出発前
さて、ごくごく平和的に冒険者登録は成功した。
「ごくごく?」
「平和的に?」
「成功?」
何か言いたげな顔をするナユハ・マリー・ラミィだった。誰もケガしなかったというのに。どうしてこうなった?
まぁいいや。これでダンジョンに潜るための前準備は終わったので、あとは実際に現場に向かえばOKだ。
というわけでガングード公爵家の本邸に戻り、ミリスと合流。ちなみにミリスは執事さんから『お嬢様を冒険者ギルドに行かせるわけには……』と渋い顔をされたのでお留守番をしていたのだ。
まぁ、普通の公爵令嬢が普通に町中を歩いたり、普通に冒険者ギルドに入ることはありえないよね。いつ誘拐されるか分かったものじゃないし、荒くれ者揃いの冒険者ギルドになんて行ったらどんな酷い目に遭うか分からないもの。
……え? ラミィも公爵令嬢だって? 私と互角に戦える存在が町中を歩いたり冒険者ギルドに行ったくらいでどうにかなるわけないじゃん。ははは、ウケる。
「なんだか非常に不名誉なことを考えられている気がするのは、気のせいかな?」
さらっと心を読むのは止めてもらえません?
「……ただ単にリリアが分かり易いだけだと思うよ?」
容赦のなさ過ぎる正妻様であった。どうしてこうなった?
◇
ミリスからの調査依頼はすでに執事さんが代理で申請してくれていて。私がそれを受理したのでダンジョンに向かうのは問題ない。
問題は、誰をダンジョンに連れて行くのかという話なのだけど……。
とりあえず、(使い魔以外は)戦闘能力皆無なミリスは除外。
あとはナユハも除外。戦闘能力は高めだけど、あくまで対人戦闘。いきなりダンジョンに放り込むのは難しいでしょう。いや最近は雷落とせるようになったけど、それはまだ習熟していないし。無理をさせる必要もない。
マリーは以前言った理由でこれまた除外。となると、私とラミィで突っ込んでしまうのが一番なのだけど――
「わたくしも! 行きますわ!」
珍しくワガママを言うマリー……いや割といつもワガママ言っているなこの子。我慢を強いられがちな侯爵令嬢なのに。
まぁ、私の器の大きさがマリーにワガママを言わせているのだとポジティブに考えるとして。
「いや、でもなぁ。マリーって絶対ドラゴンに変身するじゃん。ダンジョンの中で。ノリノリで」
「そんなことはありませんわ! ……たぶん」
「う~んそこは嘘でも断言して欲しいかなぁ」
「お姉様は嘘をすぐ見破るじゃないですか!」
「なぜ私が悪いみたいな言い方を……? どうしてこうなった?」
ちなみにマリーが嘘をついているかどうかなんて“左目”を使うまでもない。とても分かり易いし。とても分かり易いし。大事なことなので二回言いました。
「とにかく! わたくしも行きますわ!」
マリーが折れなかったので、出発はマリーを説得してからということになった。
◇
「マリー?」
マリーのために準備された部屋に入ると、マリーはいかにもなふくれ面で出迎えてくれた。ぷっくーっと。
さてどうしたものか。私ってばいつも力業で物事を解決してきたから、説得系は苦手なんだよねぇ。
……とりあえず、機嫌を直してもらうべきでは?
きゅぴーんと天啓を得た私はマリーに近づき、そして――
「――よ~し、よ~し、マリーはいい子だねぇ可愛いねぇ」
マリーの頭を撫で回しながら猫なで声を出す私である。
「わたくしは猫ではありませんわ!」
強い語気で否定するマリーだけど、尻尾はブンブン振られているし、私の撫で回しから逃げる様子もない。よっしゃ機嫌は直ったみたいだね。
ちなみにこの世界にも犬猫は存在する。まぁ野生はほとんどいなくて、主に貴族の愛玩用に生き長らえている感じだけどね。
ま、それはとにかく。
せっかく機嫌が直ったのだからたたみかけてしまいましょう。
「……マリーにはね、お願いしたいことがあるんだ」
「お願い、ですか?」
「うん。もしかしたら――世界の終わりが起きるかもしれないからね。その時、この領地で魔物を食い止めて欲しいんだ」
マリーの力は対人戦闘には過剰だけど、スタンピードには相性抜群だからね。
「……お姉様は、止めるためにダンジョンに潜るのではないですか?」
「もちろんそのつもりだよ。でも、あの妖精さんがわざわざミリスにダンジョンの場所を教えたのが気になるんだよね。もしかしたらがあるかもしれない」
「……一つだけ約束してくださるなら、誓いましょう。必ずやこの場所で世界の終わりを食い止めてみせると」
「うん、ありがとう。それで、約束って?」
「――絶対、無事に帰ってきてくださいまし」
真剣に。どこまでも真剣にお願いしてくるマリーを見て……私はついつい頬を緩めてしまった。
「約束するよ。絶対無事に帰ってくるって」
こんな可愛い子を心配させるわけにもいかないし、と私が誓いを新たにしていると、
「ところで、お姉様」
「なにかな?」
「こういう真面目なお話は、頭を撫でる手を止めてからするべきかと」
「…………」
そういえば、ずっとマリーの頭を撫でていたね、私。
なんだか冷たい目を向けてくるマリーだった。どうしてこうなった?
次回、9月20日更新予定です




