11.側室?
「――見事だぁあああぁぁああぁぁぁああっ! 我が娘よぉおおぉぉぉぉおおおおおっ!」
号泣。
滂沱の涙を流しながら、父上がぐわっと両腕を開き、がしっとボクを抱きしめてきた。そう、あの巌のような肉体で。容赦なく。
骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。
このままでは冗談じゃなく骨が折れるか内臓が潰れるかも。なんとかその未来を回避しようとボクが藻掻いていると――
「――えいや♪」
「ぐあぁあああぁあっ!?」
突如として父上が悲鳴を上げ、ボクから離れると同時に床に倒れ込んだ。痙攣している様子からして……雷系の魔法攻撃を受けた? のかな?
ボクが思わずリリア嬢に視線を向けると、彼女はさっと目を逸らした。
まさか、本当に攻撃魔法を撃ったのだろうか? いくらアホとはいえ、現役の四大公爵家の当主である、父上に。
ありえないよなぁと思いつつ、しかし、密着したボクに何の被害ももたらさずに父上にだけ雷撃を喰らわせるような芸当をできる魔術師なんて他には……。
「リリアって女の子に甘いよね」
やれやれと肩をすくめる黒髪のメイドさん。
――ナユハ・レナード。
宗教が一因の差別を受ける『黒髪』でありながら、『聖女』であるリリア嬢の隣に立つ人。
彼女の受けてきた苦労や、これから待ち受けるであろう困難を思えば、『赤髪ではない』だけであるボクの悩みの何と小さなことだろうか。
「いや、ラミィの悩みも結構深刻だとは思いますけど」
と、まるで心を読んだかのような発言をするリリア嬢だった。
「リリア、人の心を気安く読んじゃいけません」
「はぁ~い」
特に深刻な様子もない注意をするナユハ嬢と、気の抜ける返事をするリリア嬢。過ごしてきた時間というか、親しさを感じられる一幕だ。
リリア・レナードとナユハ・レナード。あるいは、ナユハ・デーリン。
何かと世間を騒がせている二人だ。
たとえば、悪名高きデーリン家の娘にリリア・レナードが騙されているだとか、聖女に上手く取り入ったとか、洗脳でもしたのではないか、とか。そういった系統の噂はボクの耳にも届いている。
冒険者として生きていて、ほとんど貴族令嬢としての活動をしていないボクでも噂を知っているのだから相当だろう。貴族らしい貴族の間ではどんな酷い話になっているのやら。
しかし。
元々噂を信じていたわけではないけれど。それでも、目の前のリリア嬢とナユハ嬢の間には穏やかな空気が流れていた。とてもではないけれど『騙し騙され』の関係とは思えない。
むしろ、リリア嬢が無茶をして、それをナユハ嬢が窘める関係ではなかろうか?
…………。
………………。
……………………。
――きゅぴーんと。
きゅぴーんときたボクである。
二人が醸し出す雰囲気を見れば、答えは一つしかない。
ならば、ボクがするべきことはまず安心させることだ。
「……安心して欲しいナユハ嬢。ボクの立場は一応は公爵令嬢だが、権威を笠に着るつもりはない。むしろそのうち貴族籍は抜けるつもりだからね。そうすれば、真っ当な貴族であるキミの方が『上』になる」
「あ、はぁ……?」
「すでに正妻がいるのなら、ボクだってそこまで無茶を言うつもりはないさ。一歩引くのがいい女だと父上も言っているし、ボクは側室で納得しようじゃないか!」
何という理解力の溢れるボクだろう!
ボクの発言を聞いてなぜか父上は気絶し、姉上は立ちくらみがしたかのようにフラめいた。
そして、ほぼ同時に天を仰ぐリリア嬢とナユハ嬢。
「「……どうしてこうなった?」」
なるほど、夫婦というのは似てしまうものらしい。
◇
「――ぬぅ! 儂でさえ気づけなかったラミィの才能を信じた『聖女様』であれば是非も無し!」
意識を取り戻したあと。
なにやらうーんうーんと呻いていた父上は、自分の中で結論が出たのかリリア嬢の両肩を掴んで――あ、姉上に止められた。公爵とはいえ『聖女様』に男性が触れるのは許されないらしい。
そんな姉上の行動を気にも留めずに父上が続ける。
「聖女様! ご安心くだされ! 我が公爵家がラミィの婚約者候補を連れてくることはありませぬ! ラミィには聖女様の護衛として! 末永く! お側に侍らせますゆえ!」
なんだか姉上が『あの脳筋が、頭を使った!?』と驚いていた。いやいやいくら脳筋でも公爵家の長なんですから頭くらい使うでしょう。
「……ラミィはもう少し頭を使いなさい」
なぜか姉上から窘められてしまった。父上よりダメな子扱いされているような気がする。どうしてこうなった?
「公爵令嬢を側室とか……親公認とか……どうしてこうなった?」
ボクの心情と呼応するようにリリア嬢が小さくつぶやいていた。
「まぁ、リリアのせいだよね」
そんなリリア嬢をナユハ嬢がバッサリと切り捨てていた。言葉の刃で。なるほど、ナユハ嬢って意外と面白い子みたいだね?
え~っと、とりあえず、リリア嬢の言うように、ボクの側室宣言は親公認ということでいいのだろうか?
ボクが首をかしげていると、姉上がズカズカとした足取りで近づいてきて、握りつぶさんばかりの力でボクの両肩を掴んだ。
「……いいこと、ラミィ。もはや落とす宣言だとか、側室宣言には何も言わないわ。だから、これだけは肝に銘じなさい。――聖女様に! ご迷惑を! かけないように!」
腹の底からの絶叫をボクに叩きつける姉さまだった。
ふっ、安心してください姉上。今までだって迷惑なんて掛けていないのだから、そんな心配するようなことにはなりませんって。
「……………そういうところなのよぉ……」
なぜだか力なく膝から崩れ落ちる姉上だった。
次回、4月30日更新予定です




