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幼女ヒロインは女の子を攻略しました ……どうしてこうなった?  作者: 九條葉月
第三章 男装の王太子編

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12.貧民街と、出会い。


 12.貧民街と、出会い。



 泣きそうになった私だけど何とか耐えた。偉いぞわたし。


 ともかく、護衛の人は魔法を解除するまで眠り続けるはずだけど、あまり長時間放置するのもまずいので早めに用事を済ませて帰ろう。


 と、その前に。一応護衛の人たちが眠っているという部屋に鍵をかけた私である。遠隔操作系の魔法でカチャリとね。


「……遠隔操作系の魔法って言ったって、自分の視界に映っていなければ操作も何もできないと思うのだけど」


「殿下。『するーすきる』です。するーすきるを鍛えるのです」


『ナユハちゃんもスルーしきれていないけどねー』


 三者三様の反応をしつつ私たちは目的地――貧民街に足を踏み入れた。


「…………」


 まず感じるのは吐き気がするような悪臭。淀んだ空気。窪みに貯まって腐った水に、我が物顔で食事をするネズミたち。

 そして、生きているか死んでいるのか分からないほど痩せ細り、微動だにしない人。


 いわゆるスラム街。

 王都の暗部。

 幾度行政が立ち入ろうが、幾度支援が行われようが自然発生してしまう悲劇。


「……話には聞いていたが、これは……」


 未来の王様であるリュースが顔をしかめる。この悪臭の中、それでも鼻をつままないのは王族としての誇りか、あるいは未来の施政者としての責任感か。


 う~ん、ちょっと連れてくるのが早かったかな?

 でも未来の王様として知っていた方がいいはずだし……。


 そんなことを考えながら、私はアイテムボックスから指輪を取り出した。魔力伝導率の高い純金製で、宝石代わりに深紅の魔石が取り付けてある。純金だから王族がつけていてもおかしくはないはずだ。


「はい、リュース。一応この指輪を持っていて」


「……これは?」


「昔作った魔導具。迷子になっても大丈夫なように位置探知の術式と、毒検知、あとはついでに聖魔法の結界も自動展開するようになっているよ。貧民街には変な人もいるから一応ね」


「……そんな機能が、こんな小さな指輪に?」


「ふっふ~ん、すごいでしょ? 自信作なんだよねーこれ。まぁこだわりにこだわりすぎてちょっとやり過ぎちゃったんだけど」


 元々は(レナード商会のトップで狙われることの多い)お父様用に作った魔導具で、こちらは試作品。お父様が今使っているものはもう少し小型化して、もう少し自重した作りにしてある。


 震える手で指輪を観察していたリュースは、恐る恐るといった様子で尋ねてきた。


「こ、この魔石って、もしかしてドラゴンの?」


「お、さすがお目が高い。ドラゴンの魔石は無属性だから一つで色々な効果を発揮できて魔導具作りには最適なんだよね」


「……ど、ドラゴンの魔石なんて一体いくらしたんだい? レナード商会とはいえ簡単に入手できるものじゃないだろう?」


「あぁ、大丈夫。私が狩ったやつだから無料だし、それは背骨の魔石だからそこまで貴重じゃないもの」


 ドラゴンは背骨に沿っていくつか小さな魔石を持っているのだ。巨体を動かす補助用だとか、飛行能力を補助しているとか諸説あるけど詳細は不明。ゴ○ラの腰にある第二の脳みたいなものだ、きっと。


「…………そういえばリリアは“竜殺し(ドラゴンスレイヤー)”だったね……」


 遠い目をしながら左手の薬指に指輪を嵌めるリュースだった。


 いやいや。

 この世界でも結婚指輪は左手薬指だからね? なんでそこに指輪を嵌めているのかな? これじゃまるで私が結婚指輪を渡したみたいじゃないか……。


 どうしてこうなった?





 遠回しに指摘したらリュースは右手に指輪を付けなおしてくれた。セーフ。


 まぁ指摘されたリュースは顔を真っ赤にしつつちょっと残念そうだったんだけどね。……アウトかな?


