閑話 隣国の聖女から
王宮大神官にしてリリアの姐御・キナは神召長に呼び出された。
国家宗教である大聖教において、一番『偉い』のは聖女リリアである。
しかし、彼女は最高権力者として組織運営をするつもりがないというか、そもそも最高権力者という自覚がないので神召長が『聖女代理』として引き続き大聖教の運営に当たっていた。
そんな神召長と共に部屋で待ち構えていたのは、一人の中年男性。
エイダス・キュテイン神官長。
神官長に次ぐ地位にある三人の神官長のうち一人。キュテイン公爵家の次男にして、王妃エレナの実弟にあたる。
……三人の神官長とはいえ、神聖派を率いていたレイジス神官長は『行方不明』なので実質的に二人しかいないのだが。
「王宮大神官、キナ・リュンランド。まかり越しました」
「はい、ご苦労様」
柔らかに微笑む神召長と、にっこりと笑うエイダス神官長。嫌な予感を感じ取るキナであるが、この二人を相手に逃げるわけにもいかない。
「神召長様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
正式な場。敬愛する神召長相手。しかもエイダス神官長もいるので懇切丁寧な言葉遣いをするキナであった。普段からそうしろよと思わないでもない。
「えぇ。レイジス神官長は見つかったかしら?」
レイジス神官長。
聖女リリアに(無謀にも)喧嘩を売り、返り討ちになった男だ。その結果としてレイジスの率いていた神聖派は大きく勢力を落とし、ここ数週間レイジスも何処かへ姿をくらましていたのだが……。
エイダス神官長の情報網であれば、すでに『あの情報』は入手しているはず。それでもキナに問いかけているのは――おそらく、どれだけの情報を大聖教に渡す気があるのか試しているのだろう。キナは大聖教に所属しているが、同時に国王陛下直属の密偵でもあるから。
キナとしても、情報の取り扱いというか立場のバランスに関しては常に注意している。が、今回の一件は大聖教に関わることなので、情報すべてを渡しても構わないと許可は出ていた。
「あちらからの正式な発表はまだですが……レイジス神官長は、神聖ゲルハルト帝国に移住。枢機卿付きの神官になったようですね」
「あら、神聖ゲルハルト帝国の……」
目を丸くする神召長であった。ヴィートリアン王国の隣国である神聖ゲルハルト帝国は(同じくスクナ様を主神としているが)何度も戦争をした敵国だ。そんな帝国に、王国の神官長が鞍替えをするなどと……。
王国の大聖教にとっては恥以外の何物でもないし、帝国にとっては大戦果だ。にもかかわらず、帝国がすぐにその事実を発表しないのは……。
「なにか狙いがあるのかしら?」
「おそらくは、時機をうかがっているのでしょう」
「時機?」
「普通に発表するよりも、我々に対する損害を与えることができる。そんな時機を狙っているのかと」
「あぁ、なるほどねぇ……。では、これも何か関係があるのかしら?」
神召長が取り出したのは、神聖ゲルハルト帝国の封蝋がされた手紙。
「その手紙は?」
「あちらの聖女様からよ。うちの聖女と交流を深めたいと記されているわ」
「はぁ……?」
聖女とは『神に最も愛された者』であり、であるからこそ一人のみが選ばれる。……いやキナとしてはリリアから『スクナ様が一番愛しているのは師匠だしなー。銀髪萌えなのも師匠の髪色だからだしー』という衝撃的すぎる事実を教えられているのだが。表向きは最も愛された者が聖女になるのだし、だからこそ聖女とは一人だけなのだ。
つまり、同じ時代に聖女が二人いるならば。それはどちらかの聖女が偽物であることを意味しているのだ。
キナからしてみればリリア以外の人間が聖女であることなど考えられないし、ならば帝国の聖女こそが偽物であるに決まっている。だというのに、そんな偽聖女が自分からリリアと交流したいと申し出てくるのは……。
「何か裏がありそうですね」
うへぇと顔をゆがめるキナに呼応するようにエイダス神官長がため息をつく。
「だが、だからといって断ることはできない。そうなればこちらがあちらの聖女を恐れたことになるからだ」
「あー……」
本物だったら正々堂々と会えばいい。それができないのは偽物だからだ。と、いう理屈なのだろう。
「その手紙を持ってきた聖女の従者、まだこの国に留まっているのよ」
「? 返事を待っているのですか?」
「それもあるけれど、同じ聖女の従者として、ナユハ・レナードとよしみを通じたいのだとか」
「……ナユハと、仲良く、ですか?」
聖女リリアの従者というか、護衛騎士として有名なのはやはりナユハだろう。『黒髪黒目』という特徴はもちろんのこと、龍殺しの事実も広まっているはずだから。
しかし、だからといっていきなり『会いたい』と要求してくるのも……怪しすぎる。
「彼女によると、聖女二人の面会について、聖女の従者同士でやり取りをした方がいいだろう。という理屈らしいわよ?」
「はぁ……」
一見すれば筋が通っているように思える。貴族はいきなり尋ねていってお茶会を、なぁんてことは失礼に当たるし、従者がやり取りして互いの予定をすり合わせるのも珍しいことではない。
しかし、聖女とは国家と国家宗教によって庇護されるべき存在。そんな聖女と面会したいというのなら(たとえ同じ聖女とはいえ)国家規模の交渉が行われるべきなのだ。それを、従者同士のやり取りで済ませてしまおうなど……。
怪しすぎるが、ただ『怪しい』という理由だけで断ることも失礼に当たる。というわけで、兎にも角にもその従者とやらに会ってみることにしたキナであった。
次回、11月10日更新予定です




