閑話 親子対決
――武技に人生を注ぎ込んだ人間なら。誰にでも、『憧れの人』がいるものだと思う。
その強さに憧れるか。
その生き様に惚れ込むか。
たとえば。
この国に住まう人間なら多くは初代勇者様を憧れの存在としてあげるだろう。建国神スクナ様に付き従い、共に多くの困難を乗り越え、とうとう初代魔王を打ち倒した『強さ』に、『生き様』に、誰もが憧れるのだと思う。
たとえば。
これがリリア嬢であれば、おそらくは自らの祖父にして師でもある勇者ガルド殿の名前を挙げることだろう。かつて世界樹をなぎ倒したと伝わる邪神の討伐や、悪竜退治。そして商人として成功を収め、一代で平民から子爵へと成り上がった英雄だ。
たとえば。
ボクの場合は――父様の強さに憧れた。
巌のような肉体と、たゆまぬ鍛錬によって磨き上げられた技。建国以来のリーンハルト家の伝統を背負っているという自負。――まっすぐな。ただただまっすぐな剣筋に憧れた。
自分ではあれだけ美しい剣筋には至れない。幼少の頃から確信を抱いていたし、実際、ボクはあれほど美しい剣を持つことはできなかった。変幻自在と言えば聞こえはいいが、単に『芯がない』だけだ。
そんな憧れの父様と、戦うことになった。
萌えるような赤髪を持つ父様と。赤髪のないボクが。
「――大丈夫ですよ」
ボクの不安を見抜いたかのように、リリア嬢がボクの手を握ってくる。
「ラミィの剣は、とても、とても美しいですから」
「…………」
ボクには人の心なんて読めない。
でも、リリア嬢が嘘をついていないことは何となく分かった。
本気で美しいと言ってくれていることは、分かった。
父様の剣は美しい。
とてもボクの剣では対抗できないと思う。
……でも。
リリア嬢が美しいと言ってくれるなら。
美しいと信じてくれるなら。
無様な姿は見せられない。
――全力で。
全身全霊で。
父様と戦おう。
たとえ勝てない相手だとしても。
リリア嬢に、失望されたくはないから。
◇
「――ぬおぉおおぉおおおおぉおおっ!」
ボクが全力を出すと誓ったように、父様も全力だった。娘であるとか、女であると言った遠慮は微塵も感じられない。
小細工無しの、敵を倒すための剣。
床に振り下ろせば板材が割れ、壁に擦れば亀裂が入る。そんな、鍛え上げた肉体による連撃。
擦っただけでも大ケガ間違い無しのそんな攻撃を、躱す。躱す。躱す。
ギリギリで。というわけでもなく。
必死に。というわけでもなく。
ボクは、自分でも驚くほど冷静に、驚くほど余裕を持って避けることができていた。
……おかしい。
だって、そんなはずがない。
父様は赤髪で。
王国の剣にして盾であるリーンハルト家の当主様で。
その『武威』にこそ誇りを持ち、武威を穢さぬよう今でも訓練に明け暮れているはずなのに……。なのに、どうしたことか……。
――父様、こんなにも弱かったっけ?
幼少の頃には目で追うことすらできなかった剣速は、今では不安になるほどに遅く感じられる。
かつて憧れた真っ直ぐな剣筋は、単純すぎて退屈ですらある。
何よりも。
リリア嬢との手合わせのときに感じる、命の危機すら感じる圧迫が、まるでない。
破裂しそうなほどの胸の高まりも、ない。
頭の血管が切れそうになるほどの思考加速も、ない。
「――そりゃあ、そうでしょう」
父上と手合わせの最中ながら。
ボクには、少し離れたところにいるリリア嬢の声が聞こえた。耳を傾けるほどの余裕があるのが、嫌だった。
「私と互角かそれ以上に戦える人間が、《《そこそこ》》の才能持ち相手に負けるはずがないでしょう? ラミィは自覚がなさ過ぎる」
……君にだけは、言われたくない。
ボクが思わず突っ込んでいると、
「――見事だ! 我が娘よ!」
父上がボクと距離を取り、剣を構えなおした。
「ラミィを強敵と認め! 儂の本気を見せようではないか!」
父上の肉体からあふれ出す魔力量が激増する。
おそらくは――身体強化。女子供でも鍛え上げた騎士並みの膂力を得ることができる、肉体強化魔法。
それを、鍛えに鍛え上げた父上が使う。
その効果は絶大だった。
目で追うこともやっとなほどの、加速。そして剣速。
並みの人間であれば瞬きする間に切り捨てられるだろう。
達人ですらも、対応できずに一撃を食らうはずだ。
でも。
――リリア・レナードよりは遅かった。
父上の真っ直ぐすぎる振りかぶりからの、振り降ろし。
それをボクは易々と回避して。攻撃後にがら空きとなった背中に一撃を叩き込んだのだった。
リーンハルト公=頭チェスト
次回、4月20日更新予定です。