 現実から目を逸らしてスラム街を少し進み、ムシロの上に座っていた男性に近づく。


 着ている衣装こそボロだけど体つきはマッスルだし、何より隙がない。危機管理がしっかりしている人はまず近づかないだろう。


 まぁ、そうでもなければ『門番』なんて務まらないのだけど。


 興味本位でスラムに近づく連中に無言で危険さを知らしめ、スラムに入るべき人間と入るべきではない人間を選別し、人攫いなどの悪意からスラムの子供たちを守る。それが、自然発生的に生まれた『門番』というお仕事、らしい。


 そんな門番さんに向けて私は気安く片手をあげた。


「ガイさん、ひっさしぶり~。元気してた?」


 私の声に反応して門番――ガイさんが顔を上げた。イケメン、というわけではないけど『兄貴』と呼びたくなる顔つきをしている。頬に残った古傷がワイルドだ。


「……おかげさまでな。ったく、リリア、また来たのか?」


「可愛い子に会うためなら私は世界の果てまで行くともさ」


「相変わらずだな。他は愛理と、ナユハと……」


 私の後ろにいた愛理、ナユハ、リュースを順々に目視確認したガイさんが、リュースを見て顔を引きつらせた。


「……おい、リリア。こんな場所にいちゃいけない御方がいるような気がするのは、気のせいか?」


「気のせいだよ」


「ははは、そうかそうか気のせいか……この阿呆が!」


 ゲンコツで殴られた。超痛い。


「こんな美少女を殴るとか酷くない!? しかも子供! 9歳児!」


「阿呆なガキを叱るのは大人の役目だ! 何でこんな場所に王太子殿下を連れてきているんだ!?」


 烈火のごとく怒るガイさんに向けて、私は人差し指を振ってみせた。


「ちっちっちっ、違うよガイさん。今ここにいるのは王太子じゃなくて、ただの私の友達リュース君さ」


 思わず『リュースちゃん』と言いそうになったけど何とか耐えた。偉いぞわたし。


「……王太子殿下と友達になるとか……頭痛い……でもリリアだしなぁ……」


 頭痛がするのか額に手をやったガイさんだけど、数秒後見事に復活した。


「お前に言っても無意味だろうが、殿下は絶対に守れよな?」


「ふふん、私の友達に手を出すヤツには地獄を見せてやるさ」


「頼もしいな、まったく。……タフィンのやつは今なら広場にいるだろう」


「りょーかい。今日はちょっと忙しいから早めに帰るねー」


 ひらひらと手を振りながら私たちはガイさんと別れて、スラム街の奥へと進んだ。


 ガイさんの姿が見えなくなった辺りでリュースが声をかけてくる。


「り、リリア。今の人って?」


「ん? 門番のガイさん。初めてスラム街に入ろうとしたときに邪魔してきてねー。結構それなりのガチバトルの末に『やるじゃねぇか』、『お前もな』と友達になった仲なのさ」


 もちろん背景は夕日である。河原じゃなかったのがちょっと残念。


「……本名はガイサン・デンヒュールド?」


「え? そこまでは知らないよ。スラムに来る前のことは聞かない。それがこの場所の鉄則だからね」


「……救国の英雄とまで称えられた騎士が、なんでこんな場所に……?」


 リュースの呟きは聞こえないことにした。私が知っているのは面白いおじさん、ガイさんだからね。


 狭苦しい路地を抜け、知り合いに何度か挨拶をしているうちに少し開けた場所に到着する。住民たちから広場と呼ばれている場所だ。


 そんな広場の真ん中で、私の友達、美少女のタフィンが子供たちを集めて読み聞かせをしていた。


 ちなみに読み聞かせに使っている本は私からのプレゼント。子供たちに施しをする私って偉いよねーナユハちゃんは褒めてくれてもいいんだよー?


「さすがはリリア様です、そのお歳ですでに貴族としての責務ノブレス・オブリージュをご理解なさっているとは」


 真正面から褒められてしまった。冗談半分だったのに。ちょっと恥ずかしい。


 集まっている子供たちは黒髪7割、茶髪2割、他1割といったところ。黒髪は忌み子として嫌われているからね、必然的にスラムにも数多く集まってくるのだ。


 ふと、教会に預けられていた黒髪の少女・クロちゃんを思い出す。回復魔法と鑑定眼(アプレイゼル)のスキルを持っていた少女。


 こういう言い方はあれだけど、孤児院に預けてもらえただけクロちゃんは幸福なのだ。自分では育てられないけど、死んでもほしくもない。そんな (身勝手ながらも)親の愛情を感じられる程度には。


