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幼女ヒロインは女の子を攻略しました ……どうしてこうなった?  作者: 九條葉月
第三章 男装の王太子編

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閑話 禁書級魔導書


 閑話 禁書級魔導書



 “人道派”の大神官にしてリリアの姉御、キナ・リュンランドは王都の北に位置する大通りにいた。


 国家宗教である大聖教の“神殿”に繋がるこの大通りは古来より整備が進められ、立派な石畳が敷き詰められている。そんな大通りにキナがやって来たのはとある事件の調査をするためだ。


 キナの立場は王宮付きの大神官。王宮内教会における礼拝や、国王の相談役まで幅広い仕事を任されている。


 だからこそ王宮の外で起こった事件は仕事の範囲外であるし、関わる暇もない。“本業”も合わせれば尚更だ。前回の“死者の王(ノーライフ・キング)”が特殊な事案だっただけで。


 逆に言えば、その特殊な事案に匹敵しかねない事件が起こってしまったということだ。


「ったく、今日は『王太子殿下の護衛』って名目でリリアとリュースをからかいに行こうとしたんだがなぁ。無自覚“いけめん”のリュースと、無自覚女たらしのリリアの組み合わせなんて絶対面白いのに……」


「まぁまぁ、先輩。そんなこと言わずに」


 キナは後輩になだめられながら事件現場に到着した。目隠しのため周囲に張り巡らされた布をめくり、中に入る。


「おぅおぅ、こりゃひでぇな」


 キナの目に映るのは破壊され尽くした馬車。全体的に割れたり剥がれたりしている石畳。地面に染みこんだ鮮血に、治療を受ける10人の聖騎士たち……。


 聖騎士は(信心深いのはもちろんだが)騎士の中でも腕利きばかりが集められる。神の名の下に行動するのだから当たり前だ。神に仕える者に敗北など許されない。


 さすがにガルドやリリアといった規格外と比べるのは可哀想だが、通常の騎士団であれば部隊長を任せられるような猛者ばかりが集められている。


 そんな聖騎士が10人もいて、全員が負傷。幸いにして致命傷を受けたものはいないが、骨折や脱臼、裂傷など多数。治癒魔法をかけなければ数ヶ月単位で前線復帰は叶わないだろう。


 聖騎士にこれだけの損害が出たのに、“敵”の死体はない。彼らの実力をよく知るキナとしては首をかしげるしかなかった。


(護衛として同行していた聖騎士は10人。10人も集まって敵を1人も倒せなかった上、ここまでの手傷を負わされるとなると……。まさか、ワイバーン?)


 キナの脳裏に浮かぶのはレナード領に現れたというワイバーンだ。“竜使い”の可能性は他ならぬ国王陛下から伝えられているが、半信半疑だったし、正直言えば『疑』の割合の方が多かった。


 しかし、聖騎士が一方的に負けてしまう存在ともなると……。


「――キナ。ボーッとしている暇があったら手伝いなさい」


 王宮大神官という、数いる神官の中でもかなり高位のキナに対して遠慮ない言葉がぶつけられた。


 キナが声の方を向くと、20代半ばくらいの女性が聖騎士に治癒魔法をかけていた。


 銀髪。


 数多き宮廷魔術師の中で、唯一の銀髪持ち。その若さで魔導師団長を任される天才。そして、リリアの“姉弟子”であるフィー・デファリンが批難するような目をキナに向けてきた。


 フィーは美人であるが、メガネの奥の目つきが少々きついので、睨まれると大抵の人間は萎縮するのだが……キナは悪びれることなく肩をすくめるだけ。


「あいにく、あたしは聖魔法を使えないんでね」


「……『仕事が増えるのが嫌だから使わない』の間違いでしょう?」


「よく分かってるじゃねぇか。それに、我が国が誇る魔導師団長さまが治療してんだ。あたしのオマケ程度の治癒魔法なんざ必要ねぇだろ。今日の仕事は事件の調査だしな」


「ケガをした聖騎士が可哀想だと思わないの?」


「死にはしねぇんだ、ツバでも付けてればいいんだよ。こいつらだってそんな柔な鍛え方はしてねぇんだからな」


 キナの目がフィーから聖騎士に移る。


「で? お前さんは一体“何”にやられたんだ? ワイバーンでも現れたか?」


 盗賊団程度なら返り討ち。大抵の魔物も討伐可能。聖騎士が一方的にやられるなどありえないし、そもそも街道として整備されたこの近辺に魔物は出ない。


 可能性があるとしたら、国王陛下から話があったワイバーンくらいのもの。他にもグリフィンやらフェニックスやらの候補はいるが、そういった幻獣級は人里へ降りてこないだろう。


 一番可能性が高いのはワイバーンだ。

 しかし、キナの予想に反して聖騎士は首を横に振った。


「――ドラゴン、です」


 その発言にキナの血の気が引いた。この場所を襲撃したのはワイバーンではなく、ワイバーンの成体であるドラゴンだと聖騎士は口にしたのだ。

 新兵ならとにかく、歴戦の聖騎士が『戦場誤認』するとは考えがたい。


 そう言われてみると石畳の現状にも納得できた。

 大通りに敷き詰められていた石畳は大きく荒れている。この痕跡は、巨大な重量を持つもの(・・)が石畳の上に乗ったからできたと考えるのが自然だろう。


 ワイバーンの強さが近衛騎士に相応の犠牲が出る程度だとしたら、ドラゴンの強さは近衛騎士団が全滅させられるほど。

 国王が懸念するように、もしも王都が襲撃されたら……王都が壊滅しかねない。


 ドラゴンとは幻想種であると同時に知的生命体であり、エサとして『人』を襲うことはあっても、『人間族』を敵に回さない程度の知恵はある。


 人間は知恵が回り、数も多い。国家を敵とした“戦争”になればいくらドラゴンでも首を取られてしまう。そんな人間との争いの元になる都市襲撃などありえないはずなのだが……。


