2.弟、アルフレッド
2.弟、アルフレッド。
1,500年ぶりくらいにポーションを作った結果。その功績でレナード子爵家に伯爵位への陞爵のお話が来ているらしい。
陞爵とは貴族としての爵位が上がることね。
まぁそういう貴族の面倒くさいあれこれはお父様に丸投げするから別にいいのだけど。問題は、引きこもりである私の弟――アルフレッドでは次代の伯爵にふさわしくないのでは、という話が持ち上がっていることだ。
お父様はまだ若いのだから再婚して、再婚相手の子供を……とか。
歴史ある公爵家の次男を養子にして……とか。
優秀だと評判な姉(私)を跡取りに……とか。
裏で色々と動きがあるみたい。
もちろん、貴族という人種が善意でそんな心配をするはずがないので、うまいこと自分たちの思い通りに動いてくれる人材を『レナード商会』の跡取りにしたいと画策しているのだろう。
レナード商会は王国の経済に大きな影響力を持っているからね。下手をすれば王家も跡取り問題に乗り出してくるかもしれない。
私としては才能がある人にレナード商会を任せてもいいと思う。前世でも創業家と経営者は別というのが普通だったし。
というか、いずれはレナード家を出てスローライフを送ろうと思っている私に跡取り問題でとやかく言う権利はない。
ない、のだけれども。
この話は引きこもっているアルフ抜きで進んでいる状況であり。
部屋から出てこないアルフに非があるのは確かだけど、それでも、次期当主であるアルフが何も知らないというのは可哀想だし筋が通らないだろう。
だから私は決めた。
アルフに部屋から出てきてもらおうと。
出てくるのが無理なら、せめて跡取り問題の話だけでも聞いてもらおうと。
べ、別に! 私が跡取りに据えられる可能性を潰そうとしているんじゃないからね! アルフのことを心配しているだけなんだからね!
少し間違ったツンデレをしながら私は声を張り上げた。
「――はい! というわけで、やってきましたレナード家本邸! 具体的に言えば本邸のアルフの部屋前!」
どんどんぱぷぱぷ! と妖精さんが楽器を鳴らし、ナユハが拍手をしてくれた。うん、ノリがいいって大切だね。
お父様が所用で領地に戻るのに便乗して私も本邸にやって来たのだ。予定していた銭湯建築もあのリッチの後処理をやっているせいでしばらく無理そうだからね。
ちなみに愛理はフラフラとどこかに行ってしまった。自由人め。
「さて、弟であるアルフの説得だけど……。ナユハ、お願いできないかな?」
『最初から丸投げかよー』
『鬼畜ー』
『弟への愛はどこ行ったー』
「う、うるさいわ! こっちにも考えがあるんだよ!」
そう! ちゃんと考えているのだ! 決してナユハに押しつけたわけではない!
……でもちゃんと説明しておいた方がいいよね。私は小さく咳払いしてからナユハに向き直った。
真面目なお話なので、真面目な表情で。
「ナユハ。私のお母様は、アルフを生んだ際に亡くなってしまったんだ」
「――っ、そうだったんですか」
ナユハが悲しそうに眉尻を下げた。ナユハのお母様も出産時に亡くなってしまったからね。
この世界には治癒魔法があるけれど、出産には命の危険が伴っている。衛生観念がまだまだ未熟だし、治癒魔法は『患部の時間を巻き戻して治療する』魔法だから。出産によってお腹の中にいた赤んぼうがいなくなってしまった状態では、うまく“時間を巻き戻す”ことができないのだ。
この前出会ったクロちゃんのように鑑定眼持ちの治癒術士なら適切な部位に治癒魔法をかけられるだろうけど、全員が全員そんな力を持っているわけじゃない。とにかくお腹を中心に治癒魔法をかけて、うまくいかずに――という事例は多いらしい。
それに、母親自身が『私のことよりも赤ちゃんを……』と望むことが多いのだ。ナユハのお母様のように……。
結果としてこの世界では元の世界よりも出産時の死亡率は高い。母親も、周りの人間も、出産の際にはある程度の“覚悟”をもって挑んでいるのだ。
でも、だからといって納得できるかと言えば、決してそんなことはない。
事実、アルフは納得できなかった。
私と同じかそれ以上に活発だった男の子が、知った後は罪悪感で引きこもりになってしまうほどには。
――自分のせいでお母様が死んでしまった。
――自分さえ生まれなければ……。
きっと、今もまだアルフはそんな悔いと共に生きているのだろう。部屋の隅で膝を抱えているのだろう。
だからこそ、私はナユハに任せたい。
ナユハはアルフと同じ悲しみを経験しているのだから。
私が期待を込めて見つめているとナユハはゆっくりと、深く頷いてくれた。
「任せて。リリアに期待されているのだから、今の私はきっと溶岩の中にでも飛び込めるよ」
「……あはは、別に飛び込まなくてもいいからね?」
苦笑してしまう私である。たぶんナユハ的には『清水の舞台からフライハイ!』な覚悟を表現したかったのだろうけど……最近のナユハはどうにも過剰な言動が目に付くのだ。
まるで、そう、私を崇拝しているかのような。
って、ないない。私とナユハは友達だし、私は尊敬されるような人間でもない。毎日のように呆れられているし……。やだなぁ崇拝されているだなんて自意識過剰なんだから私~。
『現実逃避ー』
『目を逸らしても現実は変わらないぞー』
『まぁ失った右手を治してもらったら崇拝の一つや二つしちゃうよね実際ー』
『普段はちゃらんぽらんという“ギャップ萌え”も加われば余計にねー』
妖精さんの指摘はまるっと無視。私のスルースキルに恐れおののくがいい。
ナユハに向けて頷いてから私はアルフの部屋の扉を開け放った。
鍵? 弟を心配する姉パワーによってこじ開けたよ。ちょっと身体強化してバキリとね。
……後でおばあ様に怒られそうだけど、アルフのためだと納得してくれると信じている。
部屋に一歩踏み出すと、淀んだ空気が鼻についた。窓を閉め切っているのだからある程度は覚悟していたけれど、室内は、予想よりもじめじめしていた。
単に湿度が高い、というわけでもなさそうだ。
「――っ!?」
じめじめしている原因。
その原因に気づいたナユハが小さく声を上げた。悲鳴とまでは行かないけれど驚愕は十分伝わってくるね。
「……彼女は私に任せて。ナユハはアルフをお願い」
私は“彼女”を視界から追い出し、部屋の片隅を指差した。
茶色い髪を乱雑に伸ばした少年が、力なく膝を抱えている。
その手は折れそうなほど痩せ細り、肌は不安になるほど青白い。
ナユハの背中を押して部屋の奥にいるアルフの元に向かわせると、ナユハは戸惑いがちに何度か振り返ったけどそのままアルフの前まで歩いて行ってくれた。
後は任せよう。
だから、私は“原因”と対峙する。まかり間違ってナユハに襲いかからないとも限らないからね。
じめじめとした原因。
幽霊。
6年ほどこの世を彷徨っている亡霊は、恨みがましい目で私を睨み付けてきた。
そんな彼女に対して私はおばあ様直伝のカーテシーを。6年の成長を見せつけるように。
そして。
「――お久しゅうございます、お母様」
ほんと、どうしてこうなったのだろうね?
最初から(シリアス度が)クライマックスだぜ。……まぁ次話で完全破壊されますが。
本日、夜頃投稿します。