「…………」


 思わず寄ってしまった眉間の皺を伸ばしていると、読み聞かせに集まっていた子供たちが私に駆け寄ってきた。


「リリアだ~!」


 3歳から5歳くらいの子供たちが笑顔で私に抱きつこうとしてくる。


 そんな可愛らしい子供たちに対して、私は――


「――お風呂に入りなさいって言ったでしょう!」


 空手チョップを食らわした。そりゃあもうぽんぽんと全員に。

 いやもちろん私が本気でやったら大惨事なので手加減MAXだ。


「え~?」

「やだ~」

「面倒くさい~」


 子供たちは構うことなく抱きついてきたので、私はわしゃわしゃと頭を撫でてあげた。なにやらノミ? シラミ? っぽいものが飛んでいるけど、慣れれば結構平気になるものだ。


 って、いやいや、慣れちゃダメだって。子供のうちから衛生観念を教え込ませないと将来苦労してしまう。


「面倒くさいじゃありません。いい? 空気中から水分を集めるのは水魔法の鍛錬。水を沸騰させるのは火魔法の鍛錬。ちゃんと鍛え上げればスラムを出て宮廷魔術師になることも夢じゃないのよ?」


 私がせっかく子供たちのためにお説教をしているというのに――


「いやいや、空気中からの集水なんて上級の水魔法じゃないか。風呂に使えるほど集めるのにどれだけ魔力が必要だと?」


「それに水を沸騰させるって言うほど簡単じゃないですよね。そもそも火魔法は水と相性が悪いですし。10歳にも満たない子供に要求していいものじゃありませんよ」


『リリアちゃんって本当に魔法に関する常識がずれているよねー』


 リュース、ナユハ、愛理がひそひそとツッコミを入れていた。うん、私には何も聞こえませぬ。だいたい、この子たちは真面目にやれば水を集めることも沸騰させることもできるのだから。


非常識(リリア)に教えられると生徒も非常識になるのか……」


 なぜか絶望の声を上げるリュース。人のせいにしないで欲しい。

 そもそも、(私の主観であり統計を取ったわけじゃないけど)黒髪の子供は魔力総量が多い傾向があるし。多少非常識なことができてもそれは私のせいじゃない。


 と、そんな話をすると長くなりそうだったので子供たちの相手を優先。私は教師がやるように人差し指を立てた。


「いいことを教えてあげましょう。人間、見た目が9割なのよ? 外見が汚いだけで悪い印象を相手に与えてしまうの。だから毎日お風呂に入って、見た目を綺麗に保たなきゃいけないわ」



「――黒髪の子供がいるのに、見た目が9割って教えはちょっと酷じゃないか?」



 呆れたような声がかけられた。読み聞かせを聞いていた子供たちが駆け寄ってきたのだから、当然読み聞かせをしていたタフィンもやって来たのだ。


 もちろん私は即座に反論する。


「大丈夫、黒髪に対する差別なんて無くすから。だって、黒髪はこんなにも綺麗なんだよ? みんなもすぐに理解してくれるはずさ!」


「……まぁ、お前さんならやらかしそうだけどな」


「ふふん、タフィン。言葉選びを間違えているよ? こういうときは『やらかしそう』じゃなくて『成し遂げそう』と言わなくちゃ」


「お前ならやらかすな、絶対」


 悟ったような顔で何度も頷くのは、年上の友達であるタフィン。


 年齢はたぶん13歳くらい。


 スラム街にしては珍しい金髪青目。こういう子供(しかも美少女)は攫われるか貰われることが多いからね、未だにスラムで生活できているのが奇跡に思えるような存在だ。


「で? リリア、今日はどうした?」


 美少女らしくない乱雑な口調でタフィンが尋ねてきた。貧民街なのだからむしろこういう言葉遣いの方が普通なのだ。残念ながら。


 いつかタフィンにお嬢様言葉とか立ち振る舞いを学ばせたいなぁと考えつつ、今日の訪問目的を告げた。


「うん、この前渡したポーションはどうだったかなって」


「あぁ、あの薬か。おかげさまで頭ぶつけて死にそうになっていたデンのじいさんが復活したよ。重傷人が出たときは助かるな」


 私がいれば回復魔法をかけられるけど、私も四六時中スラムにいるわけじゃないものね。


 本当に死にそうな人が出たときはタフィンの使い魔が伝えてくれるようにはなっているのだけど。


 ポーションが役に立ったようで何よりだ。みんなも効果を実感してくれただろうし、本格的に運用しても大丈夫だろう。


 私がアイテムボックスから初級のポーションを取り出して、集まってきた子供たちに使い方を教えていると――ふと、1人の少女が視界に映った。


 他の子供たちは遠慮なく抱きついたり腕を引っ張ったり脇腹を蹴ったりしているのに、その少女はためらうようにこちらを見ているだけ。


(わぁお、ナユハや愛理に匹敵する美少女だ)