 考えすぎ。

 そう断言するのは早計だ。


 なにせ“竜使い”が相手なのかもしれないのだし、それに――この馬車が輸送していた禁書級魔導書。そのうちの一つには人から竜へと変身(・・・・・・・・)するための魔法が記されていたとされるのだから。


 もしも都市のど真ん中で人間が竜に変身したら……その被害は想像することすら恐ろしい。


 キナがフィーに確認する。


「で? どんだけ持って行かれたんだ?」


「この馬車で移送していた禁書級魔導書は5冊。このうち、無事発見されたのは4冊。行方不明の1冊は“変竜の書”ね」


「禁書級が5冊もあったのに、1冊しか持って行かれなかったのか?」


「禁書級は近くに置いておくと互いに影響し合って、予期せぬ魔法的事象を引き起こすことがあるもの。大聖教の“神殿”並の設備が準備できないのであれば、目的の本以外は置いて行っても不思議ではないでしょ。……まぁ、他の本の価値を知らなかっただけの可能性もあるけれど」


 側に置いておくだけで危険な禁書級を10冊以上保有していたのだ、やはりあの死者の王(ノーライフ・キング)は規格外の“災害”だったのだろう。


 そんな災害を偶然とはいえ消滅させたのだから、やはりガルドとリリアは持っている(・・・・・)


「どちらにせよ、賊は“変竜の書”を狙って襲撃したってことか?」


「可能性は高いわね」


「……あたしはその“変竜の書”についてはよく知らねぇんだが、ほんとにそんな、人が竜になれるような代物なのか?」


「まだ目次までしか解析できていないみたいだけど、それによれば人が竜になる方法や、竜から人に戻る術、その他、竜化の呪いについての記述もあったみたいね」


「竜化ねぇ……。殺された竜の呪いによって自分も竜になってしまう“竜殺し”の昔話だったか? 何百年前のお話だよ。……しかし、まだ目次までしか解析できていねぇのか? 魔導師団の連中もずいぶんのんびりした仕事をしているじゃねぇか」


「あら、言ってくれるわね。禁書級を奪われるようなずさんな警備(しごと)をしていたのはどこの誰なのかしら?」


「あたしは関係ねぇよ。今回の輸送の責任者は“神聖派”なんだからな。人道派のあたしとしては『ざまぁみろ』と……言うわけにもいかねぇか」


 禁書級の魔導書を奪われたとあれば神聖派の面目は丸つぶれとなる。しかも最初は人道派がやるはずだった輸送を、神聖派が横取りしたというおまけ付き。今回の件で神聖派の影響力は相応に低下するだろうし、キナとしては喜ばしいことであるはずだ。


 けれど、素直に喜ぶわけにもいかない。


「変竜術が本当かどうかは知らねぇが、事実であれば人間が竜に変身するからな。都市の真ん中でやられたら大惨事だ。飛んでくるのならまだ避難や応戦の準備もできるんだが」


「そして今回の襲撃が『ドラゴン』によるものだとしたら、敵は竜使いである可能性が非常に高いわね」


「そもそもここは王都の近く。防護術式によって普通のドラゴンは近づこうともしないはずだしな。それをひっくり返せるのは“竜使い”くらいのもの。……竜使いに、変竜術か。これはもうリリア案件だな。リリアには王都から離れないようお願いしなきゃいけねぇか」


 キナの言葉にフィーが深く頷いた。


「リリアちゃんの稟質魔法(リタット)ならドラゴンでも瞬殺できるものね。ここは姉弟子である私から頼んでおきましょう」


 フィーの言葉にキナの動きが止まった。

 笑顔。笑顔でフィーに反論する。


「……いやいや、ここはリリアの“姉御”であるあたしから頼んでおくさ。お前は襲撃者の追跡をしろって。魔導師団長なんだから便利な魔法の一つや二つ知っているだろう?」


 対するフィーも笑顔。笑顔で迎え撃つ。


「いえいえ、ここはリリアちゃんの“姉弟子”である私が頼んでおくわよ。教会の派閥争いは知らないけど、変竜の書を奪われたのは教会の不手際なのだから、キナは責任を持って変竜の書を奪い返しなさいよ」


「いやいや、リリアは“聖女”なんだからな。ここは教会関係者のあたしが話しておこう」


「いえいえ、リリアちゃんには私の次の魔導師団長を任せるのだから、ここは私から話しておくわ」


「いやいや、リリアは聖女。当然教会が引き受けるから」


「いえいえ、銀髪持ちなのだから当然魔導師団に入ってもらうわよ」


「いやいや、」


「いえいえ、」


「ははは」


「ふふふ」



 某日。某王宮大神官と某魔導師団長が殴り合いのケンカをしたという噂が王宮内を駆け巡ったが、真偽のほどは不明である。






 ……のちに。

 対ドラゴン防衛に駆り出されたリリアは叫ぶことになる。


「なんで9歳児がドラゴンを相手にしなきゃいけないの!? 私の目指す平穏なスローライフはどこ行った!? くっそう、どうしてこうなった!?」 



次回、25日更新予定です

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[一言] それだけの力持ってんだから働けの図
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