様と親密になりたいとお話ししたら教えてくださいました」
また姉御か。あの人のことだから『面白いことになりそうだな』と教えたんだろうな。
まぁ姉御が面白おかしい展開を期待して貧民街のことを口にしたのは予想できるけど、わざわざマリーが貧民街にまで来るのは変な話だ。
私は子爵家令嬢で、マリーは侯爵家令嬢。上位貴族と下位貴族という壁があるので本来なら仲良くなるのは難しい。
けれど、お茶会に誘うことくらいは可能だし、王国最大の商家レナードの娘と親しくなるためお茶会に招待することは不自然ではない。親密になりたいのなら普通に貴族として付き合いをはじめればいいのだ。
なのに、マリーはお供も引き連れずに貧民街へとやって来た。
……何か、人に聞かれたくない話があるのだろうか? 特に侯爵家側は『レナード商会の娘』である私と、マリーがどんな交流を持つか知りたいだろうし。公式なお茶会ともなればマリー付きのメイドも必要以上に聞き耳を立てるはずだ。
私の予想は当たっていたようで。
マリーは、とても侯爵家には聞かせられないようなお願いをしてきた。
そう、だいぶ衝撃的なお願いを。
「出会ったばかりでこのようなことをお願いするのは不躾だと思いますが……、――わたくしを殺してください! 憧れであるお姉様の手で!」
……。
……………。
…………………なんですと?
聞き間違いかなーと近くにいたナユハたちに視線で確認するけど、聞き間違いではないみたい。
一応“左目”で確認。……うん、本気。本気で殺して欲しいと思っているねこの子。何で初対面の女の子からこんな感情向けられているの私? そんな好き好んで殺人するように見えちゃってるの私? 自分の生き様を見直した方がいいの私?
ど、どうしてこうなった?
次回、2月11日更新予定です。




