怪しい女
「――やや! これはこれは! かの高名な王宮大神官様にお目通り叶うとは! これもまた聖女様の思し召しでございましょう!」
帝国の聖女の使者は、まだ年若い少女だった。
年齢は15歳くらいだろうか? 貴族であればデビュタント(社交界デビュー)するかしないかといったところ。
髪色は平凡な茶色。平凡な茶色い瞳。見た目は驚くほど整っているのだが、銀髪赤目であったり蒼髪だったり最近赤髪になったりしたリリアと愉快な仲間たちを見慣れている身としては『インパクト』が弱めだった。
いや、この喋り口調は別の意味でインパクト抜群であるのだが。
そんな少女に、キナは確かな見覚えがあった。
直接会ったことがあるわけではない。
が、『写真』で見たことがあった。
キナは(少なくない予算を使って)リリア&妖精様からポラロイドカメラを購入しており、そのカメラはリリアを『監視』する聖騎士に持たせていたのだ。リリアはときどきというか頻繁に重要人物と接触するし、とんでもないことをやらかすから。報告時に写真があった方がいいと判断されたのだ。
そんな写真と共に報告された少女。
少し前に王都でリリアたちと接触した新聞記者だ。
今は帝国式の神官服を身に纏っているが……リリアたちと接触した時の服装は、男性が被るようなハンチング帽に、シャツ、そして長ズボン。まだまだ貴族主義の蔓延るヴィートリアン王国では女性が着るとは信じられない服装であるし、伝統と格式を重んじる神聖ゲルハルト帝国においては尚更であろう。
「……お初にお目に掛かります。ヴィートリアン王国王宮大神官を拝命しておりますキナ・リュンランドでございます」
と、キナが貴族令嬢らしく丁寧に挨拶をすると、
「やや! これは申し遅れました! 私、神聖ゲルハルト帝国で聖女様の側仕えをさせていただいているカナンです!」
「側仕え? 新聞記者ではなく?」
お前のことを知っているぞ、と軽く牽制するキナ。
「これはこれは。さすがの情報収集能力ですね。しかし、さすがの王家直属でも私が帝国薙いで何をしているかはご存じないようで」
「…………」
牽制に牽制で返されて、思わず押し黙るキナ。
しかし、カナンはそんな様子を気にするでもなくキナに質問してきた。
「ナユハ・レナードさんはどちらにいらっしゃるでしょうか?」
「……今は聖女様に付き従い、ミリス・ガングード公爵令嬢との交流を深めるためにガングード領へと赴いております」
実際はダンジョン攻略なのだが、表向きは『友達の家に遊びに行った』となっているし、キナたちもまさかダンジョン攻略をしているとは夢にも思っていない。
普段のリリアは監視の目があっても無視してくれていたのだが、今回は上手いこと撒かれてしまったのだ。キナもリリアがガングード領で何かをやっていることは知っているが、何をしているかまでは知らない。
「なるほどなるほど。ちなみにガングード領とはどっちの方角でしょうか?」
「? はぁ、まぁ、領都はだいたいあっちですかね?」
「なるほどあっちですか……」
カナンは遠くを眺めるように手のひらで額にひさしを作り――
「――お、見つけました」
そんなことを口走るカナン。もちろんここからガングード領にいるナユハの姿が見えるはずがない。王都は王国の真ん中辺りに位置していて、ガングード領は南端にあるのだから。
しかしカナンの様子から嘘をついているようには思えなくて。
「……まさか、千里眼?」
その名の通り千里の先を見通すとされる眼。もはや伝説の上でしか存在しないとされてきた力。そんなものを持っている規格外はリリアくらいだと思っていたが……。
「では、これにて失礼」
帝国風の敬礼をしてからカナンはその呪文を唱えた。
「――転移魔法」
正式の呪文ではない、短縮呪文。そんなこと、キナでさえできないというのに。15歳くらいにしか見えない少女が唱えて――その姿は、かき消えた。
十中八九、ナユハの元へ向かったのだろう。
偽聖女の側仕えを名乗る女。
怪しすぎる事前の接触。
なにより、神聖ゲルハルト帝国の人間。
「……ちっ!」
放っておけるはずがなかったキナは、魔力の乱れを辿る形で転移魔法を発動。カナンの後を追った。
次回、11月20日更新予定です




