公爵夫人と
なんやかんやで宴会(?)となり。
なんやかんやで私たちも巻き込まれた。もちろん酒は飲まなかったけどね。
流れるように部屋が準備され、流れるようにお泊まりとなった。この強引さはさすが脳筋――じゃなかった。リーンハルト公爵家といったところか。
お泊まりが決定して、一番浮き足だったのは――ケリィ様だった。
「お泊まり! 時間に余裕があるのね! じゃあ手合わせしましょうナユハちゃん!」
「え? え? え~……」
返事をする前に引きずられていくナユハちゃんであった。まったくケリィ様はアレで常識人のつもりなのだからお笑いである。
ラミィも二人について行ってしまったので置いて行かれた形。別にすぐ追いかけても良かったし、たぶんラミィたちも私が当然ついてくると思っているのだろうけど……ここはちょっと“用事”を済ませてしまいましょうか。
宴会の場にいたリーンハルト公は酔いつぶれており、公爵夫人はそんな夫の姿を少し困ったような目で見つめている。
「リーンハルト公爵夫人。少々お時間を割いて頂いてよろしいでしょうか?」
にっこりと笑いかけると、ビクッと身体を震わせる夫人だった。なんでこんなに怖がられているのだろう? どうしてこうなった?
「せ、聖女様に求められたのならば、万難を排して駆けつけましょう!」
いや私を何だと思っているのか。……『聖女』と思っているのか。どうしてこうなった?
まーいいや。
私は一言断ってから“左目”で夫人を視た。
「あぁ、大丈夫そうですね」
「せ、聖女様……?」
「いえ、やはり気になりましたから。呪詛返しにならないよう呪いを解いたはずですけど、失敗して夫人に返ってしまう可能性がありましたし」
「……………」
「……………」
「……………」
「…………、…………わ、わたくしがやりました!」
床に跪き、深々と頭を下げてくるリーンハルト公爵夫人だった。いや別に『犯人はお前だ!』をしたつもりはないんですけど? どうしてこうなった?
◇
――リーンハルト公爵家は、狂っていた。
赤い髪こそが至高であり、それ以外の髪色は『才能無し』と断ぜられた。どんなに頭が良くても、才能が無ければ軽んじられた。
たとえば、現リーンハルト公の兄は農学者としての才能を発揮し、除虫の魔法陣に関する研究で多くの領民を飢えから救ってみせた。
でも、赤髪ではなかった。
赤髪ではないからこそ、当主にはなれなかった。長男なのに。研究について陛下からお褒めの言葉を頂いたのに。ただ、ただ、『赤髪ではないから』という理由で後継者から外された。それこそがリーンハルト公爵家という家だった。
そんな家に嫁いできた彼女は、その狂気に愕然とした。
彼女が最初に生んだのは赤い髪の女の子。
女であろうが、無かろうが、関係なかった。
赤い髪であるならば問答無用で剣を握らされ、近衛騎士を目指すことを強要された。国家の剣にして盾となることが当然とされた。
幼い頃から『そういうものだ』と教育され続ければ、そうなってしまうのが道理。
――女の幸せとは、結婚して子供を産むこと。
だが、近衛師団などに入ってはそんな幸せなど享受できないだろう。肉体を鍛えすぎれば、元気な赤ちゃんを産めなくなる。
なんとか、しなければ。
決意した彼女であるが、しょせんは『嫁』であり、『部外者』である彼女にできることなど無かった。夫は赤髪こそが至高であると信じていたし、家内の者も同様だった。
どうにもできずに日々が過ぎ去っていったとき、二人目を懐妊した。
男であれば、まだいい。
赤髪であれば後継者として確定するし、赤髪でなかったとしても、自分なりの幸せを探すことができるだろう。
でも、もしも女の子だったら?
赤い髪の女の子だったら?
姉のように、結婚が難しくなるだろう。
女の幸せを、得ることができないだろう。
――あぁ、神様。
どうか、どうかお願いします。
生まれてくる子が女の子だったなら。どうか、どうか普通の髪色でお願いします。赤髪でなければ何でもします。だから、だから、どうか、神様……。
そうして出産の日はやって来て。
生まれてきた子は、赤髪だった。
神様は、答えてくれなかった。
何とかしなければ。
今から髪色を染める? でも、ずっと誤魔化しきることなんてできるはずがない。そもそも出産に立ち会った医者やメイドがいるのだ。髪を染めたところで、かならず夫に報告されるだろう。
なら、どうすれば――
どうすれば、この子に、女としての幸せを――
出産で体力を使い果たして薄れ行く意識の中。彼女は、確かに聞いた。
――その願い、聞き届けよう。
神様ではない。
神様であるはずがない。神様ならばそもそも普通の髪色で生まれさせてくださったはずなのだから。
ならば。
きっと。
あれは、悪魔の所行なのだろう。
◇
「悪魔と契約して、ラミィの髪色を赤から茶色にしてもらったと?」
「おそらくは、そうなのでしょう。私にはそんな染髪し続けるだけの魔力はありませんし。神様がやったはずがない。ならば、悪魔がやったとしか思えないのです」
「う~ん……」
どうしたものかなぁと私は悩む。
左目で視た結果をネタバレすると、悪魔なんてものじゃない。そもそも悪魔だったら容赦なく呪詛返しするし。十年も悪魔と契約していたら(対価とは別にして)肉体か精神が犯されているはずだ。
ラミィの髪色を染めてみせたのは……いわゆる、『呪い』である。
リーンハルト家に生まれ、赤髪を持たなかった者たちの。
才能がありながら発揮する機会を与えられなかった人たちの。
赤髪じゃないという理由だけで親から認められなかった子たちの。
無念、怨念、害念……。積もり積もって、およそ2,000年。積年の『想い』がラミィの髪を茶色に染めてみせたのだ。
もちろん、怨念だからといってリーンハルト家の『祖霊』であることに変わりは無い。だからこそ本来ならリーンハルト家の直系であるラミィを害せるはずがなかった。
けれど、よりにもよってラミィの『母親』が許してしまった。
ラミィ本人も、物心ついた頃から茶髪であったからこそ、『そういうものだ』と認識してしまったいた。
別に呪詛返しをして怨念たちを霧散させてもよかった。
でも、あの人たちも被害者みたいなものだからね。問答無用で消してしまうのは気が引ける。
まぁ、これはリーンハルト家が背負ってきた『業』だからね。チートで何とかしようだなんて考えず、だんだんと薄めていくしかないでしょう。
きっと大丈夫。
次の当主は(このまま男児が生まれなければ)ケリィ様が『女公爵』としてリーンハルト家を引っ張っていくのだし。『赤髪』に対して特別視をしていないケリィ様なら、リーンハルト家をいい方向に導いてくれることでしょう。
ケリィ様にすべてぶん投げた私は、夫人にもう一つ尋ねてみることにした。
「赤髪でなくとも、ラミィが剣の道を選んだのは分かっていたのでしょう? あなたの考える『女の幸せ』は実現できないと分かったはずです。その時点で呪い――いえ、悪魔との契約と思っていたのでしたか? その、悪魔との契約を破棄しようとは思わなかったのですか?」
私の質問に夫人は僅かに目を見開いたあと……どこかもの悲しそうな微笑みを浮かべた。
「聖女様――いいえ、リリア・レナード様は……『親』というものに期待を抱きすぎですね」
次回、5月20日更新予定です。