 この国では非常に珍しい、海を切り取ったかのような蒼い髪色。

 磨き抜かれた宝石のように輝く紺碧の瞳。


 そして、貧民街に似つかわしくないほどに白い肌。

 まぁ、着ている服こそ平民服だけど、生地も仕立ても一流だから綺麗な肌でも不自然じゃない。首のチョーカーについている宝石は本物だし。おそらく貧民街の人間ではないのだろう。リュースと同じようにお忍びなだけで。


 年齢は、たぶん私よりちょっと年下くらい。顔のパーツは冗談なんじゃないかってくらい整っていて、ナユハという美少女が常に側にいる私でも見惚れてしまうほど。


 うんうん、可愛い女の子って見ているだけで癒やされるよね。やっぱりいいよね~スラム街。普段私の周りにいるのは年上美人系ばかりだから、こういう年下の子に囲まれるのも悪くない――


「……リリア?」


 ナユハたんがジトッとした目で私を見つめていた。いや~そんな熱い視線を向けられると火傷しちゃいそうだよアハハハハ……。


 こほん。ナユハから必死に顔を逸らした私は、逸らした先にいたタフィンに質問を投げかけた。


「え、えっと、あの子は誰? 初めて見る子だよね?」


「ん? あぁ、マリーだな。なんでも人捜しをしているらしい」


「人捜しねぇ。そんな理由でよくガイさんが通してくれたね?」


「あのガイが根負けするほど通い詰めたってことさ」


「えぇ、あの石頭どころか鉄頭のガイさんが……? お人形さんにしか見えない美少女なのに、なんて諦めの悪い」


 その頑固さ、あるいはナユハに匹敵するかもしれない。


「それで? そのマリーちゃんは誰を探しているのかな?」


「あん? 知らね。聞かれていないしな。他人の事情には立ち入らないのがここでの掟だ」


「ふぅん、まぁそうだよねー。……身なりは完全に貴族だから、貴族に拾われた子供が妹とか弟を探して――って感じかな?」


 スラムではよくあるストーリーだ。貴族は貴族としての責務ノブレス・オブリージュのために孤児を拾うことが多々あるけど、拾われる子供って顔がいい子ばかりだからね。


 たとえ兄弟姉妹でも全員が整った顔つきというわけではない。兄が拾われて弟が置き去りに、なんて悲劇は本当によくあるお話なのだ。


「……そういえば、タフィンには養子入りの話とかないの? 見た目だけなら美少女なんだからありそうなものだけど」


「見た目だけで悪かったなバカ野郎。私も金持ちの貴族に拾われるか見初められての玉の輿を狙っているんだがなー。本当に貴族ってヤツは見る目がないよな。リリア、どっかにいい男はいないか?」


「いい男ねぇ……」


 お金持ちで、私の友達を任せられるほど性格も良くて、けっこう面食いなタフィンが満足する男となると――


「――アルフか」


 私の弟アルフレッドか!?


「アルフ?」


「ふっふっふ、アルフを選ぶとはいい目をしているね! だが! アルフと結婚したかったら私を倒してからにしろ!」


「いや誰だよアルフって」


「はぁー? あの超絶プリティでクレバーで未来のイケメン確定なアルフを知らないとかモグリか貴様!?」


「いや何言っているのか分からんのだが」


『リリアちゃん、落ち着いて。前世の横文字使っても普通の人は分からないから、ね?』


 どうどうと愛理になだめられた私である。だが、これが落ち着いていられるか!


「アルフが、アルフが結婚しちゃう! やっと引きこもりが解消して、これからお姉ちゃんっぽいことしてあげようとしたのに! 『お姉様♪』と呼んでくれるあの笑顔が他人のものになってしまうのか! ちっくしょう! どうしてこうなった!?」


「……ナユハ。リリアってこんなに阿呆だったか?」


「はい、タフィン様。リリア様は弟様のことになると頭のネジが数本はズレてしまう『ブラコン』ですので。まぁ普段も数十本単位で緩んでいるのですけれど」


 ナユハの毒舌に泣きそうになる私だった。マリーちゃんに見惚れていたのを怒っているのかもしれない。




 ちなみに璃々愛も同類ブラコンです。



 次回、2月6日更新予定です。


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[一言] 英雄と言われた人ほど後の生活は案外こうなる人物が多いっていう
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