7.王太子と出会った結果
7.王太子と出会った結果。
森に来たのはリュース王太子殿下と、同い年くらいの男女がそれぞれ一名ずつ。片方は攻略対象の一人である騎士団長の息子だ。
攻略対象に二人も出会うとか、今日はなんて厄日だろう?
あと、そんな三人の後ろで親指を立てている(以前私が教えたサムズアップ)のがキナの姉御。
また何か悪巧みしているらしい。
姉御への対応は後回しにするとして、問題は殿下たちだ。
とりあえず、挨拶するべきかなぁ?
でも、殿下は明らかにお忍び用の衣装。ここで貴族式の挨拶をするのは空気が読めていないと思う。
かといって挨拶しないのは人として問題がある。ここは『殿下』であると気づかないふりをして普通の挨拶をするべきか。
あぁでも『女の子じゃん』って口を滑らせちゃったからな。まずはその釈明をしなきゃいけないか。
と、そんなことを考えていると騎士団長の息子(ゲームでは不人気キャラだったので、名前は忘れた)が怒りを込めた声を上げた。
「貴様ぁ! 殿下を侮辱するか!?」
あ、『殿下』って言っちゃったよこの人。わざわざお忍び用の衣装を着ているのに。隣にいる少女が頭を抱えているし。
う~む、どうしたものか。とりあえず『面白い展開になってきた!』って顔をしている姉御はぶん殴りたい。
よし。
私は草を払いつつ立ち上がり、スカートをつまんで頭を下げた。
「殿下であるとはつゆ知らず、わたくしの発言で大変不愉快な思いをお掛け致しました。何卒ご容赦のほど――」
殿下とは知らなかったよ。
そっちも平民服を着ていたよね?
ここはあくまで非公式な場。
謝罪するから、なかったことにしよう?
そんな裏の意味を込めた謝罪。
だというのに。
「謝って済む問題か!」
騎士団長の息子が激高しておられた。アイテムボックスから槍を取りだし、私に向けてくる。
「…………」
私は殿下に謝罪しているんだよアホが。てめぇも貴族なら空気読めよ。ここで『女の子と言われて相手を処分した』となったら困るのは殿下だろうが。理由は知らないが男装しているんだろう? 余計な波風立てて殿下に不要の疑いを向けさせるつもりか?
それに、子爵家とはいえ貴族子女に武器を向けたのだ。もう『なかったこと』にはできないんだぞ? その筋肉しか詰まっていない頭で理解できているのか?
……おっと、ついつい口調が乱暴になってしまいましたわオホホホホ。
あーそうだった。騎士団長の息子はこういうキャラだった。よく言えば熱血。悪く言えば脳筋。アホな言動でシナリオを最悪の方向に転がす問題児。よく学園に出没する黒猫に人気投票で負けた事実は伊達じゃない。攻略対象なのに。
殿下が『控えろギルス!』と命じたり問題児が『しかし殿下!』と反抗したりしている間。私は頭を抱えることを必死に我慢していた。
殿下に付いてきた女の子と目が合う。ちょっとした親近感。あんなのが側にいると大変ですね、いえいえあれでも良いところもあるんですよ、と目と目で会話する。
そんな中、私を庇うようにナユハが前に出た。
黒髪。
黒目。
ナユハを見て騎士団長の息子の表情が変わった。今までの怒りから、警戒に。
「殿下! お下がりください! 黒髪です!」
騎士団長の息子がナユハに槍を向けた。
それだけじゃなく、容赦のない殺気まで向けている。
「…………」
ほぅ?
これはまるで、『黒髪』が危険な存在みたいじゃないか?
いやいや、分かるよ。黒髪は邪法を使うとか、悪魔との契約者だなんて言われているものね。事実はともかく、そんなうわさが立つ存在を王太子殿下から遠ざけたい気持ちはよく分かる。
でもね、この国の法律で『黒髪』には他の人間と変わらない権利が認められている。実際はまだまだ差別は消えていないけれど、将来は殿下の側近として国の運営に深く関わるであろう人間が、そんな言動をしてはダメだね。
教育してあげよう。
口で言っても分からないだろうから、実力行使でね。
とりあえず、周りの森に向かって警告代わりの殺気を放つ。たぶん殿下の護衛であろう人間が、5人。気配遮断の魔法を使って忍んでいるのだ。
――邪魔をするな。
殿下たちを避けての殺気放出は我ながら芸術的な器用さだ。
ちなみに私は分かり易く『殺気』と呼んでいるけれど、正確にはスキル『威圧』だ。ある程度のレベル差がある存在を一定時間行動不能にする便利技。
うん、ヒロインが持っていていいスキルじゃないよね。魔王とかのスキルじゃないこれ?
