12.呪い
リーンハルト公は『嫁入りだ! 嫁入りの準備をしなくては!』と一人で勝手に盛り上がり、ケリィ様のゲンコツ(鋼鉄製の手甲装備)によって撃沈した。
いや私とラミィって女の子同士ですよ? 魔法で子供を作れる昨今とはいえ、伝統ある公爵がどんどん話を進めるのってどうなんですか?
と、私が首をかしげていると、
「いや、だって二百年ぶりに誕生した聖女で、しかも未来の王妃様だし。むしろ公爵ならば娘がお近づきになってくれるなら万々歳ってところじゃないのかな?」
ナユハの冷静な突っ込みであった。
だからって娘を側室にねじ込もうとするのってどうなんだろうね? それでいいのか父親よ。
いやそもそもの問題として。リーンハルト公そこまで考えてないと思うよ?
「真顔でなんてこと言うのリリア……」
◇
リーンハルト公爵夫人(つまりはラミィのお母様)との交流を兼ねて、そのままお茶会と相成った。いや交流というか、『娘さん、護衛騎士としてもらい受けますよ』って話をするためだけど。
なんだろう?
ラミィのそわそわした感じとか、公爵夫人の深刻そうな顔つきから、これから『娘さんを私にください!』イベントが起こりそうな雰囲気が?
「実質、そうなんじゃない?」
冗談にもならない冗談を言うナユハたんだった。はははー、こやつめー。
「む、娘を聖女様の側室――ごほん、護衛騎士に選んでいただけるとは……」
なぜか恐縮しまくる夫人だった。公爵夫人に『なんでやねん』と突っ込むのは果たしてアリだろうか?
よよよ、とハンカチで涙を拭う夫人。
「せっかく『赤髪』ではないのだから、ラミィには普通の女としての幸せを掴んで欲しかったのですが……女を磨くより剣の腕を磨くばかりで……婚約など諦めておりましたが……」
なんだか『聖女様と婚約できるとは!』と言外に喜ばれているような? どうしてこうなった?
ちなみに夫人の言う『女としての幸せ』とは、実家の決めた家に嫁ぎ、夫を立て、健康な後継ぎを生むことなのだと思う。
なんとも時代遅れなことだけど、この世界は未だに貴族社会全盛期。むしろ時代の真っ只中。男の使命は家と家族を守ることで、女の義務は後継ぎを生むことなのだ。怖いな貴族社会。
しっかし、『赤髪』かぁ。リーンハルト家にとっては本当に重要なことなんだね。嫁いできた、元々は赤の他人であるはずの夫人ですらこうなってしまうほどに。
……………。
さて、どうしたものか。
なるべく穏便に、誰も傷つかないように……と悩んだ私だけど、残念ながら私はそこまで器用じゃない。というわけで、小細工無しのストレートを決めることにした。
ラミィに向き直り、一つの問いを発する。
「ラミィ。――赤髪になれるとしたら、どうします?」
「……え?」
理解できていないのか、惚けた声を上げるラミィ。う~ん、ちょっと説明が足りなかったかもしれない。
「ちょっとどころじゃ無いと思うな私……」
なぜかナユハに呆れられてしまった。ちょ~っとだけ失敗しただけだというのに。
このまま呆れられたままなのもアレなので、もうちょっと詳しく説明を試みる私。
「え~っと、ラミィの髪色は茶色でしょう? でも、リーンハルト家特有の赤い髪になれるとしたら、なりますか?」
私が改めて問いかけると、ナユハ様に『文章を長くしただけで、相変わらず具体性がまるでないね』と呆れられてしまった。解せぬ。
最初は戸惑っていたラミィだけど、私の態度から真剣さを察したのか(あるいは私相手に何を言っても無駄だと悟ったのか)顎に手をやって悩み始めた。
「……う~ん、今までのボクならすぐにでも飛びついていたであろう提案……。しかし、今更感はあるよね。今になって『実は才能があったんです』と言われたところで――」
発言を止めたラミィが、イタズラを思いついた子供のような目で私を見た。
「それとも、リリア嬢は赤髪の女の子の方が好みなのだろうか?」
まぁ赤い髪とか萌えるよね。
じゃなかった。私はどんな髪色の女の子でも愛するよ!
じゃなかった! 友達がどんな髪色でも気にしないよ!
「ダメだコイツ手遅れだ」
口調が乱雑になっておりますわよナユハ様?
流れを変えるために公爵夫人に矛先を変える。
「保護者として、リーンハルト公爵夫人はいかがお考えです?」
急に話を振られたせいかビクッと震える夫人。
「え、えぇ、そうですわね。聖女様の護衛であるならば、リーンハルト公爵家の直系であると一目で分かる赤髪の方が何かと有利かもしれません。――それに、この子は赤髪であろうと、なかろうと、きっと剣を振り続けるでしょうし」
すべてを諦めたようにため息をつく夫人だった。
許可は出たのでさっそく元に戻すとしましょうか。
ラミィの髪が赤から茶色になってしまったのは呪いが原因なので呪いを吹き飛ばしてしまえば――、いや、そうすると術者に呪詛返しが行ってしまうかな? もうちょっと穏便な方法となると……。
少し悩んで名案が思い浮かんだ私はにわかに立ち上がり、ラミィの目の前に移動した。
突然の行動に戸惑うラミィの髪を一房取り、その髪束に――口づけをする。
理屈としては私ってスクナ様の加護のおかげで呪いとか効かないからね。加護のお裾分けである。
ちなみに私の行動を見てナユハは盛大なため息をつき、公爵夫人は『きゃー! きゃー!』と顔を手のひらで覆い、そしてラミィは頬どころか耳まで真っ赤に染めていた。あれ意外な反応かも?
そんなことをしているうちに私の『加護』が効果を発揮して。――ラミィの髪色が、変わった。
この国ではありふれた茶色の髪から、目にも鮮やかな赤い髪色へ。
リーンハルト家の人間は敵の血が髪に染みこんだと言うけれど。そんなはずがない。
なぜなら。
血の色が染みこんだのなら。
――こんなにも綺麗であるはずがないのだから。
「う、嘘……」
自らの髪を手に取り、その赤さを確認して。それでも信じられないとばかりに目を丸くするラミィ。そんな彼女に私は優しく微笑みかけて――
『加護を与えるにしても~』
『キスをする意味は~?』
『そういうところだぞ~』
『ちなみに髪へのキスは『相手を愛おしく思っている』という意味があるんだぞ~』
『そういうところだぞ~』
せっかくラミィの『呪い』を解き、珍しくいい雰囲気に突入しそうだったのに妖精さんのせいで台無しだった。どうしてこうなった?
次回、5月10日更新予定です