警告は受け取って貰えたみたいなので、私はナユハを下がらせてからアイテムボックスから槍を取り出した。
目を見開いたのは殿下だ。
「り、リリア・レナード嬢! 貴女のメイドに対する無礼は私からも謝意を――むぐ!?」
殿下の口を手でふさいだのはキナの姉御。不敬罪、の心配をしても無意味か。姉御ならどうにかするのだろう。
私は騎士団長の息子(長いからアホの子でいいや)に笑顔を向けた。友達に槍を向けられたので口調は少々乱雑になってしまったけれど。
「――そっちから槍を出したんだ。死ぬ覚悟はできているんだろうな?」
別に殺気を叩きつけたわけじゃないのだけど。アホの子は冷や汗を流して一歩下がった。
戦う前に負けている。
殿下の側近として恥ずかしくないのだろうか? まぁでも子供だものね。そこらの騎士よりも実戦経験豊富な私相手は可哀想なものがある。
容赦はしないけど。
すたすたと。私が軽い足取りで近づいていくと『これはマズい』と察したのか先ほど目と目で語り合った女の子が結界を展開した。アホの子を包み込むように。
聖魔法系の結界。
歪みのない術式と展開の早さからかなりの才能を有しているだろう。
槍のような物理攻撃では、時間を止める聖魔法系の結界は相性が悪い。
悪い、のだけれども。
私は“神槍”の愛弟子なのだ。不可能を可能にしなければあの人の弟子は務まらない。
お爺さまいわく、聖魔法が時間を止めるなら、時間を止められるより早く槍を突き刺せばいいだけとのこと。
よく考えなくてもおかしな理屈なのだけど、最近の私はやっとお爺さまの教えを理解できるようになってきた。
私がアホの子の間合いに一歩踏み出すと、アホの子は容赦なく槍を突き出してきた。
いや『容赦なく』という表現を使うには遅すぎたけど。
もしかして女の子相手だから手加減したのかな? と、疑いたくなるほどのんびりとした攻撃。ちらりとアホの子の顔を確認。
うん、信じられないけど本気みたい。
……萎えた。
私は自分の槍を『くるり』と回した。相手の槍を巻き取るように。二回転させたあと槍を跳ね上げると、私の槍に巻き取られた相手の槍は後方上空へと吹っ飛んでいった。
巻き上げという技だ。
自分の武器をあぁまで簡単に失うとか、ちょっと修行不足に過ぎるよね。
驚く彼の足の甲に槍を突き刺し、彼が苦痛に顔をゆがめたところで――
「――姉御直伝! 姉御パンチ!」
ぶん殴った。
アホの子の顔面を。
歯が数本折れる勢いで。
聖魔法の結界はどうしたって? そんなもの、私の拳に聖魔法を纏わせれば問題なし。結界としての強度はこちらの方が強いのだから問題なくぶち破れる。
遠くで姉御が『聖魔法ってそういうものじゃねぇんだけどなぁ』とつぶやいていた気がするけど、気のせいだ。
前歯が数本折れたアホの子の顔面は大変なことになっているけれど、大丈夫。あれだけの聖魔法系結界を展開できる女の子が近くにいるのだ。すぐに治癒魔法をかけてもらって元通りだ。
……私? なぜナユハに槍を向けたド阿呆に治癒魔法をかけてやらなきゃならないのかな?
アホの子は一撃で気絶。
女の子がアホの子に治癒魔法をかけ始めたのを確認してから私はナユハに顔を向けた。もう大丈夫だよと安心させるために、笑顔で。
「…………」
ナユハは笑顔だった。
それはもう芸術的な。天使という表現がふさわしいような。見ているだけで楽しく幸せな気分になれるような。
ただ、そんなナユハの足下に槍が突き刺さっていなかったらもっと純粋に楽しめたんだけどなぁ。
あー、はいはい。私がさっき巻き上げた槍ですね。後方に弾き飛ばした槍ですね。それがナユハの足下に突き刺さったと。危うくナユハ本人に刺さっちゃうところだったと。
「……マジすみませんでした」
ジャパニーズ正座からジャパニーズ土下座を華麗に決める私だった。近くで見ている殿下の反応は分からないけど、きっと呆れていると思う。
ど、どうしてこうなった……。
あ、はい。安全確認しなかった私が悪いですよね、すみません。
・貴族としての教育を受け、貴族の慣習や決まり事に厳しい
→ 礼儀知らずなヒロインにきつく当たってしまう。
・口で言っても分からない
→ 実力行使。
リリアさんは一つ間違えると『悪役令嬢』ルートに入ってしまう人なのです。
まぁ本当に『やらかし』そうになったらナユハさんや愛理さんが止めてくれますけど。




